2015年度にはH-IIAロケット2機,H-IIBロケット1機の合計3機のロケットが打ち上げられた.H-IIAロケットに関しては,2015年11月24日に通信放送衛星Telstar 12 VANTAGEを搭載した29号機,2016年2月17日にはX線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)と小型副衛星3基を搭載した30号機をそれぞれ打上げ,連続24機の成功となった.また,H-IIBロケットは,宇宙ステーション補給機「こうのとり」5号機を搭載した5号機が2015年8月19日に打上げられ,所定の軌道に投入した.
H-IIA29号機により打上げられたTelstar 12 VANTAGEは世界大手衛星オペレーターTelesat社の通信放送衛星であり,三菱重工業株式会社(MHI)が初めて海外の商業衛星オペレータから受注した打上げ輸送サービスでの成功であった.29号機は,H-IIAロケットの静止衛星の打ち上げ性能を向上させ国際競争力を強化するとともに,地上設備を簡素化することにより効率的なロケット運用の実現を目指して国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した基幹ロケット高度化の成果を第2段に初適用した機体であり,これが商業衛星受注の一翼を担っている.基幹ロケット高度化とは前述の目的を実現するために,①衛星を静止軌道により近い軌道へ投入可能とするための第2段へのロングコースト能力の付与,②衛星搭載環境の緩和のため衛星分離衝撃をこれまでの約4 000 Gから世界最高水準の1 000 G以下まで低減させる衛星分離機構の開発,③打ち上げインフラ設備の最小化を目指し地上レーダ局に頼らず搭載機器による位置情報取得を可能とする航法センサ開発,を行うもので,①③は29号機に適用しその機能の飛行実証を行った.また,②については30号機に実証装置を組み込み,すべての衛星分離後に宇宙空間での作動を実証/確認した.これらの成果により,今後の更なる商業衛星の打ち上げ輸送サービス受注が期待される.
小型衛星の機動的打上げ手段の獲得・提供等を目指し,高性能と低コストの両立を目指す新時代の固体燃料ロケットであるイプシロンロケットは,試験機の飛行で得られたデータ等を反映し,2016年度の2号機打ち上げに向けて打ち上げ能力の向上と衛星包絡域の拡大を目指した強化型イプシロンロケットの開発が続けられている.2015年12月21日には能代ロケット実験場(秋田県・能代市)に於いて2段モータ(M-35)の真空地上燃焼試験が実施される等,開発が進められている.
2020年度の初号機打ち上げ目指して昨年度より開発に着手したH3ロケットは,今年度より基本設計フェーズに移行し,機体コンフィギュレーション及び地上設備構成等の総合システム設計が実施されている.
宇宙輸送システムの将来に向けた研究開発としては,再使用宇宙輸送システム開発に向けた構想検討や,実現のために必要なさまざまな要素技術の研究などが継続的に行われている.
2015年は衛星の打ち上げは多くなかったものの,以前に打ち上げられた衛星による堅実な成果が得られた年であった.また,今後打ち上げられる衛星の開発も着実に進んでいる.
トルコの国営衛星通信会社Turksat社から受注した通信衛星「Turksat-4B」は,2015年10月17日(日本時間)カザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ,2015年10月23日に静止軌道への投入を完了した.
2014年12月3日に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」は,約3ヶ月間にわたる初期機能確認後,2015年3月3日からは小惑星「Ryugu」に向けた航行段階(巡航フェーズ)へ移行した.2015年12月3日には地球スイングバイを実施し,目標の軌道上を順調に航行している.
2010年5月21日に打ち上げられた金星探査機「あかつき」は,軌道制御用の主エンジンが故障により当初予定していた軌道に投入できなかったものの,2015年12月7日に姿勢制御用エンジン噴射を行い,金星周回軌道への投入に成功した.ほぼ再予定通りの軌道を周回しており,試験観測を終え2016年4月からは定常観測に移行している.
「ひまわり7号」より観測時間3分の1,観測画像解像度2倍,カラー画像も取得可能と観測性能を大幅に向上させた静止地球観測環境観測衛星「ひまわり8号」は2014年10月7日に打ち上げられ,衛星本体の機能確認試験,地上側を含むシステム全体の連続運用試験等の所要の準備を進め,2015年7月7日(火)より「ひまわり7号」に代わり正式運用を開始した.「ひまわり8号」と同設計の「ひまわり9号」は,2016年に打ち上げ,2022年まで軌道上で待機する計画である.
2016年以降の予定については,結果も含めて記載する.
X線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)は,2016年2月17日にH-IIAロケット30号機により打ち上げられた.2016年2月29日にクリティカル運用期間を終了したが,2016年3月26日以降通信異常が発生し,技術的な検討の結果,衛星の機能回復は期待できない状態にあるとの判断に至った.
ジオスペース探査衛星(ERG)は,地球近傍のジオスペースに存在する放射線帯(ヴァン・アレン帯)において,広いエネルギー帯のプラズマ粒子と電磁場・プラズマ波動の直接観測を行い,高エネルギー電子がどのようにして生まれてくるのか,宇宙嵐はどのようにして発達するのかを明らかにする目的で,2016年度にイプシロンロケットにより打ち上げられる予定である.
宇宙から地球の環境変動を長期にわたってグローバルに観測することを目的とした地球環境変動観測ミッションのうち,気候変動観測衛星(GCOM-C)は放射収支と炭素循環に関わる雲・エアロゾル(大気中のちり)や植生などを全球規模で長期間,継続して観測する.近紫外から熱赤外域の複数の波長域での観測を行う多波長光学放射計(SGLI)を搭載し,2016年度の打ち上げを予定している.
未開拓の軌道領域である軌道高度300 km以下の「超低高度軌道」を利用する光学画像の高分解能化,観測センサ送信電力の低減,衛星の製造・打ち上げコストの低減などが期待されている.この超低高度を利用する最初の地球観測衛星が超低高度衛星技術試験機(SLATS)であり,GCOM-Cと相乗りで2016年度に打ち上げられる予定である.
日本のほぼ天頂を通る軌道を持つ人工衛星を複数機組み合わせ,測位できる場所や時間を広げる準天頂衛星システム「みちびき」は,初号機の運用が行われている.政府は追加3機(準天頂軌道2機,静止軌道1機)の開発を決定し,2~4号機は,2016~17年度の打ち上げに向けて開発がすすめられている.
欧米が惑星探査ミッションを遂行している中,日本も深宇宙探査を果敢に推進している.2014年12月3日に打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ2」は順調に飛行中であり,2015年12月3日に地球スイングバイを実施した.同日19時08分(日本時間)に地球に最接近し,ハワイ諸島付近の太平洋上空約3 090 kmを通過した.地球スイングバイによって軌道を約80度曲げ,スピードは秒速約1.6 km加速し,秒速約31.9 km(太陽に対する速度)となり,目標値を達成した.2018年半ばに「はやぶさ2」はC型小惑星「Ryugu」(リュウグウ)に到着し,1年半ほど小惑星に滞在して小惑星の観測およびサンプル採取を行い,2019年末頃に小惑星を出発,そして2020年末頃に地球に帰還する予定である.
2010年5月に打ち上げた金星探査機「あかつき」は,軌道制御用の主エンジンの故障のため,金星を周回する軌道への投入を失敗した.2015年12月7日に姿勢制御用エンジンの噴射を計画通り約20分間実施し,金星周回軌道投入に成功した.現在,金星を9日間程度で楕円軌道にて周回し,金星の観測を行っている.また,2010年に打ち上げた小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSは,延長ミッションを実施中で,2015年4月にも電波を受信し,地球から約1億1千万km,太陽から約1億3千万kmの距離にある.現在は,IKAROSは5回目の冬眠モードへ移行しており,次の冬眠明けに運用を再開する予定である.
日本とヨーロッパ(European Space Agency(ESA):欧州宇宙機関)と共同で推進している水星探査「BepiColombo(ベピコロンボ)」計画は,水星の磁場,磁気圏,内部,表層を初めて多角的・総合的に観測し,「惑星の磁場・磁気圏の普遍性と特異性」や「地球型惑星の起源と進化」について明らかにするミッションである.JAXAは,日本の得意分野である磁場・磁気圏の観測を主目標とするMMO探査機の開発と水星周回軌道における運用を担当し,ESAが打ち上げから惑星間空間の巡航,水星周回軌道への投入,MPOの開発と運用を担当する.MMOとMPOは,2018年にアリアン5型ロケットで一緒に打ち上げられ,水星到着後に分離して,協力しながら約1年間の観測を行う予定である.
月着陸実証機SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)プロジェクトが2016年4月より,正式にスタートした.SLIMでは,将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術を開発し,それを小型探査機で月面にて実証する計画である.従来の「降りやすいところに降りる」着陸ではなく,「降りたいところに降りる」着陸へと質的な転換を果たすもので,世界的にもユニークなミッションである.小型の探査機によって月への高精度着陸技術の実証を早期に実現し,我が国として重力天体への着陸技術を獲得することは重要であり,将来の科学ミッションや国際協働有人探査ミッションに貢献するものである.そのほか,ESAが推進している木星やその氷衛星を調べる次世代探査計画「JUICE(The Jupiter Icy moons Explorer:木星氷衛星探査機)」ミッションに,日本も観測機器の一部の開発を担い参加する.
将来計画としては,火星衛星探査計画,ソーラー電力セイル計画をはじめ,国際有人探査計画なども視野にいれて検討しており,我が国も本格的な月惑星探査を進める予定である.
日本における有人宇宙活動は,一旦その歩を緩め,将来ビジョンを模索中である.その中で日本が行っている有人宇宙活動とはISS,「きぼう」の利用を中心としたものであり,ISSの新たな利用形態の実現のため,2020年であったISS計画の2024年までの延長への参加を決定した.その具体的な内容は2020年度までの「こうのとり」9号機までの打ち上げに引き続き,HTV-Xを開発してISSへの延長に対応することである.願わくはHTV-Xの開発が「こうのとり」の低コスト化だけにとどまらず,将来の有人宇宙船への布石となることを期待するものである.
「きぼう」を利用した宇宙実験については,これまでの科学分野等の実験で得られた知見や技術等の成果をもとに,研究分野の重点化や外部の利用を促進し,薬剤設計や加齢疾患など社会に貢献できる有望な利用分野の特定と,利用技術の構築を進めてきた.
2010年に完成した「きぼう」は,現在は定常運用段階にあり,実験ユーザーに対して安定した実験環境を継続して提供し,軌道上で限られたリソースを効率的に利用する工夫を行っている.特に「きぼう」独自のエアロックとロボットアーム利用に対する利用要望は大幅に増加している.
「きぼう」エアロックから船外に搬出した超小型衛星を,放出機構を用いて地球周回軌道に乗せるミッションは,初成功した2012年以来,利用者の裾野が拡大しており,2015年9月にはブラジリア大学及び千葉工業大学が開発した超小型衛星をそれぞれ放出した.また,これまでのCubeSat規格を超える50 kg/50 cm級衛星に対応可能な装置を開発,2016年に本装置を使用した衛星の放出を予定している.さらに,宇宙放射線や高真空,厳しい熱環境が材料や部品へ与える影響を複合的に調査し,ISSに衝突するスペースデブリや宇宙塵等の微粒子を捕獲することなどを目的とした船外簡易取付機構を開発し,2015年に2機の搬出及び船外のハンドレールへの取付けを行った.更に船外環境の利用機会拡大を目指し,IVA補給型小型曝露実験プラットフォーム(i-SEEP)を開発した.
「きぼう」船内実験室では2015年も様々な実験が行われた.高品質な蛋白質結晶生成に係る宇宙実験で特筆すべき成果として,多剤耐性菌や歯周病菌の育成に重要な役割を果たすペプチド分解酵素の立体構造とペプチド分解機構を世界で初めて解明した.本実験の成果により,多剤耐性菌や歯周病菌に効果がある抗菌薬の研究開発を大きく前進させる見通しとなった.
また,「きぼう」船外実験プラットフォームを利用し2015年から実験サンプルを搭載した簡易曝露実験装置(ExHAM)による宇宙実験が開始された.本装置を「きぼう」船外プラットフォーム上のハンドレールに設置することで,容易かつ低コストで材料実験や星間物質等の研究を可能とした.
日本人宇宙飛行士の活動については,油井亀美也宇宙飛行士が,2015年7月23日にカザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地からソユーズ宇宙船(43S)によって打ち上げられた.ISS滞在中は,「こうのとり」5号機のキャプチャを完遂しつつ,「きぼう」からの小型衛星放出や新たな実験環境を構築し,計141日の宇宙滞在の後,ソユーズ宇宙船にて2015年12月11日に帰還した.大西卓哉宇宙飛行士は,2016年7月7日に第48次/49次ISS長期滞在搭乗員として打ち上げられ,長期滞在を開始した.金井宣茂宇宙飛行士は2017年11月頃打上げの第54次/55次ISS長期滞在搭乗員に任命され,医師としての経験が宇宙医学生物学研究の発展に寄与するものと期待されている.
若田光一宇宙飛行士は,ジョンソン宇宙センターからISS滞在中の油井宇宙飛行士へ支援を行うなど,これまで米国ヒューストンを拠点として活動してきたが,2016年4月日本に帰国し,ISSプログラムマネージャとしてJAXAの有人技術部門を率いることとなった.新聞紙等で言われているような国際間の調整を取り仕切るだけでは無く,これまで「きぼう」を開発してきたエンジニアグループの長として今後の「きぼう」利用を取り仕切っていくことになる.またその先には,おそらくJAXAの有人技術部門全体の長として日本の有人宇宙活動をリードしていくことが期待されているだろう.これまで米国に追随しがちであった日本の有人宇宙開発を新たなステージへ導いていくことが期待される.
2015年は,重量50 kg以下の超小型衛星の世界全体での打上げ数は,2014年に比較して30機近く減少し,120機余りに留まった[1].超小型衛星を搭載したロケットの打上げ失敗が相次いだことが主な要因である.2015年6月のFalcon 9,および2015年11月のSuper Strypiの打上げ失敗により,主衛星と共に51機の超小型衛星が失われた.AntaresとFalcon 9の打上げ延期も超小型衛星の打上げ機会の減少に繋がった.超小型衛星の需要は依然として旺盛であるが,限られた打上げ機会がその発展の阻害要因になっている.
超小型衛星は地球観測を中心とした実利用分野に需要を広げている.米国のSpace Works社は,2016年から2018年までの3年間に打上げられる衛星の73%を,地球観測やリモートセンシング用途が占めると予測している[1].これに伴い,商業利用分野での需要拡大も予想されている.
日本では,国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟に整備された小型衛星放出機構「J-SSOD」の運用が続いている.J-SSODは,CubeSat規格(10 cm×10 cm×10 cm)の超小型衛星をエアロックから搬出して放出機構で打ち出し,軌道に乗せる.2012年10月にJAXA公募衛星3機とNASA公募衛星2機の計5機が放出されたのを皮切りに,2015年度までに12機が放出された(「きぼう」からの超小型衛星放出としてはこれまで90機).2015年9月には千葉工業大学が開発したS-CUBEが放出されたが,この時はブラジルで開発された超小型衛星も放出されており,「きぼう」からの超小型衛星放出機会はNASA公募以外の海外にも広がりを見せている.JAXAは,超小型衛星の放出機会提供に関して,国連宇宙部(UNOOSA)との連携協力を2015年9月から開始している.
2016年2月にX線天文衛星「ひとみ」を打上げたH-IIAロケット30号機にも,3機の超小型衛星が搭載された.名古屋大学の「ChubuSat-2」,三菱重工の「ChubuSat-3」,および九州工業大学の「鳳龍四号」である.3機とも衛星からの電波受信に成功し,運用が続いている.特に鳳龍四号は,4月初めにメインミッションである宇宙空間での放電現象の撮影と放電電流のオシロスコープでの計測に,世界で初めて成功した.
アクセルスペース社は,2015年12月,50機の超小型衛星で全陸地の半分を毎日撮影する「AxelGlobe」計画を発表した.そのための超小型衛星「GRUS(グルース)」を,2017年から2022年にかけて50機打ち上げる.日本においても超小型衛星の商業利用が広がる契機として期待される.
北海道大樹町を拠点に小型液体ロケットを開発するインタステラテクノロジズ(IST)は,2016年1月,国内外の顧客に対するロケット販売支援に関する業務提携で大手総合商社の丸紅と合意した.併せて丸紅はロケット開発に関する調査研究費用をISTに拠出し,ISTから新株予約権を付与される.ISTは平成27年度に経済産業省からの委託事業「民生品を活用した宇宙機器の軌道上実証」を受託したのを契機にエンジン開発を加速させ,2016年3月には推力10 kN級エンジンの100秒間燃焼実験に成功した.2016年度中には本エンジンにより高度100 kmに到達する弾道飛行を計画している.
ハイブリッドロケットの開発では,JAXA宇宙科学研究所戦略経費を利用した宇宙研−国内大学の連携により,推力と燃料−酸化剤比を独立に制御する「A-SOFTハイブリッドロケット」の技術開発が進んでいる.北海道大学と(株)植松電機の連携により開発が進むCAMUI型ハイブリッドロケットは推力15 kN級エンジンが完成し,2018年度中の高度100 km到達を目指している.
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