流れ 2003年1月号 目次

特集1.「流れのコントロール」

1-(1) 「船舶の摩擦抵抗低減デバイスとしてのマイクロバブルの可能性」
海上技術安全研究所 知的乱流制御研究センター 児玉良明

1-(2) 「気泡を含む液体中を伝わる圧力波」
 東京農工大学工学部機械システム工学科 亀田正治

1-(3) 「磁場を利用した空気流および燃焼反応の制御−磁気空気力学−」
産業技術総合研究所環境調和技術研究部門 若山信子

1-(4) 「アート志向サボニウス風車の展開」
協同組合プロード 増田頼保

1-(5) 「逆熱対流機能性粒子を用いた温度成層制御」
大阪大学大学院工学研究科機械物理工学専攻 大川富雄

特集2.「学生の流体工学研究」

2-(1) 「研究室の学生から見た流体工学の研究の面白さ - ナノ世界の現象と流体工学研究-」
 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻(松本・高木研) 菊川豪太

2-(2)「可視化実験の魅力」
金沢大学大学院工学研究科機能機械工学専攻(岡島・木綿研) 内田英典

2-(3)「学生から見た流体工学の研究の面白さ」
 山口大学大学院理工学研究科博士前期課程機械工学専攻(大坂研) 本多宏昭

2-(4)「学生から見た流体工学の研究の面白さ ―流体工学はおもしろい!―」
 徳島大学大学院工学研究科機械工学専攻(一宮研) 安倍智宏,細部智章

3. 「第80期流体工学部門賞の選考と授与」

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「可視化実験の魅力」


金沢大学大学院工学研究科機能機械工学専攻(岡島・木綿研)
内田英典

1. はじめに

 私は学部4年の時に現在の流体工学研究室に配属されて以来,卒論,修論ともにその研究手法として曳航水槽を用いた流体力測定及び流れ場の可視化観察を行っている.現在はDNSによる数値計算も平行して行っているが,私が一番魅力を感じるのは可視化実験である.その理由としてはまず何と言ってもわかりやすいことである.結果を人前に見せる場合には何らかの後処理が必要な場合もあるが,多くの場合はその後処理をせずとも実験をしたその場で結果を確認できるので様子を見ながら次の実験条件を検討することができる.また,プレゼンテーションの場においても何枚もグラフを見せるより可視化写真または可視化動画を見せるほうが聞き手の興味をひき,その理解を助けるためその後の話が進めやすい.また実験中,時に感動を呼ぶのも可視化観察である.これは直接流れを見ることで直感的に現象を捉えることができるためだろう.無色透明で密度変化もないような流体の流れは何もしなければ何も見えないが,何らかの粒子を流体中に入れるとその流れ場が一瞬にして描かれる.実際に実験をやっていると最初はこれだけでも十分感動する.そして流れの条件を変えて実験した時に予想に反した結果が出ようものなら大喜びである.
 流れ場の可視化は数値計算の結果でも十分にできる.むしろ,計算結果のほうが装置の制約を受けずに任意の角度からまた任意の断面の流れや圧力の分布を可視化することができるし,カラフルな表現もできる.しかし計算結果を可視化したものを見ても実験をしたときに得られるほどの感動は得られない.これはおそらく,計算結果は時として計算手法による致命的エラーを含んでいる可能性を捨てきれないが,実験結果はそれがまぎれもない事実であるからだと思う.
以下に私が行った可視化実験の結果の一部を紹介する.

2. 可視化結果

2-1 有限スパン円柱周りの流れの可視化

2-1-1 電解沈殿法


図1 有限スパン円柱の流れパターン(電解沈殿法)
Re=300, Aspect ratio 15, d=18mm

 図1は電解沈殿法によって有限スパン円柱周りの流れパターンを可視化した写真である.電解沈殿法とは物体表面に導電性塗料を塗り,物体に陽,水中に入れた電極に陰の直流電圧12V前後を印加することで導電性塗料を流出させ,それをトレーサーとして流れ場を可視化する方法で古典的な可視化手法のひとつである.本実験では導電性,加工しやすさなどを考慮して円柱模型は真鍮で製作した.図1の円柱模型は上流側にスパン方向に導電性塗料を塗り,その他の部分は黒色スプレーでマスクしてある.図1に示されるように有限スパン円柱周りの流れは2次元円柱周りの流れとは大きく異なったものとなる.自由端から離れた位置では2次元円柱と同様に定常的なカルマン渦放出を続けているが,自由端を回り込む流れにより自由端付近で3次元的に大きく乱れている様子が捉えられている.

2-1-2 電解沈殿法+蛍光塗料

 有限スパン円柱の各スパン方向の位置での流れの3次元性を調べたのが図2である.


(a) 塗料塗布位置



(b) 可視化写真(真横から撮影)



(c) 可視化写真(斜め上から撮影)
図2 有限スパン円柱の流れパターン(電解沈殿法,ウラニン入り)
Re=300, Aspect ratio 15, d=18mm

 導電性塗料を図2(a)に示す位置に周方向に塗った.流れの3次元的挙動をより明確に捉えることを狙って導電性塗料だけを塗った部分と,導電性塗料に蛍光染料(ウラニン,緑色)を混ぜて塗布した部分を交互に配置した.結果は図2(b),(c)に示す通りである.自由端から離れた位置では3次元的乱れは小さく,流れにほぼ平行にカルマン渦を放出しているが,自由端付近では自由端を回り込む流れが円柱に沿って走るために自由端近傍でのカルマン渦の形成を妨げている様子が見て取れる.

2-1-3 蛍光塗料による可視化の問題点

 先に述べたような蛍光塗料を塗布することによる可視化のメリットは多種類の色を使い分けることで流れの3次元的挙動がわかりやすく捉えられることである.そのため蛍光塗料にローダミンB(朱色)も用いて3色での可視化や,蛍光塗料を導電性塗料に混ぜるのではなくエナメル塗料に混ぜて塗布する方法などを試みたがあまり良い結果は得られなかった.その最大の理由は,蛍光塗料の性質によるものだった.導電性塗料は電圧を印加した時にのみ流出するが,蛍光塗料は水に浸かった途端に流出を始め,約2分という短時間で全て流出しきってしまう.そのため円柱を取り付けたら直ぐに曳航を開始しなければならない.したがって円柱設置後,流れ場が静止するまでゆっくり待つことも許されず,一度曳航し終えた頃には塗料が円柱表面に残っていないため曳航する毎に塗料を塗り直さなければならない.このため効率が悪く,多くの塗料と労力を要する.この点を改良すべく塗料の種類や塗布方法の工夫など現在も試行錯誤している最中である.
参考までに,電解沈殿法だけなら一度塗料を塗れば続けて20回近く台車を曳航させることができる.

2-2 加速流中に置かれた円柱周りの流れ

 ここからは端板付2次元円柱を加速させた場合の流れ場について述べる.


図3 出発直後に形成される対称渦(電解沈殿法,Re=800)

 静止状態から円柱を動かした時の流れはStarting flowと言われ,円柱背後に対称渦を形成することが知られている(図3).そこで静止状態でなく等速曳航しカルマン渦放出を続けている状態から増速または減速させた場合の流れ場の変化について調べた.増速の形としては(a)ステップ関数的増速,(b)等加速度運動,(c)半波長正弦波的増速の3つの方法を試みた(図4).


(a) ステップ増速(左)         (b)等加速(中央)      (c)半波長正弦波的増速(右)
図4 増速手法

 流れ方向自励振動の機構解明を目指し,特に(c)の半波長正弦波的増速または減速時の流れパターン可視化観察と流体力測定,及び数値計算を行っているが今回はその中でも増速時の可視化観察の結果を紹介する.初期速度がありカルマン渦放出状態から増速した場合,加速手法がステップ増速,等加速,半正弦波的増速のいずれの場合も加速直後には1対の対称渦を形成し,その対称渦崩壊後は再びカルマン渦放出を続ける様子が捉えられた.おもしろいのは流れの3次元的構造である.例えば図5(a)のように円柱スパン方向に塗料を塗り円柱上側から撮影すると,カルマン渦放出時は3次元的乱れを持つためその渦の輪郭はぼやけて見える.しかし加速直後の対称渦形成時は円柱上側から見てもその渦の輪郭がくっきりと見えるほど流れの2次元性が強くなるのである.


(a) 加速前

(b) 加速直後

図5 加速前後の流れパターンの変化
(電解沈殿法,初期レイノルズ数400,最終レイノルズ数800,無次元加速度2.56×105)

3. おわりに

 前節のように流れ場が非定常に変化する場合の可視化観察は特におもしろい.流れ場が時々刻々とその姿を変える様を自分の目で生で確認できる喜びは大きい.実験手法の検討やその改良,装置の製作などには多くの時間と労力,技術を必要とするが,見えない流れ場を見えるようにすることの魅力は大きく,それを成し遂げた時は最高の気分である.
この気分を味わうためにせっせと可視化手法の改良に励む日々である.そして日が暮れて周りが暗くなった頃,流れの可視化ショーが始まる.もちろんこのショーの特等席は実験者の席である.