大阪大学大学院工学研究科機械物理工学専攻 大川富雄
1.はじめに
水が熱をよく伝える「良導体」であるか,あるいは熱をあまり伝えない「不良導体」であるかは,およそ200年ほど前にベンジャミン・フォン・ランフォードが自然対流の存在に気がつくまで明らかなことではなかった.水の熱伝導率は約0.6
W/mKと小さく,鉄や銅の1/100にも満たない.したがって,もし熱が伝導のみによって伝えられるのなら水は不良導体と言える.しかし,水を入れた容器の下面を熱すれば,加熱面近くの水は密度が減少して容器内には自然対流が形成される.「対流」がある場合の伝熱量は「伝導」だけの場合よりも普通はるかに大きいので,この場合には水は良導体となりえる.多くの場合,水を熱すると自然対流が引き起こされるので,ランフォード以前は水は良導体であると考えられていたのである[1].
それでは,容器に入れた水の上面を加熱するとどうなるであろうか?この場合,密度が低下するのは上のほうにある水なので,容器内に大局的な自然対流は形成されず,水は「不良導体」として振舞う.このことは,次のような場面で問題となる.特に夏場,池や湖の水面近くの水は太陽に照らされて温度が上昇する.上部が熱くなっているので自然対流は形成されず,底のほうでは酸素が不足し,水環境の悪化を招く(図1).また,何らかの原因により原子力発電所の燃料が溶融し,炉容器の底にたまってしまったとする.仮にこのような事態になっても,溶融燃料の発熱により炉容器が破損することのないように,炉容器低部を水没させて容器を冷却することが考えられている(図2).この場合も上面加熱系となっているので,冷却水中に大局的な自然対流は形成されにくい.
これらの問題を解決するためには,0〜4℃の水がそうであるように,温度の上昇とともに密度もまた増加するような流体を作り出し,上面加熱系においても自然対流が誘起されるようにすればよい.本報では,形状記憶合金を利用した機能性粒子を液中に混入することにより,上面加熱系においても速やかな伝熱が行えるようにすることを目指して,当研究室で行われた研究の成果を紹介する[2,
3].
図1 池や湖での温度成層と水質悪化
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図2 原子炉過酷時故事における炉容器冷却
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2.機能性粒子の構造と逆熱対流の基本原理
上面加熱系で自然対流を引き起こすため,温度の上昇とともに密度の増加する粒子を液中に混入する.当研究室では,この粒子のことを「逆熱対流機能性粒子」と称している.粒子と呼ぶには現状ではまだサイズがやや大きいが,その構造を図3に示す.透明のポリカーボネート製円筒の側面にスリットを設け,その中にゴムベローズを配する.ベローズ内には空気が封入されており,その上端は形状記憶合金(Shape
Memory Alloy, SMA)でできたばねと連結している.眼鏡フレームやブラジャーにも使われているのでご存知の方も多いと思うが,SMAとは変形しても温度を上げれば最初に記憶させておいた形に戻るという性質をもつ合金で,Ni-Tiの組み合わせが最も一般的である.本研究で用いるSMAばねもNi-Ti合金製で,高温で伸びた状態となるように形状を記憶させてある.このため,図3に示すように,低温では空気圧によりベローズが伸び,高温ではSMAばねによりベローズが縮む.したがって,粒子は変態点よりも低温では密度が小さく,高温で密度が大きくなるという機能を有する.粒子の総重量と変態点を適当な値に設定することにより,冷水中では浮上し,温水中では沈降する粒子とすることができる.これを温度成層した水中に入れれば,上部の温水中では密度が増加して沈降し,下部の冷水中では密度が減少して浮上するので,粒子は水中を上下に往復運動する.このとき,周囲流体を随伴するので,上部が熱くなっているにもかかわらず水中に対流(逆熱対流)を生じさせることができる.
図3 逆熱対流機能性粒子の構造
3.逆熱対流の有効性確認試験
容器内の水の温度を一定とし,その上端を水温よりも高い温度に保持する.水中に対流がない場合,上端からの熱移動は熱伝導のみによって行われるため,熱が容器底部にまで伝わるのには長時間を要する.しかし,水中に前述の機能性粒子を混入すれば,対流(逆熱対流)が誘起され,より短時間で熱移動を行うことができるであろう.このことを実験的に実証するため,矩形容器内に満たした水の上面を加熱するとともに,水中に機能性粒子を混入し,伝熱性能の変化を調べた.実験に使用した容器の詳細と粒子を混入したときの様子を各々図4,5に示す.容器は幅および高さが450mm,奥行き250mmで,容器上端から約150mmの高さにヒーターが配されている.まず,ヒーター加熱により,ヒーターより上部の水温を約85℃,下部の水温を約8℃とする.その後,ヒーターを静かに引き抜いてから測定を開始した.まず,粒子を混入しない場合の水温の時間変化の様子を図6に示す.容器上部の水温が徐々に低下し,容器上端から180mm(ヒーターから30mm)での水温が徐々に上昇しているが,容器上端から210mmより下部では1,800秒を経過しても温度上昇はほとんど観測されない.これより,熱伝導による伝熱量は小さいことが確認できる.次に,変態点の異なる3タイプの粒子を各3個ずつ,計9個の粒子を混入させたときの温度変化の様子を図7に示す.各粒子タイプの変態点は33,
59, 70℃で,粒子の混入は静かに行った.図から明らかなように,混入された機能性粒子の上下運動により容器内の水が撹拌され,熱移動がより速やかに行われることがわかる.
4.おわりに
我々の研究室では,形状記憶合金を応用した逆熱対流機能性粒子を開発し,上面加熱系や温度成層場における熱移動の促進に有効であることを実験室レベルで確認した.今後,粒子の小型化および信頼性の向上により,その応用可能性を拡大できるものと期待している.また,この他の形状記憶合金の活用方策として,熱動力機関の開発なども併せて行っていることを付記しておく[4].
図4 試験容器の詳細
図5 機能性粒子混入時の様子
図6 容器内温度の時間変化(粒子混入なし)
図7 容器内温度の時間変化(粒子混入あり)
参考文献
[1] 竹内均,物理学はこうして創られた,ニュートンプレス (2002).
[2] 片岡勲・他5名,逆熱対流混相流,特願2000-69510.
[3] Kataoka, I., Yoshida, K., Development of inverse natural convective
fluid and its thermo-hydrodynamic characteristic, Experimental
Thermal and Fluid Science, Vol. 26, Issues 2-4, pp. 345-353 (2002).
[4] 中島誠治・他4名,熱動力機関および逆熱対流機能性粒子における形状記憶合金ばねの応用,日本機械学会関西学生会卒業研究発表講演会,No.
9-19 (2002).