部門紹介
90期 部門長挨拶
第90期部門長 吉村 忍 東京大学 大学院 工学系研究科 システム創成学専攻 |
この度、梶島岳夫前部門長(大阪大学)の後を引き継ぎ、第90期計算力学部門長に就任致しました。この場を借りて一言ご挨拶申し上げます。私は、1987年に大学院博士課程を修了しましたが、その頃は、計算力学が正式に認知され組織化されてくる大きな変革の時期でした。博士課程3年だった1986年には、米国テキサス州オースチンで開催された第1回計算力学世界会議(WCCM)に参加させていただきました。また、1988年には、初代部門長を務められた矢川元基教授(当時東京大学、現東洋大学)たちが計算力学部門の設立に向けて奔走される中で、設立総会の準備を手伝ったり、部門ロゴマークや部門賞の制定に関わる作業などをさせていただきました。今回、部門設立25周年という記念の年に、部門長として関わることに、ある種の巡り合わせを感じるとともに、大変光栄に思っています。
20名の錚々たる歴代部門長のリーダーシップのもと当部門員皆様の活動の成果として積み上げられてきた当部門の輝かしい実績の上に、少しでも何か新しいものをプラスできるように、山本誠副部門長(東京理科大学)、姫野武洋運営委員会及び総務委員会幹事(東京大学)、奥村大(名古屋大学)・小石正隆(横浜ゴム)広報委員会幹事、長谷川浩志事業企画委員会幹事(芝浦工業大学)をはじめとする拡大運営委員会委員の皆様と一緒に努力してまいりたいと思います。さて、部門の活動に対する私の抱負を3点ほど述べさせていただきます。
第1点は、昨年発生した東日本大震災とそれに引き続いて起こった福島第一原子力発電所の事故を経験して、改めて考えた計算力学への期待と課題です。計算力学は、幅広い分野を包含しており、その適用対象は無限に存在しますが、改めて、計算力学の防災・減災分野における重要性をリマインドしたいと思います。他のあらゆる科学技術分野と比べた時、計算力学を含むシミュレーションの最も重要な特徴は、「予測能力」だと思います。現象をきちんとモデル化し、適切な物性値や境界条件・初期条件を設定し、精度よく解くことができれば、それを使ってまだ来ぬ未来予測を行うことができます。もし、必要となる情報に一部欠落があっても、可能そうなデータを仮定し感度解析を行うことにより、ある種の幅を持って予測することもできます。人工物と同時に自然や社会を相手とする防災・減災分野は、現象のモデル化とともにデータ収集にも困難を伴います。しかし、それでもそうした困難を克服し、実現象の発生に先だって、様々な定量予測を行うことができる計算力学を、これまで以上に積極的に活用すべきでしょう。一昨年の事業仕分けという大波を乗り越えて今年から本格稼働が始まる世界ナンバーワンの京コンピュータはそうした動きを強力に支援しています。当部門は、日本機械学会に所属してはいますが、国内最大の計算力学専門家集団として他の関連学協会とも協力しながら、この国家的な課題の克服にも貢献していければと思います。
一方、東日本大震災と原発事故は、私たちに本質的な課題も突きつけました。計算力学を現実問題に活用する上で、 Verification & Validationを行うことは当然です。しかし、 V&Vを経た計算力学シミュレーション手法を用いたとしても、対象のモデル化や入力データが異なれば、異なる結果がでてきます。ましてや、自然現象との相互作用や非線形性・マルチスケール性・マルチフィジクス性が強くなってくると、真実は一つのはずなのに、シミュレーションからたくさんの異なる結果が出てきてしまいます。シミュレーションには予測能力がある、といくら威張ってみても、一つの事象に対して、異なる専門家が異なるシミュレーションを使って、異なる結果を出すことは、専門家にとっては常識であっても、マスコミ関係者も含めて一般の人に理解できないのはある種当然のことでしょう。しかし、そうした専門家の常識と一般の人の常識の乖離を放っておくと、結局はシミュレーションやその専門家に対する不信感を生むこととなってしまいます。計算力学の適用分野が社会の隅々に広がる中で、シミュレーション結果を専門家が内々で活用する場合とは異なる、社会で活用してもらうための工夫がいま必要になってきていると思います。当部門においても、そのような観点からの議論を日々積み重ねておくことが重要と考えます。第2点は、部門活動の国際化についてです。当部門の登録員個人は、どのような組織・機関に所属していようと、少なからず国際的な環境で活躍されていると思います。しかし、部門活動全体でみると、ほとんどの活動は国内向けであり、国際的な活動は間歇的ですので、まだまだ改善の余地があると思います。
当部門の歴史を振り返ってみますと、1994年に千葉県幕張で開催された第3回計算力学世界会議(WCCM III)や 2007年京都で開催されたアジア太平洋計算力学会議 APCOM’07-EPMESC XIに共催などとして積極的に関与しましたし、1993, 1994, 1997年にはISAC (International Symposium on Advanced Computing)を主催しました。 2004, 2010年には日本計算工学会とIWACOM (International Workshops on Advances in Computational Mechanics)を共催しました。今年は、25周年記念事業として、25回部門講演会(平野徹実行委員会委員長(ダイキン情報システム)、屋代如月幹事( 神戸大学) ) と連続して、ICMS2012 (International Computational Mechanics Symposium 2012) (姫野龍太郎実行委員長(理研)、岡田裕幹事(東京理科大))を日本計算力学連合の後援も得て神戸で開催します。また、2007年より、部門英文ジャーナルJournal of Computational Science and Technology(岡田裕編修委員長、高野直樹副委員長(慶應義塾大学))を編纂しています。本格的な国際会議を頻繁に開催することは経費の点でもなかなか大変ですが、たとえば、過去にも行われた試みとして、部門講演会の一部オーガナイズドセッションを国際化し、そこで発表した内容を部門英文ジャーナルに投稿し、国際発信していくことを定常的に行うのはどうでしょう。そこに少しずつ海外、特にアジアの研究者を呼び込みながら部門の定常的な国際活動を進めていけるのではないでしょうか。一方、他の国内の計算力学関連学協会やアジアの計算力学関連学協会等と積極的に協働して、計算力学の極をアジア地区に構築すべく活動していくことを目標としてもよい時期と思います。
第3点は、計算力学部門で活躍する研究者と計算力学ユーザーの接点の構築と交流です。すでにご存じと思いますが、 2000年に当部門に設置された計算力学部門将来問題検討委員会(委員長は故田中正隆信州大教授)の答申に盛り込まれた「計算力学教育認定」に関して真剣に検討を開始すべきであるという提言が起点となって、2002年より当会の計算力学技術者認定試験がスタートしました。この認定試験の実施は、組織的には本会のイノベーションセンターが主体となって行われていますが、人的には当部門関係者が大変大きな役割を果たしています。この認定事業では、今年3月末の段階で、固体力学分野と熱流体力学分野の初級、2級、1級、上級アナリストの全分野の資格取得者が総計で3779名となりました。最近は毎年1000名を超える受験者が挑戦し、資格取得者の数は毎年増えています。また、今年より振動分野の事業もスタートします。実はこの資格取得された方たちの多くは本部門の登録者でもないばかりか、当会の会員でもありません。計算力学部門登録者第1~3位までの合計が5300名であることを考えると、いかに計算力学技術者資格取得者の数が増えてきているかわかると思います。計算力学分野の最先端の研究開発を担う研究者たちと、現場で計算力学を日々製品開発等に活用する技術者が定期的に交流する場を作り、現場から最先端まで包含する8000名を超える有機的な計算力学コミュニティーを構築することができれば、社会に対して、より一層大きな貢献ができるのではないでしょうか。
最後となりましたが、当部門の活動と登録員一人一人の活動が相互作用することにより、皆様と一緒により大きな高みに登っていけますことを期待しております。この1年間何卒よろしくお願い致します。