部門紹介
82期 部門長挨拶
第82期部門長 東北大学 中橋和博 |
日本機械学会計算力学部門の第82 期部門長就任にあたり、一言ご挨拶を申上げ所信を述べさせていただきます。
計算力学部門は今期で17 年目になりますが、この分野における諸先輩のご尽力で大きく成長してきており、それを引き継いでの運営に大きな責任を感じております。今期はこれまでの部門長が築かれた路線を忠実に継承し、機械学会の他分野や日本国内の関連学会との交流を一層盛んにするとともに、世界につながる発展を目指そうとしております。部門に登録されている会員各位におかれましては、本部門の運営と活動にこれまでと同様、何卒一層のご支援を賜りますようお願いいたします。
私は大学の航空宇宙工学専攻に所属しています。ご存じのように、航空機開発では我が国は欧米に遅れをとっていることを認めざるを得ません。一方、世界の航空輸送は今後20 年間で現在の2~ 3 倍にもなると予測されています。それを見越して欧州では実機飛行環境を模擬できる大型高レイノルズ数風洞を稼働させるなど、航空機開発設備では我が国と欧米との差が更に開きつつあり、このままでは我が国が独自に旅客機開発を行うことがますます遠のくような感を否めなく寂しくも思っています。そのような状況で、設備面での後れを挽回する手段として計算力学に大きな期待が持たれています。風洞試験や飛行試験に取って代わる数値流体力学、より高性能な機体設計のための多分野多目的最適設計、複合材最適設計技術等が、大規模試験設備に取って代わり、経験則に基づいた設計手法を根本的に変革する可能性を持っています。
航空宇宙工学分野だけでなく、マイクロ・ナノの分野、あるいはバイオといった分野では計算力学が唯一の解析手段でもあり、その発展は近年非常に大きいこともご存じの通りです。計算機性能の更なる向上により計算力学があらゆる分野で革新をもたらして行くことは確かです。
一方、狭い意味での計算力学はあくまでも研究手段であり、最終目標ではありません。科学とも異なり、直接的にあるいは間接的に‘ものづくり’や発見を支援する学問と認識しております。しかし、計算力学の研究者は往々にして計算手法という道具作りにのみ終始して自己満足に陥る可能性があります。研究や開発の高いレベルの最終目標設定があり、それを実現するための道具として計算力学を如何に活用するかという視点を常に持たなくてはなりません。計算力学研究者が近視眼的にならないためにも様々な情報交換を行う必要があり、その機会なり場を提供することに学会活動の最も重要な役割があると考えています。
分野横断的な色彩の強いのも計算力学部門の特徴です。様々な分野が複合的に混ざり合って新たな領域が創成され革新的技術が生みだされている今日、多分野交流と最新情報交換が何よりも重要です。そして計算力学部門は分野間交流の要となりうる立場でもあります。しかしながら部門主催の計算力学講演会を見ていますと、確かに流体や材料等、多彩な分野の人たちが参加していますが、分野間交流は必ずしも活発でなく、単に個々の分野が同じ会場と日程で講演会を開いているだけとの印象も私自身は持っています。また、企業からの参加者も余り多くはありません。様々な分野の人たちがもっと混じり合ってニーズ・シーズの研究情報を交換できるようにするために何らかの工夫が必要でしょう。このような仕組みを構築し提供することこそ本部門の役目です。講演会とともに分野横断的な、そして産学官の交流を促進できる研究会活動をもっと積極的に支援していきたく思います。
わが国の計算力学の発展は、国内の恵まれた計算機環境にも支えられてきました。主要大学や研究所には早くからスーパーコンピュータが設置され、他国では不可能な大規模計算も行われてきました。しかし、その事が我々にハードウエア能力に安易に頼る状況を作り出し、並列計算やグリッドコンピューティングという考え方に遅れをとらせたとも言えます。大規模計算ができる環境があって計算力学による革新的な研究、革命的機械が生まれるのは確かであるものの、巨艦主義に陥ることにも常に注意して行かなくてはなりません。計算機環境そのものが凄い勢いで変革しつつあり、その最新情報なくしては大きな将来展望を誤らせることにもなります。その意味で、5000 名以上もの登録者をもつ計算力学部門は、計算アルゴリズムやその応用等のソフト面での研究発表の場を提供するだけでなく、計算機ハードウエアやその利用形態の最新情報を登録員に発信し議論を促進していくべきです。
20 年ほど前に年輩の流体力学研究者が、「CFD (Computational Fluid Dynamics)が怒濤のごとく押し寄せてきた」、と発言されたのが未だに印象的です。その当時の年配者と同じ年齢に私もなりましたが、計算科学・工学の波が様々な分野を巻き込んでますます勢いをつけている現状に、以前の年配者と同じような驚きを持っています。まだまだ成長盛りの波であるこの分野は、特に若い人にとって魅力的でもあります。しかしながら、機械工学の伝統的な4 力学と情報科学との狭間で計算力学が社会的に十分認知され評価されているとは言えず、その教育体制も不十分ではないでしょうか。次を担う若手を育てるための大学の教育カリキュラム整備やその認定制度も更に押し進める必要があると考えております。また、企業若手育成のための講習会や社会への啓蒙活動を行っていくことも計算力学部門の大きな使命でしょう。中高校生に計算力学の面白さを教えるような企画があっても良いかも知れません。
計算力学は科学・工学の様々な分野で加速度的に重要性を増しています。その大きなポテンシャルを持つ計算力学部門の運営を担うことは非常に名誉であるとともに責任の重さも噛みしめています。部門の最も重要な使命は、様々な分野や立場の人たちの交流の場を積極的に提供し、かつ最先端の計算科学・工学の情報を容易に取得できるようにすることで部門登録のメンバー諸氏が更に発展されるよう手助けすることであると考え、部門運営を進めていく所存です。具体的な活動として、学術講演会・研究会等を中心にしつつ、若手育成のための大学教育の整備・促進や企業若手への講習会の開催、そしてこれら活動を国際的な場へと広げていくことで、他部門に負けない活発な活動を促進して行くことに精一杯で取り組む所存です。
今期の部門活動に対して、メンバー諸氏には積極的な参加をお願いするとともに、忌憚のないご意見ご提言を頂きますようお願いして、部門長就任の挨拶に代えさせて頂きます。