「船舶の摩擦抵抗低減デバイスとしてのマイクロバブルの可能性」
海上技術安全研究所 知的乱流制御研究センター 児玉良明
マイクロバブル(microbubbles)は液体中に注入された"微細な気泡"を意味し,様々な優れた特性をもち,多くの分野で利用されている.それらは,水中の溶存酸素濃度を高めることによる水質浄化や養殖における利用,超音波を強く反射する特性による超音波診断におけるコントラスト剤としての利用,負に帯電した微細気泡の電気的吸引力による油水分離における利用,そしてここに紹介する,境界層中の乱流との干渉効果による摩擦抵抗低減デバイスとしての利用などである.
マイクロバブルは,船舶への実用化が期待されており,研究が盛んに行われている.大量の原油を運ぶ大型タンカーなど殆ど箱形の船型をしており,平らで広い船底をもつため,気泡を船首近くで注入すると浮力の作用によってずっと下流まで船底表面近くに留まると予想され,高い摩擦抵抗低減効果が期待できる(図1).また,それらの船はゆっくり走るため船体の全流体抵抗のうち摩擦抵抗が約80%を占め,摩擦抵抗の低減が船の性能向上に直結する.
図1 マイクロバブルの大型タンカーへの利用のイメージ図
摩擦抵抗低減に用いられる気泡は,流れに沿って設置された,微細な穴が多数開いた平板から吹き出され,その直径は0.5mm〜1mm程度であり,大きさから"ミリバブル"と呼ぶべきであるが,慣例上マイクロバブルと呼ばれている.そのような気泡を平板上に発達する乱流境界層に注入すると,摩擦抵抗が大幅に低減する.よく引用されるMadavanの実験結果([4])によれば,低減率は最大80%に達する(図2).なお,縦軸は壁面せん断応力を気泡無しのそれで割った値であり,横軸の空気厚さ
(mm)は,単位時間あたりの吹き出し空気量を吹き出し幅と一様流速で割った値である.
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しかし,上記の低減効果は,気泡吹き出し板の直ぐ下流で計測され,大きな低減効果も当然とも言える.問題は低減効果が吹き出し位置から下流にどれくらい続くかである.そこで筆者らは幅1m長さ50mの平板船を作り,長さ400mの曳航水槽において,大型タンカーの巡航速度である毎秒7mで曳引し,マイクロバブル実験を行った.結果を,40m船を用いた同様な結果と共に図3に示す(高橋ら[5]).横軸は,気泡吹き出し位置からの下流距離である.状態によって大小があるが,マイクロバブルの摩擦低減効果は,ほぼ計測範囲の下流端40数mまで持続しており,非常に長い持続性をもつことが分かる.
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船舶への実用化を検討するとなると,平板を用いた単純な状態の実験だけでなく,様々な要素について検討する必要がある.(社)日本造船研究協会のSR239研究プロジェクトのマイクロバブル・チームでは,3年半に亘り,流れ方向の圧力勾配と船体表面曲率の影響,鉛直壁における摩擦低減効果,海水の影響,実船用気泡発生装置,実船用壁面摩擦計,実船用局所ボイド率計,配線フェアリング法,計測機器の接着固定法,50m平板模型船を用いた尺度影響実験,CFDを用いた実船摩擦低減効果の推定法などを検討し(児玉ら[2]),昨年9月に,長さ116mの独立行政法人航海訓練所の練習船「青雲丸」(図4)を用いた,大型船による恐らく世界で唯一のマイクロバブル実船実験を実施した(永松ら[3]).プロペラ回転数を一定に保ち気泡吹き出し前後の船速変化を計測した実験では,大型タンカーの巡航速度に相当する14ノットにおいて,水面に最も近い位置(図5のBI
1)から気泡を吹き出した場合に,船速が増えたのが乗船者にも感じられ,それは3%の抵抗低減に相当し(図6),気泡を吹き出すエネルギーを考慮した正味の省エネ効果で2%が得られ,実船においてもマイクロバブルによって摩擦抵抗の低減が得られることが分かった.また,気泡が船尾で作動するプロペラに流入した場合に推力が低下することが分かり,実用化のための問題点も明かになった.このように,マイクロバブルの実用化に向けて大きな足がかりが得られた.
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図4 航海訓練所練習船「青雲丸」[3]
全長: 116m,総トン数:5,884トン
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図5 船首に設置された3つの気泡発生装置(BI1〜3) [3]
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図6 青雲丸実験で得られた,気泡による船速増加と主機出力低減[3]
このように大きな摩擦低減効果をもつマイクロバブルであるが,意外にもその低減メカニズムは未だ充分に解明されていない.実験的には,壁面近くに気泡が集中するほど高い低減効果が得られることが分かっている[5]が,興味があるのは,乱流の渦スケールと気泡径の比を変えると低減効果がどうなるかである.しかし,流速など他のパラメータを変化させることなく気泡径分布だけを変化させることは容易でない.
筆者も参加する文科省をスポンサーとする乱流制御プロジェクト[6]では,マイクロバブルについて基礎的研究が行われており,内容を少し紹介する.毎秒数mの流速では,壁近傍の乱流スケールから言うと,数10ミクロン以下の気泡を生成する必要がある.最近,川村は溶解法によって直径20〜40μmの気泡を発生させた.今後の詳細な低減効果実験が待たれる.また,PIV/LIF法による気泡チャンネル流の乱流計測も行われている.さらに,気泡流の数値シミュレーションが,VOF法,EL法などいくつかの手法によって行われており,低減メカニズムが解明されつつある.序でに少し宣伝をさせて頂くと,2003年3月2日〜4日に東京大学で知的乱流制御シンポジウムが開催される[6].
海外では,マイクロバブルに一時興味を失っていた米国が,再び多額の研究費を投じて研究を再開した[7]など,いくつかの国で研究がスタートし,国際的競争の時代を迎えている.筆者の予感では,この2〜3年のうちに大きなブレークスルーを迎えるような気がする.楽しみである.
[1]Moriguchi, Y. and Kato, H. : Influence of microbubble
diameter and bubble distribution on frictional resistance reduction
by microbubbles, J. of Marine Science and Technology vol.7, No.2,
(2002) pp.79-85.
[2]児玉良明,角川明,高橋孝仁,石川暁,川北千春,金井健,戸田保幸,加藤洋治,池本晶彦,山下和春,永松哲郎,「青雲丸を用いたマイクロバブルの摩擦抵抗低減実船実験−前編:
準備研究−」,日本造船学会論文集第192号,(2002),pp1-14.
[3]永松哲郎,児玉良明,角川明,高井通雄,村上恭二,石川暁,上入佐光,荻原誠功,吉田有希,鈴木敏夫,戸田保幸,加藤洋治,池本晶彦,山谷周二,芋生秀作,山下和春,「青雲丸を用いたマイクロバブルの摩擦抵抗低減実船実験−後編:
実船実験−」日本造船学会論文集第192号,(2002),pp15-28.
[4]Madavan, N.K. et al.," Reduction of Turbulent
Skin Friction by Microbubbles", Physics of Fluids, Vol.27,
No.2 (1984) pp.356-363.
[5]高橋孝仁,角川明,牧野雅彦,児玉良明:「長尺平板船を用いたマイクロバブルの尺度影響に関する研究」,関西造船協会論文集第239号
(2003) 掲載予定.
[6]知的乱流制御研究センター ホームページ http://www.turbulence-control.gr.jp/
[7] DARPA frictional drag reduction program
http://www.darpa.mil/ato/programs/drag_reduct.htm