No.71
No.70
No.69
No.68
No.67
No.66
No.65
No.64
No.63
No.62
No.61
No.60
No.59
No.58
No.57
No.56
No.55
No.54
No.53
No.52
No.51
No.50
No.49
No.48
No.47
No.46
No.45
No.44
No.43
No.42
No.41
No.40
No.39
No.38
No.37
No.36
No.35
No.34
No.33
No.32
No.31
No.30
No.29
No.28
No.27
No.26
No.25
No.24
No.21
No.20
No.19
No.18
No.17
No.16
No.15
No.14
No.13
No.12
No.11
No.10
No.09
No.08
No.07
No.06
No.05
No.04
No.03
No.02
No.01
ニュースレター
- Home
- ニュースレター:No.25
- 理化学研究所における計算力学
理化学研究所における計算力学
姫野龍太郎
特殊法人 理化学研究所
情報基盤研究部 情報環境室
1.はじめに
理化学研究所(以下、理研と略す)が財団法人として設立されたのは1917年(大正6年)で、日本の近代科学の黎明期から存続する歴史ある研究所である。それから現在までの約80年間に、長岡半太郎、本多光太郎、鈴木梅太郎、仁科芳雄をはじめ、多くの科学者を輩出している。第二次世界大戦後、10年ほどの株式会社の時期が経て、1958年からは科学技術庁の特殊法人となっている。
理研というと、一般には“昔はすごかったのだろうな、でも今ではすっかり名前も聞かない”と感じている方も多いだろう。私も理研に移る前は“増えるワカメのリケン、圧力鍋の理研”が理化学研究所の理研だと思っていた。これらの私企業のリケンは戦前、理化学研究所が中心となった複合企業体(理研コンチェルン)の関連企業で、理研の応用研究から派生した、今で言うベンチャービジネスである。そう、一般に知られているリケンは理研本体と今では直接関係がない。
さて、その本体の理研では物理・工学・化学・生物学・医科学といった多分野を研究領域とし、基礎研究から応用研究まで幅広く進めている世界的に見てもユニークな研究所である。リングサイクロトロンやSPring-8(日本原子力研究所と共同で建設した大型放射光施設)など、原子核物理や加速器科学での業績や、最近では脳科学・ゲノム科学研究の推進で一般にも知られているが、実際には上述のように広い研究領域をカバーしている。ここでは、理研全体について組織・キャンパス構成などの概要を紹介し、理研の持つスーパーコンピュータ・システムと計算力学と関連する研究をいくつか取り上げることにしよう。
2.理研のキャンパスと組織[1]
理研のキャンパスは研究分野と同様、表1のように広がっており、アメリカやイギリスにも支所がある。研究室は和光本所に41、播磨研究所に9あり、大学の研究室と同じようにそれぞれ独立性が高く、中央集権的な運営は行われていない。
表1.理研のキャンパス
各キャンパス | 場 所 |
和光本所 | 埼玉県和光市 |
脳科学総合推進センター | 同上 |
フォトダイナミクス研究センター | 宮城県仙台市 |
ライフサイエンス筑波研究センター | 茨城県つくば市 |
バイオ・ミメティックコントロール研究センター | 愛知県名古屋市 |
地震国際フロンティア研究プログラム | 静岡県清水市 |
地震防災フロンティア研究センター | 兵庫県三木市 |
播磨研究所 | 兵庫県佐用郡三日月町 |
駒込分所 | 東京都文京区本駒込 |
板橋分所 | 東京都板橋区加賀 |
理化学研究所RAL支所 | イギリス |
理研BNL研究センター アメリカ | アメリカ |
注:現在、ゲノム科学研究センターを横浜市に建設中。
計算力学に関連が深いのはこの中で、情報基盤研究部と工学基盤部、素形材工学研究室である。他にも化学関係の研究室で材料開発なども行い、計算力学に関連した研究もあるが、ここでは割愛する。さて、情報基盤研究部は計算科学技術推進室、イメージ情報技術開発室、そして私の所属する情報環境室で構成されている。計算科学技術促進室では分子動力学の計算が市販計算機とは桁違いに速いMD専用計算機(MDM)の開発を行っている(図1)。このグループは昨年のスーパーコンピューティング99の展示会場に比較的小さな構成のシステムを持ち込み、実際に8 TFLOPSを越える性能を実演していた。計算科学技術促進室では、他にもいくつかの専用計算機の開発やHPCに関連した研究を行っている。イメージ情報技術開発室ではイメージデバイス開発や画像処理などを担当し、情報環境室は計算機センタと図書館を併せ持った業務を担当している。工学基盤部では精密な試作加工を行うために、独自の光造形法や高速切削技術を研究し、切削機そのものを開発するなど、CAD・CAMに関連の深い研究を行っている。
図1 MD専用計算機
3.理研の計算機環境
一口に理研の計算機環境と言っても、広がったキャンパスと各研究センター・研究室で独自に導入した多くの計算機のために、全体像ははっきりしない。理研には2年前に大規模なアルファー・サーバーのクラスタが導入されたり、今年にもCompaqのLinuxクラスタが日本ではじめて導入されたりして、一部に話題を振りまいた。これらはそれぞれの研究室が導入したもので、共用の計算機ではない。ここでは情報環境室が提供する理研の共同利用計算機システムについて紹介しよう。
情報環境室では現在富士通製並列ベクトル計算機VPP700E (160PE)を運用し、ユーザーに提供している[2]。このマシンは理論ピーク性能で384GFLOPSであり、現時点ではTop500スーパーコンピュータリスト[3]で見ると、国内8位、世界44位で、それほど大きなものではない。しかし、運用上以下のような特徴がある。
1)1ユーザーの最大利用可能プロセッサ台数は128であること
2)作業用のディスクスペースは1ユーザー最大1TB程度が利用可能であること
3)CPU使用時間に対する課金は行わず、ファイル使用量だけに課金していること
4)分子動力学専用計算機やリアルタイム可視化装置などとの高速接続により、単一の計算機では実現できない計算環境を提供していること
5)会話型で16PE(38.4GFLOPS)までの並列計算を提供していること
このように、このシステムの設計および運用の方針は、多くの計算機ユーザーにサービスを提供することではなく、少数の研究者にシステムの全性能を引き出して貰い、他でできないような計算環境を提供することに目標をおいている。
このシステムには時間的に変化するシミュレーション結果を動的に立体視できる4次元可視化システムが付随している。大勢の観客に見て貰うための6m x 2.5mと言う後方投影型大型スクリーン(図2a)と、力フィードバック装置を備えた100インチのテーブル型スクリーンがあり(図2b)、シミュレーション結果の表示に効果を上げている。
a. 大型ディスプレイ
b.テーブル型ディスプレイ
図2 4次元可視化システム
4.計算力学研究
先に述べたように、理研での計算力学に関連する研究はいくつかの研究室で行われている。ここでは、その中の例として、牧野内昭武主任研究員の率いる素形材工学研究室の研究と、戎崎俊和部長の率いる計算科学研究室での研究、筆者の情報環境室での研究を取り上げ、紹介しよう。
素形材工学研究室での成形シミュレーションは計算工学分野では理研を代表するものである。ここで開発されたプレス成形シミュレーションのソフトITUSは自動車産業を始め、産業界で広く使われている。現在ではプレス成形の他、樹脂の反応成形、ブロー成形など、幅広く研究されている(図3)。
計算科学技術推進室では先に述べた専用計算機の他に、広大な銀河系のシミュレーションから、ミクロな分子動力学によるシミュレーション(図4)など、広い範囲のシミュレーション計算が行われている。情報環境室では筆者による野球の変化球のシミュレーション(図5)[3]などの流体計算も行われている。
図3 プレス成形とブロー成形のシミュレーション
図4 ペプチドの変化のようす(左:初期状態、右:20ps後)
図5 ジャイロボールと呼ばれる螺旋状に回転する変化球
(左:対称縫い目配置、右:上下非対称縫い目配置)
また、昨年度から生体力学シミュレーション研究が理研で始まった。これは将来、人間のいろいろな反応を全て計算機上に再現しようと言う遠大な試みである。当面は比較的現象がよく分かった力学的なシミュレーションを研究開発する。三つのチームが置かれ、器官の損傷・治療シミュレーション、人体の運動シミュレーション、循環器シミュレーションが研究される(図6、7、8)。
図6 眼球の網膜剥離治療のシミュレーション
図7 投球動作のシミュレーション
図8 血管の狭窄部分を拍動流による変形のようす
5. himenoBMT
少し話題は異なるが、非圧縮性流体の計算で出てくる圧力のポアソン方程式を元にした計算機のベンチマークテスト(俗称:himenoBMT)の結果が参考文献2)のホームページにまとめている。パソコン・マックからワークステーション、スーパーコンピュータに至るまで、同じベンチマークコードで測定し、表にしている。CFD計算での計算機性能が知りたいとき、アクセスしていただければ参考になるかも知れない。
参考文献
1)http://www.riken.go.jp/
2)http://w3cic.riken.go.jp/
3)姫野:魔球をつくる、究極の変化球を求めて、岩波科学ライブラリー75、岩波書店、2000年。