No.71
No.70
No.69
No.68
No.67
No.66
No.65
No.64
No.63
No.62
No.61
No.60
No.59
No.58
No.57
No.56
No.55
No.54
No.53
No.52
No.51
No.50
No.49
No.48
No.47
No.46
No.45
No.44
No.43
No.42
No.41
No.40
No.39
No.38
No.37
No.36
No.35
No.34
No.33
No.32
No.31
No.30
No.29
No.28
No.27
No.26
No.25
No.24
No.21
No.20
No.19
No.18
No.17
No.16
No.15
No.14
No.13
No.12
No.11
No.10
No.09
No.08
No.07
No.06
No.05
No.04
No.03
No.02
No.01
ニュースレター
- Home
- ニュースレター:No.19
- 計算力学関連ニュース 計算科学に関する2つのプロジェクトについて
計算力学関連ニュース
計算科学に関する2つのプロジェクトについて
矢川元基
東京大学大学院工学系研究科システム量子専攻
本年度(平成9年度)から科学技術庁と文部省がそれぞれスポンサーとなり計算科学の2つのプロジェクトが開始されることになった。ここではそれぞれのプロジェクトの概要を紹介したい。
まず、科学技術庁プロジェクト「地球シミュレータ」は以下の背景や目的がベースとなっている。
人類の社会経済活動の拡大に伴い、洪水、干ばつ等の異常気象による被害や、地震、火山活動等の災害による被害も甚大なものとなっており、これらの自然の脅威から人命を守り、社会経済活動への影響を最小限に抑えるため、これら不可避の自然現象の発生を予測し、十分な備えを怠らないようにしていく必要がある。現在に生きる人類にとって、世代を越えて地球環境の保全を図るとともに、ある程度は避けられないと考えられる地球環境の変化に対応するため、生きてる惑星としての地球に理解を深め、その変動により将来もたらされる効果を見極めて、適切な対策を講じていくことが必要となっている。
地球規模の現象を正確に把握し、その変動を予測するためには、広大な地球の多様な変動を構成する個々の要素過程を詳細に解明するとともに、それぞれが相互に複雑な影響を及ぼし合いながら、一つの総合的なシステムとして、時間的・空間的に変貌を遂げていく過程を追跡し、その進展を忠実に再現していく必要がある。
他方、近年のコンピュータとネットワークを中心として急速な発展を遂げた情報科学技術は、豊かな国民生活の実現と新たな時代を拓く原動力としての役割を果たしている。その重要な一翼を担う計算科学技術は、理論、実験に次ぐ「第3の科学技術」と称され、高性能コンピュータを駆使して高度なシミュレーションを行うことにより、増大の一途をたどる情報の効率的な処理を可能とする画期的な手段として期待が高まっている。
以上の背景のもと、我が国のコンピュータ技術が世界の最高水準に到達した今日、高速計算技術の飛躍的な発展を図りながら、高度なシミュレーションにより地球変動予測の実現を図ることを目指して、地球の未来を映し出す「仮想地球」をコンピュータ上に再現する「地球シミュレータ」計画を推進することは、時宜を得たものである。また、地球科学技術と情報科学技術の両分野をつなぐかけ橋として、新たなブレークスルーをもたらすものと期待される。本計画は我が国の科学技術政策上の重要課題と位置づけ、関係機関の総力を結集し、省庁の枠を越えた我が国全体としての計画としてとりあえず5年間にわたって計400億円の研究開発費を用いて推進されることになっている。
具体的な研究テーマは以下の通りである。
(1)地球シミュレータ(超高速コンピュータ)の開発
(2)地球シミュレータ用大規模並列ソフトウエアの開発
(3)全球大気・海洋結合モデルによる地球温暖化の予測技術の高度化を含む大気・海洋分野のモデリングとシミュレーション
(4)地球内部のダイナミクスと熱輸送を含む固体地球分析のモデリングとシミュレーション
次に紹介するのは文部省・日本学術振興会プロジェクト「計算科学」である。本プロジェクトは昨年度から開始された未来開拓事業の1つであり、背景や目的は以下に示されるものである。
空間における様々な理工学上の現象を高速計算機によって解明しようとする分野は計算科学とよばれている。この分野の最近の進歩はめざましく、最近の20年間に計算速度は数百万倍にもなっているといわれている。この内容はスーパーコンピュータの出現によるハードの進歩によるものと、数値計算アルゴリズムの進歩によるものである。この驚異的な計算速度の向上によって、計算科学は基礎科学のみならず産業界においても有効性が確認されつつあり、次第に従来の実験に置き換わりつつある。しかし、現実に起こる複雑な問題を十分な精度で解析するには現在の計算速度は満足できる状況からは程遠い。一例を挙げると、100万自由度の弾性体の線形解析には最新のスーパーコンピュータを用いても数時間を要している。実用性を考えると空間分解能力向上のために1000倍、最適設計のために100倍、非線形・非定常解析のために100倍の計算量がさらに必要であり、結局現在の1千万倍の高速性能が必要である。また、解くべく問題が大規模になれば、大規模マトリックスのソルバー部の負荷のみならず、大量のデータの処理部分や複雑な形を処理する部分、すなわちプレ・ポストプロセッサー部の負荷が無視できなくなる。
以上は計算科学のある1つの分野の状況であるが、実際にはほとんどあらゆる理工学分野において計算科学的アプローチが用いられて研究が行われていると言える。本研究では、その中で計算科学を代表すると考えられる以下の重点課題が設定された。
(1)現在の最高速計算機であるテラフロップス級計算機が5年間に1~2桁高速化され、また汎用化されること。
これまでに完成しているテラフロップス級専用超並列機の性能を5年間に1~2桁向上させるとともに、汎用化を企てる。これは産業界が開発する将来のコンピュータのプロトタイプともなり得る。このプロジェクトにおいては、数10ないし100テラフロップスが5年後の計算速度の目標となるが、その他に利用者側の観点から大量データの並列入出力、並列可視化も開発項目に含まれる。
(2)新しい知見を容易に導入可能な大規模工学設計用ソフトウエアが開発されること。計算科学の工学的応用を視野に入れた大規模計算用汎用ソフトウエアの開発を行う。将来、多くの産業界での利用に耐えるために、データ入力の容易さ、新しい要素の導入の容易さを考慮する。具体的には、産業界において理想とされる、1000万~1億自由度の連続体力学の問題を1時間~1日で解けることを具体的目標とする。また、いかなる複雑形状物体をも自動的に解析できることを考える。
(3)実験的なアプローチでは解明が不可能な大規模な問題すなわち地球規模解析および物質解析をとりあげ、有効な計算アルゴリズム開発、およびその実応用がなされること。
計算科学の具体的対象である流体力学と物質科学をそれぞれ採り上げる。前者では環境問題、気象予測などへの応用を考えた地球規模乱流現象を、後者では物質のミクロの現象を計算科学を駆使してそれぞれ大規模解析する。前者においては桁違いののスケールが混在する流動現象を解明するためのアルゴリズム開発、恣意的パラメータを導入しない新しい乱流統計モデルの開発が含まれる。また後者では高温超伝導体、次世代エレクトロニクスなどへの応用を考えた量子モンテカルロ法に関する計算科学的研究を行う。上記3議題の研究を遂行するために大学理学系あるいは工学系に属する6拠点の研究者グループが選ばれ5年間で約25億円の予算のもとで研究を開始した。
これまで我が国においては計算科学の分野においてのこのような大きなプロジェクトが設定されたことは皆無に等しく、今回の2つのプロジェクトに期待されるところは大きい。同時に、関係している担当者に課せられた責任も重大であり、国際的に見てもトップクラスの成果が期待される。
いずれにしても、我が国の計算科学の関係者すべてにとって今回の2つのプロジェクトのスタートは大変よろこばしいものであり、特にこの方面の若い研究者の研究意欲をわきたたせるための良い刺激となることであろう。