Home > ニュースレター バックナンバー > 31号 目次 > 技術紹介
技術紹介 「マイクロ熱アクチュエータによる磁気ヘッドスライダ浮上量の制御技術」
栗田昌幸(日立)
1. はじめに磁気ディスク装置(HDD)を大容量化するためには,磁気ヘッドと磁気ディスク間の距離を低減してゆくたゆまぬ努力が必要である.しかし,磁気ヘッドスライダがディスクと接触しないことを前提に設計すると,浮上量の個体差,気圧・温度などの環境変化,ならびに記録/再生差などの使用条件に起因する浮上量変動を考慮して,数nmの浮上マージンを確保せざるを得ない.この浮上マージンが,更なる浮上量低減を阻む最大の要因となっていた.本稿ではその解決策として開発された,ヘッドに浮上量調整用のマイクロアクチュエータを組み込み,浮上設計的には十分なマージンを確保しつつ,必要な時のみアクチュエータに通電し,浮上量を下げて記録再生を行う技術について紹介する.
2. マイクロ熱アクチュエータオンデマンドで浮上量を下げて記録再生を行うマイクロアクチュエータとしては,バルク圧電式[1-2],薄膜圧電式[3-4],静電式[5],熱式[6]が報告されており,それぞれ低消費電力,高速応答性,量産性などの長所がある.筆者らは,それらの長所を併せ持ち,更なる量産性,低コスト性を備えたアクチュエータの開発を目指した.
近年,磁気ヘッドの記録再生素子部が,記録電流によるジュール熱等に起因する局所的な熱膨張で,ナノメートルオーダの突出を起こすというThermal Protrusion現象が顕在化し,ヘッドディスクインタフェースにおける信頼性課題として実験的,解析的に研究されている[7-8].著者らは,このThermal Protrusionに着目し逆手に取ったマイクロ熱アクチュエータを開発した[9-11].マイクロ熱アクチュエータによる浮上量調整(TFC: Thermal Flying-height Control)の概念を図1に示す.
Fig. 1 Concept of TFC (thermal flying-height control)
Fig. 2 Simulation for prototype TFC slider
Fig. 3 Wafer image of magnetic head slider including resistive thin film heater (thermal actuator)
著者らは,まず伝熱・変形シミュレーション(図2)によって熱アクチュエータを設計し,実際に熱アクチュエータを搭載したスライダを試作・評価した.図3に写真を示した本アクチュエータ形成方法は,ウエハ単位で行われている薄膜ヘッド形成プロセスの一部に組み込めるものであり,従来提案されてきたアクチュエータと比較して,コストが低く歩留まりの高いことが最大の特長である.図4に示したようにアクチュエータのストロークは50 mWの投入電力あたり2 nmから4 nmであり,現実的な消費電力で浮上量変動を補償することができる.また,アクチュエータの応答性は,時定数(フルストロークの約7割の変位に達する時間)が0.2から0.4 msであり,ヘッドチェンジやシークの間に通電開始すれば実際の記録再生に十分間に合う応答性である.
図5は,試作スライダをドライブに実装し,読取エラー率を測定した結果である.アクチュエータへの供給電力を増やすと浮上量が下がり,ヘッドと媒体間の距離が近づくことによって,エラーが減ることがわかる.
これらの試作・評価結果を元に更に開発が進められ,製品に適用開始された[12].
4. まとめ磁気ヘッド内部に搭載されたマイクロ熱アクチュエータを用いて浮上量を微調整できるTFC (Thermal Flying-height Control) スライダと,ドライブへの実装技術を開発し,製品に適用した.当技術は今後の磁気ディスク装置の大容量化,信頼性向上,および歩留まり向上に貢献してゆく.
Fig. 4 Actuator characteristics of fabricated prototype
Fig. 5 Improvement in read/write performance of prototype hard disk drive with built-in thermal actuator
[1] C. E. Yeach-Scranton et al., IEEE Trans. Magn., Vol. 26, No.5 (1990), 2478.
[2] M. Kurita et al., IEEE Trans. Magn., Vol.39, No.5 (2003), 2480.
[3] N. Tagawa et al., IEEE Trans. Magn., Vol.39, No.2 (2003), 926.
[4] K. Suzuki et al., JSME Int. J., Series B, No.47-3, (2004), 453.
[5] W. A. Bonin et al., US Patent Application, (2002), 0097517.
[6] P. Machtle et al., Proc. MEMS 2001, (2001), 196.
[7] J. Xu et al., IEEE Trans. Magn., Vol.40, No.4 (2004), 3142.
[8] M. Kurita et al., IEEE Trans. Magn., Vol.41, No.10 (2005), 3007.
[9] 栗田昌幸 他, 機論(C編), 72巻, 713号 (2006), 267.
[10] 白松利也 他, 機論(C編), 72巻, 718号 (2006), 1936.
[11] 栗田昌幸 他, トライボロジスト, 51巻, 5号 (2006), 406.
[12] Thermal Fly-height Control (TFC) Technology in Hitachi Hard Disk Drives, 日立グローバルストレージテクノロジーズ社ウェブサイト, White paper.