部門紹介
80期 部門長挨拶
第80期部門長 東京工業大学・矢部孝 |
この度、第80期部門長を仰せつかりましたが、小規模な学会をはるかに超す5300名という登録者を抱えた本部門を運営することの難しさを実感し始めております。過去の部門長および運営委員会の皆様のご努力により、充実した部門運営がなされてきておりますので、この上に今期の運営委員会が劇的な改良を加えるということは望むべくもありませんが、多少なりともユニークで有意義な企画を加えてゆければ幸いです。
計算力学部門として、部門登録者の方々に何を提供できるかということが最も重要な課題ですが、皆様が計算力学部門登録者であることを認識するのは、ニュースレターと部門講演会くらいではないでしょうか。これ以外にも、ホームページや講習会、研究会等多彩な企画が出されております。折角、立派なホームページを作っていただきましたが、残念ながら大多数の方には、せいぜい講演会の申し込み等の機会でしか見ていただいていないような気がします。これから新運営委員の方々とともに、皆様が訪れたくなるようなホームページを企画してゆく所存ですが、その準備として今期よりホームページを充実させるため、専門業者に補助を依頼することに決定いたしました。体裁は綺麗になるとは思いますが、それだけではなく皆様方がアクセスしやすいホームページで、かつそこに行けば計算力学に関係するあらゆる情報源へとつなげることができるようにしてゆくことも考えております。また、大学・官庁・企業等のホームページともリンクを張り、計算力学部門に属している方々がどのような研究をなさっているのかを検索できるようなシステムも有益ではないかと存じます。これにより、計算力学部門が大学と企業とを結ぶための大きな役割を担えるような場を作り上げてゆくことができるのではないでしょうか。
計算力学部門の果たす役割にはいくつかあると思いますが、そのいくつかは1)情報交換・交流の場を提供する。2)日本で芽生えた新しい技術を支援する。3)学会員が悩む困難な問題を解決する研究を紹介する。4)大学で行われた研究の技術移転等々。言葉で言うのは簡単ですが、これを有効に機能させるのは困難です。いくら名講義をやっても学生が寝ていては何も意味がないのと同じです。起きている学生を感動させることはできても、寝ている学生を起こして感動させるのは大変です。部門の活動でも、上記の重要性を理解している人たちには、ただその場を提供するだけでいいのですが、そうでない人には、部門の活動が強要としか思えないかもしれません。
一番難しいのは、部門講演会等の公開の場に現れない問題にこそ重要なテーマが潜んでいることです。企業の中には、「このような計算は当分できないだろう」と思って、計算には興味のないところも多いのです。計算力学部門に登録している方たちは、すでに計算に理解を示している方たちばかりですが、登録していない方たちに、「できる」計算の情報を如何に伝えるかも考えて行く必要があります。すでに、計算をやっている方でも、一歩、分野が異なれば同様です。最近の計算技術は、これらの人々の常識を打ち破るところまできていますが、それでも実際の利用にはちょっと遠いこともあります。これらの萌芽的な技術を(金銭的には無理ですが)精神的に助ける役目を本部門が果たすべきであると信じております。こうした新しい技術をホームページやニュースレター、部門講演会等を通じて、少しでも多くの方々の目につく場を提供できればと思います。
世の中には、市販のコードで十分であるという方も多いでしょう。ある部分ではそういうところも増えてきています。しかし、巨大な市場はまだ眠っていると思った方がいいでしょう。私は非常に多くの企業の方と接しております関係で、市販のソフトが対応しているのは氷山の一角であると確信しています。残念ながら、こうした水面下の巨大な氷の塊は、大多数の方の目には触れていないことが多いのです。一番問題なことは、市販のコードがあるが故に、その分野はすでに終わったと公言する方がいらっしゃることです。この言葉で、貴重な研究が少しずつ消えて忘れ去られて行くことも多いのです。ノーベル賞受賞者の朝永博士は、「バカ会」というゼミでは、絶対にアイデアに文句をつけないという規則をつけていたそうです。ノーベル賞学者を多数育てたラザフォード卿も、アイデアのユニークさに重きをおき、間違っているかどうかは問わなかったそうです。こうした雰囲気を計算力学部門に根付かせたい気がします。
これと似たようなことですが、計算アルゴリズムの開発は終わったと公言する人がよくいます。私は、逆にまだ始まったばかりだと断言します。ただ、結果はどうであれ計算が動くということだけであれば、流体でいうところの一次精度の風上差分でアルゴリズムは終わったのです。確かに1960年代で終わっています。では、その後なぜそれ以上の手法を追い求めて多数の研究者が時間を費やしたのでしょうか?それは計算機の能力が常に有限であるからです。例えば、従来の計算法では1万倍のメッシュを使えば計算できるでしょうが、同じ計算を新しい手法を用いて1台のパソコンでやれる人と従来法で超並列スーパーコンピュータでやらなければならない人とではどちらが得かは明らかです。うそみたいな話ですが、こうしたことが現実に起こっています。パソコン1台での結果が、数10テラフロップスという速度のアメリカの巨大計算プロジェクトASCIIの計算機で行われたものと同じ結果を出した例もあります。
このような金さえ積めばできるのはまだいい方で、現実にはどんなコンピュータを使っても無理だろうと思えることが多数あります。原子まで含めてこの世の中全部を計算すれば原理的には何でも計算できるでしょうが、そうすると計算をしている計算機までこの計算に入ってしまうという笑い(?)話があります。どこかで何かを近似しなくてはならないのは間違いありません。例えば、分子動力学でも、一つ一つの分子内の電子軌道を内殻軌道まで含めて、正確に解くことができるかという問題があります。信じられないかもしれませんが、一つの原子でさえも、未だに正確に解けていないのです。ある軌道から別の軌道に遷移する確率を行き先の軌道全体について足すと、1にならなければなりません。これを「sum rule」と呼んでいます。現在、これを満たすシュレデインガー方程式の解法はありません。遷移確率は軌道同士の裾野の重ね合わせですから、遷移確率の桁が違うようなこともめずらしくありません。そんな状況で、分子動力学のレベルまでこれを完全につなぐなどということは21世紀で実現するかどうかもわかりません。そこで、色々な工夫が生まれてくるのです。こうした、不可能に挑戦する中に色々な知恵が生まれてきます。これに類する難問は固体から流体等色々な分野に共通して存在します。そういう意味で、計算力学部門は、部門が改めて支援する必要のないほど活気あるバラ色の部門であると思います。むしろ、この楽しさを若い人たちのやる気をそぐことなく知らせることが部門に課せられた役割でしょう。
また、大学に身をおくものとして、自分の研究を現実に役に立つレベルまで完成させて技術移転を行うという意識が希薄であったと反省しております。これからは、こうした技術移転と産業界との交流が重要となり、本部門の果たす役割も問われてくることと存じます。
以上、色々と書いてきましたが、計算力学部門に入って良かったと思えるような、他部門が協力したくなるような魅力ある部門を目指して、短いですが今年一年努力してゆく所存ですので、皆様のご協力をよろしくお願いいたします。