流れ 2004年12月号 目次

― 特集:ナノ・マイクロスケールの熱流動 ―

1. 低圧燃焼場で生成するナノ粒子
  芝原 正彦,香月 正司(大阪大学)

2. DNAナノデバイス創製における流動ダイナミクス
  川野 聡恭(東北大学)

3. マイクロスケール熱流動センシング及び選択的コントロール
  佐藤 洋平(慶應義塾大学)

4. マイクロTASのためのマイクロ混合器
  鈴木 宏明(東京大学)

5. 表面張力を利用した二相流機器設計
  鹿園 直毅(東京大学)

6. ニューズレター12月号編集後記
  徳増 崇 (東北大学),深潟 康二 (東京大学),平元 理峰(北海道工業大学)


 


マイクロスケール熱流動センシング及び選択的コントロール


慶應義塾大学 
佐藤 洋平

1.はじめに

  流体力学においてマイクロ・ナノスケール現象を取り扱う際,無次元数の大小ばかりに注視する傾向があるが,ナビエ・ストークス方程式を眺めてみると実は興味深いことが浮かび上がってくる.通常,マイクロチャネル内緩衝液が電界を用いて駆動されることを考慮すると,方程式の左辺よりも右辺の方が支配的となり,バランスを失ったかのように見えるが,ここにマイクロ・ナノスケール流れの醍醐味が隠されていると常々感じている. Richard P. Feynman の「方程式を書いたからといって,流体の流れから魅力,あるいは不思議さ,あるいは驚異がなくなるものではない」 [1] という言葉も,正直申し上げると今ここにきて理解できるようになった.一方, Feynman は Plenty of Room at the Bottom [2] において,マイクロ・ナノスケール現象が秘めている無限の可能性を我々に教授している. AFM や SEM が全く適用できない緩衝液におけるナノスケール現象を解明しようと,ここ 1 年程悪戦苦闘してきたが,今になって, Feynman の云う Bottom の意味が判るようになった.確かに Plenty of Room が隠されている.この Room の扉を開く鍵は,ナノスケール流れでは「イオン」と「電気二重層」であることがようやく判ってきた.....

  まず最初に,現在まで携わってきたマイクロ・ナノスケール流れの研究に関して,エッセイ風にまとめてみたが,以下では,誌上発表を行ってきたセンシング及びコントロール技術開発の苦労話を中心に述べていきたい.詳細に関しては,論文を参照されたい.  


2. 新たなマイクロスケール速度計測法の提案 [3]

画像処理流速計 (PIV) は,マクロスケールからマイクロスケールに至る速度計測において,成功を治めてきた.マイクロチャネル流では,トレーサ粒子の粒径があまりにも小さいため,ブラウン運動の速度検出への影響が無視できなくなる.そこでマイクロ PIV では,ブラウン運動が時間的に偏りのないランダムな変動である性質に着目して,時間平均操作を施すことにより,正確な速度情報を得ることが可能となった.約 4 年程前,この分野に着手し始めたとき,電極をマイクロチャネルに挿入し定常な流れを作ろうとしたが,なかなか上手くいかず,マイクロ PIV を適用する流れ場自体を作ることができなかった.実はこれが, 図 1 に示す非定常マイクロチャネル流の速度計測を可能とする局所空間平均粒子追跡法 (SAT-PTV = Spatially Averaged Time-resolved Particle Tracking Velocimetry) が誕生した瞬間であった.ブラウン運動は空間的にも偏りのないランダムな変動であるので, PIV の探索窓内の粒子ベクトルに空間平均操作を施すことにより,時系列速度計測を可能としている.

  SAT-PTV が威力を発揮するのは,蛍光顕微鏡に共焦点スキャナユニットを装着した際の極薄計測面における速度計測であることが,今年になり判明した.近い将来,マイクロ PIV ,そして SAT-PTV に継ぐ,新たな速度計測法を公表する予定である.


図1 ムービー  WMV形式: [1.1MB] (※注) 


3. マイクロスケール温度計測法 [4]

 
SAT-PTV のアイデアが浮かんだ頃,レーザ誘起蛍光法 (LIF) をマイクロ PIV と組み合わせ,マイクロチャネルにおける熱流体センシングに挑もうとしていた. Rhodamine B を混入すると,緩衝液が白濁したり,蛍光粒子が光らなくなったり,と種々の問題が浮上した.まだ電気化学に関して無知だった故の失敗であったが,この経験があったからこそ, 図 2 に示す温度計測法の開発に成功できたのだと思う.マイクロチャネル流が Hele-Shaw 流れであることと温度分解能を考慮し,壁面に塗布した温度依存性蛍光色素の蛍光強度から, 図 2 に示すような 2 次元時系列温度分布計測が可能となった.マクロスケール熱流体計測とは異なり,マイクロスケールにおいては電気化学を必ず考慮しなければならないこともこの研究を通じて認識することができた.トレーサ粒子として用いる蛍光粒子表面には官能基があり,緩衝液中での電気的性質を決定づけている.仮に Rhodamine B を混入した際,蛍光粒子の官能基との化学反応により,予期せぬ結果を招く恐れがある.


図2 ムービー  WMV形式: [2MB] (※注) 


4.界面動電現象を用いたサブミクロン粒子分離技術 [5]


  この分野における実験は失敗の連続である.しかし,ある時に想像もしなかった現象を目の当たりにすることがある.その一例が 図 3 に示すサブミクロン粒子分離技術である.緩衝液の導電率勾配と電気浸透流,そして粒子の電気泳動を巧みに利用することにより, 図 3 に示すようにある領域に粒子を分離することが可能となった.実は,一連の実験が失敗に終わり,諦めかけていたまさにその時に,再現性のある現象が確認されたのが,本分離技術誕生の瞬間であった.ここに至るまでの約 2 年間,失敗の連続の中から,無意識のうちに電気化学を始めとする知識が急速に増えてきたことも幸いしていたのだろう.画像を見た瞬間に,どのような物理現象であるかが,頭の中に描けるようになっていた.




図3 ムービー  WMV形式: [1.4MB] (※注)  


5.ナノスケールへの挑戦


  本年度,エバネッセント光による電気二重層時空間構造解明に関する研究成果を発表したが [6] ,固体表面に形成されるイオン層とは一体どのようなものなのだろうか ? 電気二重層厚さ,即ち, Debye 長は数十 nm 程度と云われている.従来の理論を検証することが果たして出来るのだろうか ? 本原稿執筆時点では,近い将来に向けて,幅 1 ミクロン以下のマイクロチャネルの製作に取り掛かり,実験の準備を行っている段階である.新たな理論の構築も視野に入れて,邁進したいと思う.


文 献


[1] ファインマン・他2名, ファインマン物理学IV, (岩波書店, 1990), 328.
[2] http://www.its.caltech.edu/~feynman/plenty.html.
[3] Sato, Y., et al., Experiments in Fluids, 35(2003), 167-177.
[4] Sato, Y., et al., Measurement Science and Technology, 14(2003), 114-121.
[5] Devasenathipathy, S, et al., Micro TAS 2003, 2(2003), 845-848.
[6] Kazoe, Y. & Sato, Y., 12th Int. Symp. on Appl. of Laser Tech. Fluid Mech. (2004), CD-ROM.