26. 医工学テクノロジー

26・1 はじめに

超高齢社会を迎えた日本においては,健康寿命の延伸に向けて,医療費や医療従事者に対する負担を増やすことなく,疾患の早期発見・早期治療を達成させることが極めて重要な意義を持つ.そのためには,すぐれた医療機器や健康機器,医療・福祉技術の創出が必要不可欠となる.これらを背景に,本会を含む12学協会により,医工連携に貢献できるものづくりを基盤とする工学各分野の研究者・技術者が医療の最前線にいる医学者と共通な基盤で融合できる場として「日本医工ものづくりコモンズ」(以下,ものづくりコモンズ)が2009年に設立された.また,同2009年には,本会の内部でも大きな動きがあり,部門横断型の医工学テクノロジー分科会が発足し,2011年から本推進会議に発展した.機械力学・計測制御部門,流体工学部門,計算力学部門,バイオエンジニアリング部門,ロボティクス・メカトロニクス部門,情報・知能・精密機器部門からの協力を得て,2013年より材料力学部門,熱工学部門,マイクロ・ナノ工学部門,2014年より機素潤滑設計部門も加わり,2016年には3年間の設置期間延長が認められ,その活動の規模を広げている.このような経緯を考慮して,「ものづくりコモンズ」の設立・維持に大きく貢献し,この分野全体を牽引してきた谷下一夫氏に,本推進会議の直接的な活動に加えて,広く医工連携に関係した事柄についてご説明頂いた(26・2に詳細記述).また,本推進会議の代表的活動として,年次大会におけるOS「医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発」がある.本OSをみることで,医療福祉機器に関する研究の動向を読み取ることができる.このOSの内容については,白石俊彦氏に説明して頂いた(26・3に記述).さらに,2017年度は,年次大会にて「ものづくりコモンズ」との連携のもと,本推進会議を構成する10部門との合同ワークショップ「医工連携を加速するプラットフォーム」を開催した.この内容については,原田香奈子氏にその概要の説明をして頂いた(26・4に記述).

以上,時代の背景および日本機械学会が社会に果たすべき役割として,本学会における部門横断型組織である「医工学テクノロジー推進会議」の役割が益々重要になってきている.

〔陳 献 山口大学

26・2 ものづくりコモンズ

26・2・1 概況

医療機器開発を目指す医工連携は,2017年の1年間でも相当の進展が見られた.日本医療研究開発機構(AMED),東京都医工連携HUB機構や埼玉県の医療イノベーション埼玉ネットワークなどによって補助金を受けた開発課題(アカデミアと中小のものづくり企業が主体)が進展して,その一部は規制組織である医薬品医療機器総合機構の承認を獲得した実績を示し始めている.特に新規の医療機器は,臨床治験という高いハードルを越えなければならないが,治験を完了したという課題も出始めており,いよいよ医療現場で真価を発揮する事になる.以前は,治験のハードルは殆ど超える事は出来ないとか,臨床研究はお金と手間がかかり,大企業以外は無理という見解が大勢を占めていたが,公的資金による臨床研究が可能になってきたため,以前の状況とは著しく異なり,医療機器開発に対する価値観を大きく変革する時代になってきたと言える.このような時代背景の基で,機械学会と医学系の学会との距離も縮まってきており,医学分野との交流が以前とは比較にならない位に盛んになってきた.医工連携を成功させる要因の一つは,お互いに近寄る事である.日本で最大の規模を持つ機械学会は,日本の医工連携を成功させるために重要な役割を演じ始めている.

26・2・2 医療機器開発における基盤的研究の意義

日本の医工連携は,過去に例を見ない位に,急進展している.その最大の駆動力になっているのは,日本の医療産業を強化して,日本のものづくり技術によって,優れた医療機器を創出させて,医療現場で活用させるという意欲である.この意欲が公的機関,医療機関さらに産業界で共鳴して,具体的な開発に繋がっている.しかしながら,このような動きが加速している状況で,戸惑っているのは,工学のアカデミアの研究者ではないだろうか.真面目に基盤的研究に取り組んでいるアカデミアの研究者の目には,機器の開発を主眼とした医工連携の動きを多少異質なものと映っているのではないだろうか.実は,優れた医療機器を実現させるために最も必要としているのは,基盤的研究であるが,基盤的研究の研究者の参加がまだまだ不足しているように感じる.現在進行中の医工連携では,手堅く成果を出すという点で既存技術と改良改善のニーズとのマッチングが多いというのもその理由かもしれない.しかしながら,それだけでは,世界の医療機器と競争できる製品を生み出すのは困難であり,新しい医療ニーズ(新しい医学的意味を包含するニーズ)を既存技術だけではなく基盤的研究によって生み出された工学シーズによって具現化する事が必須であり,その段階ではアカデミアの研究者の参加が必須要件となる.

そのような点で,これからの医工連携の進展には,工学のアカデミアの研究者の参加が必要で,そのためには,学会同士が連携する事によって,医療者と工学のアカデミアの研究者との距離を縮める事が重要ではないか.2018年3月に大阪で開催された日本循環器学会において,機械学会とのジョイントセッションが立ち上がり,筆者は,「循環器学会と機械学会との連携の重要性」という題で講演し,特に図1に示されるような両学会の連携の具体案を提案した.特に,循環器学会が取り組んでいる脳心血管病を克服するという課題には,機械学会とのコラボが必要となる内容が多い.今後は,具体的な課題を共有する事により,両学会による共創が始まる事を願いたい.

図1 日本循環器学会と日本機械学会との連携の提案
図1 日本循環器学会と日本機械学会との連携の提案

〔谷下 一夫 早稲田大学

26・3 医療福祉機器に関する研究の動向

日本医工ものづくりコモンズの発足を受け,本会の窓口組織としての役目が大きい本推進会議であるが,推進会議単独でも活動を行っている.その代表的なものが,年次大会におけるOS「医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発」である.本OSをみることで,医療福祉機器に関する研究の動向を読み取ることができる.

近年の特徴として,医療福祉のあらゆる場面において最先端の機械工学が導入され始めていることが挙げられる.つまり,術前の診断から治療,その後のリハビリや日常生活における支援技術,さらにはそれらの教育訓練システムの研究開発が進められているのである.また,当該分野における技術は,多くの技術をインテグレーションした研究開発が多かったが,それらの基礎研究として独自のデバイスの研究開発も進められ,機械工学としての幅が広くなってきている.

例えば,診断や治療については,生分解性ポリマー製でも必要な拡張力を有するステントの試作と評価[1],マイクロジェットの無針注射器に関する研究[2],人工聴覚上皮の感度向上を目指した研究[3],パラメトリックスピーカを用いた角膜加振式眼圧計の開発[4]などがある.リハビリや日常生活における支援技術については,段差乗り越え機構を搭載した車いすの開発[5]などがある.教育訓練システムについては,歯科インプラント手術に関するもの[6],血液透析において患者の血管に針を刺す穿刺技術に関するもの[7]などがある.

上述の研究をみてもわかるように,研究領域が診断,治療,リハビリ,生活支援,さらにはトレーニングと高齢者・有病者・障碍者を支援する機械や医師・理学療法士・看護師を支援する機械と幅広くなっているだけでなく,実際の患者を対象とした臨床研究のレベルに達しているものや企業と共同で行っているものなどそれぞれの研究が深化していることも確認できる.

医工連携を積極的に進めるためには,横断的な取り組みが重要となり,国内ではライフサポート学会・日本生活支援工学会と本会の共同主催で行っている学術講演会LIFE,生体医工学会,コンピュータ外科学会など,海外ではIEEE,EMBC,IFMBEなどにおいて多くの情報を収集することができる.これらの学会やさらに臨床系の学会との連携がさらに進み,ますます医工学の技術が進展していくものと考えられる.

〔白石 俊彦 横浜国立大学

26・4 医工連携を加速するプラットフォーム

2017年度年次大会(埼玉大学)にて,内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のプログラム「バイオニックヒューマノイドが拓く新産業革命」と連携したワークショップを開催した.本プログラムは医工連携による研究開発を加速するプラットフォームを提案するものであり,プログラム関係者4名が構想や最新の成果について講演を行った.

本プログラムが提案する「バイオニックヒューマノイド」とはヒトの臓器の特性を正確に再現した精巧な臓器モデルにセンサを搭載したものであり,このモデルを医療機器研究開発などに活用することで,試行錯誤のない倫理的・定量的・効率的な医工連携を実現することを目的としている.医工学推進テクノロジー会議では医療従事者と工学系研究者間のコミュニケーションの課題について議論を続けており,このプログラムは,バイオニックヒューマノイドを活用することで医療従事者の要望を工学系研究者が定量的に理解することを提案するものである.

ワークショップでは,ImPACTプログラム・マネージャーの原田がプログラム構想及び脳外科・眼科を対象とした研究開発の概要について説明した後,名古屋大学の新井史人教授より,バイオニックヒューマノイドの研究開発や眼科や脳外科を対象とした事例について紹介された.新井教授の率いるプロジェクトでは,医用画像処理や微細生体組織の物性計測用センサの開発を通して臓器の特性を定量的に把握し,また計測した特性を人工物で再現する技術を開発してきた.特に眼科手術用モデルでは,手術対象となる眼底のILM膜(厚さ約3 μm)を微細加工技術を活用して正確に再現することに成功しており,多数の眼科医によるILM膜モデル評価実験を実施している.次に東京大学の光石衛教授より,バイオニックヒューマノイドを活用した医療機器開発の具現化として,手術ロボット「スマートアーム」を開発していることが紹介された.このスマートアームは経鼻的脳外科手術を対象としているが,この手術には適切な動物モデルがない.そこで,新井教授らが開発するバイオニックヒューマノイドの脳外科手術用モデルを活用して医師の要望の定量化,スマートアームの設計検討,スマートアームの試作品の評価を行っている.これにより,従来よりも迅速に研究開発が進んでいることが報告された.最後に産業技術総合研究所の山下樹里主任研究員より,バイオニックヒューマノイドの妥当性評価と標準化の取り組みについての講演があった.臓器モデルを用いて医師の要望をヒアリングする手法について,経験談を交えて紹介された.この講演の後,2018年4月にISO/TC150に臓器モデルの生体忠実性の確立に向けたWGが新たに設立されるなど,東北大学と共同で国際標準化も推進している.

機械工学分野の医療応用研究においては,医療従事者の要望を理解して適切な技術とのマッチングを行うことが重要であり,医工連携研究を促進できる人材の育成が行われてきた.しかしこのような人材にとっても医工連携研究は試行錯誤の繰り返しである.センサ付精巧臓器モデルは,医療従事者の「もっと大きく」「もっと強く」などの要望を定量化するための重要なツールとなりうる.

センサ付精巧臓器モデルは,医療機器の研究開発だけでなく,開発した医療機器の定量的評価にも活用できる.また,医療従事者の教育・訓練,手技評価,術前シミュレーションなど幅広く活用されうる.これらの応用を念頭に置き,共通の基盤となる要素技術や統合技術を学術体系として確立していくことが今後,重要となってくる.

〔原田 香奈子 JST/東京大学

26・3の文献

[ 1 ]
岡﨑貴大・中原佐・南和幸, ポリ乳酸製スナップスルーステント構造の試作と評価, 日本機械学会2017年度年次大会DVD-ROM論文集,(2017-9), J2410103.
[ 2 ]
遠藤奈々美・河本仙之介・田川義之, レーザー誘起マイクロジェットの軟質材料への注入深さに関する研究, 日本機械学会2017年度年次大会DVD-ROM論文集,(2017-9), J2410202.
[ 3 ]
中山明日佳・辻徹郎・川野聡恭, 人工聴覚上皮の感度向上に向けた局所振動制御, 日本機械学会2017年度年次大会DVD-ROM論文集,(2017-9), J2410204.
[ 4 ]
有我祐一・関琢郎, 点集中型パラメトリックスピーカが発する角膜加振力の評価, 日本機械学会2017年度年次大会DVD-ROM論文集,(2017-9), J2410203.
[ 5 ]
東野大貴・網谷徹己・中島也寸志・福本泰章・長谷川博士, 段差乗り越え機構を搭載した車いすの実用化, 日本機械学会2017年度年次大会DVD-ROM論文集,(2017-9), J2410105.
[ 6 ]
高野直樹, 歯科インプラント手術における下顎海綿骨ドリリングと上顎洞底粘膜挙上に関するバイオメカニクス研究, 日本機械学会2017年度年次大会DVD-ROM論文集,(2017-9), J2410101.
[ 7 ]
金平蓮, 臨床工学における穿刺技術の教育訓練システム, 日本機械学会2017年度年次大会DVD-ROM論文集,(2017-9), J2410102.

 

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