技術と社会部門は,1991年に本会20番目の部門として発足し,「人と技術と社会」を部門の核に置き,機械工学を基盤とした技術や機械工学と融合した技術と我々が生きている社会との架け橋となる活動を行ってきている[1].
部門の研究活動の成果を発表する部門講演会では,「技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる」を主題として,1999年以来,毎年開催している.2015年度は11月に長野工業高等専門学校(長野市)で日本設計工学会との共催で開催された[2].開催地の長野で活躍している企業の方が特別講演をなされた.また,「技術・工学・環境教育」,「機械技術史・工学史」,「社会との連携」,「設計教育・CAD教育」の4つのオーガナイズドセッション,「長野地方の産業技術と技術史」の特別セッションおよび一般セッションを設け,33件の講演が行われ,63名が参加し,当該分野での有益な情報交換や活発な議論がなされた.併設された見学会「長野県の伝統産業と産業遺産を訪ねて」では,長野県の北部地方の酪農機械工場,味噌醤油工場,信越線廃線跡ずい道や黒姫駅転車台や線路上用水路といった普段あまり見学することができない場所を訪ねることができ,貴重な見学会となった.
2015年9月に北海道大学で開催された2015年度年次大会においても,本部門としてOS 4件(部門単独3件,機械力学・計測制御部門と合同1件),WS 2件(部門単独)を企画・開催した.OSの内訳は,機械技術史・工学史6件,工学・技術・環境教育16件,力学教育に関する導入教育と専門教育10件,部門一般セッション2件であった[3].また,機械遺産委員会によるパネル展示」と「お湯で動く模型スターリングエンジンの理論と実際」の部門単独2件の市民対象行事を企画・開催した.
国際的に部門活動を展開するため,部門が主催している経営と技術移転に関する国際会議ICBTT(International Conference on Business and Technology Transfer)は2002年以降,隔年で開催している.2016年12月にドイツのマクデブルク大学で第8回経営と技術移転に関する国際会議の実施に向けて計画し,開催準備を開始した[4].
2007年以来,当部門が機械学会から委嘱されている機械遺産の認定に関して,機械遺産候補を調査・推薦し,2015年度は7件が認定された[5].認定機械遺産に対しては,機械の日に認定証を授与し,マスコミにも報道されている.これまで76件が認定されており,当部門ではその概要を年次大会におけるパネル展示により紹介している.
一般市民向けに部門が主催しているイブニングセミナーは毎月最終水曜日の夕方に開催し,1997年の開始以来,第93期(2016年1月まで)で192回に達した.技術と社会との関係だけでなく,哲学,芸術,趣味など話題性のあるテーマで,日本のみならず世界の情報も交えて,聴講者の関心を引く話題を提供している[6].
その他の委員会,研究会でも,行事,研究会を活発に行っている.それらについては,本部門のホームページ[1]やニュースレター[7]にて公開しているので,ご覧頂ければ幸いである.
2015年の9月にニューヨーク国連本部において,「国連持続可能な開発サミット」が開催され,150を超える加盟国首脳の参加のもと,その成果文書として,「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された[1].その中で,日本は,教育分野における新たな戦略を発表した[2].新戦略では基本原則として1.包摂的かつ公正な質の高い学びに向けた教育協力,2.産業・科学技術人材育成と社会経済開発の基盤づくりのための教育協力,3.国際的・地域的な教育協力ネットワークの構築と拡大を挙げ,学び合いを通じた質の高い教育の実現を目指すことが示された.その中で,特に産業発展に必要な科学的知識,技術を持つ人材の育成を推進するため,日本が比較優位を有する理数科教育,工学教育支援を積極的に行うことが明言された.そして,科学技術外交との連携,工学系拠点大学における教育・研究能力の向上,我が国の大学・高等専門学校のノウハウとネットワークを活用した支援や,教育の質保証制度の構築・普及を通じ,協力相手国における質の高い教育の提供に取り組むことが示された.このように,高度な省エネおよび環境対応技術を持つ日本は,これら科学技術発展途上にある国々を教育面からもサポートし,開発に係る無駄な浪費や環境破壊を押さえることで,全世界の公平で持続可能な発展に貢献することが期待されている.そうした中,2015年の本学会の年次大会等の講演会における技術と社会部門下のセッションにおいては,日本から関係国への工学・技術教育の国際支援に関する研究発表が3件ほどあった.教育に関する全発表約70件の内の件数としては,決して多い数字ではないが,以前に比して増加の傾向にある.今後は,教育のグローバル化の波の中,本学会でも活発な議論や活動が期待される分野である.
国内に目を向けると,文部科学省は,中央教育審議会において,小中高大の教育[3]から生涯学習[4]に至るまで,教育の現場におけるICT(情報通信技術)活用を強く推し進めている.理科,科学技術教育においても,ICTの教育活用が求められている.この分野に関しては,近年,本学会でも研究発表が盛んにおこなわれている.特に最近盛んになってきたテーマとしては,3DCADを用いた設計教育や,あるいは3DCADによってモデリングされた3次元データを使って,3DCGアニメーション教材を作成したり,3Dプリンターによってモデルを作成し,それを教材として活用したり,3DCADデータの2次的な教育利用に関する研究が増えている.技術と社会部門下の口頭発表セッションにおいては,これらに関する研究発表は7件であった.
技術史研究の国際学会として,国際技術史委員会(ICOHTEC)がある.2015年はイスラエルのテル・アビブ大学で第42回シンポジウムが開催された[1].主題は“ハイテクの歴史とその社会文化的背景”で,米国電気電子学会(IEEE)の第4回大会との共催で開催され,104件の研究発表が行われている.
また,第14回東アジア科学史国際会議(ICHSEA)がフランス社会科学高等研究院(EHESS)の主催・国際科学技術史医学史学会(ISHEASTM)の後援によりパリで開催され[2],“資源,地域と世界の歴史:東アジアにおける科学・技術・医学”を主題として317件の発表が行われている.
この他に,産業遺産の研究・保護・振興を目的とした国際産業遺産保存委員会(TICCIH)がある.学会誌は年間4号が刊行され,国際会議は3年ごとに開催される.2015年9月に第16回大会がフランス文化情報省の後援によりリール大学で開催され[3],“産業遺産21世紀の新しい挑戦”のテーマのもと,基調講演1件,研究発表218件,ポスター4件,計223件が発表された.
国内では産業考古学会(JIAS)が2015年5月に第39回総会(東京農工大)[4]で8件,10月の全国大会(柏崎市)[5]で7件,計15件の発表が行われている.
日本産業技術史学会(JSHIT)は2015年6月に第31回年会(岡山商科大)[6]が開催され,8件が発表された.
日本科学史学会(HSSJ)では,欧文誌「Historia Scientiarum」は年間3号,学会誌「科学史研究」は年間4号およびニュースレター「科学史通信」は隔月刊で刊行されている.2015年5月に第62回年会(大阪市大)[7]が開催され,シンポジウム,基調講演等を含む73件,学会誌[8]で3論文の計76件の発表が行われている.
金属とガラスの鋳造技術に特化されたアジア鋳造技術史学会(SHACT)日本支部では,2015年愛知大会(中部大)[9]で22件,学会誌「FUSUS」[10]で11論文,合計33件の鋳造技術史が発表された.
日本技術史教育学会(JSEHT)は2015年3月に関西支部(大阪産大)[11],6月に総会(上智大)[12]および8月にサマーセミナー(千葉県大多喜町)[12],10月に全国大会(足利工大)[13]が開催され,1件の学術講演(関西支部),60件の研究発表,学会誌「技術史教育」の2号(冊)[14]で計13論文が掲載され,研究成果は合計74件となる.
中部産業遺産研究会(CSIH)のシンポジウム「日本の技術史を見る眼」第33回がトヨタ産業技術記念館で開催され[15],博物館における動態保存について4件の学術講演が行われた.
当技術と社会部門では,2015年度年次大会(北大)[16]のワークショップ3部門で5件,一般講演6件,機械遺産ポスター展示1件の計12件が発表・展示されている.部門講演会(長野高専)[17]では一般講演6件,特別講演1件の計7件,支部講演会では3月の九州支部(福岡大)[18]の交通物流部門のOSに組込まれた1件の研究発表が行われた.技術と社会部門として合計20件の研究発表となる.
以上を総括すると,技術史・工学史とその関連分野の研究発表は合計874件となり,内訳は国外644件(73.7%),国内230件(26.3%)となる.技術と社会部門の研究発表では,全体に占める割合は2.3%,国内に占める割合は8.7%となる.
2015年度のビッグニュースは,7月に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼,造船,石炭産業」の世界遺産一覧表への記載が決定したことであろう.東北から九州までの8県にまたがる西洋から非西洋への産業化の移転が成功したことを証言する23件遺産群で構成されるもので,クレーンなどの稼動遺産も含まれている.詳細は,内閣官房 産業遺産の世界遺産登録推進室のHPを参照.これから未来に向かって保存・継承,さらには活用への永久的な努力が必要となる.各地では観光ツアーも始まりをみせている.
2015年度「機械遺産」には,自動包餡機・木炭ガス機関・小型還流ボイラー・産業用ロボットなど7件が選ばれ合計76件に達した.詳細は本学会のHPで確認できる.さらに,これまでの報道記事リストも掲載されている.年次大会(北海道大学)では例年の様に機械遺産パネル展示が行われ,新企画として北海道内の機械遺産についての特別講演会が行われた.国立科学博物館の2015年度「重要科学技術史資料(技術未来遺産)」では25件が登録され,合計209件に達した.機械系遺産として,ロボットAIBO・微粉炭ディーゼル機関等が含まれる.またこれらに関する同館監修の『日本のものづくり遺産』(山川書店)が2015年4月に出版された.日本トライボロジー学会「トライボロジー遺産」では,2015年度は2件が認定され合計15件となった.電気学会「でんきの礎」は第8回目にあたり5件が顕彰され合計52件,情報処理学会「情報処理技術遺産」では10件増え,合計88件となっている.一方,文化庁には「登録有形民俗文化財」があるが,2016年1月に高松市の高原製粉精米水車場が「讃岐の六条の水車及び関連用具」として登録された.木製の水車・機械装置が保存され,市民による保存活用活動も盛んである.また,地方では,第五回奈良県景観遺産:営み・なりわい景観の中に,吉野山ロープウェイなどの交通機械が3件登録された.
海外では,毎年ASME(米国機械学会)とIMechE(英国機械学会)で遺産認定が続けられている.前者は“Historic Mechanical Engineering Landmarks”と呼ばれ,2015年度は3件追加され259件となった.後者の“The Engineering Heritage Awards”では,2件増えて合計102件となっている.IMechEでは見学ツアーを意識した増補版ガイド本『Engineering-heritage-awards-handbook: Recognising Engineering Excellence』(2015)も制作され,同会のHPからダウンロードできる.両学会では,国外の遺産認定も行っており,2015年にはASMEでスイスのギースバッハケーブルカー,IMechEでニュージーランドの蒸気エンジンが認定されている.また2015年9月には国際産業遺産保存委員会(TICCIH)会議がフランスのリールで開催された.
2015年には技術的な不祥事が数多くあった.特徴的なのはデータ偽装である.まずは,東洋ゴム工業の免震偽装である.報告書[1]によると,2013年1月に免震積層ゴムの業務を引き継いだ社員が,夏ごろ,上司の東洋ゴム化工品株式会社の開発技術部長に対し,「一部の免震積層ゴムの出荷時性能検査において,技術的根拠が不明な補正が行われている.」との報告をした.データを改ざんすることはもちろん悪いが,さらなる問題は,不正がわかってから,2015年3月13日に国土交通省に認定の取下げを申請するまで,長い期間かかっていることである.不正の発見から,子会社の社長に報告(2014年2月)するまで数カ月,その後,親会社の東洋ゴムに報告するまで3カ月,東洋ゴムでは,影響は限定的である,とか,東日本大震災を経ても問題はなかった,などの理由をつけ,試験機の誤差で大臣認定は満足する,として公表しなかったが,10月になって,大臣認定の基準に適合しないものが相当数あることが経営陣に報告された.そこで,リコールした場合のデメリット,しない場合のリスクを検討し,結果としてリコールしない方針を決定した.その後,2015年2月に法律事務所に相談後,2月9日に国土交通省に偽装について一報を行い,3月13日に認定取り下げを届け出た.これを契機にコンプライアンスを遵守する再発防止策を6月に発表した後にも,防振ゴムのデータにも不正があったとの発表が10月にあった[2].その不正内容は,上記と同じ子会社において,ゴム材料試験を実際には行わず,過去のデータを転記,あるいは経験式で得た数値を記載,また試験で規格値に満たない場合には試験成績を改ざん,などである.免震装置がついているビルやマンションで働く人々,居住している人々はその効果を信じている.防振ゴムの使用者もその効果を信じている.幸いに今のところ,この影響が出ている報告はないようだが,この会社は,以前にもデータの偽装が行われており,不正が繰り返されている.改ざんを行わないことが第一だが,見つけたときは,速やかに公表すべきである.検討している間に性能を満たさないことで事故などが起こった場合に取り返しがつかない.
別の偽装は,旭化成建材による杭うちデータ偽装である.報告書[3]によると,マンションの住民が傾きを見つけ,三井不動産レジデンシャルに伝えたのは,2014年11月といわれている.この場合も独自の調査があり,販売,元請け,複数の下請けなど多くの会社が関わっているとはいえ,偽装を認め,公表するまで11か月ほどかかった.この場合は,すでにマンションが傾いているので住民は不安な毎日を送っている.
同じようなことは,ドイツの車メーカのフォルクスワーゲンでもおこっていた.同社はアメリカにおいて排ガス規制を逃れるため違法なソフトを搭載していたが,アメリカの同社の社長は2014年春には問題を認識していたとされている.実際には,最大で規制値の40倍の窒素酸化物を排出していることをアメリカの大学が発見したときに気付いたようである.しかし,この会社も不正を認めるまで,1年半ほどかかっている.このように偽装がわかった段階で,直ぐには認めたくないだろうが,命にかかわる可能性もあり,一刻も早く公表することが望まれる.
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