技術タイムマシン

平倉浩治((株)リコー研究開発本部基盤技術研究所 技師長/所長

  写真の歴史はフランスの画家であり興行師であったダゲールによる1837年の銀板写真術まで遡る。電子写真は米国でカールソンにより1938年に発明され、銀塩写真に比べて丁度100年若い技術ではあるが、20世紀戦後のオフィスの文化自体を変革するほどの影響力をもち得た重要な技術であり、文書業務を支配するに至った。

  1970年代にはカールソンプロセス(下図左端赤矢印のプロセス)に替わる理想的プロセスが存在する筈だという信念を持つ、若く勇気ある技術者達が下図の黒矢印で示す様々なプロセスにチャレンジしてきた。

  1980年代後半になりデジタル技術の革新でドキュメントの電子化が進み、写真を含む画像の高速一次元処理が可能となった。他の情報機器と同様に電子写真はデジタル化に向かうが、元々デジタルな記録技術であるインクジェットも急速な技術革新が見られ、パーソナル分野やハイエンドの帳票テキストプリント分野では現在電子写真と双璧をなすまでになっている。インクジェットのプロセスは下図の青矢印で示す。インクジェットがインクと紙の界面化学に基づく相互作用が強く画質や性能が紙に大きく依存するのに比べて、電子写真は本質的に物理プロセスの写真であり概して画質や性能の紙依存性は小さいのが特徴である。

  電子写真の特徴と課題は感光体と現像など主要サブシステムが繰り返し長期間使われるところから出てくる。また電子写真に用いられるトナーの比電荷q/mは電子やイオンに比べて13〜10桁低く、摩擦によって電荷発生させているところが特徴的である。電子部品と異なり封止されず大気中に開放されて使われるので温湿度など環境の影響を直接受ける。この事は電子写真感光体にも同じように言える。電子写真技術の本質的課題はここに起因している。

  1990年代半ばに起きたパソコンによるオフィスのデジタル化、ネットワーク化に伴い電子写真は複写中心の応用から、プリンタ応用への比率が高まり、組織の部課レベルなどワーク・グループ単位で便利に使われるデジタル複合機としての地位を確立した。この20年は、元々電子写真に内在していた階調性、粒状性、色再現などの問題も、アナログからデジタルへの変換の中でその制御能力を持つに至り、トナーの小粒径化とコート紙の採用なども加わり、カラーページプリントはオフセット印刷に近いレベルになり、カラー写真も銀塩と比較できるレベルまで達した。下図のアナログとデジタルの電子写真コピーサンプルからこの事が容易に理解できる。

  オフィス・プリント分野においては今後も電子写真の地位は不動のものと予測されるが、理に適った技術の採用と効率的な開発・設計によるモノクロからカラーへの戦略的な移行がこの分野の事業の成否を決めるであろう。この分野は環境側面も重要な成功要因の部分を占めると言われ、省エネ、省資源、リサイクル、両面プリント性などが求められよう。急速に経済発展しているBRICsあたりでは低品質の紙が使われるだろうがこのような低質紙への両面プリント対応力を高めれば、インクジェットに対して大きな優位性が出せよう。

  上図は1990年から10年間のタンデム・カラープリンターの技術進歩を示すものであるが小型・高性能化はなされたものの基本プロセスが同じであるため類似の課題を抱えている。情報通信技術が過去10年で3桁の性能向上を遂げたことに比べてさほどではない。

  低コスト,環境対応,一様性、高信頼,フレキシブル性の高い、更なる電子写真技術の革新が望まれている。

Last Modified at 2006/2/20