25. スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス

25・1 概要

2018年2月9日~25日に開催された2018平昌冬季オリンピック大会では,日本選手が金メダル4個,銀メダル5個,銅メダル4個の合計13個のメダルを獲得し,過去最高の好成績を残した.また,3月9日~18日に開催された2018平昌冬季パラリンピック大会では,金メダル3個,銀メダル4個,銅メダル3個の計10個のメダルを獲得した.その中で,羽生結弦選手の大会2連覇,小平奈緒選手のスピードスケート女子500 mでの初の金メダル,女子カーリングの初のメダルなど日本初づくしが多く誕生し,メディアに大きく取り上げられた.また,パラリンピックでも女子アルペンチェアスキーの村岡桃佳選手が4個のメダルを獲得し話題となった.これらの活躍は選手の努力はもちろんのこと関係各位の支援の賜物であろう.

日本のトップ選手の国際競技力向上を支援する事業は,2001年10月にスポーツ医・科学・情報の研究機関である国立スポーツ科学センターが開所してから本格的に始動し,2011年にスポーツ基本法の制定,2015年にスポーツ庁の設置など,スポーツに関する施策が総合的に推進されている.さらに2012ロンドンオリンピック大会に向けたマルチサポート事業は,ハイパフォーマンスサポート事業に名称を変更しながら継続して実施され,2020東京に向けて加速している.2014年からはパラリンピック選手のサポート事業も実施され,この事業の研究開発プロジェクトに対して当部門に関連する研究者が多く参画し,当部門の研究活動が選手の競技力向上に対しても大きく貢献している.これらの研究内容は,当部門の講演会等で公表されているので,次節以降で紹介する.

2017年における当部門の主な活動は次の4つであった.

当部門に関連する研究論文の掲載数は,日本機械学会論文集において9編[1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9],Mechanical Engineering Journalにおいて3編[10, 11, 12],Journal of Biomechanical Science and Engineeringにおいて5編[13, 14, 15, 16, 17]であった.

〔丸山 剛生 東京工業大学

25・2 スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス

2017年は,2018平昌オリンピック・パラリンピックが開催され,また2019年のワールドカップラグビー,2020年の東京オリンピック・パラリンピックの自国開催を間近に控え,競技スポーツが注目された年でもある.

これまで競技スポーツ選手においては身体能力の強化と成績の向上,故障の予防と治療への関心から,運動状態の把握や身体運動能力を科学的に分析し,客観的にサポートする「スポーツ科学」が注目され,成績向上に貢献してきた.スポーツ科学の研究対象は主にヒトであり,近年では,「医学」や「バイオメディカル」の観点より,整形外科,生化学,生理学,内科学,心理学,栄養学などの「体内代謝」や「生理機能」に基づく,スポーツサイエンスの研究開発が進んでいる.

一方,スポーツ選手の求める高機能なスポーツギアの設計においては,「スポーツ工学」と「ヒューマンダイナミクス」の観点より,ヒトの動きを理解し,ヒトと用具の相互作用に応じてパフォーマンスに関わるスポーツギアの機能設計が重要となる.これらに必要な技術は,センサ,モデル,シミュレーション技術,最適化手法,可視化手法,材料等々,たいへん幅広い.

このような観点から,2017年のスポーツ工学・ヒューマンダイナミクスに関する研究に目を向けると,高価で限定された計測環境下での測定装置を,硬式野球ボール型センサの様な安価で簡便な装置で実現する研究[1]や,ウエアラブルなフォースプレート[2]やAR技術を用いた解析[3],フォースプレートや力覚センサを用いない解析[46],逆に大面積の圧力センサを用いた解析方法[7]の提案など,使用環境が制限されることなく,より身近で自然な動作の解析が可能となる手法の研究などが進められている.また,様々な方法で計測された運動データは,マルチボディシミュレーションツールを用いた解析[8]や筋骨格モデルシミュレーションツールなどを用いた解析[9, 10]がなされ,更に遺伝的アルゴリズムや粒子群最適化法に代表される最適化手法を用いて用具や動作の違いがパフォーマンス等に及ぼす影響について研究されている.その研究対象はトップアスリートに限らず,身体障がいスイマーの最適ストローク解明[11]や身体障がいジャンパーの踏切動作と義足形状の最適化[12]など,障がい者スポーツのパフォーマンス向上や,障がい者のリハビリに用いられるFESサイクリングに関する研究[13],さらには一般プレイヤーへ向けたゴルフクラブのフィッティングについて自己組織化マップを用いたスイング予測手法により目指す研究[14]など,より幅広いヒトのパフォーマンス向上に貢献する研究が行われている.

今後も,アスリートのスポーツ能力向上や近未来の高機能なスポーツギア開発,幅広いアスリートのための運動用具および計測・解析技術の開発など,スポーツ・レジャーを中心とした人々の余暇活動および日常活動を安全・快適で豊かにする研究が期待される.

〔大島 成通 名城大学

25・3 講演会

シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス(SHD)2017は,2017年11月9日(木)~11日(土)に金沢商工会議所会館を会場として開催され(実行委員長:金沢大学 岩田佳雄先生),招待講演2件,特別講演1件,一般講演140件および市民開放フォーラムが開催された[1].

招待講演1では,University of Massachusetts LowellのJames A. Sherwood先生をお招きして,「Wood Baseball Bat Durability」と題して,木製野球バットのボール衝突試験方法およびバットの強度や耐久性に関する最新の研究情報が紹介された.

招待講演2では,金沢大学の内藤尚先生より「Computer-Aided Rehabilitation Engineering基盤技術構築に向けた取り組み」と題して,計算機シミュレーションの応用によるリハビリ機器の研究開発事例について講演された.

また,特別講演「パラリンピックブレイン–パラアスリートにみる脳の再編能力」が東京大学大学院の中澤公孝先生よりなされた.パラリンピック選手の身体トレーニングに伴う脳の活動形態の進化に関する実例を紹介した内容であった.

フォーラムでは,「SHDと運動制御研究の融合を目指して」をメインテーマとして,木村聡貴氏(NTTコミュニケーション科学基礎研究所),内藤栄一氏(脳情報通信融合研究センター)および瀧山健先生(東京農工大学)から,それぞれ「ICTでアスリート脳を理解する」「ネイマール選手の脳の運動制御」「パフォーマンスに関連した運動要素の同定」のテーマで最新の研究成果が紹介された後,オプティトラック・ジャパン,NTTコミュニケーション科学の太田憲先生の進行によりSHD分野への応用展開について議論された.

一般講演のセッションでは,スキー,テニス,サッカー,ゴルフ,野球,バドミントンなど種目別の課題を集めたものや,シューズ,ウエア,車イス,保護具などの用具に関するスポーツ工学的研究,衝突・打撃,空力特性や材料・摩擦などの工学的な内容,人間動作,生体計測,トレーニング,プレー心理の分析などのヒューマンダイナミクスに関するセッションが設けられ,最新の研究内容が報告された.

なお,今大会における発表件数(140件),参加登録人数(285名),展示企業数(19社)は過去最大の規模となり,盛況理に終了した.

2017年9月3日~6日に埼玉大学において開催された本会の年次大会においては,本部門の一般セッション,スポーツ工学,ヒューマンダイナミクス,感性・癒し工学,スポーツ流体,スポーツ材料の計6個のオーガナイズドセッションが編成され,各セッションとも活況を呈した[2].

〔溝口 正人 富山県工業技術センター中央研究所

25・4 国際会議

海外で開催されたスポーツ工学の国際会議は,3つあった.APCST2017,ICSE,ISEA2018である.

APCSTはAsia-Pacific congress on Sports Technologyの略で,今回が第8回目であった.2年に一回開催される会議で,同じ周期で開催されるISEAが開催されない年に開催されてきた.今回,イスラエルのテルアビブで開催された.会場はヒルトンホテルテルアビブ,日程は2017年10月16日~18日までであった.キーノートプレゼンテーションが9件,一般発表が82件であった.参加人数は約140人であった.過去,SHD部門からも多くの日本人研究者が参加してきたが,今回は筆者も含めて,わずか2名であった.会議は,イスラエルパラリンピック委員会が後援しており,パラリンピックの用具開発に関するセッションが複数企画されていた.

ICSEは,International Conference of Sports Engineeringの略で,初開催であった.インドのジャイプールで開催された.会場はBirla Auditorium,日程は2017年10月23日~25日であった.インド以外からの参加者は,11名で,筆者も含め,全て招待であった.キーノートプレゼンテーションが7件,一般発表が46件であった.参加人数は約100人であった.

ISEAは,International Sports Engineering Associationの略で,第12回目の開催であった.今回は,オーストラリアのブリスベンで開催された.会場はブリスベンコンベンションセンタ,日程は2018年3月26日~29日までであった.Plenary sessionで8件,一般発表が110件であった.参加人数は194人であった.日本からは31人の参加で,オーストラリアの次に参加人数の多い国であった.21ヶ国からの参加者があった.自転車に関する発表が多く,自転車用ヘルメットの空力と温度制御に関する論文[1]がベスト論文賞を受けた.

〔瀬尾 和哉 ISEA Fellow山形大学

25・1の文献

[ 1 ]
中川健一, 長谷川裕晃, 村上正秀, 大林茂, バドミントンシャトルコックの空力安定性, 日本機械学会論文集, Vol.83, No.856(2017), p.17-00165.
[ 2 ]
荒木大地, 長田拓也, 中内靖, 川口孝泰, ベッド上からの転倒・転落予防に向けた体動変化解析手法の提案, 日本機械学会論文集, Vol.83, No.856(2017), p.17-00210.
[ 3 ]
齊藤亜由子, 宮脇和人, 木澤悟, スクワット運動における下肢関節パワーを用いた身体重心速度の推定に関する研究, 日本機械学会論文集, Vol.83, No.852(2017), p.16-00234.
[ 4 ]
河田俊, 安田和弘, 岩田浩康, フリースロー初心者のためのBF型セット・フォーム習得支援RTの開発, 日本機械学会論文集, Vol.83, No.851(2017), p.16-00515.
[ 5 ]
坂口歳斗, 土井幸輝, 藤本浩志, 押し込む指の姿勢が硬さ弁別特性に及ぼす影響, 日本機械学会論文集, Vol.83, No.851(2017), p.16-00059.
[ 6 ]
岸本侑斗, 池田佑樹, 鈴木新, 筋隆起計測による手指と前腕の複合動作識別, 日本機械学会論文集, Vol.83, No.851(2017), p.16-00175.
[ 7 ]
佐野高也, 依田淳也, 中村壮亮, 橋本秀紀, VR技術を用いた身体位置感覚の較正によるパッティングトレーニングシステムに関する研究, 日本機械学会論文集, Vol.83, No.848(2017), p.16-00293.
[ 8 ]
香川博之, 高橋昌也, 佐藤一孝, 溝口正人, 米山猛, 北川雄二郎, 那須英彰, 武田憲明, 野球バットの打撃性能評価と打者のスイング能力に基づいた選択, 日本機械学会論文集, Vol.83, No.846(2017), p.16-00097.
[ 9 ]
水野徳人, 山川勝史, 水中ドルフィンキック時における人体周り流れの数値シミュレーション, 日本機械学会論文集, Vol.83, No.845(2017), p.16-00049.
[10]
Takanao, F., Ayaka, K., Ryota, N., Tomohisa K. and Motomu N., Development of an algorithm to estimate reaction forces from bathtub during soaking in the bathwater, Mechanical Engineering Journal, Vol.4, No.5(2017), p.17-00243.
[11]
Masako, H., Shigeho, N., Kazuaki, F., Ryutaro H. and Shigeru T., A method to evaluate relevance of hemodynamic factors to artery bifurcation shapes using computational fluid dynamics and genetic algorithms, Mechanical Engineering Journal, Vol.4, No.3(2017), p.16-00476.
[12]
Motomu, N., Shogo, F., Takahiro, M. and Auke, J.I., CPG network to generate the swimming motion of the crawl stroke, Mechanical Engineering Journal, Vol.4, No.3(2017), p.16-00279.
[13]
Shoko, O., Hiromichi, N., Yuelin, Z., Takahiro, U. and Shigeru, A., Yasuhiro M., Finite element analysis of the effectiveness of bicycle helmets in head impacts against roads, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.12, No.4(2017), p.17-00175.
[14]
Takuhiro, S. and Tatsushi, T., Pedaling skill training system with visual feedback of muscle activity pattern, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.12, No.4(2017), p.17-00234.
[15]
Ying-Ki, F., Ming-Sheng, C., Yin-Shin, L. and Tzyy-Yuang, S., The comparison of EMG characteristics and metabolic cost between walking and running near preferred transition speed, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.12, No.2(2017), p.16-00544.
[16]
Hsuan-Lun, L., Hsing-Po, H., Pei-An, L. and Tung-Wu, L., Control of the body's centre of mass motion during over-ground and treadmill walking in the pelvic reference frame: Implications for wearable sensing, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.12, No.2(2017), p.17-00074.
[17]
Wei-Li, H., Yu-Jen, C., Tung-Wu, L., Ka-Hou, H. and Jyh-Horng, W., Changes in interjoint coordination pattern in anterior cruciate ligament reconstructed knee during stair walking, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.12, No.2(2017), p.16-00694.

25・2の文献

[ 1 ]
柴田翔平, 鳴尾丈司, 加瀬悠人, 山本道治, 森正樹, 浦川一雄, 廣瀬圭, 神事努, 硬式野球ボール型センサを用いた投球解析システムの開発, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), B-3.
[ 2 ]
岩渕琢磨, 鈴木崇史, 近藤亜希子, 廣瀬圭, 土屋陽太郎, ウェアラブルフォースプレートを用いた歩行パラメータ推定の精度向上に関する研究, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), A-15.
[ 3 ]
森洋人, 田川武弘, AR技術を用いた3次元足部挙動分析システムによるランナー特性評価に関する一考察, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), A-26.
[ 4 ]
前田時生, 仰木裕嗣, 床反力計を用いない歩行解析方法の評価, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), A-17.
[ 5 ]
高柳智成, 長谷和徳, 力覚センサを用いない上肢負荷推定手法の構築, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), A-2.
[ 6 ]
一色淳, 井上喜雄, 芝田京子, 園部元康, 身体慣性力を用いた歩行時床反力の推定(各身体部加速度の周波数解析による基礎的検討), シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), A-24.
[ 7 ]
石塚辰郎, 前田時生, 山路紗皇, 仰木裕嗣, 柴山史明, 渡津裕次, 萩原心一, 久保田拓也, 関英子, 光学式モーションキャプチャシステムと大面積圧力センサを用いた歩行解析, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), A-36.
[ 8 ]
町田北斗, 中島求, 人–自転車系のシミュレーション解析(骨盤動作の影響), シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), A-10.
[ 9 ]
林祐貴, 田中克昌, 筋骨格シミュレーションによる筋発揮の推定に基づく競技用車いすの操作時における評価, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), B-29.
[10]
岡田和也, 宮崎祐介, 紙谷武, 柵山尚紀, 防護挙動能力評価に向けた受身のスキルマッピングの構築, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), D-17.
[11]
高橋良輔, 根本千恵, 岸本太一, 中島 求, 両大腿切断スイマーのための自由形アームストロークの最適化シミュレーション, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), C-23.
[12]
長谷和徳, 小林訓史, 大日方五郎, 裴艶玲, 下肢切断者走幅跳における踏切動作と義足形状の最適化シミュレーション, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), D-32.
[13]
村岡拓, 小松瞭, 巖見武裕, 小林義和, 木澤悟, 松永俊樹, 島田 洋一, ニューラルネットワークを用いたFESサイクリングの電気刺激タイミング推定, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), B-27.
[14]
芳野修一, 下野智史, 畑中崚志, 鈴木克幸, ゴルフクラブ最適設計のためのシステム同定に基づくスイング予測, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), B-33.

25・3の文献

[ 1 ]
シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB講演論文集(2017.11).
[ 2 ]
日本機械学会2017年度年次大会講演論文集(2017.9).

25・4の文献

[ 1 ]
Shaun, F., Henry, A., Richard, K. and Alexandre, D., Bicycle Helmets - Are Low Drag and Efficient Cooling Mutually Exclusive?, Proceedings 2018, 2(6), 212(2018.03).

 

上に戻る