スキージャンプ飛行の最適化
山形大学教育学部 瀬尾
和哉
1.スポーツと流れ?
サッカーのバナナシュート,ヨットレース,槍投げ,スキージャンプ等,スポーツの面白さは流体力学に依るものが数多くある.これまでのバイオメカニクス的な研究によって,一流選手のスポーツスキルは明らかになったが,これらのスキルは選手やコーチの経験にもとづいているため,同じ競技で同じ目標を目指しているにもかかわらず,様々な方法がある.選手やコーチは試行錯誤を繰り返しているのが現状である.このような局面を打開し,さらなる競技力の向上,或いは新たなスポーツスキル・素材を開発するためには,確固とした基礎学理に基づいた定量的な現象の解明が必要不可欠である.
最近,スポーツ先進国では,ナショナルトレーニングセンター,と呼ばれるスポーツ専門の研究所が続々と開所されている.中でも1981年に設立されたオーストラリアのAIS(The
Australian Institute of Sport=オーストラリアスポーツ研究所)は有名で,特に水泳の研究が盛んである.イアン・ソープ選手の成功は記憶に新しい.日本でも2000年10月に国立スポーツ科学センター(東京都北区)が開所された.国立スポーツ科学センターには馬が乗れるほど大きなトレッドミル(ルームランナー)や上下左右に風景を映し出すことが出来るバーチャルラボ,数多くのフォースプレートが埋め込まれた室内陸上競技場や屋内プールがあり,一日中見学しても飽きることはない.主にバイオメカニクスを専門とする研究者が臨床的な研究を行っている.同センターの機能を補うスポーツ流体力学の研究機関として,我々は2002年4月にスポーツ流体力学研究所(山形大学バーチャル研究所)を設立した.研究所の目標はスポーツに関わる流れの流体力学的解明とそれらを能動的に応用した新たなスポーツスキルの開発である.私見ではあるが,流体力学を背景とする研究者はなぜかスポーツ好きである.好きこそ物の上手なれ,スポーツ流体力学は今後伸びる可能性を秘めた分野である.以下では,研究例として,スキージャンプの飛行局面に関する研究を紹介する.
2.スキージャンプ飛行の研究
故谷一郎教授以来,日本にはスキージャンプに関する科学的研究の伝統がある.1950年代当時,ベルグマン(ノルウェー)やヒバリーネン(フィンランド)らは両腕を腰の横,或いは腰のやや前方に固定するスタイル,いわゆるフィンランドスタイルで飛行しはじめていた.一方,1960年のスコーバレー五輪では,旧東ドイツのレックナーゲルが水泳のスタートで飛び込む時のように両腕を頭の横に固定するスタイル(レックナーゲルスタイル)で金メダルを獲得した.この後,フィンランドスタイルとレックナーゲルスタイルの混在する時代となるが,1964年のインスブルック五輪,1968年のグルノーブル五輪でフィンランドスタイルの選手が続けて金メダルを獲得するにおよび,次第にフィンランドスタイルに収束していった.1951年,故谷一郎教授らは,1/5模型による風洞実験を行い,フィンランドスタイルの方がレックナーゲルスタイルよりも空気力学的にやや有利であることを既に明らかにしていた.しかしながら,当時,この結果は現場の専門家の関心をひきつけるものではなかったそうである.佐藤浩先生(ながれ研究集団)によれば,「実験室ではそのような結果になったかもしれないが,実際の競技では異なる.」と言われていたとのことである.日本のスキージャンプに関する科学的研究はこの後も脈々と受け継がれ,現在でも全日本スキー連盟の科学委員会により行われている.我々も飛距離最長を達成するためには,テイクオフからランディングまでの間,時々刻々どのように姿勢制御したらよいのか?を命題として研究を行っている.
3.スキージャンプ飛行の最適化
本研究は大きく分けて2つの部分からなる.1つは風洞実験による空気力の測定,もう1つは最適化である.
3−1.風洞実験
風洞実験では,マネキンをステンレス等の支柱で補強した実物大模型と東大先端研の低速風洞を使用した.実物大模型の身長は176cm,スキー板の長さは252cm,また風洞の吹出し口は円形で,直径3mである.その模型には図1に示すように競技用のジャンプスーツ,ヘルメット,ゴーグル,グローブ,ブーツ,スキー板を装着させ,実験を行った.これまでにスキージャンプのフライト局面を模擬した風洞実験を行い,縦三分力(抗力,揚力,ピッチングモーメント)をデータベース化した.また,地面板を用いた実験も行い,スキージャンプにおける地面効果の有効性を確認した.
(図1)
3−2.最適化
最適化の目的は着地時間において水平飛距離を最大にすることである.最適化問題では,運動方程式,ピッチングモーメント方程式,飛行軌跡の式を拘束条件として,水平飛距離を最大にするようなV字スキー開き角を時間の関数として求めることになる.図2の動画はV字開き角の最適制御例である.札幌の大倉山ジャンプ台を想定し,ジャンパーの初速度は,水平から11°下方の勾配を持つカンテ(ジャンプ台の端,踏み切る場所)に対して,3.6°上方(水平から7.4°下方)に向かって27.5m/sとした.この場合の飛距離は約144mであった.原田選手が持つ大倉山ジャンプ台のバッケンレコードは141mである.実際の飛行時間は約5秒だが,動画では時間を3倍に引き伸ばした.はじめに斜め後方から,次に真下から,最後に正面の目線から見ている.飛距離を増加させるためには,前半から後半にかけて,V字開き角を大きしていく姿勢制御が必要である.この結果はマリッシュ選手のそれと定性的に一致していた.
(図2)
この動画をみるにはQuickTimeのプラグインが必要です.
http://www.apple.co.jp/quicktime/download/
4.今後の展開
現在,スポーツ流体力学研究所では,スキージャンプに加えて,槍投げ,サッカー,ラグビー,と守備範囲を広げつつある.スポーツ流体力学に関する不思議な現象,社会的要請の高いテーマ等,様々なアイディア・助言を頂ければ幸いである. seo@e.yamagata-u.ac.jp
TOP