15. 設計工学・システム

15・1 総論

設計工学・システム部門(以下,本部門)は,設計工学とシステム工学が統合・融合された分野横断的色彩が強い部門組織である.本部門が対象とする分野及び領域は,設計学・設計方法論・設計知,最適設計,製品開発・情報管理,設計組織,サービス工学,システム工学,ヒューマンインタフェース,感性工学,人工物工学など,極めて広範囲にわたっている.とくに,人が幸せな気持ちになるのを支援する技術,感性や感動など価値を飛躍的に向上させるDelight設計,魅力価値設計技術は,豊かで質の高い生活を支える生活基盤技術であり,システムエンジニアリング技術,デジタルエンジニアリング技術とともに,本格的な設計工学・システム技術として産業分野への展開が期待されている.

2016年度における本部門の活動については,まず年次大会において,部門単独セッションとして「ヒューマンインタフェース」,他部門との合同セッションとして「感性設計と脳計測」,「交通機関の安全安心シミュレーション」のオーガナイズドセッション3件,基調講演1件,先端技術フォーラム2件,ワークショップ3件を実施し,活発な議論,意見交換がなされた.第26回設計工学・システム部門講演会は,慶應義塾大学日吉キャンパスにて10月8日から10日にかけて開催された.発表件数は,106件,参加者数182名であった.また,特別講演3件,オーガナイズドセッション・一般セッション13件及びD&Sコンテストが企画実施された.オーガナイズドセッションにおいて,「製品設計開発のためのモデリング・方法論・マネジメント」などの講演数が増加し,盛大な講演会であった.

国際的な事業としては,日中韓の国際会議であるThe Asian Conference on Design and Digital Engineering(ACDDE2016)を本部門が共催し,10月25日から28日にかけて韓国・済州島にて開催された.主として日本,中国,韓国より設計工学とデジタルエンジニアリングの分野の研究者が集まり,92件の一般講演と18件のポスター発表が行われた.一般講演は6つのワークショップに分かれて行われた.また,日韓のワークショップである国際会議Asia Design Engineering Workshop(ADEWS 2016)を本部門主催で12月12–13日に大阪大学銀杏会館で開催した.2000年よりDesign(Digital)Engineering Workshop(DEWS)の名称で日本と韓国の持ち回りで開催され,2014年からThe Design Society Asia Chapterの公式な行事として開催されることになり,参加者の広がりを見せている.2010年からマレーシアで隔年開催されてきた経緯を持つiDECON2016は,日本とマレーシアの学術交流の場となるユニークな国際会議である.第5回目となる本会議は,2016年9月19日–20日にマレーシア・ランカウイ島のAdya Hotel Langkawiにて開催された.会議の構成は,講演会場5部屋を使っての4回のパラレルセッションで125件の講演発表,4回のポスターセッションでの42件の発表,3件の基調講演からなるプログラム編成となっていた.発表者に加えて,マレーシアスタッフなどを含めた参加者数は約150名,そのうち日本からは4名の学生を含む15名が参加した.

高度メディア社会,超高齢社会という急激な社会構造の変革の中で,第4次産業革命「インダストリー4.0」等の技術革新など,世界に先駆けて新たな価値を創造し,イノベーションを生み出すシステムづくりは,本部門の得意とする重要な分野であり,研究会,講演会の開催等,活発な事業活動を展開している.本部門の存在価値がますます高まっている.

〔細野 繁 日本電気株式会社

15・2 最適設計

最適設計は,実際の多様な設計問題への適用に関する研究が盛んになってきている.2016年10月に慶應大学で開催された第26回部門講演会におけるOS「設計と最適化」では27件の研究成果が報告された.このうち,形状およびトポロジー最適設計に関する分野が約半数を占め,構造問題においても音響や振動などの問題への適用だけでなく,電磁気や流体などの領域への広がりも定着してきた.それ以外の分野でも,多目的最適設計4件,不確実性3件,製造への応用4件と応用分野の多様性がうかがえる.

この講演会に先立つ2016年6月には,第1回目の構造及び複合領域最適化アジア会議(Asian Congress of Structural and Multidisciplinary Optimization 2016)が長崎で開催された.この会議は,1999年に始まり,2014年まで過去8回開催されてきた日中韓構造および機械システムの最適化ジョイントシンポジウム(China-Japan-Korea Joint Symposium on Optimization of Structural and Material Systems,CJK-OSM)を日中韓3か国からアジアへと領域を広げたアジア国際会議へと発展させたものである.今後は,隔年開催される構造および複合領域最適化世界会議(World Congress of Structural and Multidisciplinary Optimization,WCSMO)の中間年に開催することとなる.今回は,4件の基調講演と3件のキーノート講演および157件の一般講演が発表された.講演は40セッションのうち20セッションが形状およびトポロジー最適設計に関するものであった.その応用分野はますます多様化していて,構造だけでなく,電磁気,電磁波,音響,流体などの分野への展開に加え,付加製造技術(additive manufacturing)を含む製造関連が2セッションと製造への展開も進んでいる.ほかの分野としては,不確実性に関する研究が6セッションと増加傾向にある.これまでに用いられていた荷重や材料物性のばらつきなどの偶然的不確実性(aleatory uncertainty)だけでなく,データ不足による不確実さやモデルの不確実などの認識の不確実さ(epistemic uncertainty)を最適設計と統合する研究が増加している.データが不足している場合の最適解の精度や,計算モデルの単純化と実現象とのかい離を最適解でどのように考えればよいのかといった数理統計学手法の導入が進んでいる.そのほか,近似最適化の代理(surrogate)モデルが3セッション,メタヒューリスティクスが2セッションなど,実際の設計問題への適用につながる研究が進んでいる.

また,2016年12月には,隔年開催される国内会議である第12回最適化シンポジウム(Optimization Symposium,OPTIS)が北海道大学で開催され,53件の成果が報告された.このうち,16件が企業からの発表で,また,発表者以外にも企業からの参加者が多く,活発な議論が行われた.最適設計が実際の設計問題への浸透が進んでいることを反映している.

その要因の一つとして,設計探査(design exploration)の考え方が広がっていることがあげられる.これは,設計空間での設計対象の挙動を理解し,ユーザー自らが設計解を探査するために最適設計法を利用するという考え方である.商用最適設計ソフトウェアでは,設計解周辺の応答や影響度を理解しやすく可視化する技術が進歩している.そのために,ユーザー自身が設計空間を探査し,設計解を決めるという設計支援ツール本来の役割として機能している.このような流れは今後も加速し,実際の設計問題への最適設計の適用が増加していくものと思われる.

〔小木曽 望 大阪府立大学

15・3 サービス工学・知識工学

サービス工学は,製品の大量生産・大量消費という構造から人工物のライフサイクル全体を考慮したサービス主体の構造への変化を支える学問分野であり,工学的立場からサービスを理解し,その解析・設計・製造の方法論を提供することを目的としている.提唱されてから20年にも満たない新しい分野であるが,前述の産業構造の変化を必要とする時代の要請もあり活発に研究が行われ発展を続けている.この分野の対象は大別すると,製品を基盤としサービスと融合してどのように製品機能を創成し提供するかという側面からの研究と,よりソフト的な人対人のサービス(いわゆる第三次産業としてのサービス)に工学的な手法を導入するという側面からの研究に分けられているが,ここ2,3年にあらわれた大きな変化はタイムアクシスデザインという概念の導入である.タイムアクシスデザインそのものは,デザインの理論や方法論に時間軸を導入したものであるが,この応用として考えられる人工物の価値が成長するようなデザインはサービスを通した価値のデザインをその目的とするサービス工学の研究と密接に関わっている.

2016年10月に慶應義塾大学にて開催された第26回設計工学・システム部門講演会では,OS「ライフサイクル設計とサービス工学」で5件,OS「タイムアクシスデザイン/デザイン科学」で8件の研究成果報告があった.例年OS「ライフサイクル設計とサービス工学」で十数件の発表がされていたことだけを取り上げると一見大幅に減少しているようにみえるが,2015年度の第25回部門講演会から新しく立ち上がったOS「タイムアクシスデザイン」,同時に開催されたWS「タイムアクシスデザインの未来」やその後立ち上がった部門内研究会である「タイムアクシスデザイン研究会」の設置などの盛り上がりを受けて,OS「タイムアクシスデザイン」のカテゴリでの講演を選択する人が出ているためと思われる.また,サービス工学自体が拡がりをみせていることから,他のOSで講演発表するケースもちらほらみられるようになっている.一方,日本機械学会設計工学・システム部門が幹事学会となり,2016年12月に大阪大学にて開催されたDesignシンポジウム2016は,部門講演会と比較するともう少し横断的な領域を対象としているが,全55件中,OS「サービスデザイン」で9件というかなりの割合で講演発表がされており,サービス工学の盛り上がりがみてとれる.これらの講演会では,PSS(Product-Service System)を対象としたシミュレーションやコンテキストの抽出,人対人のサービスにおける価値共創モデル,サービス生産システム,価値成長モデルなどが講演発表された.

サービス工学分野は,領域的,またグローバルにも引き続き発展している.サービス工学も含むサービスをその対象とするサービス学会はその規模を拡げてきており,第4回国内大会は2016年3月に神戸大学にて開催され約200名の参加者を集めている.また,国際会議においても,毎年開催されているCIRP Conference on Industrial Product Service Systemの参加者数が増加しており,盛り上がりをみせている.

知識工学に関しては,設計工学・システム部門講演会ではOS「知識マネジメント・情報共有」が直接対応するOSとなる.このOSはここ数年発表件数が4~5件と知識工学が盛り上がった時期に較べると少ない件数で安定しているが,これはこの分野の研究が活発でなくなったというよりもむしろ,知識工学分野の知見や手法を手段として用いた応用的な方法・方法論やモデリングに比重が移っていることが主因の一つだと思われる.関連の深いOSである「製品設計開発のためのモデリング・方法論・マネジメント」の発表件数が増加傾向にあることもこれを裏付けている.OS「知識マネジメント・情報共有」では,感性価値評価の概念記述のためのオントロジー構築,生活シーン記述モデルの構築,機械操作情報の抽出と操作内容の差違に注目したユーザビリティ課題の発見,発想支援のためのデザイン差分マップの提案,の成果発表があった.このように現在は設計工学関連の知識工学分野はやや落ち着いた状態となっているが,ビッグデータやディープラーニングなどAI関連技術の研究が活性化しており,これらの研究対象が自然言語に向かってきているため,近々にこれらのAI技術を背景とした研究が立ち上がっていくことが予想される.

〔妻屋 彰 神戸大学

15・4 ヒューマンインタフェース・感性設計

ヒューマンインタフェースは,人間と機械やコンピュータが触れ合う場であり,その行為を通じて人間がより賢く,豊かになって行く一つの環境といえる.そのため,利用者にとって安全,快適で使い易いヒューマンインタフェース設計が基本要件である.しかしそれだけでは十分ではなく,利用者を賢く,豊かにするための感性や感情を伴う経験を提供することも,インタフェース設計の重要な課題といえる.これは製品設計を考えた時,当たり前品質のためのMust設計や,性能品質のためのBetter設計に加えて,魅力品質を追求するためのDelight設計[1]が注目されていることと共通するところである.本部門においても,ヒューマンインタフェースへの新しい試みや,Delight設計のための感性設計の分野の最近の動きが活発となっている.

設計工学・システム部門講演会に目を向けると,オーガナイズドセッション「感情と設計」,「感性と設計」および「ヒューマンインタフェース・ユーザビリティ」にて,ヒューマンインタフェース・感性設計に関連する発表および議論が活発になされている.2016年度は10月8日~10日に慶應大で開催され[2],「感情と設計」において3件,「感性と設計」において6件,「ヒューマンインタフェース・ユーザビリティ」において8件の講演があり,身体性,触覚呈示,BMI,瞳孔反応,仮想現実などを用いたインタフェースへ応用についての報告がなされた.また,マルチモーダル感性設計,感動品質,感性データベース,感性デザインなど,Delight設計のための感性設計に関する講演報告も行われた.また,2016年度の日本機械学会年次大会(九州大)におけるオーガナイズドセッション[3]では,「ヒューマンインタフェース」5件,「感性設計と脳科学」5件の報告があり,影や霧メディア,身体性,情動利用,脳賦活といった観点からの研究成果が報告された.ヒューマンインタフェースへの様々な新しい試みや,Delight設計に向けた感性設計の新しい試みが活発に行われていることを示唆している.

海外に目を向けると,第18回となるHCI International 2016 [4]がカナダのトロントにおいて2016年7月17日~22日に開催された.Human-Computer InteractionとHuman Interface and the Management of Informationという2つのThematic Areaに,13の連携学会がジョイントで開催され,公式な参加者数は公表されていないが,6日間の開催期間中に70を超える国から2 000名以上の参加者があった模様である.1984年の設立以来,隔年開催であったものが,2014年から毎年開催となっている.しかし,その後も参加者が着実に増えていることを考えると,ヒューマンインタフェース分野への研究が各国で活発になっているといえる.アメリカ機械学会(ASME)IDETC/CIEにおいても,Emotional Engineeringのセッションが定着しつつあり,2016年8月21日~24日にシャーロットで開催された同会議[5]においては7件の発表があった.また,2016年7月27日~31日にフロリダ州オーランドで開催された7th International Conference on Applied Human Factors and Ergonomics 2016(AHFE2016)[6]は応用人間工学に関する学会であるが,本部門に関連してEmotional Engineeringのオーガナイズドセッションが企画され,日本を含む6カ国からの発表があった.ヒューマンインタフェース・感性設計に関連した研究交流の場として期待できる国際会議の一つである.

〔伊藤 照明 徳島大学

15・5 ライフサイクル工学

ライフサイクル工学の分野では,持続可能な社会におけるものづくりのあり方を幅広い視点から検討し,消費資源や環境負荷を最少化しつつ社会が必要とする機能を持続的に提供できるような製品ライフサイクルシステムの設計やマネジメントに関する研究が進められている.

2017年3月には,ライフサイクル工学に関する国際会議The 24th CIRP Conference on Life Cycle Engineering(LCE2017)が鎌倉で開催された.世界22カ国から200人以上の参加者を集めた本会議では,SDGs,SCP,Circular Economy,Resource Efficiency,Remanufacturing,IoT,Industrie 4.0,Additive Manufacturingといった,この分野における近年の重要なキーワードを反映した多数の講演が行われた.以下,それぞれのキーワードを通してライフサイクル工学の動向を概説する.

2015年9月に開催された持続可能な開発サミットにおいて,ミレニアム開発目標(MDGs)の後継として新たに掲げられたのが持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)である[1].日本でも安倍首相を本部長とする推進本部が設置され,2016年5月のG7伊勢志摩サミットにおいてSDGsの達成に向けた取り組みを強力に推進していく旨の共同宣言がなされた.SDGsを構成する17の目標のうちの12番目が「持続可能な消費と生産パターンの確保」(SCP: Sustainable Consumption and Production)であり,ここには急増する世界人口と途上国を中心とした経済発展によって遠くない将来に世界中の国々が厳しい資源制約の下に置かれるという危機意識が表れている.

将来の資源問題に対応するための先進国側の取り組みの一つとして,Circular Economy(CE)のコンセプトに基づく欧州委員会を中心とした一連の政策提案がある[2].これまでもEUは,2020年をターゲットとしたResource Efficient Europeをテーマに掲げ,資源効率の向上により経済と社会の持続的成長を図る環境・資源政策を推進してきた.CEは,これをさらに進めて経済活動の中心に資源循環の考え方を深く組み入れようとするものである.CEの実現に向けたEU共通の枠組み構築を目的とする新しい政策パッケージCircular Economy Packageが2015年の12月に採択されており,今後はCEを旗印とした具体的な戦略目標のもと,環境・資源政策が展開されることになる.

このようなCEの実現手段の一つとして期待されているのがRemanufacturingである[3].これは,分解,洗浄,摩耗・劣化部品の交換,再組立,検査を経て,使用済み製品をほぼ新品同様の状態に再生する技術であり,材料リサイクルや熱回収などと比較して環境負荷や資源消費量を大きく削減しうるだけではなく,労働集約的なプロセスであるため雇用の創出にもつながるなど,経済的にもメリットの大きい循環オプションと言われている.2015年8月にドイツで開催されたG7先進国首脳会議においてG7 Resource Efficiency Allianceを設立することが宣言され,その中にRemanufacturingを推進していく旨の声明が盛り込まれた.また,国連環境計画(UNEP)の国際資源パネル(IRP)にはRemanufacturing WGが設置され国際基準や制度についての議論が進められるなど活発な動きが見られる.

高効率な資源循環を実現するためには,製品の使用時や廃棄時の状態を正しく予測・評価し,その実態に応じてライフサイクルのマネジメントを行うことが重要になる.製品の故障・廃棄のタイミングや各部品の劣化状態はその使用環境,使用頻度,メンテナンス回数などに大きく依存するが,近年はInternet of Things(IoT)や各種センサネットワーク技術の発展により,個々の製品状態をモニタリングし,そのビッグデータから様々な情報を引き出すことができるようになりつつある.現在はこれらの先進技術を用いたIndustrie 4.0のような生産システム側の革新が主に議論の遡上にあるが,同じ技術がむしろライフサイクルマネジメントにこそ威力を発揮する可能性が指摘されている.

また,近年はAdditive Manufacturingに代表されるデジタル工作機器やオープン化された設計情報を用いた個人や小規模の製造業者による分散型の生産形態が登場している.これらの新しい設計製造技術により,例えば生産消費者(Prosumer)がスペアパーツの製造やメンテナンスを行い,個人間で中古製品や部品を再利用するネットワークが構築されるなど,従来とは異なる形態の資源循環が促進される可能性がある.一方,従来の拡大生産者責任の範囲に収まらない多様な生産者による,ある種究極の多品種少量生産が製品のライフサイクルを非常に複雑にし,大量リサイクルを前提として構築されたこれまでの循環システムの変更を余儀なくされることも考えられ,その影響の範囲や大きさを評価することもライフサイクル工学における今後の重要な研究課題の一つである.

〔福重 真一 大阪大学

15・6 マルチスケール設計

従来の機械設計は,設計対象をマクロスケール(macro scale)レベルの連続体として扱ってきた.今世紀になると物理,化学,材料などの分野で扱われたきたナノスケール(nano scale)の現象が機械工学分野でも大変重要な役割を担うようになり,ナノスケールからマクロスケールまでを同時に扱うマルチスケール設計技術は製品の性能を飛躍的に向上させる技術として成長してきた.

例えば,材料物性と挙動特性をマルチスケールで評価することで高機能材料を開発することができる[1].この手法で新しい機械的特性を示す金属ナノワイヤが開発されている[2].また,多機能性を有するナノメッキが施された高耐久装置が開発された例や[3],マルチスケールにおける乱流流動をベースにした流動の流れ制御を運送のモデリングに用いることで,設計の高効率化を図った例もある[4].この他,マルチスケールでの二酸化炭素の熱伝達を考慮した熱ポンプシステムの性能向上[5]や,燃料電池の性能の向上が報告されている[6].さらには,冷凍システムの制御と損傷解析に適用して,燃料電池自動車の熱水制御システムを開発した例も報告されている[7].このように製品の競争力向上のための開発において,マルチスケールの解釈・設計に基づいたエンジニアリングが浸透してきている.

2012年以降には,マルチスケールの解釈・設計を通じて新しい力学分野を切り開いた研究成果が報告されている[8, 9].Choらによる「光反応ポリマーの変形」に関する研究では,従来の力学分野で扱うことができなかった分子スケール力学および量子力学の解釈の結果と,マルチスケール力学および連続体力学の解釈の結果とを合わせる新しいマルチスケール解釈と設計手法が提案されている[8, 9, 10].また,マルチスケールシミュレーションによる医学分野への応用も活発に行われている.例えば,橘吉らや高木による「予測医療に向けたマルチスケール人体シミュレータの開発」の研究が挙げられる[11, 12].

このように,マルチスケールの解釈を設計手法に取り入れることで,この10年あまりで既存技術の飛躍的な向上が達成された.今後,マルチスケール設計技術による飛躍的な性能向上が期待される設計技術分野の一つに,太陽電池と燃料電池とを含む再生可能エネルギーシステム設計技術がある[13, 14].太陽電池と燃料電池とを含む再生可能エネルギーシステムの設計では,光エネルギーと分子エネルギーの伝達と変換とを考慮する必要がある.これにはマルチスケールの物理/化学メカニズムに基づいた統合的なアプローチが必要である.つまり,エネルギーキャリアである光子,電子,および分子の「ナノスケール設計」,エネルギー変換に関与するフォノンやエネルギー伝達に関与するプラズモンの「マイクロスケール設計」,そしてエネルギーシステムとしての「マクロスケール設計」を統合した「マルチスケールアーキテクチャリング」に関する研究が必要と考える.このマルチスケールアーキテクチャリングをエネルギーシステムの開発に適用することにより,化石燃料を代替することができる新概念の太陽電池,燃料電池などの未来のエネルギーシステムの設計技術が確立されることを期待する.

〔山崎 美稀 日立製作所

15・7 バーチャル・エンジニアリング時代の設計

3D設計/CAEの活用/Virtual Engineering

デジタル技術の発達により,設計現場で活用可能な3DCADシステムを用いた設計が1990年代半ばより始まった.当初は3D設計というより,3DModelをOutputすることが中心であったため,3DModel作りのイメージが強かった.21世紀に入り,CADとCAEが連携し,ようやくCAD-CAM-CAE連携のModel活用可能な環境となった[1].この環境確立により,3D設計スタート時に目指していた設計の初期段階からCAEを駆使した創造設計が始まった.これに,ものづくり/CAE解析条件/材料特性/表面性状等の属性情報やマーケット,ユーザーからの情報等,製品に関するあらゆる情報を連携活用が拡大している.そのため,これらのCAD-CAM-CAE連携と属性情報の活用展開は,設計,ものづくり現場だけでなく,ユーザー,マーケット,スタイリング分野等への展開活用が拡がり,従来の設計範囲を超え,ユーザーの活用シーンを理解した製品検討へ繋がり,ライフサイクル全体を包括するまでの大きな拡がりとなった.従来,企画・構想設計・詳細設計・量産化・営業と順に進めていた開発/ものづくりは企画と構想設計の段階で製造・営業も含めた検討と検証の全てを行うことが出来るビジネスモデルへ変革した.3DDataの形状のModel活用中心であった1990年代半ばの3D設計スタートをDigital開発第1世代とすると3DDataと属性情報[2]で仕様検討,成熟,検証[3],活用と検討,実現出来る新たなステージと言える第2 Stepが始まったと言える.これらの活動に20世紀後半より発達してきたCAD-CAM-CAEに連携された属性情報を自由にコントロールできるPLM(Product Lifecycle Management)システムの普及とともに,デジタル環境も整った.21世紀の始まりは,バーチャル・エンジニアリング時代の始まりとも言える.

開発/ものづくりの最近20年の動きを眺めると1995年頃から3D設計が始まり,CAD-CAM-CAE連携と属性情報を用い設計検討範囲を広げることの出来るVirtual Engineeringが普及し,その環境でより仕様熟成とその検討設計者の参加を劇的増加させることになるシーンベース開発へ5年毎にStep UPが進んでいる.現在はバーチャル・エンジニアリング環境の充実が前提としたシーンベース開発技術の進展と普及が拡大中である[4].

〔内田 孝尚 (株)本田技術研究所

15・4の文献

[ 1 ]
革新的デライトデザインプラットフォーム技術の研究開発, http:/​/​www.delight.t.u-tokyo.ac.jp/​outline/​(参照日2017年4月19日).
[ 2 ]
日本機械学会第26回設計工学・システム部門講演会, 日本機械学会設計工学システム部門 https:/​/​www.jsme.or.jp/​conference/​dsdconf16/​(参照日2017年4月19日).
[ 3 ]
日本機械学会2016年度年次大会, 日本機械学会 https:/​/​www.jsme.or.jp/​conference/​nenji2016/​(参照日2017年4月19日).
[ 4 ]
18th International Conference on Human-Computer Interaction, HCI International 2016, http:/​/​2016.hci.international/​(参照日2017年4月19日).
[ 5 ]
ASME 2016 IDETC/CIE, American Society of Mechanical Engineers, https:/​/​www.asmeconferences.org/​IDETC2016/​(参照日2017年4月19日).
[ 6 ]
7th International Conference on Applied Human Factors and Ergonomics, AHFE International 2016, http:/​/​www.ahfe2017.org/​files/​2016_final_program.pdf(参照日2017年4月19日).

15・5の文献

[ 1 ]
我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ, 外務省 http:/​/​www.mofa.go.jp/​mofaj/​files/​000101402.pdf(参照日2017年7月1日).
[ 2 ]
Circular Economy, European commission http:/​/​ec.europa.eu/​environment/​circular-economy/​index_en.htm(参照日2017年7月1日).
[ 3 ]
The Ellen MacArthur Foundation and Mckinsey & Company: Towards the circular economy - accelerating the scale-up across global supply chains, World Economic Forum,(2014).

15・6の文献

[ 1 ]
Juan, J., S., Nó, M., L. and Schuh, C., A., Nanoscale shape-memory alloys for ultrahigh mechanical damping, Nature Nanotechnology, Vol.4,(2009), pp.415–419, DOI: 10.1038/​nnano.2009.142.
[ 2 ]
Greiner, F., Quednau, S., Dassinger, F., Sarwar, R., Schlaak, H., F., Guttmann, M., and Meyer, P., Fabrication techniques for multiscale 3D-MEMS with vertical metal micro- and nanowire integration, Journal of Micromechanics and Microengineering, Vol.23, No. 025018,(2013), pp.1–12.
[ 3 ]
Jongbaeg, K., Yu-Ting, C., Mu, C. and Liwei, L., Packaging and Reliability Issues in Micro/Nano Systems, Springer Handbook of Nanotechnology,(2007), pp. 1777–1806.
[ 4 ]
Aarnes, J., E. and Efendiev, Y., An Adaptive Multiscale Method for Simulation of Fluid Flow in Heterogeneous Porous Media, Multiscale Model. Simul., Vol.5, No.3,(2006), pp. 918–939, DOI: 10.1137/​050645117.
[ 5 ]
Cho, H., Kim, S., M., Kang, Y., S., Kim, J., Jang, S., Kim, M., Park, H., Bang, J., W., Seo., S. Suh, K., y., Sung, Y., E., and Choi, M., Multiplex lithography for multilevel multiscale architectures and its application to polymer electrolyte membrane fuel cell, Nature Communications, 8484(2015), DOI: 10.1038/​ncomms9484.
[ 6 ]
Qin, D., Xia, Y. & Whitesides, G.M. Soft lithography for micro-and nanoscale patterning. Nature Protoc. Vol.5,(2010), pp.491–502, DOI: 10.1038/​nprot.2009.234.
[ 7 ]
Jang, S., Kim, M., Kang, Y., S., Choi, Y., W., Kim, S., M., Sung, Y., E. and Choi, M., Facile Multiscale Patterning by Creep-Assisted Sequential Imprinting and Fuel Cell Application, ACS Applied Materials & Interfaces, Vol.8,(2016), pp. 11459–11465, DOI: 10.1021/​acsami.6b01555.
[ 8 ]
Choi, J., Shin, H., Yang, S. and Cho, M., The Inuence of Nanoparticle Size on the Mechanical Properties of Polymer Nanocomposites and the Associated Interphase Region, A Multiscale Approach, Compos Struct, Vol.119,(2015), pp.365–376, DOI: 10.1016/​j.compstruct.2014.09.014.
[ 9 ]
Choi, J., Shin, H. and Cho, M., A Multiscale Mechanical Model for the Effective Interphase of SWNT/epoxy nanocomposite, Polymer, Vol. 89,(2016), pp.159–171, DOI: 10.1016/​j.polymer.2016.02.041.
[10]
Yang, S., Choi, J. and Cho, M., Elastic Stiffness and Filler Size Effect of Covalently Grafted Nanosilica Polyimide Composites, Molecular Dynamics Study, ACS Appl Mater Interfaces, Vol. 4,(2012), pp.4792–4799, DOI: 10.1021/​am301144z.
[11]
Tachibana, Y., Iwamuro, H., Kita, H., Takada, M., & Nambu, A., Subthalamo‐pallidal interactions underlying parkinsonian neuronal oscillations in the primate basal ganglia. European Journal of Neuroscience, 34(2011), 1470–1484, DOI: 10.1111/​j.1460-9568.2011.07865.x.
[12]
高木周, 予測医療に向けたマルチスケール人体シミュレータの開発, 日本機械学会誌, Vol.119 No.1176,(2016), pp.612–615.
[13]
Xu, J., Sakanoi, R., Higuchi, Y., Ozawa, N., Sato, K., Hashida, T., and Kubo M., Molecular Dynamics Simulation of Ni Nanoparticles Sintering Process in Ni/YSZ Multi-Nanoparticle System, J. Phys. Chem. C, Vol.117,(2013), pp. 9663–9672, DOI: 10.1021/​jp310920d.
[14]
Xu, J., Bai, S., Higuchi, Y., Ozawa, N., Sato, K., Hashida, T., and Kubo M., Multi-Nanoparticle Model Simulations of the Porosity Effect on Sintering Processes in Ni/YSZ and Ni/ScSZ by Molecular Dynamics Method, J. Mater. Chem. A, Vol.3,(2015), pp. 21518–21527, DOI: 10.1039/​C5TA05575J.

15・7の文献

[ 1 ]
内田孝尚, 設計者CAE(Creative Design with CAE)の確立, 日本機械学会誌, 2014, Vol. 117, No. 1144(2014), pp20–21.
[ 2 ]
【JAMA HP】3D図面の標準化に関わる活動 JAMA/JAPIA 3D図面ガイドライン-3D単独図ガイドライン- V1.1, 日本自動車工業会,(参照日平成29年3月28日)http:/​/​www.jama.or.jp/​cgi-bin/​it/​download_01.cgi.
[ 3 ]
A. Eggers etc, “ Virtual Testing based Type Approval Procedures for the Assessment of Pedestrian Protection developed within the EU-Project IMVITER”, Paper Number 13-0344 https:/​/​www-esv.nhtsa.dot.gov/​Proceedings/​23/​files/​23ESV-000344.PDF.
[ 4 ]
内田孝尚, “15. 設計工学・システム 15.7 バーチャル・エンジニア時代の設計”, 機械工学年鑑, 2016.

 

上に戻る