8. 熱 工 学

8・1 伝熱および熱力学

8・1・1 概説

はじめに伝熱および熱力学分野に関係の深いエネルギー関連事項を概観する.本分野のより具体的な内容については次の8.1.2,8.1.3項を参照していただきたい.2014年4月に閣議決定された資源エネルギー庁「エネルギー基本計画」[1]では,省エネルギー社会の実現や中長期的な自立化を目指す再生可能エネルギーの導入加速,化石燃料の効率的・安定的な利用のための火力発電の有効活用促進の環境整備,また水素等の新たな二次エネルギー構造への変革として,コージェネレーションの推進や蓄電池の導入促進,“水素社会”の実現に向けた取組の加速などがあげられている.それらを踏まえ2015年7月に経済産業省から2030年度までの「長期エネルギー需給見通し」[2]が策定された.2030年の一次エネルギー供給において,再生可能エネルギーを13~14%,原子力11~10%などとしている.また同様に,水素等の新たな二次エネルギー構造への変革,水素社会の実現に向けた取組の加速が盛り込まれている.これまで我が国で十分な数値を上げてきたとはいえない,再生可能エネルギーの導入過程を一定程度加速させることを前提とし,エネルギー自給率を23.4%程度へ増大させることを見込んでいる.将来の政治,経済など社会状況の変化に依存する不確実さはあるものの,再生可能エネルギーの増加および高効率エネルギー利用の促進に向けて,これまで以上に本分野への社会的要請は高まっていくであろう.

一方,いわゆる「社会のための科学」として,科学技術には研究成果の社会還元が求められる傾向が近年強まっている.第4期科学技術基本計画[3]における「グリーンイノベーション」を中心に,エネルギー利用分野への公的課題が多く提案されてきた.それらの多くは,実社会の重要課題を解決するための広範な領域にわたっており,他分野との協働や異分野との競合環境での活動が必要となるケースが多い.また研究者の立場からは,近年高度な機器の必要性が増してきていることや,国立大学の法人化等のシステムの変化に伴う校費配分の減少とともに,公的資金の重要性が高まっている.

ここでエネルギー分野の最近の動向,特に代表的な公的ファンディング機関による競争的課題を具体的にみてみる.国立研究開発法人科学技術振興機構では,課題達成型基礎研究領域として,crestの「エネルギー高効率利用のための相界面科学」,さきがけの「エネルギー高効率利用のための相界面」,ERATOの「革新的省・創エネルギーシステム・デバイス」が進行している.国際科学技術共同研究では「エネルギー利用の高効率化」が実施され,継続的に「都市における環境問題または都市におけるエネルギー問題に関する研究」が募集された.また,シーズ育成・企業化開発を目的として,例えばA-STEP「研究成果最適展開支援プログラム」においても,エネルギーに関連した課題が継続的に実施されている.国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構では,太陽光,風力発電,省エネルギー,熱利用,燃料電池技術などのエネルギー・環境分野における産業技術の研究開発が実施されている.例えば「高効率低GWP冷媒を使用した中小型空調機器技術の開発」,「未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発」,「再生可能エネルギー熱利用技術開発」などのエネルギー利用技術関連の課題が進行している.いずれも本分野の研究者・技術者が,実際にそれらの課題の中で活動している.

少なくとも現在および近未来のエネルギー技術を取り巻く社会的状況においては,上述のように,本分野の重要性はさらに増してゆくものと考えられる.研究者・技術者の課題への参加や新たな課題提案など種々の活動を進めていくことによって,本分野の活性化と社会への貢献が期待される.

学術界では,本年度も引き続き国内外において多くの会議が開催された.特筆すべき動向として,1983年から4年ごとに日米で実施されてきたASME-JSME Thermal Engineering Joint Conference(AJTEC)が新たな枠組みに変更され,第1回Pacific Rim Thermal Engineering Conference(PRTEC)として,2016年3月にハワイにて実施された.また日本伝熱学会により,韓国機械学会熱工学部門,中国伝熱伝質学会と共同で,2015年11月にAsian Union of Thermal Science and Engineering(AUTSE)が設立されたことが挙げられる.アジア地域の伝熱のネットワーク形成と相互の連携を目的として,新たな国際会議Asian Conference on Thermal Sciences(ACTS2017)を4年毎に開催し,2017年3月に第1回を韓国で実施することが決まっている.アジア圏における今後の熱工学分野に関する学術連携の深まりと更なる発展が図られる.

〔宇高 義郎 天津大学/玉川大学

8・1・2 熱物性

第52回日本伝熱シンポジウム(開催期間:6月3日~5日)が福岡国際会議場(福岡市)にて開催された.5のオーガナズドセッション(「水素・燃料電池・二次電池」,「燃焼研究の最前線」,「熱エネルギー材料・システムのための熱・物質輸送促進」,「ナノスケール伝熱機能発現とその応用への展望」,「非線形熱流体現象と伝熱」)と18の一般セッション(「沸騰・凝縮」,「ヒートパイプ」,「電子機器の冷却」など)が組まれ,特別セッションなどを含めると395件の研究報告がなされた.このうち熱物性関連は90件程度であり,熱物性のセッションの他,「OSナノスケール伝熱機能発現とその応用への展望」,「多孔質体の伝熱」,「融解・凝固」,「マイクロ伝熱」などのセッションで比較的多くの報告された.

19th SYMPOSIUM ON THERMOPHYSICAL PROPERTIES(開催期間:6月21日~26日)がBoulder,USAにて開催された.展示やデモンストレーションを除き,22セッションで合計589件の研究報告(内,ポスターが151件)が行われ,そのうち日本人による発表は36件(内,ポスターは9件)であった.報告件数上位(括弧内は講演数)のセッションは順に,Properties for Fuels and Energy Systems(53),Ionic Liquids(44),Wetting, Interfaces, and Membranes(43),Correlations and Engineering Equations of State(42),Fluid Property Measurements(39)であった.

第十二回日本熱電学会学術講演会(開催期間:9月7日~8日)が九州大学で開催された.理論やデバイス,物質別などに分かれた10のオーラルセッション(「理論計算,新概念」,「シリコン,ゲルマニウム系材料」,「モジュール」,「酸化物」,「チムニーラダー化合物,遷移金属シリサイド」,「カルコゲナイド」,「金属間化合物」,「りん系材料,高分子材料,カーボンナノチューブ」,「スクッテルダイト,クラスレート」,「Mg2Si,関連物質」)とポスターセッションが組まれ,113件(内,58件がポスター)の研究報告などが行われた.

2015年度日本機械学会年次大会(開催期間:9月13日~16日)が北海道大学(札幌市)にて開催され,熱工学部門のセッションとして,電子情報機器,電子デバイスの強度・信頼性評価と熱制御では10件,一般セッションで33件の研究報告が行われた.

第51回熱測定討論会(開催期間:10月8日~10日)が東京電機大(埼玉県比企郡)で開催された.6のオーラルセッション(「無機・金属・磁性体」,「高分子・有機」,「生体・医薬」,「溶液・集合体」,「エネルギー・環境」,「熱測定基盤」),ポスター合わせ108件の研究報告がされた.

2015年度日本冷凍空調学会年次大会(開催期間:10月20日~23日)が早稲田大学環境総合研究センター(新宿区)で開催された.10のオーガナイズドセッション(「圧縮機の最新技術と将来展望」,「熱交換器における技術展開」,「ヒートポンプのシステム性能向上」,「冷凍・空調・給湯機器の性能評価」,「冷凍・空調・給湯機器におけるシミュレーション技術」,「吸収,吸着,ケミカル系の冷凍機・ヒートポンプ」,「デシカント・調湿・オープンサイクル空調」,「冷媒の熱物性」,「固液相変化を伴う熱・物質移動現象」,「食品と生物の冷蔵・冷凍」)と一般講演セッションおよび4のワークショップとセミナーが組まれ,185件の研究報告などが行われた.ワークショップでは,ヒートポンプ,氷スラリーによる冷凍冷蔵,熱交換機などについて集中的な議論がされた.

本部門主催の熱工学コンファレンス2015(開催期間:10月24日~25日)が大阪大学(吹田市)で開催された.14のオーガナイズドセッション(「沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展」,「多孔質体内の伝熱・流動現象とその応用」,「革新的技術のための燃焼研究」,「バイオトランスポートと生体熱工学」,「燃料電池・二次電池関連研究の新展開」,「ふく射輸送制御」,「電子機器・デバイスの熱工学的課題と熱流動現象」,「マイクロ・ナノ熱工学」,「外燃機関・排熱利用技術」,「火災・爆発」,「熱物性」,「先端計測による熱工学の学際的展開」,「分子シミュレーション」,「凝固・融解伝熱および結晶成長の新展開」)と一般講演が組まれ227件の研究報告が行われた.報告件数上位(括弧内は講演数)のOSは順に,電子機器・デバイスの熱工学的課題と熱流動現象(23),革新的技術のための燃焼研究(22),沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展(18)であった.

第36回日本熱物性シンポジウム(開催期間:10月19日~21日)が東北大学(仙台市)にて開催された.11のオーガナイズドセッション(「水の特異な熱・輸送特性と応用」,「高温融体と材料プロセス」,「先進材料の熱物性と宇宙システムデザイン」,「蓄冷熱のための機能性材料の熱物性」,「エネルギー変換に関わる熱物性・界面物性」,「建物外皮の熱物性とシステムデザイン」,「高熱伝導性樹脂・複合材料の開発と熱物性評価」,「断熱材の熱物性計測と評価」,「食品ならびに生物資源における熱物性」,「MEMS技術を用いた熱物性デバイス」,「低温度差エネルギーの活用に関連する流体熱物性と技術」)と5の一般セッション(「流体の熱力学性質・輸送性質」,「固体の熱力学的性質・輸送性質」,「ふく射性質」,「表面・界面・薄膜」,「新測定技術」)において広範囲にわたる熱物性関連の96件の研究報告が行われ,特に高温物性や機能材料・複合材料,流体の熱力学性質・輸送性質に関して多くの研究報告があった.

〔山田 修史 産業技術総合研究所

8・1・3 伝熱

1995年,ドイツのベルリンで気候変動枠組条約第1回締結国会議(COP1)が開催され,地球規模の温室効果ガス削減に関するプロセスを示す,いわゆるベルリンマンデートが決議された.これは,後のCOP3において採択された京都議定書の根拠となり,COP3において日本は,1990年比6%の温室効果ガスの削減を国際公約とした[1].

このような社会情勢に端を発する国境を越えたグローバルな課題に対し議論を加え,持続可能な社会の形成のためのアプローチを示すことは,工学者としての責務である.そのため,技術分野のみならず社会の要求とトレンドを見据えた研究課題の設定を行うことがますます求められるところである.伝熱工学は地球温暖化に関連する諸現象やエネルギー機器の効率化に直結する問題を扱う分野であり,その研究動向は,良くも悪くも時代の潮流を強く意識したものにならざるを得ない.

まずは,最近の研究動向を明確にするため,学術論文の状況について調査を行った.伝熱工学分野を取り扱う論文誌は数多くあるが,ASME J. Heat Transferのカテゴリーを踏襲し,日本機械学会が発行する和文および英文の論文集(伝熱工学関連のみ)について分類し,それぞれのカテゴリーの2015年の論文数を表1にまとめた.ASME J. Heat Transferにおいては,論文総数150件となっており,2014年の205件から3分の2以下に低下している.分野別に見るとマイクロ・ナノ伝熱と蒸発・沸騰・凝縮が論文数が相対的に多く,これはこれまでの傾向と変わりはない.キーワードとして,Nanofluids,Nanoparticlesに関する研究が目立ち,流体側の物性を制御することにより伝熱促進を図る試みが多数報告されている.今後の展開に注目したい.また,新たな発行形態となった日本機械学会発行の論文集であるが,和文誌の日本機械学会論文集,英文誌のMechanical Engineering Journalならびに本部門と日本伝熱学会が共同編集を行うJournal of Thermal Science and Technologyを総計した伝熱工学に関連する論文数は,近年の低下傾向のまま推移している(表1).

表1 伝熱関係主要論文誌と分野別論文数(2015年)
表1 伝熱関係主要論文誌と分野別論文数(2015年)

次に,国際会議に目を向けると,2015年は大規模な国際会議は少なかった.その中で,伝熱分野が関連する国際会議として,24th IIR International Congress of Refrigeration - ICR2015(第24回国際冷凍会議)およびASME 2015 International Mechanical Engineering Congress & Exposition - IMECE2015(2015年米国機械学会国際機械工学会議)について概観する.

国際冷凍会議は,国際冷凍学会(International Institute of Refrigeration; IIR)が主催する,冷凍分野最大の研究集会である.第1回は1908年にパリで開催され,第8回以降は4年に1度開催されている.2014年に京都で開催された国際伝熱会議が“伝熱オリンピック”であれば,国際冷凍会議は“冷凍オリンピック”と呼んで差し支えないだろう.その第24回の会議であるICR2015が,8月16日~22日の7日間の日程で,パシフィコ横浜国際会議場で開催された.全体として,643件の一般講演,76件のワークショップ講演,およびPlenary Lectureを含む22件の招待講演が行われ[2],活発な意見交換がなされた.ICR2015では,IIRの専門分野である10の大カテゴリーごとにトピックスも分類されており,伝熱分野に直接関わるものとして,B1部門(Thermodynamics & transfer process)がある.B1部門は,熱・物質移動挙動や冷媒の熱物性などの基礎研究から,潜熱蓄熱や機能性流体,磁気ヒートポンプシステムなど,幅広い分野を扱う部門であり,全体の4分の1の講演数を占めた.この部門はもともと欧州と日本の研究者が多く,特に吸着現象における熱・物質移動に関する発表が多く見られた.

毎年米国で開催されるIMECEは,70を超える国から約4 000名の参加者が集まり,機械工学分野の各領域を網羅した総合的国際会議としては世界最大の規模を持つ.2015年のIMECEは11月13日~19日の期間,ヒューストンで開催された.この会議で扱うトピックスは多岐にわたり,「Heat Transfer and Thermal Engineering」の分野では,24のセッションカテゴリーで,126件の講演があった.特に,建築学分野との境界領域である,ビルや建物の冷暖房技術や省エネルギーに関するセッション「Heat and Mass Transfer in Built Environment: Buildings, Cities and Transportation」での講演数が最も多くなっている.このセッションの中では,冷暖房の伝熱技術をはじめ,火災,潜熱蓄熱,空調,換気,熱交換器,シミュレーション技術など,建物内外の熱現象に関わる広範囲なトピックスが討論されている.なお,「Heat Transfer and Thermal Engineering」の分野における日本の研究者の発表は,1件のみであった.

国内での講演会では,特に速報性の高い報告と活発な議論が展開される.従って,講演会のセッション構成や講演題目には,その時代の伝熱研究分野のトレンドが明確にみてとることができる.以下に,2015年に国内で開催された伝熱工学分野の関連する大規模な研究集会の状況について報告する.

第52回伝熱シンポジウム(6月3日~5日,福岡)では,計80のセッションで380件を超える講演が行われた.発表件数はここ数年大きな変化はないが,やや微増の傾向にあると言える.なお,セッション数についても大幅な増減はないが,20年前の第32回伝熱シンポジウム(1995年,山口)では,108のセッション(総講演数427件)が,10年前の第42回伝熱シンポジウム(2005年,仙台)では,97のセッション(同381件)がいずれも3日間にスケジュールされており,近年は,一つのセッション内で分野の細分類にこだわらない多くの講演と討論が進められているようである.セッション名も伝熱形態および基礎現象を表すオーソドックスな分類から,よりアプリケーションを意識した名称へと変わりつつあり,セッション構成も大きく変化しているのは興味深い.これは,伝熱工学が網羅する研究領域の多様化によるものであり,特に境界領域分野の増加と,対象とする現象の時間・空間スケールの範囲の拡大が影響しているためと考えられる.オーガナイズドセッションは「燃焼研究の最前線」「熱エネルギー材料・システムのための熱・物質輸送促進」「水素・燃料電池・二次電池」「非線形熱流体現象と伝熱」「ナノスケール伝熱機能発現とその応用への展望」が企画された.「熱エネルギー材料・システムのための熱・物質輸送促進」では,蓄熱技術やエネルギー・ハーベスティング技術への導入が期待される,吸着剤,吸収剤,蓄熱材料の熱・物質移動に関して,熱的・化学的な観点から深いディスカッションが展開された.

本部門企画の熱工学コンファレンス2015(10月24日~25日,大阪)では,14のオーガナイズドセッションを含む,51のセッション,229件の熱工学に関連する研究成果の発表が活発に行われた.本講演会のオーガナイズドセッションは,最先端の技術課題やエネルギー関連技術を核として,その諸問題に熱工学視点からアプローチを行うという構成になっており,伝熱シンポジウムに比べ,より応用に近い議論が展開されているように感じる.初日には『SKYACTIV開発と今後の展望』と題した特別講演会が開催され,フォルクスワーゲンの排ガス不正問題が噴出した時期のまさにタイムリーな話題に,参加者は興味深く講演を聞き入っていたのが印象的であった.また,前日の10月23日および24日には,関西大学セミナーハウスにてプレコンファレンスワークショップが開催された.一泊二日の合宿形式で『バイオマスを中心とした再生可能エネルギー』をテーマに,3件の講演と活発な議論と意見交換が行われた.

さて,昨今,大学や研究機関の成果を社会に還元することが叫ばれている.伝熱工学分野の社会への貢献および研究成果の社会還元を目的として,講習会およびセミナーが多数開催されている.

日本伝熱学会では,企業の若手研究者を対象とした『伝熱工学の基礎』講習会を企画し,2015年2月の開催の第1回講習会では79名の参加者があったことが報告[3]されている.また,それに続く形で,2015年7月に第2回を,9月に日本機械学会熱工学部門と連携して『伝熱工学資料(改訂第5版)の内容を教材にした熱設計の基礎と応用』講習会を開催している.さらに,第52回伝熱シンポジウム(6月3日~5日,福岡)にあわせて,前日の6月2日に『燃料電池の最前線』『電子機器の冷却』の二つのテーマに関する講習会が開かれている.

また,伝熱工学のカバーする技術領域は多岐にわたるため,日本機械学会および日本伝熱学会以外が主催する伝熱関係のセミナーも企画されている.例えば,自動車技術会では,2015年2月に『省エネを支える伝熱技術講演会』を,化学工学会では2015年12月に『化学工学会熱工学部会熱工学セミナー』を開催している.

さて,冒頭に触れたCOP1から20年後の2015年11月,京都議定書第一約束期間(2008~2012年)において,温室効果ガス6%の削減(約64億トン)を達成したことが日本政府より発表された[4].しかしながらその内訳を見ると,温室効果ガスの総排出量は1990年比約7%の増加(2014年度速報値[5])となっており,とりわけ二酸化炭素(+9%)およびフルオロカーボン類(+122%)の排出量が大幅に増加している.

さらに,京都議定書第一約束期間における温室効果ガス削減の達成を公表してからわずか1ヶ月後の2015年12月12日,COP21において気候変動に関する新たな国際的枠組み,いわゆるパリ協定が採択された.パリ協定の約束草案における日本の温室効果ガス削減目標は,2030年までに2013年比26%減というものである.さらに,2050年までに80%の削減目標が閣議決定されており,世界全体で今世紀後半には温室効果ガスの実質排出ゼロを目指すという目標が掲げられている[6].このような目的の達成には,従来のエネルギー機器の効率向上だけでは極めて困難であり,これまでにない革新的な技術の導入が不可欠である.これから10年先までのトレンドとして,伝熱,熱工学,およびエネルギーに関連する新たな研究がこれまで以上に重要性を増してくることは明らかであり,よりいっそうの関連分野の発展ならびに他分野との融合が展開されると期待する.

〔川南 剛 神戸大学/産業技術総合研究所

8・1・4 熱交換器

2015年の熱交換器に関する研究動向と今後の展望について述べる.まず,熱交換器に関連する研究をどこまで含めるかについては主観に頼るところもあるが,これまでと同様伝熱現象に関する基礎的な研究動向は「8.1.3伝熱」に譲り,ここでは熱交換器に関連する応用的な研究を以下のように区別する.

まず,2015年の国内講演会での熱交換器に関する研究動向は,①本会の熱工学コンファレンス2015,②第52回日本伝熱シンポジウム,③2015年度日本冷凍空調学会年次大会において調査した.①と②では,これまでと同様に要素研究や機器冷却研究が様々なセッションでみられた.また,システム研究も散見された.一方で,構造研究はあまり多くなかった.③の基盤となる冷凍・空調分野は熱交換器と関わりが深く,熱交換器のOSやWSが企画されており,構造研究に関する発表が最も充実していた.さらに,要素研究,システム研究もいろいろなセッションで多く発表されていた.なお,機器冷却研究はほとんどなかった.

構造研究では,熱交換器への着霜に関する研究が多かった.冷凍空調学会では熱交換器に関する着霜・除霜問題を解決するプロジェクトも立ち上がっており,今後の成果が期待される.要素研究では,管もしくはプレートにおける冷媒の熱流動に関する研究が多かった.特に,扁平多孔管あるいはその孔を模擬した流路はその代表であり,微細流路内の蒸発,沸騰や凝縮熱伝達に関する研究や複数の扁平多孔管への冷媒分配に関する研究が多い.さらに,③では,次世代冷媒に関する研究も多かった.機器冷却研究では,ヒートパイプに関する研究が多くみられた.また,マイクロチャンネルを利用する研究も目についた.

次に,国内の学術雑誌では,④本会の日本機械学会論文集,⑤本会のJ. Thermal Science and Technology,⑥日本伝熱学会論文集,⑦日本冷凍空調学会論文集を対象に動向を調査してみた.

全体としては,熱交換器に関する論文がそもそも多くなく,構造研究がかなり少ないことが残念であったが,機器冷却研究が多く,微細構造の伝熱面性状による相変化伝熱の促進に関する研究やヒートパイプ関連の研究が目についた.④の要素研究では能動的な伝熱促進を扱っており,能動的伝熱促進技術は制約があるものの今後増えることを期待したい.また⑦では,熱交換器の除霜時の水分挙動を中性子ラジオグラフィを用いて計測しており,こういった計測技術の確立は現象の把握に大いに役立つと考えられる.さらに,これからの発展が期待される熱音響デバイス用の熱交換器も研究されていた.

さらに,国外の学術雑誌に関してはScopusを使い,論文題目,抄録,キーワードのいずれかに「Heat Exchanger」を含む論文を検索した.ここでは,検索数上位3件の学術雑誌である⑧Applied Thermal Eng.,⑨Int. J. Heat and Mass Transfer,⑩Energy Conversion and Managementと冷凍・空調関係の⑪Int. J. Refrigerationを取り上げて動向を調査した.まず,⑧,⑨では構造研究に関する論文も多く,国内とは少し動向が違うように思われる.シェルアンドチューブやフィンアンドチューブ,プレート式など,従来から多く検討されてきた構造も未だ根強く研究されている.特にフィンアンドチューブでは,今まではルーバーフィンに関して多く検討されてきたが,形状を工夫した渦発生体を設置したフィンに関する論文が増えている.また,エッチング等の微細加工を施した熱交換器の構造研究に関する論文も目についた.

構造研究や要素研究の気相側単相伝熱においては,コンピュータの発達に伴って数値シミュレーションが多く行われていたが,要素研究の管内冷媒の熱流動に関しては相変化数値シミュレーションの困難さも相まって,ほとんどが実験的研究であった.この分野における数値シミュレーションの発展に期待したい.また,遺伝的アルゴリズムや焼き鈍し法といった最適化手法を利用した論文もみられた.構造研究,要素研究は随分と進展してきたが,最適形状,最適配置等の最適設計に関する研究は少し後れている印象がある.今後は最適化手法を用いた研究がさらに進展することも期待したい.システム研究に関して,特に⑩では熱交換器を含んだシステムのエクセルギーやCOPで評価する論文が結構みられた.また,発電システム研究では,特に有機ランキンサイクルを対象にした論文が多かった.

最後に,最近の動向を踏まえると,熱工学の成熟性ゆえに熱交換器に関する研究に劇的なイノベーションは起きていないように思われる.しかし,製作・製造技術の向上に伴い,これまでにない構造の熱交換器や新冷媒によって未知の伝熱現象を利用できる可能性がある.また,システムの要素として熱交換器が貢献できる新たな分野が見つかれば,熱交換器によってシステムの大幅な性能向上に繋がる可能性もある.「熱あるところ熱交換器あり」によって研究にブレイクスルーが起きることを期待したい.

〔大西 元 金沢大学

8・2 燃焼および燃焼技術

8・2・1 燃焼

本学会主催の燃焼関連の学術会議としては,国内では年次大会(9月)が札幌で,熱工学コンファレンス2015(10月)が大阪で開催されたほか,共催・協賛学会として,日本伝熱シンポジウム(6月)が福岡で,燃焼シンポジウム(11月)が筑波で,内燃機関シンポジウム(12月)が京都で開催された.また海外では,International Colloquium on the Dynamics of Explosions and Reactive Systems(ICDERS,8月)が英国Leedsで開催された.

年次大会では,本部門の一般セッションにおいて電界による燃焼制御,超音速燃焼,被覆導線着火,蛍光体2色温度計測手法,予混合火炎の過渡特性に関する6件の研究発表が行われたほか,エンジンシステム部門とその関連のセッションにおいて,予混合圧縮自着火(5件),代替燃料(6件),ディーゼル噴霧(8件),火花点火と火炎伝播(7件),ガソリンノック(3件)等の基礎的な燃焼特性に着目した研究が報告された.

熱工学コンファレンスでは,「火災・爆発」および「革新的技術のための燃焼研究」と題した2件のオーガナイズドセッションが設けられた.「火災・爆発」のセッションでは,炭塵爆発の数値解析,溶融金属による水蒸気爆発,ガス爆発被害予測,爆風に対する水の低減効果,水素噴流の自着火,火災プルームの温度場空間構造,火災旋風の数値解析,消火法,導線・固体試料の可燃限界,消炎特性,火炎の放射特性に関する研究発表が13件あった.「革新的技術のための燃焼研究」のセッションでは,「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の燃焼関係の課題である「革新燃焼技術」に関連した層流・乱流燃焼速度計測,乱流燃焼特性,火花点火,壁面熱流束計測,PM生成に関する研究があった.この他にも,SIPの課題である「エネルギーキャリア」に関連したアンモニア燃焼,およびバイオマス燃焼,低温プラズマ支援燃焼,管状火炎,バークボイラーの燃焼,エマルション燃料,振動・不安定燃焼に関する研究発表が行われた.さらに一般セッションでもエタノール蒸発特性,石炭ガス化,木質バイオマス,微粉炭とポリスチレンの共熱分解など燃焼に関連した研究が報告された.

日本伝熱シンポジウムでは,「燃焼研究の最前線」と題したオーガナイズドセッションが組まれ,7つのセッションで合計30件の研究発表があった.主なテーマとしては,液滴の点火・燃焼,層流燃焼,すす生成,マイクロ燃焼器,LES・DNS,固体燃焼,アンモニア燃焼,バイオマス燃焼,石炭ガス化ガス火炎,渦流燃焼器,再熱加熱バーナー,希薄燃焼など多岐にわたっている.また,一般セッション「反応・燃焼」では4件の研究発表が行われた.

燃焼シンポジウムでは,固体燃料の燃焼・ガス化,SIPの「革新燃焼技術」と「エネルギーキャリア」に関する3件の基調講演が行われ,これらの研究に対する注目度が高いことをうかがわせる.一般講演では,「層流燃焼」が6セッション,「固体燃料」が5セッション,「火災」および「デトネーション」がそれぞれ4セッション,「乱流燃焼」,「着火・消炎」,「エンジン燃焼」,「新燃料・代替燃料」および「化学反応」がそれぞれ3セッション,「新燃焼法」,「燃焼排出物」,「噴霧燃焼」,「計測・モデリング」および「微小重力燃焼」がそれぞれ2セッション,「ハイブリッド燃焼」が1セッション設けられた.この他「Micro-reactor」,「Engine」,「Solid/Fire」,「Laminar」および「Turbulent」と題した5つの英語セッションと2つのポスターセッションが設けられ,合計264件の研究発表が行われた.燃焼研究の方向性として,「層流燃焼」,「乱流燃焼」および「噴霧燃焼」等に関する研究が継続的に行われている一方,近年では「エンジン燃焼」,「化学反応」,「新燃焼法」等の発表が増加している傾向が見られるが,これは大型研究プロジェクトである上述のSIPと関係しているようにも見受けられる.

2015年の内燃機関シンポジウムは自動車技術会を幹事学会として開催された.エンジンに関するセッションにおいても燃焼と密接に関連した研究が多くみられるが,特に基礎燃焼に関連したセッションとして,「噴霧」,「着火・燃焼」,「ノック」,「ノック・プレイグニッション」,「代替燃料」が設けられ,ディーゼル噴霧計測,噴霧・微粒化特性,噴霧解析,反応モデル構築,乱流燃焼特性,ノッキング可視化,エンドガス自着火,プレイグニッション発生挙動,バイオディーゼル・分解軽油・バイオガスの着火・燃焼,フラン類の自着火に関する研究発表が合計25件あった.この他,低温自着火に関する基調講演,および内燃機関の産学連携研究に関するフォーラムが実施された.なお,2016年は本学会が幹事学会として,東京で開催予定である.

International Colloquium on the Dynamics of Explosions and Reactive Systems(ICDERS)は,燃焼分野の中でも特に燃焼波(デフラグレーション)およびデトネーションのダイナミクスを主対象とした国際学会である.2015年に開催された第25回大会では,211件の口頭発表および63件のポスター発表の合計274件の研究発表があり,加えて43件のWork-in-Progressポスター発表が行われた.約30の研究分野に分けられたセッションが設けられたが,大別するとDDT(Deflagration to detonation transition)などのデトネーション発生に関して8セッション(25件),デトネーションの推進機関への応用に関して6セッション(17件),点火現象に関して10セッション(32件),燃焼波・デトネーションのダイナミクスに関して7セッション(20件),デトネーションの構造・特性に関して6セッション(19件),爆発に関して6セッション(17件),層流・乱流燃焼に関して6セッション(20件),非予混合・噴霧・不均一燃焼に関して4セッション(13件),化学反応に関して4セッション(13件),粉じん燃焼に関して3セッション(9件)などがあった.この他に,火炎に及ぼす電磁気・音響の影響,火炎の不安定性,火災,急速圧縮装置実験に関する研究発表が行われた.さらに,「Astrophysical and terrestrial combustion」と題して4セッション(11件)が設けられ,招待講演において超新星爆発等の天文物理的な「燃焼」現象に関連した問題に地上での燃焼研究の成果が役に立つか,逆に天文物理学的な系が燃焼波およびデトネーションのダイナミクスの理解に役立つテストベットとなりうるかという興味深いテーマが取り上げられた.

「燃焼」関連の学術雑誌としては,日本燃焼学会誌[1]が4号,Combustion and Flame [2]が12号,Combustion Science and technology [3]が12号,Progress in Energy and Combustion Science [4]が6号発行された.Progress in Energy and Combustion Scienceには14編のレビュー論文が掲載された.このうち半数の7編が燃焼分野に関連したものであり,基礎燃焼分野では,プラズマ支援燃焼や燃焼反応機構における不確定性の定量的評価,燃焼計測関連ではレーザ誘起赤熱法による粒子計測,内燃機関・推進機関分野関連では,直噴ガソリン機関における燃料噴射弁のデポジット,RCCI(reactivity controlled compression ignition)燃焼,燃焼器横断面方向の燃焼不安定性をテーマとしたものであった.この他では,現代物理学における燃焼と題し,その第一報である慣性閉じ込め式核融合における「燃焼」現象に着目したレビュー論文が印象的であった.

〔津江 光洋 東京大学大学院

8・2・2 燃焼技術・燃料

2015年は,世界的な株安など世界経済の先行き不透明感が広がる中,シェールオイルの増産などにより原油価格が大幅に下落し,2016年1月には12年ぶりに1バレル30ドルを割込みリーマンショック後の最安値を下回った.これにより自動車では消費者が低燃費車から大型車へ志向が移る傾向も見られた.しかしながら,パリで開催されたCOP21ではアメリカや中国も含め全ての参加国が温室効果ガス削減に取組むことが義務づけられ,自動車には,一層燃費向上やCO2低減が求められている.このような社会環境の下に,自動車業界では,各社から低燃費エンジンに関する技術開発が盛んに行われている.本項では,自動車用エンジンの燃焼技術について,量産されたエンジンや燃焼研究の内容を,最近の学会論文や記事に基づき紹介を行う.

a.ガソリンエンジン

ガソリンエンジンでは,熱効率を向上するエンジンの提案が相次ぎ,最大熱効率40%を超えるエンジンが量産された.トヨタ自動車(株)(以下,トヨタ)はHEV用NAエンジンに,EGR率の拡大,低フリクション化などの技術を導入し,最大熱効率を従来の38.5%から40%に向上させた[1].EGR率の拡大のためにタンブル流の強化と点火の高エネルギ化が用いられている.研究用エンジンでは,量産乗用ディーゼルエンジンを上回る最大熱効率45%を実現するコンセプトが本田技術研究所(以下,ホンダ)とトヨタから示された.両社に共通する技術としては,リーンバーンやEGRなど希薄燃焼をロングストローク化による乱れ強化で燃焼改善し,更に過給を活用することで高負荷まで希薄燃焼運転領域を拡大している.ホンダは,エンジンのストローク/ボア比を1.5にロングストローク化し燃焼室形状を最適化することで時間損失と冷却損失を低減し,筒内流動の強化などと合わせ圧縮比17,外部EGR率35%で単気筒エンジンにて熱効率45%を達成した[2].一方,トヨタは,同じくロングストローク化した列型エンジンをリーンバーンとクールドEGRを組合せ,熱効率45%を実証した[3].

また軽負荷域の燃費向上を狙い,近年欧州メーカを中心に展開が拡大されている過給ダウンサイズエンジンについても,ほぼ国内自動車メーカ全社にまで導入が広がった.ホンダは,4気筒1.5 L,2.0 Lの過給エンジンを量産し,2.0 L過給エンジンでは直噴と排気バルブリフト可変機構を組合せ,掃気効果を活用し高トルクと高応答を実現している[4].過給ダウンサイズエンジンの課題であるLSPIについては,可視化や数値計算,燃焼試験などを用いた発生メカニズムの解明が進んだ.日産自動車(株)(以下,日産)は,噴霧のライナ付着による摺動面内の燃料蓄積・飽和が要因の一つであることを可視化により検証した[5].

ガソリンエンジンの更なる燃費改善技術としては,燃料に着目したHCCIや燃料改質が取組まれてきた.マツダ(株)(以下,マツダ)は簡略化反応スキームを構築し燃料性状変化に対し冷却水温でHCCIの着火制御ができる可能性を示した[6].また,ホンダはエンジンの排気熱を利用してエタノールからジエチルエーテル(DEE)を生成し,2燃料HCCIによる着火制御を行うシステムを提案した[7].日産は,EGRガスでの燃料改質触媒の耐久性向上を行った[8].

新たな取組みとしては,安倍内閣のもと2014年に始まった産学連携による戦略的イノベーション創造プログラム(以下,SIP)のテーマの一つである「革新的燃焼技術」において,熱効率50%を目標にスーパーリーンバーンコンセプトを導入し研究が進み始めた[9].内燃機関研究者の育成ができる産学連携体制の構築も進み,SIPにおける研究成果の報告も相次いだ.

b.ディーゼルエンジン

高圧縮比によりガソリンエンジンに比べて高い熱効率が実現されているディーゼルエンジンにおいても,さらなる低燃費を実現するエンジンが量産された.ディーゼルエンジンの熱効率向上手法として,冷却損失の低減とダウンサイズの,大きく二つの手法が検討されている.

冷却損失の低減のために,筒内の気流を最適化した燃焼室形状やスチール製ピストンが提案されている.マツダ,日野自動車(株)(以下,日野)はピストン頂面に段差を設けた燃焼室形状[10, 11]を,ダイムラーAGはスチール製ピストンにさらに段差を設けた形状を提案している[12].トヨタからはピストン頂面と燃焼室の間にテーパー部を設け,さらに高応答遮熱膜をピストンに採用することで燃焼時の冷却損失を低減し,最高熱効率44%を実現するエンジンが量産された[13].また,冷却損失低減手法の提案のために,熱流束解析手法についての研究も発表されている[14, 15].ダウンサイズについては,ホンダが乗用車用エンジンの二段過給化により排気量を2.2 Lから1.6 Lにダウンサイズし,最高出力の向上とNEDCでのCO2低減を同時に実現した[16].商用車についても燃費低減のために,日産,いすゞ自動車(株),日野が二段過給を採用したエンジンを量産した[17, 18, 19].

一方,商品力向上に向けて,燃焼に起因する騒音低減技術の提案がなされている.マツダは過渡時のモデル制御による燃焼制御技術や,ピストン,コンロッドの振動をダイナミックダンパーの機能で抑制することでディーゼルノック音,エンジン振動などのNV性能全般に優れた静粛性を実現した[20].

また,新たな開発手法の取り組みとして,簡易モデルの活用や燃焼を相似の観点で解析する手法が提案されている.マツダ,(株)デンソーは燃焼領域の既燃部と未燃部を概念的に分離した2領域0次元モデルを使った熱効率解析手法を発表した[21, 22].2領域モデルにより筒内の比熱比分布とサイクル効率を定量化し,燃焼領域の温度低下が比熱比を向上させることを明らかにし,燃焼の均質化が今後の熱効率向上に有効であることを示した.また,ボア径の異なるディーゼルエンジンの燃焼の相似化については,北海道大学による解析手法の発表[23]をきっかけに,(株)豊田中央研究所,トヨタは小ボア径エンジンで悪化する空気利用率を相似の観点で解析し,改善する手法を提案した[24, 25].マツダは,ボア径によらず燃焼を相似化するために,小ボア径で増加する冷却損失を低減する手法を提案した[10].

同じくディーゼルエンジンにおいても,熱効率50%を目標としたSIP「革新的燃焼技術」の研究が行われている.ここでは,ディーゼル燃焼特有の後燃えの低減,超高圧噴射による希薄燃焼と冷却損失低減を両立する高熱効率燃焼コンセプトが提案され,実現に向けて大学および研究機関から研究成果の報告があった.

以上のように,自動車用エンジンの燃費向上は多方面から開発が行われているが,地球環境の維持に向けては待ったなしの取組みが求められている.パワートレーンの電動化は着実に進むであろうが,全車EVやFCEVになる時代はまだまだ先と予想され,エンジンには限界まで効率を向上することが求められる.量産化に向けて低コストでロバスト性や排気浄化性の高い燃焼技術を迅速に生み出すため,今後も燃焼解析技術,数値計算技術,制御技術を駆使した開発が必要であり,SIPに代表される産官学を横断したオールジャパンでの取組みにも今後進展が期待される.

〔友田 晃利 トヨタ自動車(株)

8・1・1の文献

[ 1 ]
エネルギー基本計画, 平成26年4月.
[ 2 ]
長期エネルギー需給見通し, 平成27年7月, 経済産業省.
[ 3 ]
第4期科学技術基本計画, 平成23年8月19日閣議決定.

8・1・3の文献

[ 1 ]
Kyoto Protocol to the United Nations Framework Convention on Climate Change, 国連ホームページ http://unfccc.int/kyoto_protocol/items/2830.php(2016年4月4日参照).
[ 2 ]
小山繁, 第24回国際冷凍会議概要, 冷凍, 91-1059(2016), 3–9.
[ 3 ]
円山重直, 日本伝熱学会主催講演会「伝熱工学の基礎」開催報告, 日本伝熱学会誌, 54-228(2015), 55–56.
[ 4 ]
報道発表資料, 環境省ホームページ http://www.env.go.jp/press/101696.html(2016年3月1日参照).
[ 5 ]
報道発表資料, 環境省ホームページ http://www.env.go.jp/press/101726.html(2016年3月1日参照).
[ 6 ]
日本の約束草案, 首相官邸地球温暖化対策推進本部ホームページ http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ondanka/index.html(2016年4月4日参照).

8・2・1の文献

[ 1 ]
日本燃焼学会誌, Vol. 57, No. 179–182(2015).
[ 2 ]
Combustion and Flame, Vol. 162, Issue 1–12(2015).
[ 3 ]
Combustion Science and Technology, Vol. 186, Issue 1~12(2015).
[ 4 ]
Progress in Energy and Combustion Science, Vol. 46~51(2015).

8・2・2の文献

[ 1 ]
Matsuo, S., Ikeda, E., Ito, Y. and Nishiura, H., The New Toyota Inline 4 Cylinder 1.8L ESTEC 2ZR-FXE Gasoline Engine for Hybrid Car, SAE 2016 World Congress(2016), Paper No. 2016-01-0684.
[ 2 ]
田岸龍太郎, 池谷健一郎, 高沢正信, 山田健人, ガソリンエンジンの正味熱効率45%達成技術, Honda R&D Technical Review, Vol.27 No.2(2015), pp.1–10.
[ 3 ]
Nakata, K., Nogawa, S., Takahashi, D., Yoshihara, Y., Kumagai, A. and Suzuki, T., Engine Technologies for Achieving 45% Thermal Efficiency of S.I. Engine, 2015 JSAE/SAE Powertrains, Fuels and Lubricants International Meeting(2015), Paper No. JSAE20159181, SAE2015-01-1896.
[ 4 ]
城野実考, 篠原利光, 田口将之, 成廣繁, 新型2.0 L直列4気筒ガソリン直噴過給ダウンサイジングエンジン, 自動車技術会2015年秋季大会学術講演会(2015), Paper No. 20156002.
[ 5 ]
葛西理晴, 橋本慶紀, 白石泰介, 寺地淳, 野田徹, 過給直噴エンジンにおけるLSPIの突発的発生メカニズムの解析, 自動車技術会2015年春季大会学術講演会(2015), Paper No. 20155276.
[ 6 ]
養祖隆, 山川正尚, 西口嵩人, 草鹿仁, 多成分燃料に対応できる簡略化反応スキームを用いたHCCI燃焼制御の検討, 第26回内燃機関シンポジウム講演論文集(2015), Paper No. 20158050.
[ 7 ]
葛岡浩平, 相本康次郎, 神尾純一, 橋本公太郎, 燃料改質による圧縮着火燃焼の着火時期制御, 第26回内燃機関シンポジウム講演論文集(2015), Paper No. 20158063.
[ 8 ]
Hoshino, M., Izumi, T., Akama, H., Zaima, M., Hiraya, K., Ashida, K., Araki, T. and Maeda, H., Development of an On-board Fuel Reforming Catalyst for a Gasoline Engine, 2015 JSAE/SAE Powertrains, Fuels and Lubricants International Meeting(2015), Paper No. JSAE201509272, SAE2015-01-1955.
[ 9 ]
古野志健男, SIP「革新的燃焼技術」の全体像, 第53回燃焼シンポジウム講演論文集(2015), pp.268–271.
[10]
金尚奎, 平林千典, 難波真, 宮崎正浩, 大西毅, 志茂大輔, 新型1.5 L低圧縮比クリーンディーゼルエンジンの開発(第2報), 自動車技術会2015年春季大会学術講演会(2015), Paper No. 20155030.
[11]
Ishii, M., Shimokawa, K., Machida, K. and Nakajima, H., A Study on Improving Fuel Consumption of Heavy-Duty Diesel Engine Specifically Designed for Long-Haul Trucks on Highway, 2015 SAE World Congress(2015), Paper No. SAE2015-01-1256.
[12]
Lückert, P., et al, The New Mercedes-Benz 4-Cylinder Diesel Engine OM654, 24th Aachen Colloquium Automobile and Engine Technology 2015.
[13]
山本崇, 戸田忠司, 笈川直彦, 濱村芳彦, 新型2.8 L直列4気筒ディーゼルエンジン(ESTEC GD)の開発, 自動車技術会2015年春季大会学術講演会(2015), Paper No. 20155295.
[14]
石井大二郎, 三原雄司, 佐藤進, 小酒英範, 燃焼室表面の瞬時温度計測法に関する研究, 第26回内燃機関シンポジウム講演論文集(2015), Paper No. 20158078.
[15]
窪山達也, 森吉泰生, 小酒英範, ディーゼル機関の壁面熱伝達率の推算方法の提案, 第26回内燃機関シンポジウム講演論文集(2015), Paper No. 20158080.
[16]
Hatano, J., Fukushima, H., Sasaki, Y., Nishimori, K., Tabuchi, T. and Ishihara, Y., The New 1.6 L 2-Stage Turbo Diesel Engine for HONDA CR-V, 24th Aachen Colloquium Automobile and Engine Technology 2015.
[17]
山口稔, LCV用新型4気筒ディーゼルエンジンYS23DDTTの開発, 自動車技術会 2015年新開発エンジンシンポジウム.
[18]
松崎智美, 酒井栄二, 池田卓史, 飯村崇介, 小型トラック用高効率クリーンディーゼルエンジンの開発, 自動車技術会誌, Vol. 69, No. 9, 2015.
[19]
岩間英世, 清水隆治, 川崎敏伸, 杉村永哉, 堀内裕史, 日野中型商用車用新型ディーゼルエンジンの開発, 第26回内燃機関シンポジウム講演論文集(2015), Paper No. 20154804.
[20]
白橋尚俊, 神田靖典, 長門清則, 松原武史, 新型1.5 L低圧縮比クリーンディーゼルエンジンの開発(第3報), 自動車技術会2015年春季大会学術講演会(2015), Paper No. 20155088.
[21]
加藤雄大, 金尚奎, 志茂大輔, 2領域簡易燃焼モデルを用いたディーゼル燃焼の熱勘定解析, 第26回内燃機関シンポジウム講演論文集(2015), Paper No. 20158067.
[22]
栗本直規, ディーゼルエンジンのゼロ次元サイクル解析を通した冷却損失低減と熱効率向上に関する考察, 第26回内燃機関シンポジウム講演論文集(2015), Paper No. 20158093.
[23]
近久武美, エンジン熱効率の相似則的整理, 自動車技術会 春季大会フォーラムテキスト(2014), Paper No. 20144382.
[24]
稲垣和久, 水田準一, 橋詰剛, 友田晃利, 小ボア径ディーゼルエンジンの噴霧設計に関する理論的研究(第2報), 自動車技術会2015年春季大会学術講演会(2015), Paper No. 20155022.
[25]
高田倫行, 橋詰剛, 小川孝, 稲垣和久, 河村清美, 小ボア径ディーゼルエンジンの噴霧設計に関する理論的研究(第3報), 自動車技術会2015年秋季大会学術講演会(2015), Paper No. 20156133.

 

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