20. 産業・化学機械と安全

20・1 化学プラント,化学プラントエンジニアリング

20・1・1 業界の現状

2017年,日本経済全体としては,国際情勢や政治が大きく揺れ動く中でも,緩やかではあるが堅調に景気拡大し,景気拡張期間が「いざなぎ景気」を上回る戦後2位に達するという,安定した成長の続く一年となった.一方で,エンジニアリング産業は,原油価格の低迷,不安定な世界情勢などの影響を受けてプラント設備投資が伸び悩んだため,受注高合計は減少し,順風満帆な業績とは言いがたい状況であった.

「エンジニアリング会社は人が資産」とも言われるように,優秀な社員を擁していることが,こうした環境の中でも各社が業績を伸ばしていくに際して特に重要な必須条件となる.一方でまたエンジニアリング産業の現在の課題として常にトップに挙げられてきているのも「労働力・人材の確保」である.

社会的状況として,完全失業率が3%を切り有効求人倍率は1.5倍に達するという売手市場となっている現状や,改正労働契約法「無期転換ルール」に基づいて2018年には無期契約社員の大量発生が予想されていることなど,雇用をめぐる環境も大きな変化を続けている.また,近年の労働環境においては,ワークライフバランスやダイバーシティ,インクルージョンといった概念がますます重要視されてきている背景があり,育児や介護といった各家庭の状況に適した勤務形態への対応や,メリハリのある働き方で生産性の向上を期待した在宅勤務の導入,また管理職への女性の登用など,雇用の多様性も求められている.このような状況変化に合わせて,雇用に対する認識を改めていく柔軟性が企業としては必要であろう.

こういった状況下でも,多くの企業が従来の労働力集約型で長時間労働が常態化した状況から未だ脱却できていないという現状にあるエンジニアリング業界においては,まさに今,働き方の根本的な変革が急務となっていると言えよう.優秀な人材の流出防止や雇用の確保の観点からも,社員にとって魅力の感じられる職場の構築が各社にとっての必須課題となるであろうが,それは成長社会でのモデルのような賃金上昇や福利厚生充実のみでは,達成困難なものと思われる.既に成熟社会に突入して久しい現代,社員ひとりひとりの働きがいや働きやすさなど,より人の心に向き合った上で働き方改革等の労働環境整備を進めることが,時代に求められている.

〔谷口 量基 東洋エンジニアリング(株)

20・1・2 JSME ICMS 2018年鑑:食品プラント

国内で最大の食品機械設備の展示会であるFOOMA JAPANは,毎年6月に有明の東京ビッグサイトで開かれる.2017年は東館1号館から8号館を使って開催され,789社の出展社と10万人を超える参加者があった.

食品業界全体で見た場合,この展示会で見られるように盛況に見えるものの,国内での販売額は必ずしも伸びてはいない.その理由は,少子高齢化も含めて長期的な人口減少による需要の縮小が影響している.このため機械メーカ各社では海外展開を図るべく,用途や機械の仕様,そして安全対策の面からの国際化が進められている.

食品機械業分野における昨今の最大のテーマは,食の安全性の追求と,食品プラントの自動化とAIの導入である.

食の安全性の追求

食の安全を担保するものに衛生安全性が高い設備基準がある.現在ISO12001の一般安全基準を踏まえて作られたJIS B 9650があるが,その基礎となっているものが欧州で作られたEHEDGのガイドラインDoc.8及びDoc.13である.現在これらのガイドラインは世界基準となり,アジアも含めた各国に普及しているが,日本国内ではその普及が今一つ進んでいない.

また,EHEDGは,優れた衛生性の客観的根拠を提供するため認証制度も整備するが,認証を得た日本製の機器はわずか10種類程度にとどまっている.

その理由の1つとして,EHEDGの認証を受けるには,欧州にある認証機関に申請が必要なことがあげられている.日本食品機械工業会に事務局を置くEHEDG JAPANではガイドラインの日本語化を進めると共に,日本食品分析センターの協力のもと国内に認証機関を作る方向でその準備が進められている.これができ上がれば日本国内でEHEDGの認証が受けられるようになり,食品機械の衛生安全性の分野で世界に通用する国際基準が普及して行くものと期待される.

食の安全性のグローバル化は法制度の面でも進められている.厚生労働省では,食品衛生法を中心とした安全基準の国際基準適合化を進めている[1].またその一環として,食品分野に使われる樹脂の安全基準の見直しもあげられる.樹脂は食品機械の部品,食器類,および食品包材の分野で広く使われているが,従来の基準は含有・溶出してはならない物質を定めるネガティブリスト方式であった.しかし海外ではポジティブリスト方式が国際基準となっている.食品のグローバル化に対応すべく,食品用途の樹脂の安全基準についてもその見直しが提案されている[2].

食品機械分野での自動化とAI化

設備の自動化,AI化に関しては,食品機械分野にも広く及んでいる.既に受発注に始まり,生産管理,在庫出庫管理に至る統合的な生産システムはある程度の規模の工場に導入されている.これにより省力化のみならず,原材料の取り違えや期限日付の誤印字防止にも寄与している.その一方で食品業界は小規模な事業者が多く,ヒューマンエラーに起因する回収事故が続いていることも確かである.今後は小規模事業者にも利用可能な低価格の誤り防止システムが期待される.

食品製造業では,取り扱う食材の特性から,自動化が簡単には行えない分野が多い.食材は性状が多様であり,かつ品質維持が求められる.製造工程で最も人手を要する原材料の荷揃え計量工程でも,機械的な取り扱いが困難で人手に頼らざるを得ないことが多い.

特に弁当の盛り付けなどは人手を要する工程の代表例である.このような工程はロボット化が求められる分野である.それぞれの食材を所定の数と量で盛り込んでゆく作業の点では,機械部品の組み立て工程と変わるものではない.しかしながら現在広く使われている機械組み立てロボットでは,多様な形状,物性の食材を取り扱えない.すなわち,AI化を考える以前に,人間の手と同じように食材を取り扱えるマニピュレータの開発が望まれている.

〔佐田 守弘 食品製造設備の安全とサニタリ技術コンサルタント・テクニカルライター

20・1・3 技術伝承とリカレント教育の重要性

団塊の世代の大量退職が懸念された2007年問題,あれから10年が経ち産業界における技術伝承や知識継承はどうなったのか,現状を少し調査した.2007年問題は,結果としては大きなトラブルに発展するような問題になっていない.その理由として,年金受給開始年齢が60歳から65歳に変更され,国は企業に対して定年の廃止や定年年齢の引き上げ,あるいは定年後の再雇用制度の充実を働きかけた.企業側もそれに応じて,60歳定年を65歳に伸ばしたり,再雇用制度を使って継続雇用をしたことで,結果的に2007年で大量の退職者が出る事態にはならなかった[1].しかし,今後少子化・若い労働力が減少していく中で,継続的かつスムーズな技術伝承が求められている.2017年度版ものづくり白書(経済産業省)[2]によると,人手不足が顕在化し,その対策にロボット・IT等のデジタル技術の活用が有用であることが報告されている.具体的には,現在最も力を入れている取組は①「定年延長等によるベテラン人材の活用」が52.1%,②「ロボット等の導入による省人化,IT等の活用」が約20%であった.特に入れたいと考える取組になると①が約10%,②が約40%であった.さらに,熟練技能のマニュアル化・データベース化による効果に関して,「熟練技能の継承が容易となった」が大企業83.3%,中小企業66.6%であった.したがって,デジタル技術の活用で技術伝承のデータとしての継承は飛躍的に進んでいくだろう.

もう1つ重要なのが,技術伝承の受けて側(若手)の理解力・対応力である.これは,いわゆる基礎力・応用力であり,各分野の基礎知識の積み重ねである.筆者が在籍する横浜国立大学では,30年前から社会人や技術者に対するリカレント教育[3]として多くの公開講座・研修・実習を実施してきた.その中で,最も受講者から求められている内容は,現場で対応するための原理原則といった基礎知識の習得であった.したがって,技術伝承の便利なツールがあったとしても,受けて側の理解力が無ければ本当の意味での技術伝承が成立しない.現在,国でも様々な制度があり,例えば[2],大学・大学院・短期大学・高等専門学校における社会人や企業等のニーズに応じた実践的・専門的なプログラムを文部科学大臣が認定する「職業実践力育成プログラム」(BP)認定制度を創設し2017年度までに180課程を認定している.また,専門学校において産学連携による実践的な職業教育の充実を図る専門課程を文部科学大臣が認定する「職業実践専門課程」を制度化している.これらの制度は,厚生労働省の教育訓練給付金制度と連携しており学費等の負担を支援している.

したがって,わが国でも,生涯教育としてのリカレント教育だけではなく,技術者教育や技術伝承を目的としたリカレント教育の普及・発展が望まれる.

〔伊藤 大輔 横浜国立大学

20・2 産業機械

20・2・1 業界の現状

内閣府の2018年1月の機械受注実績報告は,「機械受注は,持ち直しの動きがみられる」である.昨年の報告同様,図1に同HPの統計データをグラフ化したものを示す.外需に関しては,リーマン・ショックにより落ち込んだ09年当時に比べ3倍の水準にまで達している.わが国輸出に大きな影響を及ぼす米国・中国の経済状況等の海外情勢をみると,いずれも差し迫ったリスクはないと考えられ,機械受注は,今後も緩やかながらも増加基調を辿ると予想され,悪くなる要因も無いと考えられる.

図1 機械受注推移
図1 機械受注推移

このような中我が国産業界は,構造的,また継続的な人手不足に直面している.一方,第4次産業革命によって,これまで実現不可能と思われていた社会の実現が可能になり,産業構造や就業構造が劇的に変わる可能性が出てきている.さらにグローバル化の進展により,事業環境も変化し,人材に求められる要件も変化していくことが考えられる.これらのことから,産業界の持続的な成長のためには,人材の確保・活用がより重要な課題であろう.

国内外の機械需要の維持・増加の継続のためにも,部門として国内・国際的な安全,保全,保守基準などの技術で産業機械の付加価値向上の推進を担っていく必要があることは当然のこととして,大きく変化する人材を取り巻く環境に対しても,部門として人材の育成・確保の意義を再確認し,活動を行っていく必要があると考える.

〔三友 信夫 日本大学

20・2・2 建設・鉱山機械

(一社)日本建設機械工業会の統計によると,2017年暦年の建設機械の出荷金額は2兆5 513億円(対前年比19.1%増)となり,総合計で2年振りに増加した.内訳では,内需は排ガス規制の生産猶予期限終了に伴う旧型機需要に加え,安定した建設投資やオリンピック関連の需要により,ミニショベル,道路機械,その他建設機械が増加したことにより1兆181億円(対前年比5.6%増)で増加となった.外需は北米,欧州,アジアの3大輸出先を中心に需要が好調に推移して外需全体として1兆5 331億円(対前年比30.0%増)と増加した.

2018年の内需は引き続き堅調な公共・民間建設投資による需要が予測される一方,前述の排ガス規制駆け込み需要の反動減が継続すると見込まれることから減少すると予想される.

2018年の外需は,引き続き北米,欧州,アジア向け等の需要が堅調に推移し2年連続で増加すると予想される.

建設・鉱山機械の需要は中国やインドネシアをはじめ多くの地域で需要が見込まれるがメーカー各社は技術トレンドである「環境対応」と「ICT(Information and Communication Technology)活用」に注力している.環境対応では日本,北米,欧州で2014年から順次適用が始まっている新排出ガス規制適合車を市場導入している.

ICT活用では,国土交通省が2015年12月に発表した「i-Construction」により急速に普及したICT建機を活用した施工現場の管理への応用がメーカー各社で進んでいる.具体例として2015年2月から国内で展開している建設現場向けソリューション事業「スマートコンストラクション」は国が提唱する「i-Construction」の基準に準拠するだけでなくオープンイノベーションも積極的に活用することで建設現場に携わる人・モノ(機械,土など)についてのさまざまな情報をICTでつなぎ,現場の安全,生産性を向上させるために取り組んでいる.

以下に事例を示す.

コマツとNTTドコモ第5世代移動通信方式(以下5G)を用いた建設機械遠隔制御システムの開発に向けた実証実験の開始.

ICT建機が持つ自動制御機能による数センチレベルの高精度な情報化施工と施工管理を5Gの低遅延の特徴を活用し遠隔地から行う検証を実施.ICT建機に搭載した複数のカメラで撮影した高精細な現場の映像と建設機械への制御信号を低遅延かつ高速通信により双方向でリアルタイムに送信する検証を行う.5Gを利用した建設機械の遠隔制御管理を実現することで建設・鉱山現場におけるIoTの可能性を更に拡げ,安全で生産性の高い未来の現場の実現に貢献することを目指す.

〔木下 茂 コマツ

20・2・3 船舶の安全対策

本稿では,小型船舶の事故発生状況と事故の原因,さらに漁船の事故防止に向けた近年の取り組みについて紹介する.

海上保安庁が2017年に把握した船舶事故隻数は,2001年から開始した現在の統計手法では過去最少となる1 977隻であった.これまでの安全対策が功を奏し,漁船の事故が減少した一方で,船舶事故に伴う死者・行方不明者数は前年比26人増の82人であった.

これらの船舶事故を船舶の種類別にみると,いわゆる小型船舶(プレジャーボート,漁船,遊漁船)による事故が76%を占めており,その内訳はプレジャーボートが929隻(前年比51隻増)で最も多く,次いで漁船が543隻(同87隻減),遊漁船が57隻(同8隻減)である.

このうち漁船の場合は,事故隻数は前年より減少したにも関わらず,死者・行方不明者は前年から9人増加している.事故原因別の発生状況を見ると,見張り不十分が140隻,操船不適切が33隻,気象海象不注意が26隻であった.衝突事故,乗り揚げ事故は,いずれも人為的要因による事故が約9割以上を占めている[1].

小型船舶の安全対策として,従前よりライフジャケットの普及促進及び着用義務の拡大が図られてきたが,漁船からの海中転落による死者・行方不明者56人のうち,ライフジャケットを着用していたのは8人しかおらず,その着用率は依然として低い状況である.今後も,「漁業カイゼン講習会」等を通じた,安全対策のさらなる周知徹底が求められる.

また,近年では,漁船にも船舶自動識別装置(Automatic Identification System: AIS)を登載する支援策が増えている.AISとは,船舶の位置,針路,速力等の安全に関する情報を,自動的に送受信するシステムである.船影が小さな漁船は,一般船舶のレーダーに映りにくいこともあり,悪天候の中,貨物船がレーダーで漁船を確認できないまま衝突する海難も発生している[2].このとき漁船にもAISが登載されていれば,見張り不十分に至る前にお互いに相手船を認識できることから,総務省,国土交通省,水産庁,海上保安庁では,AISを登載する漁船には,漁船保険料を助成したり,AIS設置費用を実質無利子とする利子助成を開始したり,簡易型AISにかかる無線局定期検査を不要化するなど,様々な支援制度を推し進めている.

このような事故を未然に防ぐための安全対策が,漁業の安全性向上につながることが期待される.

〔吉村 健志 海上・港湾・航空技術研究所

20・1・2の文献

[ 1 ]
厚生労働省医薬・生活衛生局, 食品衛生規制等の見直しに向けた検討状況に関する情報提供(平成29年12月).
[ 2 ]
(一財)食品分析開発センター, 食品用器具・容器包装の規格基準とポジティブリスト制度(2017年12月).

20・1・3の文献

[ 1 ]
カオナビ, 人事用語集, 2007年問題とは? 団塊の世代の退職に起因する2007年問題とその後, https:/​/​www.kaonavi.jp/​dictionary/​2007-issue/​.
[ 2 ]
2017年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告), 経済産業省.
[ 3 ]
朝倉祝治, リカレント教育機関としての大学(生涯学習時代の大学<特集>), 社会教育, 46(11), p10–16, 1991.

20・2・3の文献

[ 1 ]
海上保安庁, 平成29年海難の現況と対策~大切な命を守るために~.
[ 2 ]
船舶事故調査報告書, 運輸安全委員会, http:/​/​www.mlit.go.jp/​jtsb/​ship/​rep-acci/​2014/​MA2014-6-5_2012tk0037.pdf(参照日2018年5月1日).

 

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