7. 流 体 工 学
7・1 はじめに
流体工学は機械工学の基盤の一つであり,工学における各種機械装置,動力,輸送機器,また,医療・生体・スポーツなど多岐にわたる技術分野とかかわっている.ここでは特に,代表的な領域分野として,乱流,混相流,圧縮性流れ,噴流・せん断流,希薄・マイクロ流れ,燃焼流,および,応用技術として,流れの計測・可視化,流体機械,医療応用,スポーツを取り上げて,それらの研究動向を示す.
乱流に関しては,壁乱流をはじめとする様々な乱流場での秩序構造と理論的解析,乱流混合とその応用,また,乱流制御に関する研究などが紹介されている.混相流については,気泡流れ,および,液滴・液膜流れそれぞれに関して,理論および応用研究の最新動向が取り上げられている.圧縮性流れでは,航空機などの遷音速・超音速流れ,宇宙機などの極超音速流れでの研究動向が実験,数値解析の両観点より紹介されている.また,噴流・後流・はく離流れでは,基礎的な流動特性から流れ制御などの応用領域まで多様な研究が報告されている.希薄気体流・マイクロ流では,非平衡流れの理論的・数値的取り組みやマイクロデバイス関連の技術研究動向が述べられている.燃焼流れでは,乱流燃焼,デトネーション,スプレー燃焼,すす生成,着火など諸問題における国内外の研究動向が示されている.流れの計測では,粒子画像流速計(PIV)を中心に計測技術の最新動向が述べられている.さらに今年度は3つの分野を特に取り上げこの10年ほどの研究動向を紹介している.まず,風力エネルギーでは特に北海道地区にて導入盛んとなっている風車に関する技術・研究動向を取り上げた.医療応用については,衝撃波や超音波を循環器系疾患の治療に用いる研究動向を述べている.最後には,冬季オリンピックイヤーを迎えてこれまで本学会で紹介されることの少なかった冬季スポーツにスポットを当て,スキージャンプ競技などへの流体工学応用について紹介している.
〔大島 伸行 北海道大学〕
7・2 乱流
新たな手法の提案・拡張や,計算機・計測機器のスケールアップを背景として数値シミュレーション・実験における対象の複雑化や考慮するパラメータの数/領域の拡大が図られたもの等,2017年も多様な研究が行われた.ここではJournal of Fluid Mechanicsにおいて発表された研究を用いて,当該年における研究の動向を概観する.
壁乱流の後流則[1],三次元乱流の二次元化への急激な遷移[2],加振された二次元乱流における逆カスケード[3],円管内乱流におけるカオス挙動[4]に対する検討,一様等方性乱流における無次元散逸率の計測[5],非粘性LESによる乱流構造の解析[6],オープン・タービン・ロータに衝突した一様等方性乱流に対するRDT(rapid distortion of turbulence)理論の適用[7]等,乱流の基本的な課題における進展が見られる.乱流への遷移に関して,境界層におけるバイパス遷移[8],平板クエット流における遷移[9],円柱上の遷移と剥離[10],圧縮機翼面上の遷移[11],自然対流境界層における遷移[12],円菅内脈動流の遷移[13]に対する検討が行われている.
乱流の秩序構造に関して,安定成層平板クエット流[14, 15]や水平剪断によって駆動される成層コルモゴロフ流れ[16]における秩序構造や,漸近吸引境界層(asymptotic suction boundary layer)における自由流(free stream)の秩序構造によるゲルトラー渦の生成に対する検討[17],一様剪断乱流内に生成されるレイノルズ剪断応力の大きな三次元構造(Qs)や渦クラスターに対する検討[18],DMD(dynamic mode decomposition)を用いた回転レイリー・ベナール対流における秩序構造に対する検討[19],ウェーブレットを用いた高速ピッチング振動平板より発生する剥離流れに対する検討[20],POD(proper orthogonal decomposition)を用いた風力発電(wind farm)の設計に対する検討[21],壁乱流におけるエネルギー保持構造(energy-containing structures)に対する検討[22]のテイラー・クエット流への拡張[23]が行われている.渦構造に関して,種々の渦発生器(vortex generator)によって生成された渦に対する検討[24],可視化を用いた渦対と壁面の三次元干渉に対する検討[25],二次元数値シミュレーションを用いた非対称渦間の干渉/合体に対する検討[26]が行われている.また,渦輪に関して,渦輪の円柱への衝突に対する検討[27],渦輪における摂動の成長に対する検討[28]が行われている.
混合に関して,乱流境界層内の下降傾斜領域上に形成される剥離剪断層における質量エントレインメント[29],斜面上で壊れる内部波内の混合[30],成層平板クエット流内の混合におけるPr数[31]・垂直剪断[32]の影響,密度成層流中に固定された球の乱流後流[33],成層流体中を下降する球の運動[34],安定混合層の乱流混合におけるオーバーターンの影響[35],雲の端の小領域における乱流と液滴の干渉[36]に対する検討が行われている.また,粗面の影響[37, 38, 39, 40]とそのモデル化[41],粗面[42]やキャビティ[43]を用いたテイラー・クエット流の抵抗低減,浸透壁/多孔壁の影響[44, 45, 46, 47],進行波面上のスカラー輸送[48],コンプライアント壁の影響[49, 50, 51]に対する検討も行われている.熱の影響に関して,二次元レイリー・ベナール対流乱流[52],粗面上のレイリー・ベナール対流乱流[53],レイリー・テイラー不安定による混合[54, 55],ケルビン・ヘルムホルツ不安定からレイリー・テイラー不安定への遷移[56],乱流境界層における熱成層化に伴う体積力付加の影響[57],安定成層乱流境界層における浮力による乱流減衰[58]に対する検討が行われている.
制御に関して,抵抗低減を目的とするフィードバック制御[59]/準最適制御[60],液体充填キャビティを用いた抵抗低減[61],小さなキャビティを用いた乱流/遷移境界層における剥離制御/抵抗低減[62],乱流遷移制御[63]に対する検討が行われている.添加剤の適用に関して,楕円体粒子[64]やポリマー[65]の添加による抵抗低減,コルモゴロフスケールのサイズの粒子の添加による乱流の変化[66],マイクロチャネル乱流におけるコンプライアント壁の適用とポリマー粒子の添加による乱流減衰[67]に対して検討が行われている.
〔三戸 陽一 北見工業大学〕
7・3 混相流
7・3・1 気泡流れ
2017年6月に日米二相流専門家会議が開催された[1].扱う課題は気液二相流全般であり,このうち気泡については乱流中の気泡並進運動,キャビテーション,沸騰伝熱,音響場,ならびに気液界面分子運動論について討論された.2017年中に学術誌に発表された成果では,乱流と気泡の相互干渉が多数を占める.最近では壁面乱流や回転乱流において気泡サイズに分散をもつ場合の作用が注目されている[2, 3, 4].境界層の内層構造を気泡流で置換することで,摩擦抵抗低減を実現[5, 6, 7]したり,熱・物質移動を大幅に促進[8, 9, 10]するような技術開発も世界的に進展している.一方,マイクロバブルの領域では,僅かな体積率でも乱流遷移のプロセスを大きく書き換えてしまうという事実があり[11, 12],非線形流体力学としての関心が高い.実験計測技術面では,2017年12月に香港で混相流計測技術国際シンポジウムが開催され150件の発表がなされるなど,研究者数の増加が続いている.このうち相分布と速度分布を同時計測する新技術について,電気式[13]と超音波式[14]がそれぞれ学術誌に掲載された.
〔村井 祐一 北海道大学〕
7・3・2 液滴・液膜流れ
液滴・液膜に関する研究は多岐にわたるため,ここでは,液滴の衝突と接触線の移動に関する研究動向を紹介する.
固体表面に衝突する液滴の挙動に関する研究では,衝突後の液滴の広がりの力学,特に最大広がり直径について,接触線での付着エネルギーを考慮に入れたエネルギー保存則を用いた解析モデルが提案され[1],phase field法を用いることにより,接触線での散逸について考察された[2].固体水平面上の液滴のdewettingについては,slip長さと平衡接触角が考察された[3].固体表面の濡れ性に着目した研究では,楔形状のマクロ構造を有する超撥水性表面に衝突する液滴の,液滴衝突後の広がりと収縮のmorphogyの非対称性[4],マクロ構造を有する超撥水性表面からのbouncing [5]について考察された.固体表面のtopographyに着目した研究では,ピコリットル液滴が基板上を広がる際の液滴と基板との相互作用が検討され,接触角のhysteresisの重要性が考察された[6].固体表面粗さとsplash thresholdについて,prompt splashとcorona splashの双方が考察された[7].固体表面に液滴が衝突する際に,固体表面と液滴との間に取り込まれる気膜についても検討され[8],この気膜がsplash発生に及ぼす効果について考察された[9].また,振動超撥水平板を用いた衝突液滴の濡れ制御を検討した研究[10],速度を有する固体表面に衝突する液滴の周囲圧力を変化させsplash抑制mechanismを気体力学の観点から検討した研究[11]がある.固体表面が過加熱状態になっている場合に観察される液滴が蒸気によってlevitateされるLeidenfrost現象に関しては,Mach-Zehnder干渉系を用いて,Leidenfrost現象における表面冷却効果が考察された[12].また,自己組織化された多数のLeidenfrost液滴の配置とパターン形成[13],液滴に静電ポテンシャルを付加することによるLeidenfrost効果抑制[14],星形に振動するLeidenfrost液滴と表面張力波[15]の研究がある.水平平板以外の固体表面への液滴衝突に関する研究では,球面に衝突する液滴に着目し,濡れ性,衝突速度[16],衝突後の液膜進展の相似則[17]に着目した研究がある.また,液適と同程度の大きさの固体表面に液滴が衝突した後に形成される進展薄膜[18]に着目した研究がある.
次に,液体表面に衝突する液滴の挙動に関する研究では,deep poolに衝突する液滴については,エタノール水混合液滴が衝突した後の水面上を進展する液膜[19],液面に斜め方向から衝突する液滴[20, 21],高粘度液滴が衝突するさいに形成される複雑な座屈パターン[22]に着目した研究がある.また,液体が液面に衝突する際に取り込まれる大きな気泡[23],液体が液面に衝突した後に形成されるキャビティー崩壊によって形成されるジェット[24]に着目した研究がある.薄い液膜に衝突する液滴については,液膜によって形成されるcrown-type splash [25, 26]に着目した研究がある.
さらに,種々の表面に衝突する液滴の挙動に関する研究では,粒子個々の濡れ性,粒子密度,粒子径,衝突速度等を変化させて,粒子群に衝突する液滴の衝突後の挙動を考察した研究[27],変形可能な薄膜に衝突する液滴の変形挙動を観察することにより,薄膜に作用する応力場を考察した研究[28],サブミリ孔メッシュに衝突する液滴を観察し,メッシュの濡れ性の変化によって液体侵入を考察した研究[29].石鹸膜に衝突・通過する液滴に関する研究[30]がある.
最後に,接触線の移動に関する研究では,平均自由行程と気体運動論効果を考察し,液体粘性,周囲気体圧力,メニスカスの影響を検討した最大濡れ速度のモデルが提案され[31],マイクロ粒子が置かれた平板上の濡れ速度がCoxの古典的wetting dynamicsモデルを用いて考察された[32].また,基板に接着した弾性膜が毛細管力による剥離力により,接触線の移動に伴って剥離されるmechanismが考察され[33],さらに,可溶性界面活性剤がdynamic wetting failureに影響を及ぼすmechanismが考察された[34].
〔渡部 正夫 北海道大学〕
7・4 圧縮性流れ
輸送機器の高速化から圧縮性流れの重要性は大きい.2017年の国内外学会や関連ジャーナルから,圧縮性流れに関する研究の進展を概観する.
遷音速航空機における翼面上衝撃波に関連した研究として,衝撃波と乱流境界層の干渉によるバフェット現象が挙げられる.バフェット現象は衝撃波が翼面上で振動する現象で,古くから知られたものであるが,実験計測技術や数値解析モデルの進化により,新たな現象解明が試みられている.福島ら[1]は,平衡壁面モデルを適用したLarge-eddy simulation(LES)により,高レイノルズ数領域におけるバフェットオンセット予測や衝撃波振動の維持機構の新たな提案を行っている.山下ら[2]は,高分解能可視化システムの適用により,圧力波の可視化を行い,バフェットにおける衝撃波振動機構に関する研究を行っている.いずれも高レイノルズ数領域を対象とした先駆的な研究であり,このような数値解析と実験両面から現象解明が進むことにより,高速航空機に対するフライトエンベロープ拡大への貢献が期待される.
超音速旅客機の研究開発は継続的に実施されているが,超音速機周りに発生する衝撃波に起因するソニックブーム問題の解決が求められている.ソニックブーム圧力波形に対しては,大気乱流が影響を及ぼすことが知られており,乱流との干渉による衝撃波前後の圧力増加や変動への影響が数値解析と実験の両面から調べられている[3].米国では次世代超音速実験機の開発と試験飛行がNASAとロッキード・マーチンにより2021年度に計画されており,ソニックブーム問題の解決により,超音速航空による新しい世界の開拓が期待される.
国内では研究例は少ないが,衝撃波と粒子,液滴,気泡との干渉に関する基礎研究は,国外では米国物理学会流体部門講演会やJournal of Computational Physicsを中心に多く見られる.衝撃波と液滴や気泡界面の数値解析は,衝撃波が存在するため,基本的には圧縮性流れ方程式を保存型で解くことになるが,この場合,界面間の熱力特性の違いから虚偽の数値振動が発生するため,堅牢な解析が難しいことが知られている.この虚偽振動を避けるため,2017年も,新しい数値解析法が提案され続けていることから,当分野への特に数値計算研究者からの関心の高さがうかがえる(例えば[4, 5]).
液体ロケットエンジン作動条件などで見られる超臨界圧流体では,擬臨界温度近傍で密度が急激に変化することが知られている.従来のReynolds-averaged Navier-Stokes(RANS)解析では,非圧縮性流体のもとで構築されてきた既存の乱流モデルが適用されてきたが,及川ら[6]は,超臨界圧流体に存在する急激かつ大きな密度変化に着目し,密度変動効果を考慮することで,超臨界圧乱流に適した新しい乱流モデルを提案している.近年ではあまり見られなくなった乱流モデルの提案であるが,密度変動の考慮から新しいモデルを構築しており,ユニークな研究といえる.学術研究では,LESや直接数値解析が多数を占めるが,計算負荷の観点から,RANS乱流モデルのニーズは開発設計現場で高いと考えられる.
燃焼現象における圧縮性の影響として,音波と火炎との干渉による燃焼振動問題があり,実験,数値解析両面から精力的に研究が行われている[7].圧縮波がエンジン筒内を模擬した容器内の自着火現象に影響を与えるということが基礎研究から示唆されるようになっている[8, 9].衝撃波だけでなく,圧縮波や膨張波が燃焼化学反応にどのように関係しているかについては不明点が多く,数値解析法や計測技術の進化により関連研究の進展が期待される.
〔寺島 洋史 北海道大学〕
7・5 噴流・後流,および,はく離流れ
噴流や物体まわりの流れは,様々な工学的装置に見られる流れである.したがってその流動場を正しく理解し,流動特性を必要に応じて制御することは,工学的に重要である.自由せん断層が形成される噴流や後流は,せん断層の不安定性により,擾乱の増幅や渦の形成が起こり,これらの成長や崩壊により,下流には非常に複雑な乱流場が形成される.このような背景から,噴流や後流に関する研究は,基本的な流動特性や構造の解明だけでなく,工学的応用を目指した流動制御に関する研究や,層流から乱流への遷移過程の解明,流れ場に形成される渦の挙動,複数の噴流や後流が相互干渉する複雑な流れ場の解明など,幅広い課題を対象として行われている.
噴流の基本的な構造や遷移過程の解明については,乱流噴流の高周波数波束[1],シャノンエントロピー法を用いた噴流の遷移過程[2],噴流の騒音予測[3],高速噴流の圧力・音圧のウェーブレット解析[4],ノズル形状の異なる高亜音速噴流の音響特性[5],不足膨張円形噴流のスクリーチ音のフィードバックループ特性[6]などの報告がある.
主流に直交する噴流に関しては,線形安定性解析[7],対向噴流が主流に直交する場合の非定常性[8],二平行噴流が主流に直交する場合の流動特性[9],シンセティックジェットが主流に直交する場合の流動特性[10]などの報告がある.
壁面に衝突する噴流に関しては,乱流衝突噴流の特性[11],超音速の衝突円形噴流の音響フィードバックループ[12],不足膨張衝突円形噴流の流れ構造[13],拘束された衝突噴流によって形成された壁噴流[14]などの報告がある.
流れ制御のデバイスの一つとして,シンセティックジェットが知られており,その流動場の解析が行われている.例えば,プラズマシンセティックジェットのオリフィス形状[15]や周波数[16]が流れ場に及ぼす影響や,4つのシンセティックジェットを組み合わせ,その駆動方法が流れ構造や音響特性に及ぼす影響[17]が報告されている.またプラズマアクチュエータも流れ制御デバイスとして普及しており,これを噴流に応用し,流れ場や熱伝達を制御した例[18]も報告されている.
複数の噴流が相互干渉すると,非常に複雑な流れ場となる.近接した二つの平行平面噴流の相互作用によって形成された流れ場の乱流特性[19],超音速の平行二円形噴流の流れ場の構造[20],プリファード周波数付近で励起した並列高速二噴流の流れ場の構造[21]などが報告されている.また上記以外の噴流として,スワール環状噴流の流れ構造と圧力場の解析[22]や噴出が停止して減速する際の乱流円形噴流の自己相似性解析[23]などの報告もある.
様々な形状の物体後流に関する基本的な構造解析について,多くの研究が行われた.例えば,多角形柱の後流特性[24],正方形柱近傍後流の乱流エネルギーカスケード[25],カルマン渦列のトポロジー的解析[26],円柱から放出される渦のストローハル数とレイノルズ数の関係[27],四角柱下流の二次元カルマン渦列の三次元化[28],円柱近傍後流の速度・温度・渦度の同時計測によるカルマン渦のエンストロフィや散逸スペクトルの解析[29],Q値やラグラジアンコヒーレント構造を用いた円柱近傍後流の渦形成機構の解析[30],加速する円板の後流構造に関するエントレインメントやトポロジーの解析[31]などの報告がある.さらに翼後流の構造に関しては,前縁が波形の翼の失速時の流れ[32],失速状態の薄翼後流の乱流特性[33],細長いデルタ翼によって形成される翼端渦対の崩壊や不安定性[34]などの報告がある.
流れに沿った壁面上に設置された突起や有限長物体は,壁面上の境界層の影響を受け,複雑な三次元の後流が形成される.このような研究に関しては,壁面上の隆起部の形状やレイノルズ数が後流乱流構造に与える影響[35],様々な形状の突起の近傍後流に形成される渦の構造[36],壁面障害物の下流に形成される馬蹄渦[37],壁面に直立する有限長四角柱の後流構造と渦放出[38],壁面に直立する短い円柱の後流の三次元構造[39],壁面で直立する多数の有限長円柱の後流構造[40]などの報告がある.
また,壁面に平行で流れに垂直な柱状物体を壁面近傍に設置すると,壁と物体との間の隙間流れが物体後流と干渉し,複雑な流れ場となる.例えば,壁面近傍円柱後流の特性[41]や,壁面が流れ方向に移動する場合の壁面近傍円柱の後流不安定性[42]や三次元遷移過程[43]などの報告がある.さらに壁面上を突然転がる円柱の後流遷移過程[44]や,地面効果のあるホバリング時のローター後流[45]の報告もある.
流れの中に置かれた物体を振動させると,物体からの渦放出特性が変化し,後流構造も変化する.例えば,円板を振動させた際に形成される後流の渦構造[46],円柱を主流方向に振動させた際の同期モードの解析[47],単独円柱あるいは直列二円柱の片方を振動させた際の流力音の発生機構[48],前縁が丸く後縁がステップ状の水平厚板において,後縁をスパン方向に振動させたときの後流特性[49],微小なヒービング運動する翼の後縁から放出される渦の構造[50]などの報告がある.
流れの中で複数の物体が近接すると,お互いの後流が干渉し,複雑な流れ場が形成される.例えば,並列した二つの四角柱[51]や三つの四角柱[52]の後流構造が報告されている.さらに対称に並んだ二組の渦列後流を渦点で表した力学モデルの計算[53]もある.
柱状物体に生じる大きな抗力は,下流に形成される渦が物体の背圧を低下させるのが主原因である.そこで鈍い物体の抗力低減を目的とし,物体を有孔化して背圧を下げる工夫や渦形成の制御などが試みられており,その際の後流構造の解明が行われている.例えば,有孔中空円柱の近傍後流構造[54],スロットが設けられた円柱の後流構造[55],角柱の背面からシンセティックジェットを噴出した際の後流渦特性[56],壁面に直立する有限長円柱において,頭部から背面に貫通する穴を設けた際の後流特性[57],後縁部に長さの異なるフラップを取り付けた場合や前方から背面に貫通するスロットを設けた半円柱の後流特性[58]などの報告がある.
はく離泡に関しては,プラズマアクチュエータによって加えられた擾乱に対する層流はく離泡の応答性[59]や後方ステップで再付着するせん断層のフラッピング現象[60]の報告がある.
〔松村 昌典 北見工業大学〕
7・6 希薄気体流・マイクロ流
希薄気体流について,ヨーロッパで国際会議「第3回European Conference on Non-Equilibrium Gas Glows 2018(NEGF18)[1]」が開催され,最新の非平衡気体流れに関する研究が数多く報告された.本会議における主なトピックスとしては,希薄流れ(高クヌッセン数流れ)と熱輸送,マイクロ・ナノスケール流れ,気体―固体表面の相互作用,気体分離と混合,蒸発・凝縮,高速流れにおける気体力学等となっている.また,2018年5月には,Non-equilibrium effects in gas-liquid interfaces [2]といったミニシンポジウムが開催され,7月には第31回Rarefied Gas Dynamics [3]が開催される予定である.これら会議で取り扱われている流れは,流体力学では記述困難な非平衡流れを対象としているため,多くの研究は理論的・数値的な解析手法で行われている.特に希薄気体流れの数値解析手法としては,直接シミュレーションモンテカルロ法(DSMC法)や,ボルツマン方程式(およびそのモデル方程式)の差分解法・有限体積法などが上げられる.また,このような解析において経験的なモデルとして与えている固気または気液界面の境界条件の関数形を求めるため,分子動力学法による研究も盛んに行われている.これらの研究は界面間で生じる熱・物質輸送を正確に求めるため重要なものとなっており,固気界面ではYamaguchiらの研究が報告され[4],気液界面ではLevashovら[5]の研究が報告されている.また,非平衡状態下の気液界面の境界条件に関しては,Fezzotti & Barbante [6]によって最近の動向がまとめられている.
マイクロ流に関しては,近年のマイクロデバイスの発達に伴い,医療応用や化学分析など多岐に渡る応用研究が精力的に進められている.上記NEGF18と同時に開催された5th European Conference on MicroFluidics 2018 [1]にも多くの研究が発表されている.主なトピックスはLab on a Chip,バイオマイクロ流れ,マイクロスケールにおける熱・物質輸送,マイクロ混相流,マイクロスケールにおける相変化,マイクロ流を対象としたセンサー・アクチュエーターの設計開発となっている.また本分野で得られた成果は,Nature nanotechnology [7],Nature communications [8],Microfluidics and Nanofluidics [9]といった学術雑誌を中心として多くの研究が報告されている.例えば,流体壁を用いたマイクロ流といった独創性豊かな研究[10]が報告されている.国内では日本機械学会2017年度年次大会において,流体工学部門,熱工学部門,マイクロ・ナノ工学部門の合同セッション(マイクロ・ナノスケールの熱流体現象)が開催され,ここでもマイクロ流に関連する国内の先端研究が21件発表された[11].また,The 9th JSME-KSME Thermal and Fluids Engineering Conference(TFEC9)ではMicro/Nano Fluidsと題したセッションがあり19件の発表があった[12].
〔小林 一道 北海道大学〕
7・7 燃焼・反応流れ
燃焼・反応を有する流れの研究は,物質の輸送・混合・発熱を伴う化学反応などへの影響,それらと流れの相互干渉に着目したものが多く,非常に幅広い分野で行われている.特に近年は,乱流燃焼を対象としたものが多く,さらにデトネーションに関連したもの,エンジン用スプレー燃焼,すすの生成,火炎の着火に関連したものなどが例として挙げられ,レーザによる非接触計測などを用いた実験,あるいは,DNS,LESなどの数値計算,あるいは理論解析の手法を用いて取り組まれている.これらの2017年度の最新研究動向は,国内では,日本燃焼学会の燃焼シンポジウム(2017年11月13日–15日,富山),衝撃波研究会の衝撃波シンポジウム(2017年3月8日–10日,横須賀)など,国外では26th ICDERS(2017年7月30日–8月4日アメリカ,ボストン),Proceedings of the Combustion Institute(2017-Vol.36,2016年7月31日–8月5日韓国,ソウルで開催された第36回国際燃焼シンポジウムの公刊論文),Combustion and Flameなどの会議や論文から把握することができる.ここでは幅広い分野の世界の動向を把握できるものとして,主にCombustion and Flameを参照して例を挙げる.
Combustion and Flameには,2017年1月のVol.175から12月のVol.186まで1年間に342本,毎月平均30本弱の論文が公刊されている.まず乱流火炎との干渉に着目したものとしては,予混合火炎の伝播で起こる複雑な乱流の干渉に関して漸近解析をもとに理論的に説明したものがあり[1],乱流燃焼ダイアグラムのうちフレームレットモデルに領域分けされるものを論じている.また,デフラグレーションからデトネーションへの遷移に着目して高速度PIV,化学発光測定,高速度シュリーレン撮影などを行い,火炎構造と流れ構造の相互干渉を論じている[2].さらに,衝撃波と予混合火炎の干渉に着目して,水素空気混合気を定容容器内で着火して高速度シュリーレン撮影を行い,火炎面伝播速度,衝撃波速度,圧力変動の関係を調査している[3].またエンジンに関連した研究では,レーザ計測を用いてディーゼルエンジン内の噴霧燃焼に着目したもの[4]や,1気圧から8気圧までの圧力下で層流拡散火炎中に形成されるすすの生成と成長に着目したもの[5]があり,流体力学的な影響を考慮した混合プロセスを論じている.さらに低周波交流電場による熱音響振動が予混合火炎の不安定挙動に及ぼす影響[6]や,円筒型予混合火炎にかかる伸長の正負を周期的に与えた場合の過渡応答を計算により予測したもの[7]や,旋回流予混合火炎に対する横方向と軸方向の音響加振を比較して火炎応答が異なることを論じたもの[8]など,流れに擾乱を与えてその応答に着目するものがある.
〔廣田 光智 室蘭工業大学〕
7・8 流れの計測
流体工学において,標準的な流れの計測法として確立された粒子画像流速計(PIV)は,すでに熟成の域に達しようとしている.2015年に開催されたPIVの国際会議(PIV2015)の報告記事[1]にその近年の動向がまとめられている.すなわち,信頼性の向上,時間・空間分解能の向上,取得できる情報の向上である.流れ計測において,トモグラフィックPIV(Tomo-PIV)の完成により,狭い範囲ではあるが,ナビエ・ストークス方程式の解である3次元・3速度成分の時間変化の計測を実現する目的が果たされた.市販され,非常に高額ではあるが入手可能なこのTomo-PIVのシステムを用いた,異なる体系への「応用」例がすでに数多く存在する.さらなる流体計測の高度化としては,得られる高密度の速度場情報を用いた圧力場推定がある.非圧縮流れのナビエ・ストークス方程式を変形し,
を境界条件の元解く方法である.時系列の瞬時流れ場から,Du/Dtで表される物資加速度を推定する方法などについてはいくつかの方法が提案されており,はく離を伴う翼周りの流れの圧力場推定[2]などが行われている.またMcClure1 & Yarusevych [3]は,二次元の圧力場推定において,直接数値計算の結果との比較により,層流または乱流の円柱後流を対象として適したアルゴリズムの評価を行っている.上式の右辺に相当する,PIVから得られる圧力勾配場が持つ,誤差の特徴に関する調査結果もある[4].Tomo-PIVにより得られた3次元速度場からの圧力場推定として,スワールを伴う3次元噴流への適用例が報告されている[5].物質加速度を,PTVを併用することにより求める手法も提案されている[6].手法の適用範囲拡張として,ヘリウムガスを封入したシャボン玉をトレーサとして使うことで,気流の比較的広範囲な(Tomo-PIVの意味で)流れ場を計測する手法が提案されている[7].そこでは,空気中を移動する球の後流をTomo-PIVにより計測し,圧力場を算出することで球に働く抗力が推定されている.異なるアルゴリズムを導入することで,衝撃波を伴う,圧縮流れへの適用例もある[8].
上記の技術開発と異なる流れとして,色情報を用いたPIVの開発がある.既存の手法の精度向上[9, 10]や広範囲の流れ場計測[11]を目的としたものがあるが,単視点で複雑な光学系を必要とすることなく,3次元流れ場を計測できる可能性のある手法である(例えば[12]による解説).
PIVの守備範囲外である,不透明な流路壁や流体を対象とする計測手法として,European Turbulence Conference 2017の招待講演で,Ultrasonic Imaging Velocimetoryの紹介があった.これは,医療などで用いられる高精細な超音波エコグラフィを用いてPIVを行う手法である[13].超音波を用いた不透明流体の計測では,超音波ドップラー法(UDV/UVP)と超音波アレイを用いた液体金属流れの二次元断面計測が報告されている[14].UVPは不透明流体の速度分布計測が可能であり,これを用いた新たなレオメトリが開発されている[15].さらに,壁面近傍の計測が苦手なUVPと,境界近傍のみ精細な計測が可能なOptical coherent tomography(OCT)を併用したレオメトリの改善案が提案されている[16, 17].機械学会論文集では,より工学的な超音波計測の応用として,管内の蒸気流量を超音波で計測する手法に関する報告があった[18, 19].
〔田坂 裕司 北海道大学〕
7・9 風力エネルギー
世界のエネルギー発電量において,水力・太陽光・風力を柱とする再生可能エネルギーは25%近くを賄うまでになっている[1].ここでは流体機械に関連する再生可能エネルギーとして今後も成長が期待される風力発電システムを対象に,2017年における研究関連動向を追うこととする.
各国の再生可能エネルギー電力導入政策は固定価格買取制度(FIT)によって進められてきたが,いまや競争入札制度への移行し,2017年における陸上風力の平均発電コストは70米ドル/MWHと,火力(石炭,LNG)の発電コストを下回る状況まで来ている.更なる競争力強化のためハード面の高性能化に加えて,ソフト面の研究も進められている.
まず水平軸風車に関して,自然風で見られる突発的な風向変化が2枚風車と3枚風車に及ぼす影響について小型風車を用いた風洞実験が行われ性能が評価された[2].風車ブレード枚数は風車コストに直接影響する因子であり,今後の研究成果活用が望まれる.また大型風車を対象にボルテックスジェネレーターとガーニィフラップの効果について翼素運動量理論(BEM)を用いた解析が行われ,両デバイスともに顕著な風車出力をもたらす可能性が示唆された[3].今後はレイノルズ数効果に対する精度検証が必要になってくるものと思われる.その他,汎用コードを用いて風車翼の剥離や遷移・失速に及ぼす翼端形状の影響も調べられている[4].後縁フラップの影響[5]や,シュラウドデフューザー付き風車の特性も評価されている[6].
一方,垂直軸風車に関しては,直線翼垂直軸風車に対する翼端板の取り付け角の影響について風洞実験研究が行われた[7].また,垂直軸風車にディフューザー効果をもたらす周辺物の影響について風洞実験および可視化実験により高い集風加速効果が得られる周辺物形状について研究され,水平軸風車とは異なる付加形状が好適であることが報告された.建築付属物を有効活用できる可能性を示唆するものとして今後の実用的発展が期待できる[8].CFD関連では,楕円状に翼が移動する2軸小型垂直風車に関する研究が行われ,乱流モデルや格子条件の影響が詳細に検討された[9].また.小型らせん翼垂直軸風車に対する研究[10]や,直線翼垂直軸風車性能特性評価も実施され,翼キャンバーの影響が議論された[11].サボニウス風車翼型についても汎用コードを用いた最適化研究が行われ大幅な重量低減が報告された[12].この他,円形翼バタフライ風車に対する低コストの機械式渦回転抑制機構についての実験とBEM解析を組み合わせた研究[13]や,地形の影響を考慮したLES解析による風車最適配置検討も実施された[14].
こうしたハード面を中心とした性能向上研究のほか,風力発電システム普及のキーとなる洋上風力発電に対して,NEDOから洋上風況マップが提供された[15].年間平均風速情報のほか,地形情報や自然環境情報,さらには社会環境情報も公開されている.また高精度の洋上風況シミュレーションを使った風配図も実装され,洋上風力設置検討の強力なデータベースとなっている.
また風力・太陽光等の再生可能エネルギー導入時に一番の問題となる出力変動対策として,ドイツを中心に広くプロジェクトが実施されているPower to gas [16]という概念とは別に,風力熱発電システムの概念が説明された[17].これは風車の回転エネルギーを直接電磁ブレーキ等で熱に変換したり,風力発電の電力で空気を温め砕石蓄熱し,この熱を熱交換して蒸気タービンを回して発電するシステムである.熱効率的には不利になるが電力系統全体としての観点からは,蓄熱により不安定な風力発電の変動を抑えることで高い経済性を実現できると試算されている.新たな風力エネルギー利用の概念として今後の進展が期待される.
総括として風力エネルギー学会から40周年記念号として,ここ10年の風力発電システム開発概要と,これから10年の風力発電システムについての展望も紹介されている[18].一読をお勧めしたい.
〔松田 寿 北海道科学大学〕
7・10 医療応用
本節では,流体力学的現象を医療に応用する研究の一つとして,衝撃波や超音波を循環器系疾患の治療に用いる研究について,近年の動向を述べる.
2004年,ヒトの血管内皮細胞に結石破砕治療で用いられる出力の10分の1程度の弱い衝撃波を照射すると,血管内皮増殖因子(VEGF)の発現が亢進することが明らかにされ[1],虚血性の心疾患(狭心症や心筋梗塞など)の治療に衝撃波を適用する研究が開始された.ブタの慢性虚血心モデルに対して衝撃波治療を行ったところ,虚血心筋内にもVEGF発現の亢進が認められたのに加え,虚血部位に新しい毛細血管が作られて心臓の機能が改善することが確認された[1].その後ヒトに対する衝撃波治療の臨床試験が行われた結果,一般的な狭心症治療(薬物治療,カテーテル治療,冠動脈バイパス手術)で効果が得られなかった重症の狭心症患者に明確な症状改善効果が認められた.一方で治療による副作用や合併症は認められなかった[2, 3, 4, 5].治療装置は従来から結石破砕に用いられてきた治療装置と基本的構造は変わらないが,心電図の波形に同期して照射することによって,心臓の拍動による照射位置のずれが起きない仕組みになっている.治療は体外から患部へ向けて衝撃波を収束させるように照射するため,患部以外に与える影響が少ない.治療に際しては麻酔を必要とせず,患者が痛みを感じることもない.狭心症に対する体外衝撃波治療は,2010年に厚労省から先進医療として承認され,全国複数の承認医療機関で治療を受けることができるようになっている.
衝撃波がこのような治療効果を示すメカニズムについての検討も進められている.血管内皮細胞に衝撃波を照射すると,細胞膜表面の物理的刺激を受容するタンパクを入口として,メカのトランスダクションと呼ばれるシグナル経路が活性化し,VEGFやeNOS(一酸化窒素合成酵素:血管を拡張し,血流の増加を促す効果がある)の発現に至り,血管新生が促進されることが明らかとなった[6].
また,超音波にも同様の治療効果があることが細胞実験・動物実験から明らかとなり[7, 8],現在ヒトを対象とした臨床研究が進められている.超音波は診断用に広く利用されており,診断用装置のソフトウェア的な変更で治療装置として利用できる可能性もあるため,効果が実証されれば同治療法が広く一般に普及することが期待される.
更に2017年,衝撃波は不整脈の治療にも有効であることが示された[9].不整脈の治療は,カテーテルを用いて,心臓の内側から不整脈の発生源となっている部位を高周波の電流による熱で焼き切る高周波アブレーションと呼ばれる手法が一般的である.しかしこの手法には,不整脈の発生源が心筋深部にある場合,熱が届かず治療効果が低くなるばかりか,不整脈とは関係のない表面組織も焼いてしまうなどの問題があった.新しい「衝撃波アブレーション」では,表面組織には影響を与えず,深部の不整脈発生源を効率よく破壊することが可能となった.本研究は不整脈治療に大きな前進をもたらす画期的な成果であり,今後の研究の進展が期待される.
〔畠中 和明 室蘭工業大学〕
7・11 冬季スポーツ
冬季スポーツ種目は雪上種目と氷上種目に大別され,多くの種目で高速移動を伴う.例えば,スキージャンプ(以下,ジャンプ)の移動速度は90–100 km/h,ボブスレーでは130–140 km/h,アルペンスキーのダウンヒル競技では150–160 km/hである.それぞれの種目において様々な研究がなされている.しかし本節では,紙面の都合上,ジャンプ競技の空力特性に関する研究動向について述べる.力学的観点から,ジャンプの一連の動作は,助走,踏切,初期飛行,安定飛行,着陸準備,着陸の6つの局面に分けられる.それぞれの局面には,飛距離の長さと飛型の美しさの両方を最大化させ,パフォーマンスを向上させる特定の機能がある.各局面の相対的な成功は前の局面に依存すると言われる[1].選手(装備する道具を含むジャンパー系をここでは選手と呼ぶ)の空気力学的戦略は,1985年にJan Boklövによって「V字スタイル」が導入されて以来,ジャンプの主要なパフォーマンス要因となっている[2].ジャンプの空力特性の分析で,とりわけ重要視されるのは,踏切と飛行局面である.飛行局面のうち安定飛行については,主に風洞実験による研究が多く行われてきた.実験では,関節可動の人体模型を用いて,様々な姿勢時の空力特性が計測され,効率の良い姿勢が調査されてきた[3, 4, 5, 6].また,風洞実験で得られた空力データを用いて飛行軌跡のシミュレーションが行い,ジャンプの飛距離が最大になる姿勢や動作戦略なども議論されてきた[7, 8, 9].近年では,コンピュータの計算処理技術の向上から数値流体解析(以下,CFD; Computational Fluid Dynamics)が用いられるようになってきた[10].文献[11]では,CFDを用いて,初期飛行局面の姿勢や速度が空力特性に及ぼす影響を調べている.興味深いことに,姿勢の違いは空気力に強く影響を及ぼす一方で,速度はほとんど影響しないことが示されている.
ジャンプにとって踏切局面は,パフォーマンスを決定する重要な局面である[2, 12].助走姿勢から飛行姿勢へ移行するために,選手は0.25–0.30秒の短時間に身体を瞬間的に伸展させる[13].この動作の成否が上述の飛行姿勢を決定付けるため,指導現場では重要視される.踏切局面での失敗を飛行局面で訂正することはできないとも言われている[14].この局面で選手は線形運動量だけでなく,前回りの角運動量の獲得も同時に求められる.前回りの角運動量は空気力によって作用する後ろ回り(頭上げ)のモーメントに対抗し,身体を前傾させるために必要となる.姿勢変化中の選手が受ける空気力の算出は容易ではないが,文献[12, 15]では風洞実験室内で選手に模擬踏切動作を行わせ,床反力データから空気力の算出を試みた.風洞実験では,姿勢変化中の選手にはたらく揚力だけを抽出して実測することは出来ない.そこで,彼らは風のある条件(風速33 m/s)と無風条件下で踏切動作を行わせ,床反力データを比較した.その結果,風のある条件では,踏切時間が有意に短縮されることを発見し(11.3から14.4%の短縮),その力積の差から選手にはたらく揚力を推定した.また文献[16]では,CFDを用いて,動作中の空力特性の変化を求めた.姿勢変化中の空気力の変化が示され,踏切局面ですでに空力的な優劣が決まることが示唆された.また,周辺気流の状態などから,これまであまり議論されてこなかった上肢の姿勢も空力的な機能があることを示した.
最後に,この分野の今後の研究課題について述べる.先行研究では,いずれの研究手法においても,模型やCGモデルを数体用意し,姿勢を変えて計測または計算させる研究報告が一般的であった.この研究方法は,航空機や自動車,船舶などの構造物を分析・評価する上では有効といえる.しかし,多種多様な体格や特徴的な動作を有するスポーツ選手を個別分析し,競技力向上に役立つ情報を指導現場に提供する際には,十分とは言えない.スポーツのように個々人のパフォーマンス向上のためには,本人の身体特性を考慮すべきである.また,単一局面の分析や動作平均化といった分析方法では,誤った情報提供につながる可能性がある.スポーツ選手の体格や動作は工業製品のように規格化されたものではないため,選手個別の空力特性を解析できるフレームワークの構築が必要である.
〔山本 敬三 北翔大学〕
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7・11の文献
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