マイクロ・ナノ工学を概観すると,応用が明確となり,その応用ごとに技術分野が深化しているMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術,および応用は必ずしも明確ではないが,様々な分野での適用が期待されている機械工学的ナノテクノロジーに大別される.前者は,専門化してOptical MEMS,RF MEMS,Bio-MEMS,Power MEMSなどに分化・発展し,それぞれの分野で国際会議が開催されている.いずれも産業に結びついているもの,あるいはその可能性が高いものを含み,注目されている分野である.
期待感が膨らむIoT(Internet of Things)において,様々な情報を取得するのはMEMSセンサーであり,IoTが普及すれば,それだけMEMSの数も増える.最近,ウェハレベル・パッケージング技術が進歩し,いくつかのプロセス・プラットフォームに基づいて,センサーの小形化・複合化・集積化が急速に進んでいる.また,IoTにおいて「もの」は主に無線通信によって繋がるが,無線通信の根幹である周波数制御もMEMSによってなされている.具体的には,周波数を選択するFBAR(film bulk acoustic resonator)フィルター,および周波数基準となるMEMSタイミング・オシレーターが,それぞれSAW(surface acoustic wave)フィルター,および水晶発振器とともに携帯電話やスマートフォンに大量に使われており,特にFBARフィルターの需要が急速に増えている.
他に急速に需要が増えているMEMSにマイクロフォンがある.最新のスマートフォンには1台あたり4つのMEMSマイクロフォンが搭載されている.最近,人工知能やディープ・ラーニングの研究がブームを見せ,その結果,音声認識と自動翻訳が様々な機器で利用可能になると期待されている.このとき,音声取り込みに使われるマイクロフォンにはさらなる高性能が求められるため,現在,その研究開発が盛んである.
自動車に関しては,自動運転の研究開発が活性化し,今後,段階的に実用化も進むと期待される.自動運転のためには様々なセンサーが必要であり,MEMSの果たす役割は大きい.たとえば,従来のものより1~2桁高性能化されたジャイロ・センサーが必要になるため,それをMEMSで実現する研究開発が進められている.高性能ジャイロ・センサーはロボットやドローンにも必要である.また,自動車のレーザー・ヘッドライトやヘッドアップ・ディスプレイのために,マイクロミラーデバイスの研究開発も多くの機関で行われている.
将来の基盤技術として機械工学的ナノテクノロジーでは,材料力学,流体工学,熱力学などに関する新しい研究の萌芽や多様化が見られつつある.将来の産業に結びつく技術の他,生命科学や医学の発展に寄与するツール,安心・安全の根幹をなす信頼性などに関する研究も盛んである.マイクロ・ナノ工学部門主催による日本機械学会マイクロ・ナノ工学シンポジウムは,これらの新しい研究成果が一同に集まる機会であり,電気学会や応用物理学会などと学会を跨いで多数の研究者が参加し,活発な議論がなされている.
マイクロ・ナノ工学の研究開発のための重要な仕組みとして,MEMSなどのデバイスや各種微細構造を作製できる装置群とクリーンルーム環境の共用化が行われている.現在,文部科学省ナノテクノロジー・プラットフォーム事業の支援を受けて,東北大学,京都大学,東京大学,早稲田大学などの大学,および産業技術総合研究所,物質材料研究機構などの公的研究機関に,一般利用可能な共用施設が整備され,多くの利用者がある.これらの仕組みの有効性と必要性が益々広く認知され,その結果,我が国のマイクロ・ナノ工学の研究開発が活性化し,新しいマイクロ・ナノ技術が数多く生み出されることを期待したい.
近年,生物や植物を模倣した微細な3次元形状を有する表面加工を行って,超撥水表面や反射防止膜を形成する技術や,単一細胞を培養するための微小かつ複雑なスキャフォールド,複雑形状のフィルターやミキサーを内蔵した高機能なマイクロ流体回路,あるいは3次元格子構造を有するメカニカル・メタマテリアルなどさまざま3次元微細複雑構造デバイスの研究が活発に行われている.これらの3次元微細複雑構造の作製には,フォトリソグラフィーとエッチングを組み合せたマイクロマシニング技術や超高精細3Dプリンティング技術,さらには大面積のナノ構造を転写するナノインプリント技術などが巧みに活用されている.
このような3次元微細複雑形状の作製技術に関する研究は,ISI Web of Scienceによるキーワード(Three-dimensional microfabrication)検索によれば,年間50~100件程度の学術論文が発表されている.研究成果が多く報告されている学術雑誌としては,Proceedings of the Society of Photo Optical Instrumentation Engineers(SPIE),Applied Physics Letters,Journal of Micromechanics and Microengineering,Optics Expressなどが挙げられる.また,各分野への応用を重視した研究成果は,それぞれの分野の専門誌(Lab on a chip, Advanced Materials, Biomedical Microdevices, Sensors and Actuators Aなど)で幅広く発表されている.国別の論文発表件数では,米国,日本,中国,ドイツで約80%を占めている.
2015年に発表された3次元微細造形に関する研究論文からいくつか紹介する.例えば,Wuら[1]は,フェムト秒レーザーを用いた除去加工と付加加工を組み合せて,マイクロ流体回路の内部にマイクロレンズアレイを作製し,細胞の観察や計数を行う高機能なラボオンチップを作製している.従来,レーザーによる除去加工された表面は表面粗さが大きく,10 μm程度の精度しか得られなかったが,その粗い表面に対してフェムト秒レーザーを用いたマイクロ光造形によって高精度な表面を付加加工し,さらにその表面にマイクロレンズを描画することで,高精度なレンズを造形することに成功している.また,Y. Zhangら[2]は,従来法とは異なる新たなアプローチとして,切り紙の原理を応用して,マイクロサイズの複雑形状をアレイ状に配列させる方法を提案・実証している.このような試みは,トップダウンによる微細加工とは異なり,マルチスケールの3次元構造体を高効率に形成する1つの手法として期待できる.
一方,国内の学術講演会としては,日本機械学会マイクロ・ナノ工学部門が電気学会センサ・マイクロマシン部門と応用物理学会・集積化MEMS技術研究会と同時開催しているマイクロ・ナノ工学シンポジウムにおいて,オーガナイズドセッション「微細3D構造の創成技術」や合同セッション「マイクロナノプロセス技術」が設けられており,リソグラフィー,マイクロ光造形,超精密切削加工など幅広い加工技術を駆使した3次元微細構造の形成技術の提案・開発と応用研究に関して報告があった.例えば,丸山ら[3]は,カテーテル手術のための新たな3次元血管モデルとして,カテーテルアブレーションによって患部に与えられた温度履歴を可視化する機能を有する血管モデルを開発している.大庭ら[4]は,3次元構造体を形成する新たな手法として,1 mm程度の微小なセラミックスブロックを多数組み合せる3次元ブロック・プリンティング法を提案し,医療用スキャフォールドへの応用を検討している.伊藤ら[5]は,フェムト秒レーザーを用いた光還元による直接描画法によって,CuOナノ粒子を原料としてマイクロ温度センサを試作している.
以上紹介したように,3次元微細加工技術の進展に伴い,cmからμmサイズの微小な3次元構造体の作製にとどまらず,センサや電子回路などの機能を有するマイクロデバイスの創製が始まっている.今後も3次元微細構造の創製技術は,次世代のものづくり技術として更なる進化が期待される.
一般的なサイズの機械であっても,その摺動面で生じている摩擦は,原子からナノスケールの物理現象によって支配されている.ナノトライボロジーとは,接触面積を原子の大きさに比べて無視できないほど小さくすることなどで,原子同士の個々の相互作用を顕在化させ,摩擦現象の本質に迫ったり,新しい応用を目指したりする研究分野である.2015年にはナノトライボロジーあるいはマイクロトライボロジーだけを取り上げた国際会議は見当たらないが,例えば,International Tribology Conference, Tokyo 2015(ITC2015:東京,9月)で,Micro- and nano-tribologyのセッションが組まれ,ポスター発表を含めて25件の発表があった.また一部関連するセッションとしては,Tribology simulationなどがあった.目立ったテーマとしては,ナノスケールの液体の粘弾性特性に関する研究,AFMに関連した測定技術の開発などがあった.前者については,例えば原子的に平滑な面に挟まれたPAO(poly-alpha-olefin)のスティクション特性とそこへの添加剤の効果が報告されていた.後者については,MEMS技術を利用してAFM(atomic force microscope)の極小化に取り組んだ報告などがあった.機械学会が主催する国際会議では,2015 JSME-IIP/ASME-ISPS Joint Conference on Micromechatronics for Information and Precision Equipment(MIPE2015:神戸,6月)があり,Micro/ Nanosystem Science and Technology及びSimulation of Nanoscale Phenomenaのセッションで,表面改質やナノトライボロジーに関する19件の発表が行われた.また,第7回マイクロ・ナノ工学シンポジウム(新潟,10月)においても,マイクロ・ナノトライボロジーのセッションが組まれ,12件の研究発表があった.
この分野の研究の流れとして,ナノスケール液体の特性に関してPAOが用いられているように,ナノトライボロジーのアプローチから実用や応用を意識した研究がある.また,ここ数年の傾向として,大きく目立つことは無いが,ナノトライボロジーに関する計測技術の開発が着実に進められている.
第5期科学技術基本計画[1]で謳われている「超スマート社会」実現のため多種多様な情報を収集する「センサ技術」が改めて注目されており,機械量,温度・熱,磁気,光など物理量をMEMS/NEMS技術で計測するマイクロ物理センサの研究が活発化している.2015年度年次大会やマイクロ・ナノ工学シンポジウムおよびセンサ・マイクロマシンと応用システムシンポジウムでは多数のマイクロ物理センサの開発,さらには応用システムの研究が報告されている.単体のセンサではここ数年,触覚センサの研究発表が多く,また,圧力センサや慣性センサを人体運動,生体検出に用いるセンシングシステムについての報告も多くみられた.以下では,人や「もの」の運動を計測するために不可欠な慣性センサ(加速度・角速度センサ)に注目する.
直線運動を検出する加速度センサと回転運動を検出する角速度センサは車載センサとして開発され,スマートフォンなどの携帯機器への搭載で爆発的に生産量が増加した.さらに高感度化を実現し,応用先を広げる研究が行われている.このような状況のもと2014年から慣性センサの国際シンポジウム(IEEE International Symposium on Inertial Sensors and Systems)が毎年開催され,関心を集めている.上記シンポジウムを中心として,慣性センサの特に高感度化を目指した最新研究を示す.
加速度センサの高感度化は寸法,すなわち質量を増加させ,静電容量変化を大きくするためにギャップを狭くする加工技術が求められている[2].また,変位の電気的検出に限界があるとみて慣性力による変位を弾性梁の共振周波数変化で検出する手法[3]やフォトニック結晶構造を組み込んだ光学検出[4]などの新検出原理も試みられている.
角速度センサは,光ファイバージャイロに置き換えて,慣性航法を実現するレベルを目指して研究が行われている.従来の音叉型MEMS振動ジャイロ(TFG)は角速度入力がない状態で励振振動が検出振動側に振動を引き起こすいわゆる漏れ振動によるオフセットドリフトや検出振動子が加速度によって変位して出力となる加速度感度に課題がある.これに対して,X-Y方向にいずれも対称に形成し,2つの振動子が重心を共有して移動しないDual Foucault Pendulumジャイロ[5]が提案されている.また,高感度化には励振と検出振動の共振周波数を一致させたmode-matchedジャイロが不可欠であり,これを実現する振動Q値100万以上の半球振動子[6]や円盤型のバルク振動子[7]が試作されており,ファイバージャイロの性能に匹敵するマイクロ角速度センサの実現が期待されている.
マイクロ・ナノデバイスの小ささ,およびスケール効果を活用したバイオ・医療応用技術はますます注目を集めている.当該分野で最大の国際会議であるMicroTAS 2015が2015年10月に韓国ギョンジュにて開催され活況を呈したのに加え,2015年6月に米国アラスカで開催されたTransducers2015ではマイクロ流体技術,細胞,組織,神経組織ネットワーク,医療MEMSに関するセッションが企画され,2016年1月に上海で開催されたIEEE MEMS 2016でも同様にマイクロ流体,医療デバイス,細胞培養に関するセッションが企画された.日本国内においても,2015年10月に新潟において,電気学会主催「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウムならびに応用物理学会主催集積化MEMSシンポジウムと併催した第7回マイクロ・ナノ工学シンポジウムにおいて,オーガナイズドセッション「マイクロ・ナノ医療デバイス」を中心に多くの発表があった.
MicroTAS 2015の参加者のうち,ユーザ,すなわち生化学や医学分野の研究者が増えていることからもわかるように,当該分野も基礎技術やコンセプト証明のフェイズから,実用化フェイズへと移行している.医療分野においては,その小ささを生かした微細作業性やインプラントによる治療効率の向上,患者QoL改善が強く期待されているが,実用化に至った例はまだない.マイクロ・ナノ医療デバイスの実用化に必要な,例えば生体適合性に関する技術や,薬事申請などの周辺知識について議論するために,「マイクロ・ナノ医療デバイスに関する研究会」が発足している.2015年度機械学会年次大会では,医工学テクノロジー推進会議と合同で,ワークショップ「マイクロ・ナノ医療デバイス」を企画した.本ワークショップでは,インプラント人工透析システム[1]を例にとったマイクロ・ナノ医療デバイスに関する研究会の紹介,マイクロ・ナノファブリケーション技術と生物物理学の融合[2],ナノファイバーを用いた再生医療への応用[3],マイクロ流体デバイスを利用した医療応用[4]についての講演,さらに,医療工学での先進的な研究例として,生産技術を生かしたロボティック手術支援システムの開発と実用化についての講演があった[5].
マイクロエネルギー(Power MEMS)は,小スケールにおけるエネルギー変換・伝送,熱交換,およびエネルギーに関するマイクロシステムをカバーする領域である.マイクロエネルギーの中でも,振動,熱などの環境に存在する希薄なエネルギーから微弱な電力を得る,環境発電(Energy Harvesting)は,無線センサネットワーク,モノのインターネット(IoT)などへの関心が高まりから,多くの研究が行われている.マイクロエネルギー分野に特化した国際会議は,International Conference on Micro and Nanotechnology for Power Generation and Energy Conversion Applications(PowerMEMS国際会議)(www.powermems.org)であり,第15回国際会議が2015年12月1~4日にボストンで開催された.例年同様,発表論文約130件のうち,環境発電,特に振動発電,熱発電,マイクロ電池に関する論文が大きな割合を占めた.現在,システム化開発も進み,実用化に近い産業界からの発表も行われた.なお,第17回国際会議は,マイクロ・ナノ工学部門主催で2017年11月13~16日に金沢で開催予定である.
2015年中に発表された環境発電に関するジャーナル論文(Web of Scienceで“Energy Harvesting”がタイトルに含まれるものを検索)は556編であり,2013年の328編,2014年の436編よりも大幅に増えており,研究者数が引き続き増加していることが判る.一方,論文数の国別では,米国,中国,韓国,英国の順であり,日本は研究のクオリティは高いが論文数は10位と低迷している.
2015年に発表されたジャーナル論文のうち,2016年7月現在で最も被引用数が多いものは,量子ドットを用いた熱発電[1],無線の電波からの発電[2],トライボ発電(triboelectric),熱電,圧電を組み合わせた発電[3],紙ベースのトライボ発電[4],焦電発電[5]などである.近年,ジョージア工科大学のグループを中心にトライボ発電に関する多くの論文が公表されているが,環境発電におけるその位置づけは,より実用的な実験条件での評価結果を待ちたい.
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