生産システムと関連するロジスティクスにおいては,スケジューリング,負荷バランシング,レイアウト,経路計画など,最適化技術の適用例が数多くある.基本モデルが認知されている課題に対しては,有益なアルゴリズム資源も広く知られるようになってきた.時代や場面の要請を受けて生まれた変形問題に対するアルゴリズム設計は,それらの資源を活用しつつ行われ,またそれが新たな資源の獲得につながっている.
本部門研究発表講演会2015のセッション「生産システムの設計・管理・評価」では,ロボットによるセル生産を行うためのレイアウト最適化問題に対する遺伝的アルゴリズムと差分進化法を併用したアルゴリズム設計[1],人と共同空間で作業する6軸制御ロボットのための干渉回避経路計画問題に対する並列計算技術を導入したアルゴリズム設計[2]などが取り上げられた.1990年代及びその前後において,マシニングセンタや無人搬送車などの自動化機器が柔軟生産システムの構成要素として急速に普及したのに合わせて,それらの挙動を考慮したスケジューリング問題の定式化とアルゴリズム設計が世界的にも活発に行われた.そのような歴史的背景を踏まえ,ロボットを構成要素とした生産システムの運用最適化に関する研究動向には,今後しばらく注意を払う必要があろう.なお,マシニングセンタや無人搬送車もある種のロボットと言えなくはないが,ここでは人間作業者の代替として一般的に思い起されるロボットを念頭に置いている.
入力グラフに対して,指定された条件を満足する部分グラフをすべて出力する問題が,グラフ列挙問題である.イメージをつかみやすい具体例としては,電力網や鉄道網等のネットワーク設計が挙げられる.目的関数を最適化する解を定数個(通常は一つ)出力することが求められる一般的なグラフ最適化問題とは異なり,出力解の個数が指数オーダーになる.ゼロサプレス型二分決定グラフ(略称ZDD)と呼ばれるデータ構造は,グラフ列挙問題に対する高速アルゴリズムの設計に関する最近の話題の一つである[3].本部門研究発表講演会2015のセッション「生産スケジューリング・生産管理」では,ゼロサプレス型二分決定グラフと遺伝的アルゴリズムを用いた生産システムの統合的計画手法について研究発表がなされた[4].グラフ列挙については,与えられた無閉路有向グラフに対して,点集合の位相的順序を事実上高速に列挙できるならば,工程間の先行制約を考慮する負荷バランシング問題等に対するアルゴリズム設計においても,新しいアプローチが生まれる可能性が高い.こちらの今後の研究動向にも注目したい.
基礎的研究が現在も継続的に行われているのは,各ジョブのオペレーション間の先行制約を考慮するジョブショップやフローショップのスケジューリング問題である[5, 6, 7, 8].これらのスケジューリング問題は,多くの実際の生産システムにおいて現れるが,各システム固有の特性を考慮して,通常は基本モデルから少し変形された問題を解かなければならない.そもそも基本モデル自体がしばしば何らかの計算上の困難性を抱えているため,アルゴリズム設計においては今なお苦労することが多いのではないだろうか.今後も,ヒューリスティックの設計を中心にして研究が進められると思われる.一方で,有益なアルゴリズム資産の獲得という観点から,近似スキームの設計等を通した問題の数学的構造の解明[9]にも,常に一定の労力が振り向けられるべきであろう.また,スケジューリングと密接に関わるマテリアルハンドリングシステムの運用最適化も,興味の尽きることがない課題と言える.本部門研究発表講演会2015や本部門協賛のスケジューリング国際シンポジウム2015においても,多くの研究報告がなされている[10, 11, 12].
もう少し先の将来に目を向けると,あらゆるものがネットワークにつながれようとしている[13].その最終的な善し悪しは歴史の判断に委ねることになろうが,生産システム分野も例外ではなく,従来の情報通信技術の延長としての視点を超え,その社会的及び経済的な本質を適正に理解しようとする活動が広がっている[14, 15].そのような雰囲気とも相まってか,コンピュータの機能やアルゴリズムの計算限界について,根本的な理解を促される機会がこれまで以上に増えてきている[16, 17].ものがネットワークにつながれることで,例えば,ソフトウェアの修正を通じて販売後の「もの」の機能改良が可能になるなど,これまで以上にソフトウェアが製品の価値を左右するようになるという予想がある.世界的にプログラミングの早期教育を決断する自治体が現れるなども,自然な(あるいは,やむを得ない)流れかもしれない.
生産システム関連のアルゴリズムの立場からは,他にも見逃せない点がある.前出文献[17]では,計算に関する現在の課題として,「パラレルコンピューティング」や「ビッグデータを扱う」の後に,「あらゆるものをつなぐネットワーク」を取り上げ,つぎのように述べている.『そうしたデバイスはすべて,互いに協調して動作する必要がある.これらのデバイスを互いに通信させながらも,一人一人のプライバシーを守れるようなうまい方法を開発しなければならない.一方,かってないレベルで調和を維持させることもできるだろう.(中略)そうした進歩を実現させるには,大規模な問題を素早く,高い信頼性で,絶えず解きつづける必要がある』.アルゴリズムの高速性や出力解の品質については,これまで計算限界とある程度の折り合いをつけてきたが,「絶えず解きつづける」ことに対する準備はどうであろうか.その研究動向の観察には,やや注意深さが必要と思われる.
本節では当生産システム部門に関連する2015年中に発表された論文及び講演から,要素技術と関連するものを紹介する.この一年間に論文誌に掲載された論文は,Vol.81 No.825の「製造革新を支える生産システム」特集号の5本と,Vol.82 No.835の「スマートな生産システム」特集号の8本である.これらのうち前者は,当部門が2015年3月16日に慶應義塾大学で開催した当部門の研究発表講演会での講演の中から,優れた研究について論文の投稿をお願いしたものである.
後者の「スマートな生産システム」特集号に掲載された8本の論文は,サプライネットワークでの配送拠点の配置最適化に係るもの[1],クラウドマニュファクチュアリングの効率向上に係るもの[2],OJTを行う上での作業者配置計画に係るもの[3],実機械と仮想機械を混合した生産設備シミュレーションを行うためのコンポーネントの仕様に係るもの[4],熱設計に大きな影響を及ぼす半導体部品のリーク電流をシミュレーションモデルに組み込むことで部品の受入検査選別基準を明確化するもの[5],混流生産システムで平準化と仕掛り量最小化を目指すもの[6],生産システムの生産性と消費エネルギーとの最適化に係るもの2件[7, 8]である.特集のテーマにスマートの語があるためか,シミュレーション技術と最適化技法に係るものが多くなっており,これらの技法に共通して用いられる「モデル」に関する研究が注目を浴びているものと考えられる.
また,もう一方の特集の元となった,2015年3月16日に慶應義塾大学で開催された当部門の研究発表講演会[9]では,「生産・物流システムのモデリングとシミュレーション」と題されたセッションにて12件,「生産スケジューリング・生産管理」と題されたセッションにて16件,「アディティブ・マニュファクチャリングの生産システム」と題されたセッションにて5件,「生産システムの設計・管理・評価」と題されたセッションにて9件の講演発表が行われた.やはりここでもシミュレーションなどに用いられるモデル関連の諸問題が興味を持たれているようであり,そのほかでは近年着目されているアディティブ・マニュファクチャリングに係る要素技術が取り上げられている.
さらに,これらの研究講演発表に加え,特別企画として経営情報システムと生産制御システムとの統合のための参照モデルを規定する規格の解説である「製造オペレーション管理の国際規格ISA-95徹底研究」チュートリアルと,当生産システム部門の「つながる工場」研究分科会の中間とりまとめ報告とが行われた[10].どちらも生産システムを工場現場内に孤立させることなく,広く情報を遣り取りすることで質的により発展したものにしていこうとする取り組みであり,MESを中心に上は経営情報システムから下はセンサやアクチュエーション能力を持つデバイスのIoT機能までを一貫した情報システムに纏め上げるという,これからの生産システムが避けては通れない方向を示すものである.なお,これらの企画に用いられた講演資料などは2016年5月上旬現在でまだ日本機械学会生産システム部門ホームページ上で公開されており,この分野に新たに興味を持たれた方々には早目の入手をお薦めする.
17・1の文献
17・2の文献
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