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【研究室紹介】東京大学 保坂寛
東京大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻
環境情報マイクロシステム学分野の紹介
http://www.ems.k.u-tokyo.ac.jp
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 人間環境学専攻 教授 保坂 寛 |
1.研究室の概要
筆者らの研究室では,情報通信,センシング,メカトロニクスを基盤技術として,携帯情報機器を用いた環境情報ネットワークの構築を進めている.センサ,プロセッサ,RF回路,電源で構成され,自然界の情報をネットワークに取り込む最小機能を持った端末をネイチャーインタフェイサと呼び,デバイスを極限まで小型化するとともに,入力情報を多様化して,あらゆる自然,人間,人工物にこの端末を装着することを狙っている.本研究は,1996年に板生清教授(現名誉教授,東京理科大学教授)が当研究室を設立した当初から行っているもので,現在世界中で研究が盛んなセンサネットワークの草分けとも呼べるものである.また表記の「分野」は通常の講座あるいは研究室に相当するもので,東京大学新領域創成科学研究科において,研究室等の公式名称として用いられている.
現在,当分野に所属する教員は,保坂寛(機械振動,携帯情報機器),佐々木健教授(センサ信号処理,メカトロニクス),森田剛准教授(強誘電体材料,超音波デバイス),川原靖弘特任助教(位置探査システム),杉本千佳特任助教(対人事故予防およびオンデマンドバスシステム)の5人である.研究室内は5つのグループに分かれ,部品・材料からシステム・サービスまでを扱っている.それらは,@新しいセンサ・アクチュエータを開発する強誘電体応用デバイスグループ,Aモバイル機器のための超小型発電機を研究する振動発電グループ,B人間情報センシングのための人体等価回路や力覚制御を研究するヒューマンインタフェイスグループ,Cセンサ情報による行動支援ソフトウェアを研究する行動認識グループ,Dセンサネットワークを使ったサービスを展開する移動体センシンググループである.本稿では以上のうち,移動体センシング,行動認識,振動発電グループの研究成果を紹介する.他のテーマについては,研究室のホームページをご覧頂きたい.
2.PHSによる物流探査システム
物流特に荷役機器(パレット,コンテナ,貴重品保管ケースなど)における紛失防止,到着時刻通知,不正アクセス防止などを目的に,PHSを用いた位置探査システムを開発している.全体構成を図1に示す.複数の基地局が発信する電波の電界強度を専用のPHS端末で計測し,計測結果をセンターに送り,基地局位置と電界強度の関係から端末位置を計算する.誤差100m前後(50-300m程度)で計測できる.また,端末発信電界を人が持つ指向性アンテナで受信することにより,誤差ゼロの計測もできる.本システムは,GPSやRFIDによるシステムと比べ,屋内外を問わずシームレスの計測が可能で,初期コストも掛からないという利点がある.さらに,電池寿命1年で屋外使用にも耐える端末,加速度計により移動の有無を判定し,移動時のみ位置計測を行う省電力制御,不正開閉の検知方法も開発している.
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図2 端末発信電界を計測する指向性受信機 |
PHSによる位置計測は1990年代から利用されているが,本システムでは用途を物流に特化し,物流の特徴を使うことで精度を上げている.基地局電界による計測では,電界強度と距離が反比例にあることを利用し,さらに近傍の基地局電界ほど理論値からの誤差が少ないことをを考慮して,電界強度に距離に応じた重みを付けた最小2乗法を開発している.PHSは,中国,台湾,タイなどでも利用されており,複数の海外地点で実験し,日本と同程度の精度を確認している.
精度をさらに上げるため,誤差学習による位置補正法も研究している.物流では配送記録により,配送後に真の位置が分かることが多い.これとPHS端末受信電界との対応をとり,主要な物流拠点における電界強度を記録し,記録電界と現在の電界との照合により正確な位置を求める方法を開発している.電界強度のばらつきを統計的に処理することで,最小2乗法による場合に比べ,誤差を1/3程度に低減できる見込みを得ている.
端末発信電界による計測法では,基地局電界による方法で求めた概略位置に,コーナーリフレクタなどの指向性アンテナ(図2)をもった人が移動し,そこで端末発信電界最大の方向を求め,電界の強い方へ人が移動することで端末位置に達する.人手が掛かるが,実際の物流現場では,通常は100m程度の精度で十分で,異常時のみ高精度の計測や製品の回収が必要となることが多い.配送の異常は稀にしか起こらないため,その際に時間が掛かっても実効上問題ない.開発したシステムでは,基地局電界による自動計測(過去データによる補正を行わない場合)の誤差より広い範囲(数百m)で端末電界を受信可能であり,原理的には,PHS利用地域であれば,国内外を問わず誤差ゼロでの位置計測が可能となっている.また誤差データが収集された地域では,数十mで自動計測でき,人手による探査時間が短縮される.以上のうち,国内計測については共同研究企業(ユーピーアール株式会社)により事業化している.
3.ウェアラブルセンサによる行動認識の研究
図3 行動認識システム |
図4 足圧計測シューズ |
図5 行動の記録例 |
人体に種々のセンサを装着し,人の行動を計測し,欲しい情報を自動的に提供するシステムを研究している.図3に全体構成を示す.腕時計に内蔵した加速度計・ジャイロ,メガネに内蔵した骨伝導マイク・外部マイク,靴に内蔵した圧力センサ,ブルートゥース内蔵携帯電話,照度計などにより,歩行,走行,屋内位置,食事,会話,着席などを計測する.各センサは,ブルートゥースまたは専用無線によりPCにデータを送るようになっている.図4にそこで使われる足圧計測シューズを示す.7つの圧力センサを中敷に装着してあり,圧力の時間波形を送信する.
大学院生の1日の行動を睡眠,PC,読書,入浴,外出の5つに分け,78日分記録した例を図5に示す.このデータを使うと,現在の行動から次の行動を予測できる.種々の方法があり,直前の一連の行動と一致する過去データを拾い出し,それらの次に発生する行動を調べる方法,現在の行動と行動・時刻・起床後時間が一致する過去の行動を拾い出し,次の行動を調べる方法などがある.いずれも60-80%の精度で予測可能である.
本システムの応用としては,行動予測に基づく情報提供がある.例えば,外出が予想されれば天気予報を,食事が予想されればレストラン情報をWEBで検索して表示する.その他,造船・建設など非定形な作業現場における作業員への移動指示や,クレーン操作における周囲への安全指示なども想定している.なお本テーマは,オリンパス株式会社未来創造研究所との共同研究である.
4.ジャイロ型発電機
移動体に情報機器やセンサを装着する場合,電源の確保が問題となる.その解決のため,移動体のもつ振動を電力に変換する振動発電機を開発している.この種の発電機では,腕時計に内蔵された回転錘型が1980年代から使用されている.しかし発電量は10μW程度と小さく,PHS(通話時100mW程度)などの駆動には使用できない.従来の発電機の出力が小さい原因は,振動するおもりが小さく,かつ日常の人体運動などでは加速度が小さいため,両者の積で決まる入力振動のなす仕事が小さいためである.この解決には,微小な振動によっておもりを高速に運動させることが有効である.当研究室では,回転体の歳差運動を用いるジャイロ型発電機を開発している.図6に発電機の構成を示す.y軸回りにωyで自転するロータがあり,その軸は上下のトラックにより支えられている.トラックの間隔はロータ軸の直径よりわずかに大きく,ロータ軸はトラックの円周方向(z軸回り)に自由に回転できるようになっている.トラックをx軸回りにωxで回転振動させると,角運動量の法則により,ロータはz軸回りの歳差運動ωzを始める.するとロータ軸にはトラックから摩擦力が加わる.トラック間には隙間があるので,ロータ軸は片方のトラック面だけと接触する.摩擦力は,軸の右端と左端で逆方向に働き,共にロータの自転を増大するトルクを発生する.この結果,ロータの自転速度が増大する.この回転原理は,ダイナビーと呼ばれる運動器具に利用されている.
図7は図6をy軸方向から見た図であり,電磁誘導の原理を示している.本発電機ではロータ軸の方向が変わるため,コイルをロータと直交して配置している.ロータの回転によりコイルを貫く磁束が変化し,コイルに誘導電圧が発生する.回転数が同一であれば,永久磁石が多いほど発電量が増大する.6個の場合のロータを図8に示す.直径は60mmである.2.5Hzの入力振動に対して,1.2Wの発電出力が得られている.
図6 ジャイロ型発電機の構造
図7 ジャイロ型発電機における磁界分布 |
図8 試作した発電機のロータ |
本発電機の最適設計の指針を得るため,ロータの運動解析を行っている.ロータは複雑な3次元回転をするため,非慣性系における剛体の運動方程式であるオイラー方程式を用いる.それによると,定常運動が発生するためには,
なる関係が必要なことが導かれる.ここで,Ipはロータの慣性能率,θは入力振動の振幅,ωは周波数,ξはトラックとロータ軸の直径比である.またσはロータの回転に対する減衰係数であり,電磁ダンピングと機械的損失の和である.すなわち,安定回転するσには上限がありそれは入力の振動数と振幅に比例する.一方入力振動が同一の場合発電機の出力は電磁ダンピングに比例するのでσが大きいほどよく,これらから,σが安定限界と一致するように電磁ダンピング(コイル巻数など)を設定すれば発電量が最大となる.種々のコイルの外部抵抗に対して入力振幅を変化させ,安定限界におけるσを理論と実験により求めた結果を図9に示す.両者はよく一致している.
図9 ジャイロ型発電機の安定限界における減衰係数
人間や物流など,移動体の振動は一定ではない.このため,発電量を最大化するには,電磁ダンピングを入力振動に応じて変化させる必要がある.現在,歳差運動の位相角から安定余裕を求め,コイル巻数を変化させて電磁ダンピングを動的に適合させる方法を研究している.
5.おわりに
センサーネットワークは,デバイス分野ではMEMSの研究が盛んである.一方で,より事業化を指向した研究では,上記の物流探査や,独居老人の見守り(東大・森武俊准教授ら),乗用車の運転状態の監視(農工大・永井正夫教授ら)などがあり,これらは従来の情報・精密機器の応用である.計測,信号処理,運動制御など,IIP部門関係者の多くに身近な研究課題が含まれている.本稿が今後の研究のご参考になれば幸いである.