ハイエンド・スーパーコンやビッグデータ情報技術などのコンピュータ基盤技術の確立を受けて,近年,コンピュータの日常社会への普及が加速している.「コンピュータ将棋がプロ棋士に勝ち越す」ニュースは産業革命以来の大きな変革をも予感させる.工学設計の方法としての計算力学はその一端を担うキーテクノロジーといえよう.本学会「計算力学」ロードマップにも反映されているように,これまでの「いかにして(How to)」の追求から,これからの社会で「なにができるか?」あるいは「なにをすべきか?」に答えることが,以下に述べられる個々の研究開発分野に共通する重要な課題となりつつある.これらが将来社会のより良い展望を与えることを期待する.
2015年10月に計算力学部門の講演会(計算力学講演会2015: 横浜)[1]が開催され,25件のオーガナイズドセッション(OS)が企画された.数年間継続しているOSもあるが,部門講演会におけるOSの題目が,計算固体力学を含む計算力学研究の動向を示す指標と考えられるので,まずそれらを列挙しておく.OS01: 電子デバイス・電子材料と計算力学,OS02: ゴムの計算力学と関連話題,OS03: 逆問題解析とデータ同化の最前線,OS04: 大規模並列・連成解析と関連話題,OS05: 複合連成現象の解析と力学,OS06: 社会・環境・防災シミュレーション,OS07: 計算電磁気学と関連話題,OS08: 計算力学と最適化,OS09: メッシュフリー/粒子法とその関連技術,OS10: 企業におけるCAEおよび産学官連携の事例,OS11: 市販ソフトウェアによる難問題のモデリング・シミュレーション,OS12: 破壊力学とき裂の解析・き裂進展シミュレーション,OS13: 数値シミュレーションの原子力への応用,OS14: 境界要素法の高度化と最新応用,OS15: 周期構造とシミュレーション技術,OS16: 流体の数値計算手法と数値シミュレーション,OS17: 半導体産業を牽引する数値シミュレーション―結晶製造からデバイスの最先端技術まで―,OS18: 材料の組織・強度に関するマルチスケールアナリシス,OS19: 電子・原子・マルチシミュレーションに基づく材料特性評価,OS20: フェーズフィールド法の新潮流,OS21: 衝撃・崩壊問題,OS22: 数値シミュレーションの宇宙開発への応用,OS23: 次世代CAD/CAM/CAE/CG/CSCW/CAT/C-Control,OS24: 先進的データ同化手法の異分野への展開,OS25: 混相流・反応性流体の数値流体力学
計算固体力学分野では,ここ数年,き裂や損傷の進展をモデル化し構造物の破壊過程を数値シミュレーションで再現させようとする研究が盛んである.き裂や損傷を表現する方法は,き裂形状を直接モデル化する方法と,多数発生する微細なき裂や損傷を考慮した連続体モデルを用いる方法に大別される.き裂形状を直接モデル化する方法として,自動メッシュ生成技術と大規模FEM解析を組み合わせた方法,移動FEM,重合メッシュ法(SFEM),拡張有限要素法(XFEM)などによる手法が,継続的に研究開発されている.き裂面に作用する表面力とその相対変位との関係を与えることにより,き裂の発生と進展を模擬する結合力モデルも広く用いられるようになっている.結合力モデルはFEMではインターフェースを用いて実装されるが,XFEMの枠組みを用いれば有限要素分割と独立に自由に設定することが可能となる.一方,微細なき裂や損傷を考慮した連続体モデルを用いる方法においては,き裂や損傷を損傷変数として扱う連続体損傷力学(CDM: Continuum Damage Mechanics)に基づく方法が用いられるようになっている.この手法では通常FEMと組み合わせて実装されるが,しばしば解析結果の要素分割依存性が問題となる.この問題を回避するためには,特性長さを導入するなどの工夫が必要である.解析対象によっては,き裂を直接モデル化する方法と連続体損傷力学とを組み合わせた方法も用いられる.また,通常のFEMでは要素がつぶれて扱えないほど大変形する固体をラグランジュ的に扱う方法としてSPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)も依然として使われている.最近,古典的分子動力学法に破壊モデルを導入したぺリダイナミックス(Peridynamics)による破壊シミュレーションを用いた研究も行われるようになっている.さらに,ここ数年,材料組織設計の分野において界面を直接モデル化することなく界面の移動を追従することができるフェーズフィールド法の研究が盛んである.この方法をき裂を含む物体のエネルギー計算に適用し,エネルギー汎関数に基づくき裂進展フェーズフィールドモデルが提案され,今後の発展が期待できる.なお,SPHやXFEMなどの研究開発が進み,汎用プログラムにも組み込まれるようになり,今後ますます利用者が増えてくると思われる.汎用プログラムのSPHやXFEM機能を用いればユーザはメッシュ分割を意識せずに解析が実行可能になる.しかしながら,妥当な解析結果を得るためには,これらの解析手法の基本技術や適用限界などに注意したうえで利用する必要がある.
計算力学に関する国際会議としては,2015年度は,7月にUSNCCM13(第13回米国計算力学国内会議)[2]が米国カリフォリニア州サンディエゴで開催された.この会議は,2年に1回開催される米国の国内会議であるが,欧州やアジア太平洋地区からの参加も多く,事実上の国際会議である.100件を超えるミニシンポジウムがパラレルセッション形式で開催され,参加登録者数1 300名(うち日本からの登録者70名)を超える大きな会議となった.計算固体力学に関しては,前述したフェーズフィールド法やぺリダイナミックス法を用いた応用研究の発表に関心が集められた.
近年の計算機の発達により,現実に近い熱流動場を計算機上で再現し,その物理メカニズムの解明,予測,さらに実用可能な制御理論等を仮想実験できるようになった.世界の最速スーパコンピュータ500システムのリストである「TOP500 Supercomputer Sites」[1]を見ると,2013年から引き続いて首位はTianhe-2(中国)であり,312万ものCPUコアを用いて,最大34 PFLOPSの演算性能を有する.近年の動向として,GPU等のアクセラレータやコプロセッサを付加することによって演算性能を高めており,トップ10では5システム,トップ500では104システムが該当し,その割合は増加傾向にある.日本では,京コンピュータ(11 PFLOPS)が2014年に引き続いて4位にランクインしているが,「京」の100倍の計算性能を有するエクサスケール・スーパコンピュータの運用を2020年頃までに開始する予定である(ポスト「京」開発,フラッグシップ2020プロジェクト[2]).また,重要な科学技術の分野において,計算のスケーラビリティや計算時間の点で高い演算性能を達成したシミュレーションに与えられるGordon Bell賞は,テキサス大学オースチン校,IBMチューリッヒ基礎研究所,ニューヨーク大学,カリフォルニア工科大学が共同で実施した,世界初のプレート境界を考慮した地球のマントルモデルの数値シミュレーションが受賞した.
上述の急速に発達を遂げているスーパコンピュータを利用した2015年の特筆すべき流体計算として,バルクレイノルズ数が約25万の平行平板間乱流(無限に大きな平行平板を仮定し,その間隙内に流れる乱流.以後,チャネル乱流と記す)を,大規模計算領域・高計算解像度が必要とされる乱流モデルを用いない直接数値シミュレーション(以下,DNSと記す)で実施した計算が挙げられる[3].チャネル乱流は,固体壁に接する乱流の一つであり,実用的に重要な流動場である.また,その境界条件の単純さゆえに,壁に接する流れ場における乱流現象の基礎データを得るための手段として用いられている.そして,実験的な観察結果の多くがDNSの計算結果において再確認されるとともに,限られたデータに頼らざるを得なかった実験的知見の一部が修正されてきた.また,レイノルズ数が大きくなると,乱流渦の多重構造も複雑化し,乱流のDNSもより困難になる.1987年に世界で初めて報告されたチャネル乱流DNS [4]のバルクレイノルズ数は約5 600であることから,約30年間で二桁高いバルクレイノルズ数のDNSを実施できるまでになった.
国内では,共同利用が開始してから3年が経過したスーパコンピュータ「京」を中核とするHPCIシステムの利用研究課題による成果が数多く報告されている[5].熱流体分野に関連したトピックスとしては,地球規模の気候・環境変動予測に関する研究,超高精度メソスケール気象予測の実証,津波の予測精度の高度化に関する研究,輸送機器・流体機器の流体制御による革新的高効率・低騒音化に関する研究開発,乱流の直接計算に基づく次世代流体設計システムの研究開発等が挙げられる.また,国が政策的に選定するポスト「京」の重点課題も発表された.熱流体分野に関連する課題として,地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築(サブ課題:地震・津波の災害被害予測の実用化研究),観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化(サブ課題:革新的な数値天気予報と被害レベル推定に基づく高度な気象防災,シームレス気象・気候変動予測,総合的な地球環境の監視と予測),革新的クリーンエネルギーシステムの実用化(サブ課題:高圧燃焼・ガス化を伴うエネルギー変換システム,気液二相流および電極の超大規模解析による燃料電池設計プロセスの高度化,高効率風力発電システム構築のための大規模数値解析,核融合炉の炉心設計),近未来型ものづくりを先導する革新的設計・製造プロセスの開発(サブ課題:リアルタイム・リアルワールド自動車統合設計システムの研究開発,準直接計算技術を活用したターボ機械設計システムの研究開発,航空機の設計・運用革新を実現するコア技術の研究開発)等が挙げられる.環境・エネルギー・ものづくり分野における計算熱流体力学への期待は高く,今後より一層の発展が期待されている.
世界的に見て,粒子法の研究開発は研究分野を拡大し研究者の数を加速度的に増やしつつあるように思われる.粒子法研究の中心のひとつはヨーロッパ諸国であるが,SPH法を中心に近年極めて活発な研究が行われている.SPH法のワークショップであるSPHERIC [1]は毎年開催されているが,第十回を迎え2015年6月16日から3日間にわたりにイタリアのパルマで開催された.記念講演ではSPH法の生みの親であるMonaghan教授の基調講演,ワークショップでは,講演発表は60あまり,参加者は延べ数百人を超える規模で,小規模の国際会議並みになりつつあるようである.講演内容から欧州における研究動向をみると,SPHの高精度化として非圧縮性の高精度化,解の安定性,アダプティビティ,誤差評価など,また並列化などによる高速化アルゴリズム,有限要素法とのカップリング法の研究が見られる.従来の一般流体の波動問題や多相流体問題,ポーラス層の流れなどへの応用,また固体問題やMDとのカップリングなどの研究もあり研究分野の多様化が伺われる.一方,粒子法の研究が近年活性化しているのが隣国中国でありその動向にも注意を向ける必要がある.SPH法の著名な研究者であるG.R.Liu [2]やW.K.Liu [3]らは中国系であることも影響していると思われるが,中国の物理学会誌[4],機械学会誌[5]などにはSPH法解析の論文が多く掲載されるようになっている.このような状況は韓国でも同様とおもわれ,SPHERICの東アジア地域での開催なども提案すべき時期に来ていると思われる.一方,国内の研究も高まりをみせていて,2015年6月8日からつくば市で開催された第20回計算工学講演会[6]では粒子法・メッシュフリー法関連の講演論文数は24編,また10月10日から横浜国立大学において開催された第28回機械学会計算力学講演会[7]では講演数25編と盛んな研究が行われていることが伺われる.粒子法の応用分野は流体解析が現在でも主流であり,国際誌,国内学会誌でSPH法やMPS法を用いた様々な論文が発表されている.解析手法の高精度化などの研究と共に応用研究も多く,いくつかの例を上げれば流体問題では鋳造問題[8, 9],表面張力問題[10, 11],多孔物質内の流れ[12],流体と剛体の連成[13],波浪問題[14],蒸発と沸騰問題[15]などがある.一方,固体問題への応用も盛んとなりつつあり,金属の切削問題[16],アルミニウム薄板の破壊[17],複合材料の破壊問題[18],などがある.
フェーズフィールド法が機械工学関連分野の研究に利用され,材料特性の評価・予測,固体・流体および連成解析の他,様々な物理現象や数理解析に適用可能であることの認識が広まり,計算モデルのひとつとして十分に認知されてきたといえる.2015年においても,3.2節で紹介されたき裂進展解析を始め,さらなる適用範囲の拡大や新しい分野への応用,計算精度の向上および計算速度の高効率化などが進められている.また,計算力学部門ニュースレターでもフェーズフィールド法が特集として取り上げられ[1],最近の動向とフェーズフィールド法の基礎,および主要な適用例が解説されるなど,注目度の高い研究手法であるといえる.
日本機械学会計算力学講演会でも,フェーズフィールド法に関するオーガナイズドセッションが2008年から継続して設定されており,例年,多くの研究発表が行われている.2015年は,「フェーズフィールド法の新潮流」として開催され,23件の講演があった[2].従来から主要な適用範囲である金属材料の微視組織に関する研究としては,結晶粒成長解析,ステンレス鋼などの実用材料における相変態解析,多結晶材料の力学特性解析などが報告され,熱・流体系では,固液,気液,および三相の連成解析,燃焼系の火炎モデル解析などが報告されている.また,トポロジー最適化,き裂進展モデル,核生成モデルなどの他,リチウム電池内の応力解析など,より工学的な問題に取り組む研究例も増えている.関連する講演会としては,日本計算工学会による第20回計算工学講演会でも「計算工学におけるフェーズフィールド法の可能性」と題したオーガナイズドセッションが設けられており[3],こちらも定着して活発な研究発表が行われている.
国外においても,精力的な研究が進められており,多くの研究論文が発表されている.計算材料科学に関する代表的な学術誌であるComputational Materials Scienceでも特集号が発行され[4],材料科学分野におけるフェーズフィールド法の主要な適用例が一読できる.例えば,塑性加工による組織変化解析への有用性を高めることができる大変形時の組織変化に関する数値解析モデル[5]や,原子スケールの材料挙動としても興味深い粒界予融解に関する研究[6]の他,炭素鋼について,オーステナイトとフェライトの繰り返し相変態による組織変化の様子を記述する解析[7]や,共析反応によるセメンタイトのモルフォロジーに関する解析[8]などが報告されている.当該号以外にも,ねじ内部のき裂進展から破断にいたる過程に関する研究[9]に見られるように,工学における諸問題により近い実用的な計算モデルとしての開発が盛んに進められているといえる.また,酸化ウランとジルコニウムの反応相に関する研究[10]や,リチウム電池材料に関する研究[11]など,環境・エネルギー問題に直結する材料開発にも活用されている.その一方で,物理特性や材料挙動の本質を探る研究にも適用され,現象の機構解明に向けた研究も進められている.固相変態における応力の影響[12]や,材料中のボイドの形態に関する研究[13],気液二相問題では,沸騰による気泡形態に関する研究[14]などで,計算モデルの改良が進められている.フェーズフィールドモデルが工学分野で広まるきっかけとなったのが,凝固組織のデンドライト解析であるといえるが,そのデンドライト解析についても,液体との連成[15]や計算モデルの改良[16]などにより,さらなる数値解析精度の向上に向けた研究が進められている.また,多結晶組織形成に関連しても,ナノ結晶についての粒界偏析を対象とした解析[17]など,依然として実材料の組織や特性の再現に向けた改良が続いている.このことは,現象論的な手法であることの一面ともいえるが,フェーズフィールドモデルの適用可能範囲の拡張が示されており,今後もさらなる広がりが期待されている.
なお,国内外の研究集会や,詳細な解説・書籍の紹介などは,フェーズフィールド法の情報サイトにまとめられているので,参照されたい[18].
1970年代に構造分野で本格的に始まった工学分野における最適設計は,80年代に進化計算,90年代に応答局面法と組み合わさり,実世界での大規模問題に裾野を広げた.本分野の研究対象は大別して,最適化手法,実問題応用,およびデータマイニングである.いずれも多様な研究が多分野に渡り推進される.本稿では趨勢をまとめるに留めるが,最適化手法やデータマイニングの進展により,実問題解決のための革新的領域が開拓されつつある現状の一端を窺い知ることができる.
一般的に,実問題では設計要求(最適化における目的関数)は複数存在する.設計要求間の相関や多次元設計空間における実行可能領域構造が観察でき,それ自体が有益な設計情報となるため,現在は各設計要求をそのまま多目的最適化問題として扱うことが多い.適用問題の依存性を考慮する必要なく多目的最適化に使える手法は,進化計算や応答局面法などのメタヒューリスティクスである[1](製品形状が具体化する基本設計フェーズではAdoint法で形状を突き詰める最適化も有益だが,本稿では広範な可能性を持つ設計上流に焦点を当てる).
EMO(Evolutionary Multiobjective Optimization; 多目的進化計算)分野では新たなアルゴリズムが日進月歩提案され,IEEEでも活発な研究分野の一つである.GA(Genetic Algorithm; 遺伝的アルゴリズム),DE(Differential Evolution; 差分進化),あるいはPSO(Particle Swarm Optimization; 粒子群最適化)やACO(Ant Colony Optimization; 蟻コロニー最適化)に代表される群知能を基点に,多様な手法が提案されている.現在EMO分野のトピックは多数目的最適化への対応である[2].目的関数数が4つ程度までの問題ならば特段の工夫なしに扱えるが,5目的以上で定義される多数目的最適化に対する一般的なEMOの適用は,解集合の精度を著しく悪化させる[3].収束性と多様性を維持しつつ,多数目的最適化に対応する手法が研究される.
一方,応答局面法は,応答局面を基底関数の和で近似するRBF(Radial Basis Function; 動径基底関数)モデルが近年のトレンドである.特に,KrigingモデルはBayes統計学に基づき任意関数分布を推定するため,非線形関数近似に適する.さらに,本モデルは関数値のみならず,関数値に含まれる可能性のある近似誤差をモデル化できるため,実問題で本来考慮すべき不確定性を扱える.RBFモデルでは,構築された応答局面の近似精度が不十分な場合,新たなサンプル点の追加だけで応答局面を更新できるが,サンプル点追加位置情報のない点がボトルネックであった.効率的な応答局面構築に関する研究が進む.
単目的問題から単分野多目的問題へ,さらにMDO(Multidisciplinary Design Optimization; 多分野融合多目的最適化)に実問題の裾野が広がった.また,目的関数を数値解析的に評価するだけでなく実験的に評価する事例[4]も散見される.近年多様な業種の企業において最適化の利用が増え,さらなる実製品設計への適用範囲の広がりが予想される.
一方で,構造分野で先駆的に発展するトポロジー最適化[5]は設計対象製品の形状自由度を格段に上げる方法論であり,熱交換機設計[6]など応用目覚ましい.また,応答局面法は最適化だけでなく現実問題のUQ [7](Uncertainty Quantification; 実験や数値解析に含まれる誤差という不確定性の定量化)を扱う道具としても発展している.不確定性を考慮した航空機2次元遷音速翼型最適設計[8]あるいは数値流体力学解析結果への適用[9]が代表的である.さらに,ロバスト設計を本方法論上で扱えるため,実製品設計問題応用への期待が高まる.
これまでは定常的な事象,つまり決まった設計点に対する問題が網羅的に実施されてきたが,実製品設計問題応用は,オフデザインを考慮する,非定常な事象を含む,あるいは製品使用サイクルを考慮するといった問題に発展しつつある.製品使用のサイクルは延いては製品のライフサイクルを考慮することにつながり,価格や製造性,生産管理,保守運用といった従来最適化では定量的に扱いにくい設計要求を考慮するため,設計目的を達成するための新たな方法論に発展しつつある.
多目的最適化の結果は最適解集合となり,意思決定のための何らかの情報が付随的に必要である,という要求に端を発し,最適化の後処理的意味合いから発展しているのがデータマイニング応用である.問題定義,最適化,およびデータマイニングいずれの操作も有機的に結びついており,設計情報を体系立て設計空間構造を俯瞰的に可視化し,延いては設計者への発想支援に発展させ革新設計への道となる方法論として,この一連のシステムは設計情報学とも呼ばれる[10].近年では,最適化結果に対するデータ解析の重要性がEMO研究者にも認識され[11],データマイニングを考慮したEMOも多数検討される[12].
設計空間にある情報は大域設計情報と局所設計情報に大別できる.大域設計情報は経験知を明文化することが多いため,物理的解釈は容易だが革新がない.革新設計に至る仮説は局所設計情報に含まれる可能性があるが,物理的解釈が困難である.局所設計情報をどのように抽出するか,そしてどのように物理的解釈を加えるかが本分野の研究課題である.有効な方法論の一つは情報の可視化法に収斂する.最適化で獲得される最適解集合に特化した可視化方法論の検討[13]や,一般的な情報可視化分野における方法論の検討[14]など活発に研究されている.近年ではデータ解析の専門部署を設ける企業が国内外で見られる.設計開発現場でもその重要性を認識し,実設計で設計情報を積極的に駆動する潮流が確認できる.
産業界は,大学等で創生されたInvention(発明・新技術など)を,イノベーションの形で世の中に送り出す役割を担っている.その観点で計算力学を捉えると,デザイン思考で社会課題に取り組むための考え方として提唱された1DCAE [1]は,イノベーション実現のための本質的な現象理解,あるいは,複雑な社会システムの最適化に向けた検討手法であり,産業界における発展・活用が進んできている.
2015年10月に開催された第28回計算力学講演会(CMD2015)[2]のオーガナイズドセッション「企業におけるCAEおよび産学官連携の事例」では,マルチフィデリティ全体統合解析[3]の概念が報告された.これは,詳細な3DCAE(高フィデリティ解析)の結果を,ニューラルネットワークやクリギングモデルなどを用いたモデル緩和技術により,極力詳細情報を失わずにモデル化し,1DCAE(低フィデリティ解析)の高精度化を目指すものである.同様の概念を示すものとして,最近では,「Co-simulation」という言葉もよく用いられる.これは,システム工学あるいはシステム制御の分野で,自律分散システムにおけるサブシステム間の連携を,MATLAB [4]やSimulationX [5]などのモデリング/制御ソフトで連成解析するというものであるが,マルチフィジックス的な連成解析の意味合いでも使われることが多くなってきている.
また,産業界では,解析主導設計という形で,既にシミュレーションを設計プロセスに組み込んでいる場合が多い.その際に問題になるのが精度であり,製品の品質やコストに大きな影響を及ぼすことになる.シミュレーションの精度向上の取り組みとして,気象予測の分野で活用されているデータ同化技術がある.CMD2015においても,オーガナイズドセッション「先進的データ同化手法の異分野への展開」が企画された.現時点での報告は大学からがほとんどだが,先に述べた文献[3]では,解析の境界条件の高精度化へのデータ同化の活用例が報告されており,計測と解析を融合した精度向上という観点で,今後,産業界への普及が期待される.
一方,産業界においては,技術計算に関わる費用対効果の向上も大きな課題である.これに関連する動向として,OSS(オープンソースソフトウェア)の活用,および,クラウドの活用が挙げられる.OSS活用については,CMD2015においても,フォーラム「オープンCAEの企業における活用」が企画され,熱流体系のOpenFOAM [6]や構造系のSalome-Meca [7]などの活用に関し議論がなされた.構造系では,CALCULIX [8]も最近注目されている.OpenFOAMについては,Helyx [9, 10]やiconCFD [11]など,ソフトベンダーがGUIなどをサポートし,並列計算の並列度によらないライセンス価格で提供する形態が進んでいる.今後,更なる解析機能強化が期待される.
クラウド活用に関しては,富士通のTCクラウド[12],NECのHPC Online [13],IBMのHPCクラウド[14]のような,どちらかと言えば計算機リソースを中心としたサービス形態が主流であった.最近では,AWS(Amazon Web Service)[15]に代表されるようなIT業界のHPC分野への進出に呼応する形で,AWSのクラウドを活用しソフトウェア側のサービスを充実させた形態[16, 17]が増えてきている.
これは,ハードウェアだけでなくソフトウェアも含めて,資産をなるべく持ちたくない,必要なときに必要なだけすぐに使いたいというニーズに応えるものであり,近い将来,産業界だけでなく社会全体で計算リソースを共有する時代が来ることであろう.
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