24. 法 工 学

24・1 法工学のこの一年

2017年度は「法工学」の基本である「法」と「工学」の複合領域に置いて,今までマスクされていた種々の課題に焦点が当てられた年であった.その主要テーマの一つは「車検完成検査」問題であり,もう一つは「不適正な出荷検査」である.問題の詳細については種々の文献[1]に引用されているので割愛するが,「技術者倫理」に関する課題の解決は当然としてあるが,「法工学」の視点では,道路運送車両法に定める「形式指定制度」での提示車両と出荷車両の同一性を確認する「完成検査」と,メーカー独自の厳しい「出荷検査」を並行して行わなければならない現場サイトでは,ややもすると旧態依然たる「完成検査」を軽視しがちになっても不自然ではありません.

「品質は工程で作り込む」のが現代の生産技術の原則であり,「品質は組織が保証」するのが通常です.一方で,車検制度のしくみでは,初回登録として実施する以上,「検査員が保安基準適合性を判断」する原則は崩せないという鉄則があり,妥協点として「出荷検査」と「完成検査」が並行して行われる様になったと推察されます.

マスコミ等では自動車メーカーの「法令違反」を非難する論調が多いようですが,果たして「型式認証制度」で審査を受けた車両と,大量生産工程で創られた出荷車両の「同一性」をどの様にして「検査員が確認」するのか?について,その課題を一歩踏み込んで議論した記事が少なく,結果的に「無資格検査」となった根本的原因についての技術的背景の検討が進んでいないように思われます.

今回の事案の根底には「制度設計と技術進歩のミスマッチ」があると推察されます.再発防止のためには,現代の自動車技術レベルを踏まえた「完成検査」の仕組みについての議論が必要と思われ,設計された法制度が現状に合わなければ,適合させる為の活動も機械技術者としての一つの責務であると云えるのではないかと思われます.

一方で「不適正な出荷検査」については相当根が深い問題が根底あると思われます.2017年に話題になった大事故に関する書籍にも類似の情報隠蔽の事例が多数掲載されています[2].今回,多くの企業で明らかになった事案も,根底は洋の東西を問わず類似であると推察せざるを得ません.「技術者の倫理」でルールを明確にして周知徹底することは当然ですが,「データの不適正な扱い」についての根絶は極めて困難だと推察されます.この様なリスクを芽の内に摘み取るためには,現場を熟知したプロの監査人による業務監査と,経営幹部による適切な改善指示のコンビネーションプレイが,リスクの早期発見と改善・再発防止に有効であると推察されます.

業務上過失致死傷罪の裁判案件については「シンドラー事故」の東京高裁判決[3]があり,一審の東京地裁判決では[4],事故直前の検査でライニングの摩耗を見逃したのでないか?として有罪になった専門検査会社の社員らが,全員無罪になる逆転判決があった.本件の様な,定期点検等により機能・性能の維持管理を行うことが前提の機械であり,かつ,再現実験による原因調査が困難な事案では,刑事責任の所在をめぐって「設計責任」・「検査責任」・「事業者責任」の絡みが非常に複雑であり,「予見可能性」の解釈を巡っての議論が活発です.「適正適切な検査手法」では無かったので摩耗を見逃した可能性が高いとして有罪とした地裁判決と,「見逃した確証は無い」として無罪とした高裁判決とを比較し,読者諸賢のそれぞれの職場で,是非討議されることを推奨します.「有罪」「無罪」の結果の評価では無く,「業務上過失致死傷罪」という刑事罰と,読者の職域での「責任のあり方」についての討議を通じて,「法工学」への理解が深まることを切望しています.

〔中村 城治 技術士事務所

24・2 知的財産権~データやAIに関連する保護~

24・2・1 第4次産業革命(Society5.0)

2017年は,10年後を見通した政府による5年間の科学技術振興に関する総合的な計画である「第5期科学技術基本計画」(2016年~2020年)の2年目に当たる.同基本計画の第2章には,「未来の産業創造と社会変革に向けた新たな価値創出の取組」の一つとして,世界に先駆けた「超スマート社会」の実現が盛り込まれている.その実現に向けた一連の取組を「Society5.0」あるいは「第4次産業革命」とよび,その技術基盤となる,超スマート社会サービスプラットフォームに必要となる技術(サイバーセキュリティ,IoTシステム構築,ビッグデータ解析,人工知能(AI),デバイスなど)と,新たな価値創出のコアとなる強みを有する技術(ロボット,センサ,バイオテクノロジー,素材・ナノテクノロジー,光・量子など)について,中長期的視野から高い達成目標を設定し,その強化を図るとしている[1].

第5期科学技術基本計画のもと,次年度に向けて重視すべき取組を示したものとして「科学技術イノベーション総合戦略2017」が閣議決定されている.その中で,Society5.0を実現するためのプラットフォームとして,新たな価値やサービスの創出の基となるデータベースの構築と利活用,プラットフォームを支える基盤技術の強化,規制・制度改革の推進と社会的受容の醸成,能力開発・人材育成の推進と並んで,「知的財産戦略と国際標準化の推進」が挙げられている.その具体的な検討項目として,競争領域と協調領域の見極め,ならびに,データベース構築・データ理活用を推進するインターフェース・データフォーマット等の標準化の推進が挙げられている[2].

24・2・2 知的財産推進計画2017

知的財産戦略本部が発表した「知的財産推進計画2017」において,その三本柱の一つとして「第4次産業革命(Society5.0)の基盤となる知財システムの構築」が掲げられている.具体的な取組の一つとして,「データ,人工知能の利活用促進による産業競争力強化に向けた知財制度の構築」が挙げられている[3].

このうち,データの利活用促進のための知財制度等の構築については,今後,データの利用権限に関する契約ガイドライン等の策定や,データ取引市場等の社会実装に向けた支援策・制度整備を検討するとした.また,データ利活用促進のための制限のある権利については,データ取引市場の状況等を注視しつつ引き続き検討するとした.さらに,データの不正取得禁止や暗号化など技術的な制限手段の保護強化等について,次期通常国会への不正競争防止法改正案の提出を視野に検討するとした.その後,2018年5月23日に参院本会議で可決され成立した改正不正競争防止法は,ID・パスワード等により管理しつつ相手方を限定して提供するデータを不正に取得・使用又は提供する行為を新たに不正競争行為として位置づけ,これに対する差止請求権や損害賠償の特則等の民事上の救済措置を設けた.また,同・改正不正競争防止法は,いわゆる「プロテクト破り」と呼ばれる不正競争行為の対象を,プロテクトを破る機器の提供だけでなく,サービスの提供等にまで拡大した.

この「知的財産推進計画2017」に記されたAIの作成・利活用促進のための知財制度の構築については,今後の課題として,主として3つの論点が示されている.第一に,AIの学習用データの特定当事者間を超えた提供・提示については,著作権法の権利制限規定に関する制度設計や運用の中で検討するとした.なお,これに関しては,著作物の市場に悪影響を及ぼさないビッグデータを活用したサービス等のための著作物の利用については許諾なく行えるようにすることを含む改正著作権法が,2018年5月18日に成立した.第二に,AI学習済みモデルの契約による適切な保護の在り方や特許化する際の具体的な要件等について,検討するとした.第三に,AI生成物の知財制度上の在り方について,具体的な事例を継続的に把握しつつ,引き続き検討するとした.

この推進計画に先立ってデータやAIに関する知財制度の検討を行って2017年に報告書が刊行されたものとして,知的財産戦略本部・新たな情報財検討委員会の報告書(2017年3月)や,経済産業省・第四次産業革命を視野に入れた知財システムの在り方に関する検討会の報告書(2017年4月)がある.

24・2・3 特許庁の審査事例集

特許庁は2016年9月28日に,特許・実用新案審査ハンドブックの附属書A及び附属書Bにおいて,IoTに関する12の事例を審査事例として公表していたが,2017年3月22日にさらに11事例を「IoT,AI及び3Dプリンティング関連技術」として追加公表した.リンゴの糖度データ及びリンゴの糖度データの予測方法,人形の3D造形用データ及び人形の3D造形方法,音声対話システムの対話シナリオのデータ構造,宿泊施設の評判を分析するための学習済みモデル,車載装置及びサーバを有する学習システム,製造ラインの品質管理プログラム,といった事例が掲載されている.これらの事例に関して仮想的な特許出願が提示され,それに対してどのような基準を当てはめて審査し,どのような結論が導かれるか,それに対して出願人はどのように対応すればよいか,という解説がなされている[4].

24・2・4 AI生成物の権利の帰属[5]

将来的な制度設計の議論の遡上にしばしば上るのが,AIによって創作された著作物の著作権を誰に帰属させることとするのかという問題である.同様に,AIやそれを搭載したロボットが発明を担うことができたとして,特許を受ける権利は誰のものとなるかという問題もある.

AIの事例とは異なるが,こうした制度設計にインスピレーションを与える事件がある.サルの自撮り写真の著作権の帰属が争われた米国の裁判である[6, 7, 8].自然写真家のスレイター氏が2011年にインドネシアの野生サルの生息地を訪れ,カメラを設置しておいたところ,サルが撮影ボタンを押し自撮り写真が撮影された.動物愛護団体PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)は,撮影したサルにこの写真の著作権が帰属すると主張して2015年9月に提訴したが,2016年1月に米連邦地裁においてサルに著作権が帰属しないという判断が下された.これに対してPETAは控訴したが,2017年9月,PETAとスレイター氏側との間で和解が成立し,スレイター氏がこの写真の著作権から得られる収入の25%をインドネシアの野生サルの保護のために用いるなどの共同声明が発表された.この論争の中で,スレイター氏は,サルの自撮り写真が撮影されるようにセッティングしたことについての自身の役割を主張し,著作権はスレイター氏自身に帰属するとしていた.そのため,サルに著作権は帰属し得ないからパブリック・ドメインとなるという考え方と,スレイター氏に著作権が帰属するという考え方の間に対立が生じていた.

AIの場合も,創作活動を行うべくプログラミングを行った上で実際に創作活動を実施させた者に,AIによる著作物に関する著作権が帰属すると考えるのが,最も自然な考え方であろう.しかしながら,人間が意図することなく,AIが偶発的に創作した著作物に関しては,誰に著作権が帰属するのでもなくパブリック・ドメインとするのが妥当であろう.ルールを明確化し不要な紛争を避けるためには,近い将来,この問題に対処するために著作権法や特許法の改正が必要となるかもしれない.

〔隅藏 康一 政策研究大学院大学

24・3 ドローンに見る新技術の社会受容 ~実験としての模擬裁判~

24・3・1 ドローンに対する社会の期待

2017年は,2015年12月10日にドローン規制の枠組みを定めた改正航空法が施行されてから2年目であった.改正航空法により,従来から行われていた無人ヘリコプターによる農薬散布なども規制対象となったが,国土交通省と農林水産省の協力によって許可・承認申請のガイドラインも作成された.次第に,規制の運用実績も積み重ねられている.

規制の枠組みがはっきりしたことに伴って,ドローンの産業上の利用に対する関心も高まってきた.特に,ドローンによる空撮が普及している.ドローンを利用することにより,容易に空撮が可能になったため,ゴルフ場のウエブページなどでは,コース案内に空撮した動画を用いている例も多い.

空撮のみならず,さまざまな産業上の利用が検討され始めている.例えば,農林水産分野では,魚群探査や作柄分析にドローンを使用することが始まっている[1].また,財務省は,密輸監視にドローンを使用することを検討しているとのことである[2].建設業では,橋などの構造物の検査にドローンを使用することも検討されている.

こうした中で,ドローンによる宅配など,物流にドローンを使用することが期待されている.千葉市では,特区を利用した実験も進められている[3, 4].

24・3・2 ドローンの安全性確保に向けた動き

ドローンが普及することにより,操縦ミスや機体欠陥による事故が想定される.また,ドローン同士の衝突も起こり得る.ドローンを社会が安心して受け容れるためには,事故防止の適切な方策がとられることが必要である.

現在,公的には,ドローンの操縦免許は存在しない.したがって,航空法の規制空域外で目視などの一定の条件を満たす飛行に許可・承認の必要はない.しかし,ドローンの健全な普及のために,民間団体による講習が行われている[5].国土交通省は,このような民間団体の講習内容を審査し,一定の要件を満たした団体を公認する制度を導入した[6].

この公認制度は,許可・承認を必要とする飛行についての審査と結びつけられている.許可・承認の申請がなされた場合に,公認講習受講者に対しては,飛行経歴,知識,能力などの審査が簡略化される.

また,衝突防止に関しては,機体に制御プログラムを搭載し,GPSを利用することにより,規制空域内に無許可ドローンが入らないようにすることも検討されている[7].さらに,衝突防止技術や自動管制システムについて経済産業省が規格作りに乗り出しているほか[8],ドローンのニアミスを防止するシステムの実証実験なども行われている[9].

24・3・3 ドローンの安全性を問う模擬裁判の実施

ドローンのような新技術が社会に受け容れられるためには,新技術に伴うリスクを社会が理解した上で,リスクを上回るベネフィットがあることを社会が納得することが必要である.宅配などにドローンが広く活用される近未来を想定して,ドローンが事故を起こした場合に社会がどのように対応すべきかを探る一種の思考実験(シミュレーション)として,2017年の日本機械学会年次大会(埼玉大学)の市民フォーラムにおいて,模擬裁判が実施された.模擬裁判とは,裁判官,弁護士,証人の役割を演ずる専門家によって,架空の事件の裁判を行うものである.

この模擬裁判では,現役の弁護士3名に裁判官役を依頼し,1名の原告代理人弁護士,2名の被告代理人弁護士と,原告側の技術者証人として,技術士が,被告側の専門家証人として,日本UAS振興協議会(JUIDA)の関係者が参加した.JUIDAの協力により,事故の客観的な態様を設定し,事故原因,あるべき安全対策については,原告側,被告側に分かれて,それぞれが独立に主張を構成し,証人尋問の形式で,それぞれの見解を提示し,裁判官役の弁護士3名が結論を下すという形式で模擬裁判が実施された.すなわち,模擬裁判は,筋書きのないドラマとして実施された.

想定された事故は,国土交通省の許可・承認を得た経路に沿って荷物を運搬していた自動運転のドローンに趣味で空撮を行っていた,目視操縦のドローンが衝突し,運搬用ドローンが小学校の校庭に墜落したというものである.幸いに死傷者はなかったものの,小学校の校庭に墜落したことから,物流会社を被告として,近隣住民から運搬用ドローンの飛行禁止を求める訴訟が提起されたという想定で模擬裁判が実施された.

この模擬裁判の訴訟の形式は,原発の再稼働禁止を求める民事訴訟と同じものである.日常的に特定の飛行経路に沿ってドローンが飛行することによって飛行経路周辺の住民の安全が脅かされているかが争点である.

原告側は,許可・承認が不要の目視操縦のドローンが風に流されて運搬用ドローンの飛行経路に進入して衝突事故を起こすことは将来もあり得ることであり,運搬用ドローンの衝突防止対策が不十分であるという点を骨子として,万一,墜落した場合に備えて,プロペラガードのような安全対策をすべきであるなどと主張した.これに対して,被告側は,事故は偶発的なものであり,国土交通省の許可・承認の下で運用されている運搬用ドローンは安全であると主張した.

裁判官役の弁護士は,原告側及び被告側の証人の証言の後に合議を行い,結論として,事故原因が趣味で空撮を行っていたドローンにあること,あらゆる事故の可能性に対して安全対策をすることは求められていないことなどを理由として,原告の請求を棄却した.この判断の背景には,運搬用ドローンが国土交通大臣の許可・承認の下で運用されていたこともあると思われる.

しかし,一般的には,行政上の許可・承認によって安全性が担保されているとは限らない.結論の当否はともかくとして,原発の場合には,規制委の結論とは異なる結論に至った裁判所もある.模擬裁判の裁判所は,ドローン同士の衝突事故の確率は低いと判断したが,ドローンの飛行には,道路交通法や海上衝突予防法・港則法などのような衝突回避のルールを定めた法律は存在しない.したがって,衝突事故の再発をあり得べきこととする原告側の主張にも一理ある.模擬裁判を傍聴した新聞記者は,「今回は死者の出ない事案を扱ったが,血が流れれば社会の受け止めは変わり得る.」と報じている[10].したがって,模擬裁判の結論に安堵することなく,ドローンの安全性を担保する方策を総合的に検討することが必要だと思われる.

24・3・4 模擬裁判の意義

模擬裁判で扱ったドローンの安全性について議論する方法として,シンポジウムとか,パネルディスカッションのような形式も考えられるが,具体的な事故を想定して,その事故によって引き起こされる訴訟を想定することによって,市民が潜在的に感じている新技術の危険性を浮かび上がらせることができる.もし,現実に事故が起きたならば,関係者は否応なく訴訟に直面する可能性が高いが,事故が起きてからでは遅い.

模擬裁判は,訴訟という場を想定することにより,当事者の立場からどのような主張が可能かどうかを考えるとともに,その主張が裁判官に理解されるかどうかを考える機会をも与える.裁判官の判断は,社会全体の要求を反映しているとは限らないが,原告と被告に分かれて主張を戦わせる中で,中立の裁定者の存在を意識することによって気付くこともあるはずである.これは,実験を行うことによって見落としていた問題点を発見することにも似ている.

今回の模擬裁判では,直接的には,自動運転の運搬用ドローンの側が衝突を回避できたかどうかが問題となった.原告側は,飛行方向前方の衝突回避のみではなく,上下や左右からの衝突も回避すべきであると主張した.これに対して,被告側は,そのためには,多くのカメラやセンサーを搭載することが必要になり,荷物の積載可能重量が少なくなるという問題点を指摘した.当然,原告側は,経済性を理由に安全性を犠牲にすることは許されないと主張した.

安全性を重視する原告側の主張はもっともであるが,想定した事故における衝突の根本原因は趣味で空撮をしていたドローン側にある.改正航空法は,飛行禁止空域以外で,一定の条件を満たす飛行は規制していない.しかし,多くのドローンが飛び交う状況を想定すると,衝突回避のルールが必要である.道路交通では,左方車優先などのルールがあり,海上交通では,右方船優先などのルールがある.しかし,ドローンには,衝突回避のルールが存在しない.

改正航空法は無規制だったドローンを規制対象とした点で大きな一歩であったが,今回の模擬裁判を見る限り,さらなるルール作りが必要である.このような問題を傍聴者に提示したことも模擬裁判の意義である.

なお,2017年12月には,岐阜県大垣市でドローンが落下して6名が軽傷を負うという事故が発生している.国土交通省によれば,2015年12月以降,2017年10月までの間に,100件のドローン事故が報告されているとのことである[11].2017年9月に行われた今回の模擬裁判は,時宜を得たものであったと言えよう.

〔近藤 惠嗣 福田・近藤法律事務所

24・4 企業不祥事案

24・4・1 不適正な車検事案について

2017年の企業不祥事案の重要な事例に,複数の自動車メーカーが発表した「型式指定自動車の完成検査に係る不適切な取扱い」が挙げられます[1].あまり知られてはいませんが,自動車を新規に登録する場合,原則として「現車による検査」により保安基準への適合性審査に適合する必要があります.但し,大量生産を前提とした車両に関しては,事前に提示車両による「型式指定」制度による認証を受け,量産車両に関しては,「型式指定車両」と「量産車両」との「同一性」に関する「完成検査」をメーカーで実施して「完成検査終了証」を発行します.新規登録時にこの終了証の提出をもって現車の提示を省略出来る制度があり,今回の事案は上記のメーカーでの「完成検査」を行うメーカー社員の「検査員」に関し,資格要件の不足・無資格者による検査・検査方法の無届変更等に関する継続的・組織的に不適正があったものと報じられています.

納車後にユーザーが行う継続車検時での一般の整備の流れでは,指定整備工場(いわゆる民間車検場)では,受入検査・中間検査・完成検査というステージがあり,最後の「完成検査」で「自動車検査員」という有資格者[2]が保安基準適合の判断をします.つまり,「完成検査員」という個人の判断です.従って,多数の小規模事業場である民間車検場の存在を前提にした,現行の車検制度ではメーカーでの新規登録に関しても,メーカーの「完成検査員」個人が判断するという制度で設計されています.

しかし,実際の量産車では「品質は製造工程で作り込む」のが通常であり,ラインオフした後に,所定の「検査ライン」で「検査員」個人が「完成検査」を行う事を前提とした法制度の想定に無理があるのではないかと推察されます.量産車が「型式指定」を受けた車両と同一であり,保安基準に適合することを保証するのは,「組織」としての「メーカーの品質保証」そのものであると云えます.

国土交通省においても,本件事案を踏まえた制度見直しの為のタスクフォースを実施中です.「中間とりまとめ」[3]においても「自動車技術の進展に即した完成検査の見直し」と「国際的な動向を踏まえた国の関与のあり方」が今後の課題として取り上げられています.道路運送車両法が制定された1951年から既に67年.1950年頃の自動車技術を前提に車検制度の骨格が作られた歴史的事実を踏まえると,幾多の改正があったとはいえ,現代の自動車技術では設計変更以外に「提示車両」と「量産車両」の大きな差異があるとは思えません.

型式指定を受けた「提示車両」と比較して,設計変更の無い限り「量産車両」の同一性は当然であり,「中間とりまとめ」に記載されている,0.2%の「保安基準不適合」の車両は,組立不良等の「同一性」とは別の原因であると推定されます.最終的にはメーカーの「出荷検査」でチェックされ,手直しされて客先に納入されますので,メーカーとしての「品質保証」の範疇です.要は,国の定めた「保安基準に適合」し,その他の項目を含めた自動車全体の「品質保証」をするのはメーカーと云う「組織」です.この,「組織」と「個人」の責任体制の考え方の違いが,本件事案の根底にあると推察され,業界団体等の活動を含めた「機械技術者としての法工学」の活動が今後活性化することを期待しています.

24・4・2 不適正な出荷検査事案について

一方で「不適正な出荷検査」については相当根が深い問題が根底あると思われます.事案についての詳細は上述の24・1の参考文献[1]に詳しく記載されているので内容は省きますが,民間と民間の商取引においては「特別採用」,略して「特採」(トクサイ)等の用語があります.要は,決められた仕様を外れた規格外の製品でも,使用者側の判断で基本的な性能に重大な影響を及ぼさないレベルならば,例外的に「特別に採用」することを意味しています.最終製品の納期等が迫っている場合などでは,使用者側の見極めで行うケースが殆どですが,この例外的なケースの経験が製作者側の慢心に転化し,現場の担当者レベルで,「プロセス不良だが,このくらいなら規格外でも大丈夫・・」とか,「試験する時間が無い,多分,このくらいの数値だから・・」と,提出書類に事実と異なる数値の記入や,試験を実施したかのように架空の数値を書き込んだ事例が露見したものと思われます.

「品質管理」・「安全衛生」等の全国大会に筆者が参加した経験では,発表テーマの一部には,「美し過ぎるストーリー」で発表内容を構築した事例が散見されます.「ウソ」では無いがシナリオに沿って資料を作成したのでは?という懸念が見え隠れするものも過去には見受けられました.次々に発覚した検査データの不適正な修正,架空の検査結果の記載等の行為の根底には,この様に美しいストーリーに加工する過程での,「過去を現在に合わせる」「検査に合格するデータを創る」等の無意識な行為が根底にあっても不思議ではないと感じられました.まさに,ジョージ・オーウェルの小説「1984」[4]に描かれた真理省の様に「過去を現在に合わせる」行為といえます.

勿論,「技術者倫理」等の教育研修によって,このような「ウソをつかない」ことを教え込むことは重要ですが,筆者の経験では「現場の小さなウソ」を皆無にすることは極めて困難と思われます.と云って現場を放置しておくと組織全体での隠蔽工作が蔓延し,極めて大きな会社のリスクになります.車検事案の報告[5]が示すように,現場の組織的なウソを内部監査で見抜けなかったことが致命傷になったと推察されます.

極めて地道な活動になりますが,現場の「ウソ(表も裏も)」を見抜けるプロの技術監査人を本社に配置し,経営トップに直接レポートするコンプライアンス関連の内部監査を充実することが重要です.リスクの芽を早期に発見して必要な改善を速やかに実施すれば,大きなリスクをヘッジすることが可能になります.また経営トップも,「悪いニュース」を正面から真摯に受け止め,早目早目に本質的な改善プランの実行を指示することが肝要です.英語の言葉に「Good News is No News. No News is Bad News. Bad News is Good News」[6]というビジネスの格言があります.PDCA的に考えれば,内部監査で問題点を抽出し対策を実施すれば,現状よりスパイラルアップされた改善が期待できます.即効薬ではありませんが,人間は必ずミスをすることを見据えた地道な活動が必要であると思われます.

〔中村 城治 技術士事務所自営

24・1の文献

[ 1 ]
日経ものつくり 不正発覚の連動他 2017年12月号 40P~63P.
[ 2 ]
大惨事と情報隠蔽 ドミトリ・チュルノフ他 草思社 2017年8月.
[ 3 ]
東京高裁判決 2018年3月14日.
[ 4 ]
東京地裁判決 2015年9月29日.

24・2の文献

[ 1 ]
第5期科学技術基本計画,2016年1月22日閣議決定.
[ 2 ]
科学技術イノベーション総合戦略2017,2017年6月2日閣議決定.
[ 3 ]
知的財産推進計画2017,2017年5月16日知的財産戦略本部会合決定.
[ 4 ]
特許庁「IoT関連技術等に関する事例について」,2017年3月22日https:/​/​www.jpo.go.jp/​shiryou/​kijun/​kijun2/​pdf/​handbook_shinsa_h27/​app_z.pdf(2018年6月6日アクセス).
[ 5 ]
隅藏康一「技術と法律についての雑感」,Smips技術と法律プロジェクト編『技術と法律』(インプレスR&D)p.30–33(2018).
[ 6 ]
Justin Wm. Moyer “Monkey wants copyright and cash from ‘monkey selfies,’ PETA lawsuit says,” The Washington Post, September 23, 2015.(2017年12月26日アクセス).
[ 7 ]
Mike McPhate “Monkey has no rights to its selfie, Federal judge says,” The New York Times, January 8, 2016.(2017年12月26日アクセス).
[ 8 ]
Zachary Toliver “Settlement reached: ‘monkey selfie’ case broke new ground for animal rights,” September 11, 2017, PETA website(https:/​/​www.peta.org/​blog/​)(2017年12月26日アクセス).

24・3の文献

[ 1 ]
日本経済新聞, 2016年11月26日 夕刊.
[ 2 ]
日本経済新聞, 2017年3月28日 夕刊.
[ 3 ]
日本経済新聞, 2016年11月23日 東京・首都圏版.
[ 4 ]
日本経済新聞, 2017年4月4日 東京・首都圏版.
[ 5 ]
日本経済新聞, 2017年7月4日.
[ 6 ]
日本経済新聞, 2017年6月2日.
[ 7 ]
日本経済新聞, 2016年10月6日.
[ 8 ]
日本経済新聞, 2017年2月26日.
[ 9 ]
日本経済新聞, 2017年3月17日.
[10]
日刊工業新聞, 2017年9月7日.
[11]
日本経済新聞, 2017年11月5日.

24・4の文献

[ 1 ]
2017年9月29日 国土交通省自動車局審査・リコール課 報道発表資料等.
[ 2 ]
二級自動車整備士で整備主任者としての一年以上の実務経験を有し, 自動車検査員教習を終了した者.
[ 3 ]
適切な完成検査を確保するためのタスクフォース 中間とりまとめ 2018年3月20日.
[ 4 ]
ジョウジ・オーウェル 「1984」ハヤカワ新訳版 2009年.
[ 5 ]
型式指定に関する業務等の改善について 2017年11月17日 日産自動車報道資料58P.
[ 6 ]
言葉力が人を動かす 坂根正弘著 東洋経済新報社刊 2013年 194P.

 

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