部門紹介
85期 部門長挨拶
第85期部門長 理化学研究所 情報基盤センター 姫野龍太郎 |
日本機械学会計算力学部門の第85 期部門長就任にあたり、ご挨拶を申し上げ、所信を述べさせて頂きます。
計算力学部門は1988 年に設立され、今期でちょうど20 年の節目を迎えます。人で言えば成人式を迎え、一人前の大人として認められる歳月を経たことになります。これまで多くの諸先輩達の努力があってここまで発展してきたわけで、それを引き継いでの運営に大きな責任を感じます。
計算力学部門は、流体工学や熱力学、材料力学などの学問分野に基づく部門とは異なり、計算機を使うという方法に基づき、これらの分野にまたがって成り立っている部門です。その特質である学際的な色彩をうまく取り入れたこれまでの運営や企画は継承し、機械学会の他部門との連携や日本国内の他の学会とも交流を深める所存です。もちろん国内にとどまらず、国際的な交流も必須ですし、情報発信も必要だと考えています。今年初めから機械学会の英文論文は部門が運営する電子ジャーナルとなり、募集を始めました。これを契機に今期さらに英文によるホームページの拡充など、諸外国に向けた情報発信を進めたいと思っています。
一方で社会に目を向けますと、昨年制定された我が国の第三期科学技術基本計画の中で、スーパーコンピュータとその応用は国家基幹技術として取り上げられ、世界最速のスーパーコンピュータを開発するプロジェクトが開始しました。これはスーパーコンピュータを使った計算機シミュレーションがいろいろな製品の開発に欠かせない技術となっており、この分野を強化することが日本の産業競争力を高めることにつながるという認識から起こったことです。私達の計算力学部門は、種々の製品設計で実際に使われる計算が興味の中心でありますので、まさにこのプロジェクトの目指すところと符合しているのであります。社会的にも我々の部門の活躍が期待されております。
私自身は現在理化学研究所に所属していますが、社会人としての第一歩は日産自動車(株)でありました。20 年近く日産の中央研究所で、主に自動車に関連する流体の数値シミュレーションの研究開発を担当しました。入社した頃はまだスーパーコンピュータなどはなく、CADと構造解析がやっと普及し始めた状況でした。構造解析の次は流体解析と言われて研究を開始したのですが、当時はとても現実的なレベルで使える方法はありませんでした。一方で、航空宇宙分野の CFD はNASA を中心にしたアメリカでの急速な発展、そして日本でも航空宇宙技術研究所や宇宙科学研究所を中心にした研究が活発化しようとする状況でした。そのうち自動車でのCFD もあのレベルに行くはずだと非常に良い目標が示されており、夢に燃えていたことを思い出します。結局1990 年代初めには自動車のCFD も航空機で使われていたレベルに達しました。
私自身はこの過程で次のような教訓を得ました。
1)最初は夢にすぎないことも、10 年かけると実現できることがある。夢見ることが実現のための一番重要な要素である。
2)同じ分野だけを見ていても大きな発展は期待できない。違う分野との交流が、大きな発展の種となる。
3)今の現実的な解決手段よりも、回り道のようでも原理原則に基づく予測手段に迫る方が信頼できる。
4)コンピュータの性能向上と計算コストの低下は長期的にも保証されており、今は現実的でない計算時間であろうとも、近い将来解決できる。
5)計算と実験の比較にこだわりすぎると、いつまでも道具であるはずの解析システムの開発だけになってしまう。重要なのは道具を作ることではなく、それをいかに使うか、使った結果から何を読みとるかの方である。
ここで挙げたことは私の信念になっていますが、おそらく、人それぞれの違う信念があり、それぞれご意見があることと思います。単に計算手法や計算結果などの議論だけでなく、なにかの機会にでもこのようなことを紹介しあい、議論することが長期的な研究や開発の方針決定や人の育成、部門の今後の発展のために必要なのではないかと思います。まずは部門講演会でのワークショップやパネルディスカッションなどの企画として立案して行きます。
現在、私は先にも紹介した次世代スーパーコンピュータ開発でも開発グループ・ディレクタとして取り組んでいます。国家プロジェクトとして国が整備する世界最高レベルのスーパーコンピュータは2010 年度に部分的に完成し、2011 年春からサービスを開始します。その後、1 年をかけて増強し、 2012 年3 月に完成、4 月から全性能での稼動となる予定です。しかし、コンピュータはどんなに速い速度であろうと、ソフトウェアを実行させるための道具です。その道具にどんな仕事をさせるのかはソフトウェアが決めます。そのソフトウェアの研究開発は言うまでもなく重要なことですが、それらをどう使いこなし、製品設計や研究開発に生かして行くかはもっと大切です。現在、方法論や知識としての計算力学講座や講習会は各種開催されるようになり、大学でも講義されています。しかし、それでは本質的に不十分です。実際の製品設計などの現場で計算力学的手法と使おうとした時、必要なことは適切な簡略化や仮定を置き、求められている期間内に必要十分な解を求めることです。製品となった時に問題が起こるような現象を、その本質が捉えられないような簡略化を行っては元も子もないし(例えば、突発的な大きな応力がかかった時の非線形現象や、金属疲労などを考慮せず、静的な荷重の応力だけで設計するなど)、限られた時間内に結果が得られなくても期待を裏切るだけです。そのような状況で的確に判断し、適切に計画できる技量を持った経験豊かな人を育てることが本質的には必要だと思います。これはなかなか難しいことですが、今ある各種の講習会とは別に、更に高度なエンジニアを目指す人に向けた、新たなコースを考える必要を感じています。
このことは昨今の建築業界で起こった構造計算での偽装の問題や、大学や公的研究機関での論文ねつ造など、倫理的な問題や教育、あるいは管理をどうするか、などとも深く関係します。このような不正が起こった時に、結果を見て直感的におかしいと思う感覚を普段から持たないと再発は防げません。
我々の部門の持つ社会的な責任は本当に大きく、今後いろいろな形でその責任を果たさなければなりません。これは我々に新たに突きつけられた使命として認識し、部門の活動の中でなんらかの対応を計画していきたいと思います。
とりとめもなく書き連ね、十分な所信表明になっていない面もありますが、今年度計算力学部門の各種委員役員の方々とともに、今期の活動を具体的に立案し進めて行きたいと思います。会員各位におかれましてもご意見ご要望をお寄せ頂くと共に、今後の活動にご協力をいただけますようお願い致します。