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ニュースレター
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計算力学教育を考える
白鳥正樹
横浜国立大学工学部生産工学科
今なぜ計算力学教育か?
計算力学(Computational Mechanics)の手法は古典的な理論(Theoretical or Applied Mechanics)と実験力学(Experimental Mechanics)の2つの手法を補う第3の手法として急速にその地歩をかためつつある。研究および設計の現場においてこの手法が日常的に使用され多くの成果を挙げている。ところで大学の学部クラスの機械工学教育のカリキュラムにおいては、依然として従来の理論と実験によるアプローチを前提とした体系が根を下ろし、計算力学等の新しい講義あるいは演習科目等が入りにくい状況となっている。大学院レベルでは有限要素法や数値流体力学等の講義科目が新設され定着している一方、従来の弾性論等の数式を駆使した応用力学系の科目は急速に学生の人気を失いつつある。このような状況の中にあって近年、計算力学教育を学部および大学院のカリキュラムの中に位置づけようとの試みがいくつかの大学で行われるようになってきた。
一方企業等においては計算力学を極めて実践的な手法として捉え、この手法が設計および研究現場で日常的に使えるような環境を整えると共に、この手法を使いこなすための社内教育が活発に行われている。しかしこの手法の理論的基礎およびプログラムの中味の理解にまではなかなか手がまわらず、一種のブラック・ボックスとして使っている場合が多いようである。
以上のような背景のもとに大学および企業における計算力学教育の位置づけ、海外における状況等について、固体、熱流体および振動解析等の各分野に亘って議論することは時宜を得たものであると考え、1995年11月16日(木)日本機械学会第8回計算力学講演会の場を借りてパネル討論を企画した。またこの企画に照準を合せて、日頃この分野の第一線で活躍しておられる大学の先生方および企業の方々に投稿という形で「計算力学教育」について日頃思うところを自由に述べていただいた。大学11名企業4名の方々から積極的な投稿があり1)、これを基にして様々な角度から教育の問題が論じられた。その折の議論を踏まえて、私自身が「計算力学教育」について思うところを少々述べてみたい。
応用力学教育と計算力学教育
まず計算力学教育の重要性については誰もが異論をはさまず共通認識が得られているように思われる。しかしこれを具体的にいかに実践していくかとなると立場によって多少意見の相違が見られた。討論の場が計算力学部門の講演会であったせいもあって、従来の応用力学教育(機械系ではいわゆる5力学すなわち材料力学、機械力学、制御、流体力学、熱工学)の枠組を解体して、連続体力学、解析学、幾何学、数値解析法、ビジュアリゼーション、ソフトウェア工学等、計算力学の枠組に即した新たな教育体系を構築すべきであるとの積極的な意見が、主として大学の先生方の間から出された。
一方、計算力学の重要性は認めるが、専らコンピュータによる解析に頼りすぎる余りに、実際の現象を知らないままに解析結果を信じてしまう若者たちが育ちつつあることに対する懸念が、主として企業サイドから指摘された。すなわち従来の応用力学教育の体系は比較的単純な理論に基づいて構築されているために、対象とする問題が単純なモデルで表現されており、実際に生起する複雑な現象をこの単純なモデルにモデル化し、大局的な挙動を把握する能力を養うには適しており、エンジニアの基礎的素養として必要であるとの指摘である。
私の専門分野である材料力学の問題を例にとり、もう少し具体的に述べてみよう。現在、学部レベルにおける材料力学の講義では、引張り圧縮を受ける棒、ねじりを受ける軸、曲げを受けるはり等の最も基本的な構造要素に関する変形と応力の解析方法と、これを基にした強度設計と剛性設計の考え方を論じている。すなわち、一般の弾性論で扱うような偏微分方程式の境界値問題を解くというような高度な数学的な技法に頼ることはせず、扱う問題が精々微分、積分程度の高校で修得した数学の知識で解けるような問題に限定されている。このような単純な問題でも、モデル化の技法と強度設計、剛性設計の概念を学ばせるにはこれが最も基本となる。しかし材料力学のこの体系は問題を単純化する余りに、応力とひずみ、および構成式に対する概念があいまいのままに扱われており、これをきっちり勉強しようとすると弾性学、塑性学あるいは固体力学等を学ぶ必要がある。このような科目は初歩の材料力学を学んだ後に、学部の高学年であるいは大学院において、それぞれの態様に応じて講義が行われているが、必ずしも必修科目とはなっておらず受講者も少数である。このような状況の下に新たに計算力学教育の必要性が認識され、従来材料力学の講義を行っていた先生方の個人的な判断あるいは好みに応じて有限要素法等の講義が新たに加わってきた。しかし、機械系の講義科目は極めて多く多岐に亘るため、これ以上新規の科目をつけ加えることは不可能で、新たな科目を提案するときには従来の科目を何か削らなければならない。いきおい有限要素法等の計算力学の科目は学生の人気を集め、例えばチモシェンコの「板とシェルの理論」というような古典的な応用力学科目はカリキュラムの中から姿を消しつつある。そしてこれらの講義科目の取捨選択が、担当する教官の個人的な判断にまかされており、従来の応用力学教育に対する新たな計算力学教育の位置づけがいかにあるべきかといった突込んだ議論が行なわれ、応用力学教育と計算力学教育の全体のバランスを考慮した新たな体系化の試みがなされているとは言い難い。先のパネル討論における2つの異なる意見はこのような教育現場の混乱に対する警鐘と受けとることができる。
提案:全国の大学に計算力学講座の設置を!
ここで問題解決の方法としてひとつの提案を行いたい。すなわち機械系学部(あるいは大学院)について述べると、従来の5力学を担当する講座の他に新たに計算力学を担当する講座の新設を目指すことである。現在のカリキュラム上の混乱は、従来の5力学を担当する教官が個人的な判断と好みに応じて、計算力学関係の講義を適宣開講していることによってもたらされていると考えられる。これらの先生方は第一義的には従来の5力学という区分の中でのそれぞれの分野の教育に責任を持ち、従って新たに計算力学科目の講義を開講するとしても区分けされた力学分野の中での理論、実験重視から計算重視への若干のシフトを行っているに過ぎない。従ってパネル討論で提案されたような新たな計算力学教育体系の構築というような抜本的な改革は極めて困難である。またこのような講義科目の選択が教官の個人的な判断に委ねられているために、全国規模で見た場合にどのような学生を育てるのかという共通のコンセンサスを得ることができない。計算力学講座を担当する教官は、計算力学における新しい手法の開発に従事する一方、全国規模のネットワークを通じた議論を踏まえて、学部(あるいは大学院)における計算力学教育に責任を持つ。この場合、将来企業に入って計算力学の手法をユーザーとして使う立場の学生と、計算力学を専門に学ぶ学生とはその教育内容をはっきり区別すべきであろう。前者は従来の5力学にさらに計算力学を加えた6力学をバランス良く学ぶことにより、あくまで、企業の設計、研究開発等における1つのツールとして使いこなすことに主眼を置く。この場合には有限要素法等の既存のツールを使用して設計する場合のモデル化の技法、解析結果の評価等に教育の主眼を置き、ソルバーの中味についてはごく基本的なコンセプトのみに止めて、詳細に関しては敢てブラックボックスで構わないものとする。受講の対象となる学生は極めて多いため、計算力学担当講座の教官が、カリキュラムの作成に責任を持ち、他の力学分野の教官がそれぞれの分野の態様に応じて、すなわち従来の理論、実験とのバランスを考慮して計算力学教育を実施する。後者は卒業研究あるいは大学院の課程で計算力学担当講座で学ぶことを希望した学生に対して実施すれば良い。このような学生に対しては従来の応用力学教育とのバランスを考慮することなく、パネル討論における議論にあったような計算力学プロパーのカリキュラムを設定し、将来は計算力学の手法の研究、開発に従事する専門家として育てると良い。ただし、人数的にはそれ程多くを育てる必要はない。
なお以上は1つの学科内における講座要求という形で議論を行ったが、もう少し規模を大きくして学部(大学院)における学科(専攻)要求と考えても良い。今、大学は従来の枠組からの変革を迫られており、計算力学という新しい手法の研究および教育を行うグループを1つの組織として、全国の大学の中に定着化をはかることは時宣を得た提案であると考えるがいかがなものであろうか。なお上記のアイデアは著者が日本機械学会計算力学部門の部門長として務めた2年間に亘る経験に基づくもので、当部門では参加メンバーの大半が5力学の1つを第1の専門分野として持ち、計算力学部門に対しては個人的な興味からボランティアとして参加しているに過ぎないという、一種の基盤の弱さを痛感したことに端を発するものである。
参考文献
1)日本機械学会 第8回計算力学講演会講演論文集, No. 95-4, (1995-11), 11-39.