近年,技術が社会に与える影響が多様化し,技術と社会を個別に考えていては,適切な解が得られにくくなっている.技術は適切な形で利用し,社会の発展に寄与すべきであり,使い方を誤れば人類を滅亡に至らしめる可能性もあることから,新しい技術を生み出す研究者・技術者の社会に対する責任は重い.一例として,2017年3月には日本学術会議が日本を取り巻く安全保障環境の厳しさが増す中で過去の声明(「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」,「軍事目的のために科学研究を行わない声明」)を継承する新たな声明[1]をまとめている.技術の軍事転用の管理が難しいことから,技術開発の入り口において慎重な判断を求めたものである.
一方,社会は未来の新しい技術に期待を寄せている.内閣府が平成29年に実施した科学技術と社会に関する世論調査[2]によると,「科学技術に関する関心がある」と答えた回答者は60.7%で,「社会の新たな問題は,科学技術の発展によって解決される」という意見については73.7%の回答者が「そう思う」と答えている.また,本会が2007年から認定を行っている機械遺産[3]に目を移せば,これまで技術が国民の生活をいかにして豊かにしてきたかを振り返ることができる.
加えて,2018年3月にアリゾナ州(米国)で自動運転車による初めての死亡事故が起こり,様々な議論が巻き起こっている.技術開発が先行し,法整備はこれからのため,国はもちろん,民間団体も積極的に検討を行っている.例えば,日本損害保険協会が損害賠償責任を中心に検討を行い「自動運転の法的課題について(概要)」[4]を公表している.今後,幅の広い議論が必要不可欠であるが,その思想は,「利用者のため」であって,「国民の生活の質の向上」を目指し,決してビジネスが優先されてはならないのは言うまでもない.
技術と社会部門(以下,本部門)では,「人と技術と社会」の問題を技術教育・技術史・技術者倫理などの幅広い分野から考える活動を行っている.以下に,「工学・技術教育」,「技術史・工学史」,「産業遺産・機械遺産」,そして,「技術者倫理」にスポットを当て,最近の動向について報告を行う.
機械製図の規格改正に伴う用語の変更が,後述のように,日本機械学会会員に影響がある話題であった.
まず本会の技術と社会部門工学・技術教育委員会が関わった2017年の活動を以下に列挙する.機械工学年鑑において「工学・技術教育」の項を設けた.学術講演においては,年次大会で「工学・技術・環境教育」のオーガナイズドセッション(OS)を設け,日本設計工学会と共催する技術と社会部門の部門講演会「技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる」で「技術教育・工学教育」のOSを設けた.また本会の年次大会において,エンジンシステム部門と共同で市民対象行事「温めて動く機械スターリングエンジン」が実施された.その他の事業として,第7回低温度差スターリングエンジン競技会・発表会と新☆エネルギーコンテストが開催されている.なお新☆エネルギーコンテストは☆を発音せず,「しんえねるぎーこんてすと」と発音する.工学・技術教育委員会による提案ではないが,上述の技術と社会部門の部門講演会では,OS「エネルギー教育・環境教育」とOS「設計境域・CAD教育」が設けられた.
以上は技術と社会部門において工学・技術教育委員会が関わった事業であるが,「工学・技術教育」の動向の一部に過ぎない.例えば機械工学年鑑2016および機械工学年鑑2017で,工学教育の話題は,目次でも2ヵ所見られ,その他の章でも扱われている.本会内部においても,工学教育や技術教育に関する講演発表は,支部や部門でそれぞれ行われている状況がある.なお2018年3月に閉め切られたが,本会年次大会では,技術と社会部門と機械材料・材料加工部門が合同でジョイントセッション「伝統産業工学および工学/技術教育」の講演発表が募集された.
そこで他学協会の動向を主要な研究発表講演会のプログラムから以下のように見る.ここでは日本産業技術教育学会全国大会,日本設計工学会による春季大会と秋季大会,および日本工学教育協会の年次大会の工学教育研究講演会について言及する.日本産業技術教育学会の全国大会のプログラムから最近の傾向が見られるキーワードは,小学生のプログラミング,情報セキュリティ,情報モラル,3Dプリンタ,3D-CADである.日本設計工学会の研究発表講演会で工学教育・技術教育に関する発表で最近の傾向が見られるキーワードは,アクティブラーニング,機械製図規格の変遷である.工学教育研究講演会は発表件数が多い.指導内容としては情報技術,コミュニケーションが目についた.指導方法や協力体制として,PBL,カリキュラム,体験型,反転授業,地域,産学連携,海外との連携事例,学修支援,e-learningに関する講演が目につく.ルーブリックによる評価を扱う発表も目に付く.研究講演会ではJABEEに関する講演が目立たない.これはいずれの学協会でも同様である.
なおアクティブラーニングは学習指導要領(平成29年告示)解説にも「アクティブ・ラーニング」と記載があるが,特に明確な定義がある訳ではない.PBLも同様である.
日本機械学会技術と社会部門工学・技術教育委員会が関わる年次大会と部門講演会の上述のOSにおいて,上記3団体の研究講演会のプログラムからピックアップしたキーワード等で含まれなかったものは,小学生のプログラミング,情報セキュリティ,情報モラル,アクティブラーニング,海外との連携事例である.製図における用語の変更については,まだ書籍等の教材でも十分な対応がされていないようである.
技術史研究の国際学会として,国際技術史委員会ICOHTECがある.2017年は,ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ市,リオデジャネイロ連邦大学のプライア・ヴェルメラ・キャンパスを会場にして第44回年次大会[1]が開催された.同年次大会は,第25回科学と技術の歴史会議ICHST25の一環として開催された.主題は,「グローバルとローカルの科学,技術,医学」で50セッション189件の研究発表があった.他,シンポジウムが開催された.
国内では産業考古学会(JIAS)が2017年5月に第41回総会[2]を八潮市のやしお生涯楽習館を会場にして開催,5件の研究発表が行われた.同年10月の同学会全国大会(名古屋大会)[3]は,愛知県名古屋市のトヨタ産業技術記念館を会場にして開催,10件の研究発表が行われた[2].
日本産業技術史学会(JSHIT)は2017年6月に第33回年会[4]を名古屋工業大学を会場にして開催,9件の研究発表とテーマセッションとして「日本の工学教育と産学連携」が行われた.
日本科学史学会(HSSJ)では,欧文誌「Historia Scientiarum」は年間3号,学会誌「科学史研究」は年間4号およびニュースレター「科学史通信」は年4回程度刊行されている.2017年5月に第64回年会[5]は香川大学で開催され,シンポジウム6件,講演63件の発表が行われた.
日本技術史教育学会(JSEHT)は2017年6月に2017年度総会・研究発表講演会を玉川大学で開催,15件の講演があった.12月に全国大会[8]を岩手県盛岡市の岩手県公会堂を会場にして開催,特別講演1件,研究発表講演15件の発表があった.2018年3月に関西支部総会・研究発表講演会[9]を開催,大阪産業大学で開催,特別講演1件,研究発表講演15件の発表があった.
中部産業遺産研究会(CSIH)のシンポジウム「日本の技術史を見る眼」第35回[10]がトヨタ産業技術記念館で開催され,「名古屋テレビ塔の新たな旅立ち ―ランドマークとしてのこれまでとこれから―」について3件の学術講演が行われた.また,同研究会の11月の名古屋都市センターパネル展「中部の国産車のあゆみ」の講演会[11]にて,講演3件,研究報告1件が行われた.
当技術と社会部門では,2017年度年次大会(埼玉大)[12]においてワークショップで2件,一般講演6件,の計8件の発表が行われた.部門講演会[13]は「技術と社会を巡って:過去から未来を訪ねる」のテーマで日本工業大学で開催された.技術史関係は2セッション,一般講演10件,特別講演1件の計11件が行われた.支部講演会では,2018年3月に東海支部第67期総会・講演会が名古屋大学[14]で開催され,「技術史と技術者倫理」セッションにおいて7件の一般講演が行われた.
技術と社会部門として合計26件の研究発表講演が行われた.
2016年度の,機械遺産の認定開始10周年を承けて,2017年度には,機械学会の120周年記念事業の一環として,機械遺産―機械遺産でたどる機械技術史―(220ページ)が刊行された.この冊子は,概論,続いてこれまでに認定した90件の遺産の概説が日本語と英語でなされている.これまで機械遺産の情報は日本語のみで発信されており,国外に向けてのアピール性に欠けていたが,この刊行により,その欠点が補われた.この刊行物は,学会のHPでも公開されている[1].
また,2017年度の認定では,勝鬨橋(跳開部の機械設備),奥田トンネルのジェットファン縦流換気システム,国産初の地下鉄車両「モハ1000形1001号」,有人潜水調査船「しんかい2000」など7件が認定された.ほかの認定物件は,機械という側面が良くわかるものであったが,上記の4件に関しては,機械というイメージがつかみにくいものと言えるかもしれない.そのため,隠れた,しかし重要な構成要素としての機械を伝えていく一助にもなっていると言えるだろう.
遺産は,古いだけのものではない.日本語で“遺産”と訳されている英語の“Heritage”に単に先祖が残したものというような意味はない.そもそも“遺産”自身が戦後の言葉である.本来Heritageは過去から受け継ぎ,未来へつなげていくべき文化的要素のことを指す.モノという概念はほとんど含まれていない.残すべきものは生産哲学であり,開発哲学,開発の努力なのである.挙げられた品々は,それを証明する手段であって,目的ではない.機械遺産には,(現存)最古ではないものや,国産ではないものを指定した事例も存在するが,それはその機材が社会に与えた影響を評価したものである.
さて,例年述べている他の学協会の動きであるが,土木学会の「選奨土木遺産」には23件,電気学会の「でんきの礎」には6件,情報処理学会の「情報処理技術遺産」には4件,日本化学会の「化学遺産」には3件,というように継続して認定が行われている.また,産業考古学会では,「推薦産業遺産」制度に加え,次年度から「産業景観100選」の選考を開始することとしている.このほか,広範な分野を網羅するものとして産業技術史資料情報センター(国立科学博物館)の「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」15件の認定が行われている.これらのうち,トピックとしてマスコミで取り上げられる頻度としては,機械遺産が最多であることは疑いがない.また,これに次ぐものは,この未来技術遺産であろう.
世界遺産,「明治日本の産業革命遺産」に関しては,昨年度は保存管理計画の策定が行われ,世界遺産制度(“世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約”に基づく)の趣旨にのっとってユネスコから課された,各構成資産への入場者の制限に関しての報告がまとめられている.世界遺産指定の目的は,当該遺産を観光の対象とすることではない.それぞれの資産が持つ意義(Heritage)を将来にわたって,どうやって伝承していくのか,その方策を示すことにある.そのために,過度な損耗をいかに避けるかが喫緊の課題となるわけである.
そして2017年後半からは,世界遺産の内容を包含して,我が国の近代産業史を俯瞰する施設である,“産業遺産情報センター”設置関しての議論が始まっている[2].
歴史の中での出来事はそれ単独で存在するのではなく,すべて時の流れの中に存在する.その歴史の形成には,何よりも正確性が求められる.世界遺産に関しても,文章のキーセンテンスごとにその根拠となるものが求められ,事実の蓄積がなされてゆく.この広報施設でなされるのも,まさにその考え方に倣った,歴史全体を見通したものとなる.機械遺産の選定においても最大限の努力を払って,この点に錯誤がないことを確認しているが,歴史(ここでは,社会と機械の連関の過去から現在への流れを表す)の構築にはこのような地道な努力も必要となる.
2017年に世間を騒がせた主な技術的な不祥事として,日産自動車(株)と(株)SUBARUにおける完成検査で発覚した不祥事,そして(株)神戸製鋼所,三菱マテリアル(株)の子会社によるデータ改ざんなどが挙げられ,大企業による不祥事が比較的多かった年であった.
日産自動車については,この調査を行った西村あさひ法律事務所の報告書[1]によると,2017年9月18日に国土交通省が日産車体(株)湘南工場に対して立入検査を実施した際,①完成検査員に任命されていない者(補助業務に従事していた者,「補助検査員」と呼ぶ)が,完成検査員の付添い等なく,型式指定申請に際して届け出た完成検査項目に係る検査(「完成検査」という)を実施している事例があること,②完成検査員が,補助検査員に対し,完成検査員名義の印鑑を貸与し,貸与を受けた補助検査員が,同印鑑を用いて完成検査票に押印している事例があること,を指摘したと記載されている.完成検査員の資格は国家資格ではなく,自動車メーカで独自に与えるものであり,正しく検査できる者に資格を与えればよいのだが,それができていなかったことが不祥事を引き起こすこととなった.
一方,SUBARUは,長島・大野・常松法律事務所の調査報告書[2]によると,SUBARU群馬製作所の本工場および矢島工場において,完成検査員の登用・服務および研修実施要領に規定された正式な登用手続により完成検査員として登用される前の検査員が,単独で完成検査業務を行っており,また,その業務において他人の印鑑を使用していた,と記載されている.
両社とも検査を行っていた者は,検査の経験はあるが,まだ十分でなかった.これらの理由として,教育する側の人数および時間の関係で,検査員として認定するための教育が十分できず,完成検査員が不足したと記載されている.また,内部監査の体制はあるにしても,検査の部門に固有の業務まで立ち入った監査をしていなかった,ことも問題視されている.
神戸製鋼所のデータ改ざんは,外部調査委員会の調査結果を受け,社内委員会における検討結果と併せて取りまとめた報告書[3]によると,2016年6月に発生したJIS法違反事案を契機として,2017年4月に本社主導による品質監査を開始した.その結果,2017年8月末,公的規格又は顧客仕様を満たさない製品等(不適合製品)につき,検査結果の改ざん又はねつ造等を行うことにより,これらを満たすものとして顧客に出荷又は提供する行為が行われていたことが発覚した,と記載されている.その内容は,品質保証部の各品質保証室の一部のスタッフが,材料検査の結果が顧客仕様を満たさない製品について,その検査結果の保存されているシステムにアクセスし,引張強さや耐力等の数値が顧客仕様を満たすように検査結果の書き換えを行い,実際には顧客仕様を満たさない製品を合格品として出荷させていたとのことである.
三菱マテリアルの不祥事は,連結子会社である三菱電線工業(株),三菱伸銅(株),三菱アルミニウム(株),立花金属工業(株)及び(株)ダイヤメットが,データの書き換え等の不適切な行為によりお客様の規格値または社内仕様値を逸脱した製品等を出荷した,と最終報告に記載されている.また,西村あさひ法律事務所による報告書[4]では,不適切行為の一例として,引張試験の結果,伸び値が規格から外れた場合にミルシート発行担当者が試験データを書き換えていたとの報告がある.また,一部の顧客向けの製品の表面粗さについて,外観寸法検査を担当する製品技術室が,実測値に一律に1.4を乗じた数字を検査結果としていたり,引張試験を実施していないにもかかわらず,硬さから引張強さを換算していた,など改ざんの方法が記載されている.
これらは品質管理上における不祥事であり,日本の製品は性能がよく,従業員は信頼できる,とこれまで築き上げてきた技術立国日本の信頼を損なうだけでなく,日本の製造メーカ全体の評価に影響するものであり,今後の日本のためにもこのような事態を生じさせないことが不可欠である.
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