2016年のパソコン(PC)総出荷台数は約2億5 370台と対2015年比4.9%減となった[1].Windows XPリプレース需要の反動とタブレット機やスマートフォンを選択する消費者の増加にともない,大幅なマイナス成長となった.
2016年のHDD(磁気ディスク装置)の生産台数は対2015年比8.2%減の約4億3 156万台であった.2016年後半のNAND需給バランスが不足に陥り,かつパソコン市場の低下率が縮小したこと,さらにCE市場向け(特にゲーム向け)が急増したことから堅調な需要を形成した.今後が期待されるニアラインと呼ばれるデータセンター向け大容量高信頼性HDDは2016年比13.7%のプラス成長で,クラウドコンピューティングが促進され,IoTへの方向性などネット社会でのデータ,情報やコンテンツが大容量化トレンドにあり,同時にデータセンターの設備拡充が活発化してきている結果と判断される.今日のHDDの1台あたりの大容量機はこのニアラインHDDが牽引しており,かつヘリウム封止HDDが果たす役割が高くなってきている[2].
2016年のSSD(Solid State Drive)市場は2015年比で約25.3%増の10 014万台と堅実に増大している.エンタープライズ向けは,データセンタ向けやオールフラッシュアレイ製品向けの需要が好調に推移しており,本格的な成長期に入ったと言える.PC向けはSSDの品不足が続いていることから伸び率が鈍化している[3, 4, 5].(統計はテクノ・システム・リサーチ社による)
「事務機械出荷実績」[1]によれば,2016年の事務機械総出荷額(一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会会員企業のみの集計)は1兆4 657億円(対前年比91.7%)であった.2015年度までの年数%程度の増加傾向から,一転して1割近くの減少となった点が特筆される.国内外別では,国内が3 619億円(同98.9%),海外が1兆1 038億円(同89.6%)と,海外の減少がより大きい.複写機・複合機とページプリンタの総出荷額は,それぞれ9 138億円(94.1%)と2 057億円(83.9%)であり,この2品目で事務機械全体の76%を占める点は例年通りである.
オフィス用途など事務機器市場が飽和している状況で,インクジェットや電子写真機器の産業用途への適用が急速に進んでいる.例えば,商業印刷の分野では,全市場に対するデジタル機の割合が数10%を超える状況になってきており,年率数%以上の割合で成長が見込まれている.2016年は,これら印刷関連機器の最大の展示会であり,4年に一回開催されている「Drupa」の開催年に当たっており,Drupa2016が,2016年5月31日~6月10日の11日間,ドイツのデュッセルドルフで開催された.前回2012年のときより減少はしているが,展示1800社で,26万人が参加した.インクジェット機器を中心にB2からB1サイズへの広幅化や高速化が進展した点と,立体物の曲面表面への直接印字や,3D印刷機器などの新たな商品の発表が増加した点が特徴であった.商業印刷以外のラベルや軟包装向け機器の発表も活性化している.今後もデジタル機の印刷分野への参入と対象市場の拡張が進展すると予想される.
日本電機工業会の発表によると,2016年の冷蔵庫・洗濯機やエアコンなどの白物家電の国内出荷額は,約2.3兆円,2015年比104.5%となり3年ぶりのプラスとなった[1].その背景として,高機能・高付加価値商品の需要増加が見られる.たとえば,冷蔵庫では,まとめ買いや省エネ性能の向上も後押しし,「401 L以上」の大型タイプの需要が伸びたほか,洗濯機でもまとめ洗いや大物洗いへのニーズが高まったことで大容量化へ需要がシフトした.
また,無線ネットワーク技術の普及を背景に,モノとインターネットをつなぐIoT(Internet of Things)が一つのトピックとして挙げられ,これまでにない機能・付加価値の創出が期待されている.その第一歩として,スマートフォンと連携した製品が普及し始めており,たとえばエアコンでは外出先で電源オンオフできる機能や,冷蔵庫では在庫状況を外出先で確認できる機能などがある.
人々が日々を健康に過ごすためには,病気の早期発見早期治療が重要であるが,その対応のための診断や治療技術には様々なものがある.2016年度は以下のような研究が発表された.
診断法に着目すると,多くの情報が一度に取得できる採血に関しても注目されており,採血分注モデルに関するものや,熟練した採血動作についての調査も行われている.また異常検出については,情報を容易に取得しやすい呼吸や心肺音,慣性センサを用いた歩行試験,高齢化によって嚥下機能が低下することを調べる嚥下機能計測用センサなどが開発されている.さらに,精子機能を選別するためのマイクロ流路の開発なども行われている.多くの情報が同時に取得できる触覚についても着目され続けており,弾性や粘性の情報を同時に取得するためのセンサシステムの開発やしこりの検出用触診センサシステムの開発が行われている.また触覚のメカニズムの解明として,硬軟感と指先の接触状態や,多層硬軟感閾値と物体の厚さの関係に関する調査や,その時などでも利用が求められる指先力を指の根本で計測できるようなシステムの開発が行われている.さらに,触覚の感度のコントロールが可能となることが期待されるネイルチップの開発も行われている.
治療においては人工心臓の非侵襲電力伝送に関するものや脊髄髄膜瘤に関連する研究が発表された.脊髄髄膜瘤は胎児期の脊椎骨の形成不全により脊椎が脊椎の外に出てこぶのようになる先天性な病気で,髄液の体外流出や脊髄の胎盤との接触により下半身に障害が起きる原因となっている.この脊髄髄膜瘤を胎児期に治療することによって出生後の障害が軽減されるという報告があるが,胎児期の直接治療は母子ともに侵襲性が極めて高い.そこで胎児期には患部をパッチで保護し,出生後に改めて治療を行い,胎児期の治療の簡易化低侵襲化することが提案されている.しかしながらその方法でも,患部が治療から出生するまでには約2倍のサイズに成長拡大するため,患部へのパッチの固定が簡単であることかつ自動的に取りつけ位置を調整することができる固定方法が求められ,そのパッチ用にマイクロ吸盤アレイの研究が報告された.このように,簡便性,低侵襲性を担保しながら早期治療が可能となることにより,より高い効果が得られることが期待できる.
その他,福祉機器としても空気圧人工筋肉膝部補助用内骨格型パワーアシスト,装着型歩行アシスト装置,転倒防止アシストの研究も発表された.動作補助だけでなく転倒防止までのアシスト装置の開発が行われ,人々のQOLの向上に貢献に期待できる.
以上のように,診断においてセンサ感度の向上や,取得情報の増大化・多様化,また熟練医師の経験の代替えとなるものができることによって,診断精度や信頼性の向上が実現される.また,治療においても,手術の安全性や低侵襲の向上による早期治療が実現され早期の回復につがる.特に,今回脊髄髄膜瘤に関する研究の詳細を述べたが,医療の発展において工学が活躍する課題がこれからも多くあること,またその課題を解決するには我々工学分野の研究者が医療分野の課題を十分に理解することの重要性を再認識できる.
近年,ユビキタスインターネット,M2M,クラウド,ビッグデータなどの技術革新に伴う社会構想が注目を集めている.2010年にドイツが発表したハイテク戦略(HTS)2020において提唱されたインダストリー4.0(ndustrie4.0)では,生産現場や製造プロセスの効率化や品質向上などが期待されている.日本の経済産業省とドイツ経済エネルギー省は2016年4月に,IoT/インダストリー4.0の協力に係る共同声明を発表しており,研究促進や標準化に向けて日本政府も積極的に後押しを強めている.
一方,日本も2016年科学技術白書において,2035年頃の社会構想として「超スマート社会」(Society5.0)を提唱している.これは,IoT,ビッグデータ,AI技術などの融合により,製造業のみでなく,人々の暮らしにもコミットする構想である.例えば,オーダーメイドサービスの実現やサービス格差の解消などの可能性を謳っており,世界に先駆けたサービスプラットフォームの形成を目指す.
このようなIoT,ビッグデータ,AIなどをキーワードとした社会構想の実現のために解決すべき課題は山積している.特に,AIや機械学習分野の研究の研究が盛んになる一方,物理的・機械的なサービス提供については,試行錯誤の段階にあると考える.ビッグデータ解析により,さまざまな観点からの評価指標を定量的に抽出できたとして,それをどのように用いて機械的な動作を最適化するべきか,また莫大なデータの中から,どのような情報を採用するべきか,など次の一手が望まれている.このようにソフトウェアとハードウェアの境界がますます曖昧になっており,ソフト・ハード双方の技術を使いこなし,柔軟な思考で融合できる技術者の育成が必要である.
文書や広告などのデジタル化に伴い,複写機やプリンタ,ATMといった紙媒体取扱装置のコア技術として発展してきた柔軟媒体ハンドリングの分野では,新たな可能性への取り組みが本格化している.印刷技術を用いて電気回路やセンサなどを製造するプリンティッドエレクトロニクス(PE)はその代表的な事例であり,より薄いフィルムを高信頼に搬送する技術や巻き取る技術の開発が本格化している.また最近では,高分子ナノシートの医療応用の事業展開が始まるなど,2015年に公開した技術ロードマップに示されたように,媒体の超薄化への対応は必須となっている[1].
これらの状況を反映して,機械学会での講演会では,薄いフィルムやナノシートのハンドリングや表面処理に関する発表が大きな割合を占めつつある.2017年3月に開催された情報・知能・精密機器部門講演会における柔軟媒体ハンドリングのセッションでは,従来のカット紙のハンドリングに関する講演は無く,PEに関係するウェブハンドリングやナノシートのハンドリングに関する講演が大半を占めた[2].また新たな柔軟媒体に関する取り組みの一つとして「折り紙工学」も考えられる.2016年10月に開催された柔軟媒体に関する研究調査分科会の報告会では,「折り紙工学」に関する最近の取り組み状況が報告された.
今後の柔軟媒体ハンドリング技術は,カット媒体,ウェブのいずれの分野においても,さらに薄く,長く,広いフィルムを高信頼に取り扱うハンドリング技術の研究が進むであろう.その一方で,従来のカット媒体の繰出し,搬送,集積といった従来技術に関しては,低コスト化と高信頼化の両立を目指した技術開発や,「折り紙工学」といった新たな応用展開へ向けた研究が進むと予想される.
社会インフラ分野のセキュリティでは,2016年は大きな国際イベント(5月にG7伊勢志摩サミット,8月にリオ五輪大会など)が続き,その運営システムを守るためのサイバーセキュリティ対策が注目された.イベントの期間中に運営に支障がないようにシステムを守りきることは,一段高いレベルのセキュリティが求められる.技術だけでなくそれを運用できる人材の確保の重要性も注目を集め,10月から新たな国家資格「情報処理安全確保支援士」の認定が開始された.2020年までに資格保有者3万人を目指すと言われる[1].
2015年にサイバー攻撃によりエネルギー供給が停止したウクライナの電力会社に関連し,ふたたびウクライナの別の電力会社に対して2016年12月にも似た手口でさらに高度な攻撃により停電が起きた[2].またネットワーク監視カメラや家庭用ルータなどに数十万台以上に感染したマルウェア「Mirai」による被害は,かつてないほどの大規模かつ破壊的な分散型サービス提供不能(DDoS)攻撃を起こした[3].何者かが「Mirai」に感染したネットワーク機器を遠隔操作して,9月に著名セキュリティジャーナリストのWebサイトを,10月にDNSサーバのプロバイダをDDoS攻撃の標的とした.DNSサーバが攻撃されている間に著名クラウドサービスまで使えなくなったことから,社会的に注目を集めた.
セキュリティサービス/製品の市場規模は,2015年に3 865億円,2020年には4 871億円と言われ,平均成長率4.7%と言われる[4].セキュリティにおいても人工知能や機械学習を活用する取組みが進んでおり,それらを活用することで,攻撃や脅威検知の自動化や効率化,脅威対策のリアルタイム化,属人的な業務からの脱却や人材不足の解消に期待されている.
「気持ちの良い加速」や「心地よく動く」といった,人間の主観的感覚である官能評価値を推定し,その結果を機械システムの評価や制御特性に反映させる研究が加速している.図1に示すように,人間が機械を操作し,機械挙動を人間が知覚して操作する人間–機械システムにおいて,人間が機械挙動に対していだく主観的な印象は,直接計測することができないため,機械システムの評価関数に取り入れることが難しい.しかし,人間の脳波,脳内血流などを計測する技術の進歩と生体量などと官能評価値の関係を機械学習などで同定する手法の適用で官能評価を機械システムの評価関数として取り込むことが可能になってきた.
機械システムの制御特性に人間の官能評価値を反映させる場合,官能評価値を推定するのに適した説明変数を計測しているのかという,入力情報の必要十分性に関する議論や入力情報に対する官能評価結果を推定する因果関係が決定論的に規定されていないのではないかという人間を扱うシステム特有の課題が存在する.こうした議論を踏まえながら,官能評価値を推定する方法として中西,木口ら[1]は,自動車加速感と脳波の関係に着目し,脳波計測値から加速感を評価する方法を検討している.この研究では,「胸のすくような加速感」といった体性感覚への作用も含めた加速感の評価にはまだ至っていないが,「視覚的に加速状況を認識するシミュレータにおいて,自己の加速操作に対する視覚的な加速感知覚の違和感」を被験者の脳波信号から分析し,操作者が違和感を持つときに脳波に特徴が現れる可能性を見出している.
こうした枠組みの中で官能評価値を推定するモデルに関する研究として,西川,綿貫ら[2]は,近年,自己組織的な機能が大幅に改善された深層学習のなかで畳み込みニューラルネットワークを用いて,多チャンネルな生体情報から被験者タスクに対する特徴量の抽出と識別に着目している.具体的には,色と語の意味が異なるカラーワードを提示し,被験者が認知的な葛藤状態になるときの状況(ストループ効果)を分析している.検討の結果,脳血流,発汗,皮膚コンダクタンスのデータから課題条件の特徴量や識別ができる可能性を見出している.
計測した物理量と人間が感じる官能評価値の関係をモデル化する同定手法としては,入力と出力の関係を解析的な数式で関係記述することが難しいため,帰納的事例を入力と出力のパターンとして学習する上記の深層学習やサポートベクターマシンなどによるモデル化の研究[3]が進められている.こうした,直接物理量として計測できない人間にかかわる主観的指標を生理的な観測値から推定する試みは,計測技術の進化や機械学習,深層学習などの処理技術の進化により人の官能評価結果を内包した機械制御に関する研究加速が期待され,Brain-Machine-Interfaceによる人間–機械システムの一つの方向性を示すものである.
その他,生体知覚・感覚機能の機械システムへの応用事例としては,木口ら[4]が取り組む認知アシストを伴った外骨格型のパワーアシストロボットがある.パワーアシスト時に体の挙動範囲に機械的な制限を与えるのではなく,関節部周辺の筋肉の腱に振動刺激を与えることで使用者に錯覚を与え,結果的に利用者の動作範囲を制限する手法が提案されている.使用者の動作を自然にアシストする機能への興味深いアプローチと考えられる.視覚的な感覚機能の機械システムへの応用としては,高橋[5]が,周辺視野域への視覚的刺激提示による自動車運転支援の方法を提案している.一般的に運転支援に関する情報は,運転者の中心視野域に提示され,注意を誘導する.しかし,「歩行者の飛び出し多し,運転注意!」のように必ずしも危険事象が出現しない情報である場合,頻繁な情報提示への注意が形骸化すると考えられる.そこで,周辺視野域への視覚的刺激と中心視野域への視覚的刺激の脳内処理機序の差異に着目し,周辺視野域への視覚的刺激が直接的に意識に作用しないで注意が誘導される可能性を見出し,その利用方法について検討を行っている.
ここで紹介した研究は,生体知覚,感覚機能の種類拡大や応用場面の拡大など上述した人間の特性を機械システムの中で陽に扱うことの難しさを有しているが,新しい人間と機械の関係を模索する一つの大きな視点であると考えられる.
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