2016年8月5日~8月21日にリオデジャネイロオリンピックと,9月7日~9月18日にパラリンピックが開催された.この大会での日本選手のメダル獲得を目指したハイパフォーマンスサポート事業が実施され,その中でパラリンピック競技種目における研究開発プロジェクトは,当部門で活躍する研究者を中心に2014年度から受託した.その内容および成果により,機械工学分野の研究がスポーツにも大きく貢献していることを社会一般にもアピールできたものと考えている.
2016年度の当部門の主な活動は,シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2016,日本機械学会2016年度年次大会における市民フォーラムとワークショップ,機械の日・機械週間関連行事として「サービスについて考え,実践するテニス教室」(2016年10月8日,亜細亜大学)を開催した.
シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2016は,2016年11月9日~11日に,山形テルサ(山形市)を会場に開催された(実行委員長:山形大学 瀬尾和哉先生).特別講演2件とオーガナイズドセッションを含む一般講演が107件の発表が行われた.
特別講演Iでは,東北大学流体科学研究所所長の大林茂先生より「計算知能とMRJ」と題して,三菱航空機を筆頭に開発・製造が進められている小型旅客機MRJの開発における,計算機シミュレーションの活用による多目的最適化手法や最適化の結果を可視化するデータマイニング手法の適用事例が講演された.
特別講演IIでは,東京工業大学の中島求先生より「日本機械学会リオパラリンピックサポート特命チームの日本選手活躍への貢献」と題して講演された.その内容は次節で紹介する.
一般講演では,「パラリンピックサポート」と「ウェアラブルセンシング」のオーガナイズドセッションが企画された.「パラリンピックサポート」ではパラリンピック競技種目における研究開発プロジェクトの研究内容が11件報告された.「ウェアラブルセンシング」では,慣性センサ,GPSロガー,ウェアラブルフォースプレート等を活用した研究内容が8件報告された.他の一般講演では,スポーツ競技(ゴルフ,野球,自転車,カーリングなど)とスポーツ用具(ボール,シューズ,ウェアなど)に関連したスポーツ工学の研究,筋骨格モデリング,生体動作制御,生活動作の分析などヒューマンダイナミクスに関する研究が報告された.
2016年度の日本機械学会年次大会では,当部門は市民公開行事である市民フォーラムを「夢に迫るスポーツ工学」と題して,9月11日に福岡市内の都久志会館において福岡体育教室の西畑絵里先生による特別講演「夢を諦めないで」とパネルディスカッションを行った.講演者の西畑絵里先生は,先天性の難聴障害がありながらダンスを始め,音が聞こえない状況の苦難を乗り越え,高校・大学のダンス部では数々の賞を受賞し,現在はプロのダンサーとしてダンス教室も主宰している.音の聞こえない世界でどのようにタイミングを合わせて踊るのか,仲間とどのようにコミュニケーションをとるのかなど様々な経験をしながら夢を諦めない大切さを講演された.また,難聴障害に対して当部門の研究内容がどのように貢献できるのかという観点についても議論を行った.
ワークショップでは,パラリンピック観戦支援の研究開発について4件の講演が行われた.当部門に関連した研究発表は,スポーツ工学,ヒューマンダイナミクス,スポーツ流体のセッションにおいて19件の講演が行われた.
本部門に関連する国際会議について報告する.
国際スポーツ工学協会の第11回会議(11th conference of the International Sports Engineering Association)がオランダ国のデルフト工科大学において,2016年の7月11日から14日の日程で行われた.デルフトの旧市街はオランダの有名な観光地であり,画家のフェルメールが生誕し暮らしたことや,デルフトブルーと呼ばれる青い色彩のデルフト焼で知られている.また,デルフト工科大学はデルフトに本部があるオランダで最古の工科大学でヨーロッパの名門校の1つである.
本会議は,以下の5つの研究課題を中心に構成された.(1)Aero- and hydrodynamics,(2)Biomechanics, Materials and Human Material Interaction,(3)Measurement, Feedback and Simulation,(4)Motivation and persuasion to compete in sports, play and exercise,(5)Sports Infrastructure and facilities.本会議に対して181件のドラフトペーパーが査読され,最終的に165の論文が採択された.会議では117件の口頭発表および48件のポスター発表が実施された.口頭発表は3つの会議室を使って7月12日から14日にかけて行われ,会場では白熱した議論が交わされた.また,ポスター発表は会場となったAula Congrescentrumのロビー付近で7月12日に行われ,多くの参加者で賑わった.
会議中に行われたISEA(the International Sports Engineering Association)の年次総会において,デルフト工科大学のArjen Jansen教授がISEAのプレジデントに就任し,今後もデルフト工科大学がスポーツ工学分野において中心的な役割を果たしていくことが期待されている.次回となる国際スポーツ工学協会の第12回会議は2018年の3月26日から29日の日程でオーストラリアのブリスベンで開催される予定である.
2016年は,日本機械学会120年の歴史の中でも,特にスポーツとの関わりにおいて長く記憶されるべき年となった.当部門内に2014年に設置された「パラリンピック支援研究開発委員会(以下PD委員会)」がスポーツ庁の「ハイパフォーマンスサポート事業(パラリンピック)」の研究開発を受託し,学会組織として,リオデジャネイロパラリンピックにおける日本のパラリンピアンの活躍に大きく貢献したからである.日本のアスリートの優位性が保たれなければならないという事業の性質上,研究開発は極秘裏に進められたため,世間一般には広く知られていないかもしれないが,学会組織が障がい者競技スポーツの頂点であるパラリンピックに陽に貢献したことは,画期的なことと言えよう.本事業の概要と当部門の取り組み方については別稿[1]で述べられているが,PD委員会は20名超の研究者が集う,まさにスポーツ工学のオールジャパン体制であったことは改めて特筆されるべきことであろう.
リオデジャネイロパラリンピックでは,日本は銀10個,銅14個のメダルを獲得し,金メダルこそ逃したものの日本選手の活躍はこれまでになくメディアで大きく取り上げられた.上記のメダルのうち,PD委員会がサポートした選手やチームが獲得したメダル数は銀9個,銅10個であったので,多くのメダル獲得に貢献できたと言えるであろう.なおサポート対象となった競技は,柔道,水泳,車いすテニス,ゴールボール,陸上競技,自転車,ウイルチェアーラグビー,アーチェリー,ボッチャ,パワーリフティング,トライアスロンであった.
研究開発の具体的な内容をいくつか下記に紹介する.いずれも2016年11月9~11日開催の「シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2016」にて講演発表されたものである.なお同シンポジウムでは,これらの内容をまとめた特別講演「日本機械学会リオパラリンピックサポート特命チームの日本選手活躍への貢献」も行われた.
水泳については,視覚障がいスイマーのためのトレーニング支援装置が開発された[2].本開発では,コーチの代わりにインターバルトレーニングにおけるスタート合図などを自動化するための音声ペースクロック,コーチが大声を出さなくても水中の選手に音声で指示することが可能となる無線骨伝導スピーカーゴーグル,コースロープの1ブロックを置き換える形で設置され,選手が直前を通ると警告音が鳴り壁が近づいていることを選手に自動的に知らせる壁接近検知システムの,合計3件のトレーニング用システムが実現された(図1).
同じく水泳について,片麻痺スイマーのための自由形アームストロークの最適化シミュレーションも行われた[3].水泳用のシミュレーションモデルSWUMに最適化アルゴリズムを組み合わせ,実際の片麻痺スイマーの泳動作を初期動作として,より泳速度を増大させる腕のストローク(かき動作)が求められた(図2).
陸上競技について,競技用車いすのためのセンサーホイールの開発とそれを活用した駆動力計測が行われた[4].このセンサーホイールはハンドリム根元4点に力センサーが内蔵されている(図3).
また車いすマラソンにおける姿勢と空力特性が研究され[5],車いすマラソンのシミュレーションモデル構築が行われた[6].さらに,義足ソケットについて,せん断力計測・解析の有効性が検討され[7],義足ソケット内の垂直荷重とせん断荷重測定用センサの開発が行われた[8].
自転車について,サイクリング動作解析のための左右分割式サドル反力計測システムが開発され[9](図4),最適クリート位置の探索も行われた[10].
また同じく自転車について,漕動作可能な実物大模型がのったタンデム自転車に働く抗力の測定が行われた[11].姿勢と抗力の関係が調査され,自己組織化マップとして提示された(図5).
以上の研究開発は,リオデジャネイロパラリンピックが終了した時点でスポーツ庁の事業としては一旦区切りを迎え終了したが,来たる2020年にはいよいよ東京オリンピック・パラリンピックを控えている.2020年に向けて,本部門の貢献への期待はますます高まっていると言えよう.
2016年8月5日より17日間に渡り,リオ2016オリンピックが開催され,計206ヶ国から選出された代表選手により42の競技で,熱戦が繰り広げられた[1].スポーツギアは,様々な競技において選手が,安心して最大限にパフォーマンスを発揮するために非常に重要な要素である.過去には,泳パフォーマンスにおいて,キック動作中の身体表面の揺れ制御のための水着開発[2]や,軽量且つ高剛性化が可能なCFRP製のフルカーボン陸上スパイク[3]など様々なギアの登場により選手へのサポートが実現している.スポーツギアを設計する上では,スポーツ工学とヒューマンダイナミクスの観点よりヒトの動きを理解し,得られた情報と使用環境を基に必要に応じて軽量性やグリップ性,安定性,フィット性などパフォーマンスに関わるスポーツギアの機能設計が重要となる.
このような背景に加え,2016年のスポーツ工学に関する研究に目を落とすと,これまで盛んに行われていたゴルフボール[4]やサッカーボール[5],自転車競技[6]などの流体力学からのアプローチによるパフォーマンスへの影響に関する研究に加え,ウェアラブルテクノロジーやVR,AR技術の発達により,ウェアラブルデバイスを活用したトレーニング支援のための実動作中のセンシングに関する研究が進められている.例としては,筋電計やゴニオメータ,加速度計やジャイロセンサなどを搭載したウェアラブルデバイスや,深度カメラを活用したトレーニング時の筋活動や身体の動揺の計測に関する研究[7, 8, 9]などが挙げられる.また,生理学的なアプローチ例として,激しい運動や活動により上昇した深部体温を効率よく適温に戻し,早期疲労回復やパフォーマンス向上に繋げるための研究開発[10]なども行われている.
以上のように,これまでパフォーマンス向上のために注目されていた競技中に使用されるスポーツギアのみならず,競技前後のコンディショニングのためのスポーツギアの需要も,今後更に高まってくると期待される.
25・1・2の文献
25・2の文献
25・3の文献
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