部門紹介
87期 部門長挨拶
第87期部門長 東北大学流体科学研究所 (流体融合研究センター) 大林 茂 |
このたび、大野信忠(名古屋大学)前部門長の後を継いで、第87 期計算力学部門長を仰せつかりました。この春より1年間、辰岡正樹(日本アイ・ビー・エム(株))副部門長、梅野宜崇(東京大学)幹事をはじめとする皆様方のご協力を得ながら、部門の運営に当る所存でございます。
計算力学部門は、流体工学や熱力学、材料力学などの学問分野に基づく部門とは異なり、計算機を使うという共通項でくくられた分野横断型の部門です。その特質である学際的な色彩をうまく取り入れたこれまでの運営や企画を継承し、機械学会の他部門との連携や日本国内の他の学会とも交流を続けていきたいと思います。
もちろん国内にとどまらず、国際的な交流も必須ですし、情報発信も必要だと考えています。計算力学部門は1988 年に設立され、まもなく設立25 周年を迎えます。昨年度、25 周年記念行事として、国際会議を日本に招致して開催するという方針が決まりました。今後、事業企画委員会を通じて、具体案作りを進めていきたいと思います。
さて、卑近な例で恐縮ですが、最近デジカメを購入したところ、メモリーカードの容量が32GB ありました。振り返ること20 数年前に、大学院で流体の数値シミュレーションを始めた頃、当時の大型計算機のメインメモリが32MB でした。今は、手元のノートパソコンでもメインメモリは3GB、HD はなくSSD で128GB、夢のような環境です。
大学院では、当時の航空宇宙技術研究所に導入された Fujitsu VP400、渡米後のNASA Ames 研究所では、Cray XMP、 2、YMP、C90 の4 機種を利用し、帰国して東北大学に採用になってからは、航空宇宙技術研究所のNWT、東北大学大型計算機センターや流体科学研究所のNEC SX シリーズ、 SGI のスパコン等を利用させていただきました。
TOP500 という世界のスパコンランキングがありますが、このサイトで第500 位のスパコンの、ここ10 数年の能力向上をみると、ちょうど10 年度で1000 倍のスピードアップとなっています。今の1000 倍の計算能力があったら、どんなすごいことができるでしょうか? 計算力学部門はまだまだ夢多き分野のように思います。
一方で社会に目を向けますと、我が国では少子化、理系離れ、格差社会と暗澹たる状況です。世界をみても、リーマンショック後の世界は、新たな混沌の時代に入ったようです。「恐るべき“妖怪”が徘徊している。金融主義という名の妖怪が」とでもいえましょうか。
昨年、堂目卓生著「アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界」(中公新書)という本が話題になり、2008 年度サントリー学芸賞政治・経済部門を受賞しました。アダム・スミスといえば、自由主義経済の精神的支柱のような存在です。20 世紀のマルクス・ケインズの時代を経て、近年は新自由主義が我が世の春を謳歌していました。しかし、リーマンショックで、新自由主義にもNO が突きつけられたようです。これは、アダム・スミスもついに過去の人になってしまったことを意味するのでしょうか?
この本の主張は、全く反対です。新自由主義が主張してきた経済成長が世の中全体を豊かにするという考え方は、アダム・スミスの思想の皮相を借りてきただけで、富は人と人を分断するものではなく、人と人をつなぐものであると語られています。
リーマンショックに続く世界不況は、100 年に一度の危機とも、資本主義が始まって以来の危機ともいわれています。この危機を生み出した一因は、技術の進歩にあります。情報通信技術の発達が、金融市場のグローバル化を可能にしたからです。
こうした世界情勢の中、技術者として我々にできることは、科学技術発達の負の側面を改めて意識するとともに、今後経済成長をする国の人々が、同じ轍を踏まないようにグローバルに情報発信をしていくことでしょう。
また、不況を克服するには、明るい将来展望を描くことが重要です。夢を語れる計算力学分野に所属する我々こそが、積極的に多くの夢を語り、実現に向けて努力すべきではないでしょうか?
そして、今回の不況は、我が国の製造業に大きな爪痕を残しています。いまこそ、計算力学がものづくりの現場に一層のアプローチをするときです。計算力学部門のニュースレターは、春と秋の年2 回発行されていますが、例年、春のトップ記事は部門長就任挨拶、秋のトップ記事は依頼原稿となっています。図らずも、過去3 年分の秋のトップ記事はCAE の話題でした。
- 2006 年秋No.37「企業における計算科学の適用-産業機械設計におけるフロントローディングのすすめ-」小林淳一氏((株)日立製作所研究開発本部ソリューションセンタ)
- 2007 年秋No.39「計算力学への期待~ものづくりと CAE :アナリシスからシンセシスへ~」平野徹氏(ダイキン情報システム株式会社)
- 2008 年秋No.41「プラスチック成形加工CAE の現状と展望」梶原稔尚氏(九州大学大学院工学研究院化学工学部門)
これらの記事は、計算力学部門のweb サイトで読むことができます。是非今一度お目をお通しいただければ幸いです。
CAE 普及の大切な側面は、この技術を中小企業へと広げていくことだと思います。これからは、中小企業とはいえ、国内向け生産だけではじり貧で、成長を続ける海外の発展途上国を含めた事業展開を視野に入れざるを得ないでしょう。今のパソコンの能力は、かつてのスパコン以上です。CAE をいかに末端の企業まで広めていくかは、大きな課題だと思います。
この混沌とした世界情勢の中で、機械学会の学会活動はいかにあるべきでしょうか? 計算力学部門は、どんな活動をすべきでしょうか? 非才の身で、こうしたらよいという答えはありませんが、これまで通りでよいとはいえないと思います。計算力学部門からものづくりにどんな貢献ができるか、日本社会にどんな貢献ができるか、世界にどんな貢献ができるか、皆様と一緒に考えていきたいと思います。
とりとめもなく書き連ね、十分な所信表明になっていない面もありますが、今年度計算力学部門の各種委員役員の方々とともに、今期の活動を具体的に立案し進めて行きたいと思います。委員各位のご意見はもちろんのこと、部門登録会員のご要望を広くお聞きし、今期の活動を具体的に立案し進めて行きたいと思いますので、皆様方の暖かいご支援を賜りますようお願い申し上げます。