計算力学は言うまでも無く多くの分野,特に「固体力学」,「流体工学」,「熱工学」,「材料科学」など,を跨ぐ分野横断型の横串技術である.一方,各分野の研究を縦串的にさらに深化を促す役割も担っている.さらに,計算力学の最終的な目的として産業応用を挙げることができる.現在,機械製品設計・開発では,有限要素法に代表される計算力学手法が多用されている.計算力学手法が無いと製品設計・開発ができないと言っても過言ではない.
多くの製品設計・開発では,「固体力学」や「流体力学」と言った単一の力学現象ではなく,しばしば,複数領域の問題が複雑に絡み合うような問題を解くことが必要になる.いわゆる,「マルチフィジックス」や「連成問題」の重要性が増している.さらに,製品設計・開発では,必要な強度や性能を保った上で,製品コストを最小化するような「最適化」が必要である.さらに,「HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)」の発展は,空間的・時間的問題の大規模化を促し,また,より複雑な「マルチフィジックス」や「連成問題」へのチャレンジを可能にしている.
以下に,「計算固体力学」,「計算流体力学」,「粒子法・メッシュフリー」,「フェーズフィールド法」,「最適化・設計」,「産業界での計算力学」そして「HPC」の現状を報告する.それらの相乗効果のもと,計算力学のさらなる発展が期待される.
固体計算力学の世界的動向の概要は,たとえば第12回世界計算力学会議―第6回アジア太平洋計算力学会議[1](WCCM 'XII-APCOM 'VI,2016年7月,韓国・ソウル)と,第24回理論応用力学国際会議)[2](ICTAM2016,2016年8月,カナダ・モントリオール)の内容によって,知ることができる.
前者の国別の参加者は,中国(486),韓国(353),日本(303),米国(208),独国(95),仏国(84),台湾(68),英国(67),その他(316)であり,計算力学の分野を174のミニシンポジウムで1 641件の発表があった.ミニシンポジウムの分野と数は以下のとおりである.①生物系(21),②計算流体力学(12),③損傷・破壊・破損(16),④誤差評価・不確かさの定量化(8),⑤流体–構造連成と接触(6),⑥材料科学(15),⑦マルチスケール・マルチフィジックス問題(18),⑧数値的方法とハイパフォーマンス計算(36),⑨最適化と逆問題(11),⑩様々な計算方法と応用(31).このうち分野に特化した②や⑥を除いて,ほとんどが学際融合的トピックを扱っており,各セッションでも計算固体力学分野においても情報交換が活発に行われた.
後者は,4年に一度オリンピックの年に開催される.6つのミニシンポジウムのうち半数が固体力学関連で,流体関連と固体関連のトピック(それぞれ17件)と両方に跨るトピック(10件)からなるオーソドックスな形で運営されたが,内容は,固体や流体という分類の枠に入らない複合的な要素が強く,本稿執筆の視点に照らせば多くの研究が何らかの形で計算力学に関連する内容を含んでいる.理論応用力学連合(IUTAM)の黎明期にJ.M. Burgers,G.I. Taylor,T. von K_arm_anらが,W. Thomson, L. Prandtl研究対象にこだわることなく取り組んだ研究が礎となっている近代機械工学が,計算機の援用によって発展を迎えている状況といえる.
わが国の計算固体力学の最先端の研究動向は,第29回計算力学講演会[3](CMD2016, 2016年11月,名古屋大学)で企画された3件のフォーラムと,25件のオーガナイズドセッションをはじめとするセッションの中で行われた315件の講演で,その概要を知ることができるので参照してほしい.産業界では,計算固体力学の重要性はますます増している.学術界においてもそのような状況に応え,持続的発展の礎を築くためにさまざまな取り組みがボトムアップとトップダウンの両面からのプロジェクトで実施されている.例えば,計算機の援用に直に関係するポスト「京」フラッグシップ2020プロジェクト[4]の中では,「革新的クリーンエネルギーシステムの実用化」や「近未来型ものづくりを先導する革新的設計・製造プロセスの開発」などに,計算力学関連のプロジェクトの動向をみることができる.「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)革新的構造材料・マテリアルズインテグレーション」[5],「科研費新学術領域研究」[6]などの異分野融合の大型プロジェクトにおいても,計算固体力学は研究推進のための要素技術的な方法論として認識されており,その研究活動に大きな期待が寄せられている.
さて,2016年は内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が第5期科学技術基本計画(平成28年度~32年度)を計画スタートさせた.その中でICTを最大限に活用し[7],サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)とを融合させた取組により,人々に豊かさをもたらす超スマート社会の実現に向けたSociety 5.0が5年間の科学技術政策の基本指針として示され,実行に移されている.2015年後期から本年にいたるまでに無人航空機(ドローン)に対応するために航空法等が改訂・制定され[8],人工知能が光を浴び,自動運転などもにわかに注目されてきているが,Society 5.0では,「超スマート社会」を未来社会の姿として共有し,もの作りにおいても多種多様で大量のデータ(ビッグデータ)を適切に収集・解析し,横断的に活用することが期待されている.以下では,そのような動きの中で,計算固体力学における「データ活用」の方法論について概観したい.
「実験」,「理論」にならぶ,第3の方法論としての,「計算」の発展の歴史は固体力学分野に有限要素法が取り入れられてからの半世紀とほぼ重なる.計算機性能の向上は,主としてメッシュの細分化や関連する精度向上,新しい方法論,第一原理予測・強連成マルチフィジックス系などの複雑な系への直接的応用(マルチスケール問題を含む),そしてV&Vと精度保証などに向けた取り組みに向けられて今日に至っている.その一方で,1990年代に,“ニューロ”や“ファジー”など学界のみならず社会現象にもなり,計算固体力学分野でも先駆的研究がなされたのを起点に,問題解決が「方程式の解」から「データ(資料)」の活用に拡がってきており,Caffe, Torch7などの深層学習(deep learning)[9]のフレームワークがGPUに対応したライブラリとして利用できるようになってきている.計算固体力学も「データ」というものを再び意識するフェーズに入った.ニューラルネットワークやファジー理論などとして研究されていたものが,ビッグデータのマイニング・深層学習や不確かさの定量化(uncertainty quantification)など新しい洗練された形で取り組まれるようになってきて,「式」「アルゴリズム」と「データ」が融合できる環境が整えられつつある.
機械工学の力学の方法論では,複雑な要素からなるシステム全体の機能や特性を理解することに多くの関心が注がれる.いわば部分と全体の関係の根幹をなすのが力学であり,計算固体力学においても,ad hocな現象論的理解にとどまらず,基本メカニズムから未来を予測する技術としてのシミュレーション手法としての役割が期待されている.現象を駆動する力を評価し,システムの時間発展を追跡するとき,作用素を構成式として力学の枠外から持ち込んでくるというのが従来の定式化である.その部分をミクロ解析に置き換えるというのが広く行われてきたマルチスケール的な考え方の一つである.多くの場合どのような物理量を特徴量として粗視化するかという部分には主観(あるいは解析者の心眼というべきものかもしれない)に依るところが大きかった.そのようなプロセスを,ビッグデータとその情報圧縮技術に置き換えるという発想は自然なことのように思える.実際に,構成式を複雑化したり,構成式の枠組みを一般化連続体力学理論に基づくものに変えることは,準連続体モデル(quasi-continuum model)によって自然に取り扱えることが示されてきたし,近年主張されている計算連続体(computational continua)は,均質化法などの概念もひろく含んだ,そのような粗視化操作の人工知能化の取り組みの一般化ととらえることができよう.さらに,計算力学の定義を拡張し,物体点ごとにデータのみの構成関係を用いる発想はそれほど未来のことではないと思われる.方程式フリー法や,力場を評価することなくモンテカルロ法とセル・オートマトンを併用して固体の変形問題を扱う研究などのフレームワークにおいては,力場の評価,変分原理が成立する場においては,エネルギーや目的関数とシステムの局所状態の関数として表現する部分をデータによる学習によってつくられた構成関係で置き換え可能性を目指した研究が必要になると思われる.データの学習には深層学習が注目されているが,多様な機械学習や自由エネルギー計算法としても注目されているテンソルネットワーク法(tensor network scheme)など,今後,計算固体力学分野でも,定式化を経ないで力学の持つ論理性の上に立脚したデータ活用による方法論が重要となる.
従来,計算力学の分野では,計算固体力学と計算流体力学が機械工学における計算力学の分野として並列に挙げられ,本年鑑でも項目として説明されてきた.これに対し,最近は,大規模な数値計算では特に,熱輸送を伴う詳細な流動解析が多く行われるようになり,本年鑑の項目も計算熱流体工学と「熱」の入ったタイトルとなっている.具体的な研究例としては,水素ガスの燃焼を扱った大規模数値計算[1],や,多数の粒子を含む流れ場の熱輸送解析に適して計算手法の開発[2]などが挙げられる.
さて,HPCI(高性能計算インフラ)におけるスーパーコンピュータの開発に関しては,我が国では「京」コンピュータの次の世代のエクサスケールコンピュータとして,ポスト「京」の研究開発プロジェクトが始まっている(http://www.aics.riken.jp/fs2020p/).ポスト「京」の運用が始まる予定の平成33年に向けて,重点課題9テーマが得らばれ,さらに萌芽的課題4テーマを加えて,それぞれのテーマでソフトウェアの開発が着々と進んでいる.計算熱流体に関連したテーマは,生命科学,防災・環境問題,エネルギー問題からモノづくりのテーマまで,これらの課題の様々なところで,直接関連しており,大規模計算を実施している.大規模並列計算の手法としては,国内においては,直交固定格子有限差分法[3]や有限要素法[4, 5],格子ボルツマン法[6]を用いたものの手法開発が行われてきた.世界的には,格子ボルツマン法によるものが1990年代後半には話題となり[7],その後も数としては多い.また最近は,スペクトル要素法[8]による超大規模並列計算も注目されている.本学会計算力学部門主催の計算力学講演会においては,直交格子ベースの数値流体解析手法(OS20)や,格子ボルツマン法と関連技術(OS23)などのOSが立ち上げられている[9].
HPCIの分野で,2016年度特に注目すべき研究の一つは,米国・ソルトレイクシティで開催された,スーパーコンピュータに関する最も大きな国際会議であるSC16(The International Conference for High Performance Computing, Networking, Storage and Analysis)にて,理研の丸山,東工大の青木らが,最優秀論文賞を受賞した研究であろう[10].彼らは,固定格子を用いた計算において,局所的な解像度を増すために必要となるAMR(Adaptive Mesh Refinement)の計算手法として,並列計算に適した新しい手法の提案を行っている.固定格子を用いた計算手法の欠点の一つは,物体表面の薄い境界層を解像するのが困難なことであり,固体壁近傍の高レイノルズ数流れではAMRはキーとなる計算方法である.また,一般に運動量境界層より薄くなる濃度境界層や温度境界層を捉える場合にも,極めて重要な技術となる.加えて,様々なスケールの凹凸を持つ表面形状への適用にも優れ,その意味で,実問題への適用の観点からも本研究の持つ意義は大きい.
以上,計算熱流体力学の分野は,基礎研究としての精緻な数値実験のフェーズから,実問題への応用を意識した事例へと徐々に移行している.特に,HPCIの分野においては,並列化効率を向上させるために,数値計算のための物理モデルの簡略化が行われる場合も少なくなく,実施された大規模計算により,解析したい現象が真に再現されているかどうかを検証することの重要性が,より増している.並列計算のコア数が増えれば増えるほど,大規模計算できる対象が増え,より多くの問題を解析できるような印象を与えるが,実際には,コア数の急激な増加とともに,高並列化に対応できる汎用性はなくなっていき,適用できる実問題が必ずしも増えるわけではないことを意識しておく必要がある.その上で,解析対象と計算モデルを適切に選び出すことが極めて重要となる.
最後に,計算熱流体力学の今後の研究動向について触れておく.ヨーロッパでは,ヨーロッパ全体として戦略的にHPCI用のソフトウェア開発を進めている.具体的には,流体計算では,Open FOAM [11]をベースとし,それぞれの研究者が自分の開発した部分を追加する形で,ソフトウェアの拡張が進んでいる.連続体計算以外でも,例えば,分子動力学シミュレーションは,Gromacs [12]が基盤ソフトとなり大勢の研究者を巻き込んで開発が進められている.流体の実験計測法に関する昨今のヨーロッパの目を見張る開発進展状況にも見られるが,ヨーロッパ全体として極めて戦略的に多くの研究者が連携をとって研究開発を効率よく進めており,超大規模スパコンをハードとして開発していないヨーロッパではあるが,ソフトウェア面でのこの分野への貢献は大きい.我が国においては,ハードウェアの開発とソフトウェア開発がセットで進められ,新しいハードウェアが開発される度に,違うソフトウェアを作り直すというようなことが過去においては行われてきたが,今後は,みなが共通で使う基盤となるソフトウェアを選び出し,そのソフトウェアをそれぞれのハードに合わせて改良するスタンスで戦略的なソフトウェア開発を進めていくことが重要になってくると考えられる.
粒子法やメッシュフリー法は,計算格子を用いずに粒子と呼ぶ計算点の集合を用いて支配方程式を離散化するシミュレーション方法である.流体の分裂,合体,自由表面の大変形などを伴う現象の解析に適している.流体と構造の両方に適用することができる.
近年活発に研究されており,例えば日本機械学会 第29回計算力学講演会(CMD2016)では「メッシュフリー/粒子法とその関連技術」のセッションにおいて18件の講演発表があった.国際会議においても多くの講演があり,例えばWorld Congress on Computational Mechanics(WCCM)が韓国のソウルで2016年7月24日から7月29日に開催され,「Recent Advances in Meshfree and Particle Methods」のセッションにおいて6件の講演発表があった.講演のアブストラクトはホームページ上[1]で読むことができる.
粒子法に関する情報交換を行うグループとして国内では,粒子法コードユーザーグループ[2]があり,2016年9月と2017年3月に会合が開催され計9件の発表があった.講演資料はホームページ上でユーザーグループの会員限定で公開されている.海外ではSPHERIC [3]のグループがワークショップを毎年開いている.2016年度は6月にドイツのミュンヘンにおいて11th International SPHERIC(SPHERIC 2016)Workshop [4]が開催され,59件の講演発表と2件の基調講演があった.
投稿論文に関しては,日本機械学会論文集から2016年度に出版されたものとして服部ら[5]による“MPS法におけるポリゴン壁面上での濡れ計算モデルの改良”と,松本ら[6]による“SPH法を用いた多層熱伝導解析”の論文がある.その他の雑誌に掲載されたものの一例として,二相流[7],表面張力[8],津波[9],粒状体[10],流体構造連成[11],溶接[12],侵食[13],化学工学[14],計算コストの削減[15],水中翼船[16]に関する粒子法の論文等がある.粒子法に関するレビュー論文として,Gotohら[17],Q.W. Maら[18],Tom-Robis Teschner ら[19],Z.-B. Wang ら[20]などの論文が挙げられる.
計算力学講演会におけるフェーズフィールド法のオーガナイズドセッション(OS)は,CMD2017で節目の10回目となる.CMD2017は第30回ということを考えると,まだ新しいOSかもしれないが,毎年20件程度の発表があり計算力学講演会の中でも発表数の多いOSとして定着している.3年毎にOSタイトルを変更し,2014年~2016年の期間にはタイトル「フェーズフィールド法の新潮流」の通り,データサイエンスや大規模計算など新しい潮流が現れた.2017年から3年間のOSタイトルは「フェーズフィールド法の深化と拡大」である.フェーズフィールド法を確実に使える手法とするため,フェーズフィールド法は各分野において「深化」することが重要であり,さらに新しい潮流に乗ってさらに「拡大」することを期待している.
材料開発の分野では,理論・実験・計算科学をコンピュータを活用したデータサイエンスにより融合する,マテリアルズ・インフォマティクスが世界的なトレンドとなっている[1].フェーズフィールド法は,材料微視組織の具体的な形態とその時間変化を表現可能であり,マテリアルズ・インフォマティクスにける役割は非常に大きい[2].既に,3次元フェーズフィールド解析から得られる材料組織形態を定量化し,材料設計に役立てようとする研究が行われている[3].一方で,フェーズフィールド法は現象論モデルであるため,高精度な材料組織を得るためには高精度な物性値を用いる必要があるが,詳細な物性値の取得は困難な場合が多い.実験と全く同じ条件の解析を行い,これから物性値を取得するという試み[4],データ同化を用いたパラメータ同定の試み[5]も始まっており,これらの研究の進展が期待される.
フェーズフィールド法を用いたデータサイエンスを成功させるためにも,計算の高速化と大規模化は不可欠である.界面幅に依存しない結果を出すことの可能な定量的フェーズフィールドモデルの構築は継続的に行われ,モデルは高精度化している[6].また,並列演算性能の高いGraphics Processing Unit(GPU)を用いたフェーズフィールド解析はかなり一般的になってきており,これによる大きな領域と長時間の系統的評価が行われている[7].スパコンによる複数CPU [8]や複数GPU [9]による超大規模並列計算は,未だ特定のグループに限定されているものの,大規模フェーズフィールド解析技術の確立とそれによる現象解明は確実に進んでいる.また,フェーズフィールド解析のオープンソースソフトウェアであるOpenPhaseの並列化も行われており[10],ハード面の発展とともに高性能計算が身近なものになりつつある.
ここ数年のフェーズフィールド研究において,き裂進展問題に関する論文数の多さが目に付く.き裂モデルの特徴的な点は,一般的なダブルウェルポテンシャルではなく,シングルウェルポテンシャルを用いた変分定式化によるモデルが多用されていることである[11].このモデルは,自発的なき裂生成からき裂進展までを連続して表現可能である.一方で,計算コストが大きな問題であり,アダプティブメッシュ[12]やアイソジオメトリック有限要素法[13, 14]など数値計算上の工夫がなされている.フェーズフィールド・クリスタルモデル[15]を用いた研究も相変わらず多く見られる.フェーズフィールド・クリスタルモデルは,固体の原子構造を表し,拡散時間スケールで形態変化を表現する大変興味深いモデルである.しかしながら,最近の研究でも計算対象領域は狭く,また分子動力学法に置き換わるような成果は出ていないようである.
製造業における諸外国との開発競争が激化し,短納期でより優れた製品を開発することが要求される現在,数値計算に基づく最適設計技術を用いた設計支援手法への期待が高まっている.このような産業界の需要に応じ,設計支援に重きをおいた商用の最適化・解析ソフトウェアも充実してきており,製品開発において今や最適設計は欠かせない技術となっている.
産業界への応用が進む一方で,より高性能な構造最適化アルゴリズムを実現すべく,計算力学分野では新規手法の基礎研究が盛んに行われている.中でも2016年には,レベルセット法を活用した全く新たな考え方の構造最適化法が注目を集めた.
まず,構造最適化法の中でも最も盛んに研究されているのは,形状のみならず対象の位相も最適化可能なトポロジー最適化である.トポロジー最適化は領域最適化問題を領域内の材料配置問題として考え,さらにその問題を材料密度分布最適化問題として近似的に考える.そのため,領域の形状のみならず位相(穴の数)も最適化可能であるが,材料密度分布が中途半端な値をとった際には,形状の抽出が困難であるという点がある.
他方,レベルセット法は自由移動境界の数値計算法として,数値流体力学,画像処理等の様々な分野における移動境界問題に適用されている[1].そのレベルセット法がWang [2]らとAllaireら[3]によってトポロジー最適化に応用された.トポロジー最適化の欠点を解消する新手法としてこの研究は大きな注目を集め,様々な派生手法が誕生し[4, 5],論文[2, 3]は2017年4月時点での被引用数は合計して2 500に達する勢いである.このレベルセットトポロジー最適化の基本的な考え方は,レベルセット関数の0等高線を用いて最適化対象の形状を表現することであるが,近年全く異なる活用法が提案された.
構造設計問題には,あるオブジェクトを構造中の任意位置にレイアウトするという問題がしばしば出てくる.例えば,乗り物に必ず窓を設ける必要があるとして,ガラス製の窓は剛性に劣るため,全体の剛性がなるべく落ちないような位置にレイアウトする問題,アクチュエータやセンサ構造において,コアとなる素子を最も感度が高くなる位置にレイアウトする問題等である.そして,更なる性能向上のためには,オブジェクトのレイアウトと同時に母体となる構造自体の最適化も要求される.レベルセット法の利点として,任意の物体形状をオイラー型メッシュ上で表現できる点がある.この特性に着目し,レイアウト対象のオブジェクトをレベルセット関数で表現し,その形状は維持したまま,位置のみを移動させ最適化するという手法が提案された[6, 7].トポロジー最適化もオイラーメッシュ上で行われるため,容易に母体構造のトポロジー最適化とオブジェクトのレイアウト最適化が容易に実現できる.この手法は前述の航空機の窓レイアウト問題[8]やアクチュエータにおける素子のレイアウト問題[9]等に応用された.
このようなレベルセット関数で表現されたオブジェクトの位置最適化問題を背景に,近年全く新しいレベルセット法に基づくトポロジー最適化が提案された[10].この手法は構造をいくつかの部材が合体して表現されるものと考え,初期形状として分割された部材をいくつか与え,その位置を最適化することで最終的な最適解を得る.境界の移動方向を扱う問題であるため,基本的なアルゴリズムとしては形状最適化に近くなるが,レベルセット関数で表現された部材群は重複部の処理が容易であり,トポロジー変化を許容するため,機能としてはトポロジー最適化に近くなる.最適化がトポロジー最適化では設計変数が膨大となり,二次元問題でも1万を超えることがざらにあるが,この手法では設計変数は部材の寸法,姿勢,位置をその数だけ用意すれば良いため,せいぜい100個程度で足りることになる.この利点は従来法になかったものであり,開発者を含め多くの研究者によって発展手法や応用問題が研究された.例えば,発展手法としては,レベルセット関数ではなく従来のトポロジー最適化に近い領域表現を用いた研究[11],移動部材を単純な曲線の組み合わせで表現し滑らかな構造を実現した研究[12],移動部品をスプライン曲線で表現し任意の形状を実現可能にした研究[13],三次元問題に拡張した研究[14]があげられる.また,応用研究としては,当初の問題はコンプライアンスの最小化(加重作用点の変位最小化)のみを扱っていたのに対して,従来のトポロジー最適化では不明瞭な構造が出易い剛性指定問題や振動問題に拡張した例[15]があげられる.ただし,これらの手法には課題もあり,最適解の性能は基準部材の初期設定に大きく依存し,局所最適解に陥り易いため,今後の改善が期待される.
このように2016年には従来技術を全く違った観点から活用した,新たな手法が盛んに研究された.視点を変えることで従来技術から新規手法が生まれうることは数値計算手法の醍醐味でもあり,構造最適化分野で今後も多くの研究が成されることが期待される.
計算力学の発展に伴い,CAE(Computer Aided Engineering)が企業の製品設計・製造プロセスにおいて積極的に利用されている.最近では,設計作業の効率化や製品コストの削減のためにモデルベース開発やリバースエンジニアリング等の取り組みも進んでいる.これは「実験・公式による設計(Design by Experiment・Rule)」に対して「解析による設計(Design by Analysis)」が産業界におけるものづくりに浸透し,各種計算手法・解析ソフトの開発によるCAEの発展とコンピュータの進歩による大規模・高速計算がものづくりにおける国際競争力の強化に重要な役割を果たしていると言える.
2016年に計算力学の将来像を示した「技術ロードマップから見る2030年の社会 3.計算力学」が日本機械学会から発行された[1].その中ではハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)と産業界における計算力学のロードマップが提案されている.次世代のHPCの実現に向けてポスト「京」が開発され,それを利用することで革新的クリーンエネルギーの実用化や革新的設計・製造プロセスの開発が期待される.
計算力学講演会は最新の研究開発動向を知り得るよい機会である.2016年に開催された第29回計算力学講演会(CMD2016)では,特別講演,フォーラム,オーガナイズセッション等が企画され,産業界からも多数の講演が行われた.
特別講演では,「高齢化社会のための自動運転技術」,「巨大地震を前にしたレジリエンス社会構築のための減災研究の社会実装」の取り組みが紹介された[2, 3].日本における高齢化社会と巨大地震に対する備えは,産業界においても喫緊に取り組むべき重要な課題である.自動運転に利用されるIoT(Internet of Things),AI(Artificial Intelligence),画像認識等の技術は,自動運転に限らず,CAEとともに産業界の多くの分野で活用されると考えられる.また,巨大地震の防災・減災には大規模地震応答解析[4]や津波解析などのシミュレーション技術の利用が有効であり,計算力学が安心・安全な社会の構築に貢献している.
CMD2016では,「オープンソース構造解析システムFront-ISTRの様々な活用~企業実践報告と活用支援開発~」,「企業における革新的設計のためのCAE活用」,「企業におけるCAEおよび産学管連携の事例」等において企業から多数の講演があり,活発な討論が行われた.
オープンソースは多くの企業で活用されており,大量の計算が必要となる応答解析,大規模解析,最適化等において,その利用が一層促進されると考えられる.また,欧米におけるIndustry 4.0,Industry Internet等の戦略的な取り組みに対し,日本では「IoTによるものづくりの変革」が推進されている[5].ビックデータ解析やデータ同化等の最新技術を取り入れた高度なCAEの活用により,企業における革新的設計の実現が期待されている.新しい製造プロセスとして注目されている金属積層造形に対してもCAEが活用されている[6].CMD2016でもこの技術に関する講演が行われた[7, 8].金属積層造形は新しいものづくりの実現に有望な技術であり,産業界においてその将来性が期待されている.CMD2016では上記以外にも多くの重要な研究開発に関する講演が行われた.それらの成果が産業界において実用に供され,日本のものづくりの国際競争力の強化に一層貢献することが期待される.
企業における最近のトピックスとして,品質認証に関するISO9001規格が7年ぶりに改訂されたことが挙げられる[9].その規格では,リスクに基づく考え方を考慮したプロセスや計画・運用・評価・改善のサイクルを回すためのリーダーシップ等が求められている[9].一方,シミュレーションの品質や信頼性を保証するためにV&V(Verification & Validation:検証と妥当性確認)があり,CAEの品質マネージメントにおける活動が精力的に進められている[10].産業界においても,CAEのV&Vに対する取り組みが進められており[11, 12],CAEによる高品質なものづくりが一層促進されることが望まれる.
最後に,計算力学を支える次世代を担う研究者・技術者の教育は,将来に向けて取り組むべき課題である[13].夢を持って世界で活躍し,「計算」と「力学」の知識や経験に基づいて新しいアイデアや技術を創出できる人材の育成が期待される.
ここでは,近年におけるハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)分野,特にスパコンの技術動向について述べる.
ここ10年ほどでほぼ一般的になってきたと言えるようなHPC要素技術として,まず分散メモリ型並列計算機としてのスパコンが一般化したことが挙げられる.このような計算機では,複数の計算ノードがインターコネクトにより相互に結合された構成となる.
次に,計算ノード内において,マルチコア,スレッド並列化の必要性が強調されるようになってきた.各計算ノードはスカラープロセッサを一つあるいは複数個有するが,一方でそれぞれのプロセッサ内に複数のコアが存在する.このように複数プロセッサまたは複数コア間で共有メモリ空間が構成され,コアごとにスレッドが実行される.プログラミングモデルとして,計算ノード間はMPI,計算ノード内はOpenMPを用いる場合をhybrid並列と呼ぶ.一方,すべてをMPIで統一することもでき,これはflat MPIと呼ばれる.一般に数千コアまたはそれ以上の大規模並列環境では,hybrid並列が推奨されている.
さらに,SIMD命令の実装と強化がある.ここで,SIMD命令とはスカラープロセッサ上でベクトル化を実現するための機構の一種であり,クロックごとに複数の演算を実行することができる.一種類の命令について複数のデータが同時に扱われるため,SIMD(Single Instruction Multiple Data)命令と呼ばれる.SIMDの利用には,intrinsic関数を利用するか,あるいはコンパイラによるループのベクトル化が一般的である.
最後に,アクセラレータの存在感が増していることが挙げられる.マシン構成によっては計算ノードごとにGPUやメニーコアなどのアクセラレータを搭載したものがある.現在アクセラレータとしては例えば,GPUとしてNVIDIA TeslaやAMD FirePro,メニーコアとしてIntel MICなどがある.計算の一部をアクセラレータにオフロードすることにより高速化が期待できる一方で,プロセッサ本体とアクセラレータ間での通信がボトルネックとなることがあり得る.プログラミング環境としてはCUDA,OpenCLなどの言語拡張のほかに,近年ではOpenACCによるディレクティブ指向のものも提供されつつある.
近年,計算力学に関するさまざまな国際会議において,HPC関連のセッションがほぼ定期的にいくつか設けられるようになってきている.例えば2016年度については,6月にECCOMASがギリシャのクレタ島で,7月にWCCMが韓国ソウルで,8月にICTAMがカナダのモントリオールでそれぞれ開催されている.HPC技術に関しては,PCクラスタや大規模スパコンを用いた応用研究,および最新のプロセッサやGPU・アクセラレータに関する技術動向がとりあげられている.特に,次世代のエクサスケール・コンピューティングに関する話題が徐々に注目を集めているようである.
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