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1インチハードディスクドライブ

青柳充彦,黒木賢二
          日本IBM株式会社
   ストレジ製品開発

1. まえがき

  1インチサイズのハードディスクドライブ ”マイクロドライブ ”の開発の経緯とそのテクノロジを解説しその可能性について述べたい.

2. マイクロドライブを可能にしたテクノロジー

  昨今の経済状況や激化する製品開発競争を考慮すると全く新しいマーケットを開拓する時に大きなリスクを持つことはよほどのベンチャー企業でない限りビジネス的に承認を得る事は非常に難しい.マイクロドライブの開発も同様であり,大原則は現在3.5インチや2.5インチHDDで使われているテクノロジーを最大限に利用し,新規の投資を最小限に押さえると言う事であった.

  従ってマイクロドライブで用いられているアーキテクチャ,LSI,GMRヘッド,ディスク,機械部品などは極力2.5インチHDDと同じにした.とはいえ,コンパクトフラッシュのフォームファクターにHDDを作りこむためには基本設計から変更しなければならない点が少なくない.また,駆動部設計においては ”摩擦に打ち勝って動かす”ことを重視しなけれはならない.以下要素技術の数点を紹介する.

2.1 スピンドルモーター

  1997年に最初のプロトタイプを作るプロジェクトが開始された.スピンドルモーターとベアリングシステムの設計が第一ステップだった.フォトリソグラフィーを用いたマイクロモーターの研究が既に広く行われており,トルクや寿命も改良されていた.しかし,対衝撃性,寿命,摩擦,ランナウトなどの条件を十分に満たせる軸受けが現在用いられているボールベアリング以外にないため,これが採用された.この場合,摩擦力は,サイズが小さくなっても駆動力ほど急激には小さくならないので,駆動力におとるマイクロモーターは採用できず,やはり既存の巻き線コイルを使わざるをえなかった.ユニークな点は,ローターをステイターの内径に配置するインナーローターデザインを採用していることで,カード面積の確保,低消費電力,耐衝撃性さらに起動時間等を改善している.

2.2 アクチュエーター

  アクチュエーターについてもコイルをフォトリソグラフィーを用いて形成したコイルインテグレ−トサスペンションからスタートしたが,ロードアンロードに必要なトルクを得るために巻き線コイルを採用した.コイルはインジェクションモールドでコイルサポートとともに一体成形される.液晶ポリマのコイルサポートにはコイルを包むだけでなくHGAを精度良くスタックし,またFPC取りつけが差し込むだけで容易におこなえる工夫が施されている.

  サスペンションは2.5インチHDDですでに実用化している先端のインテグレ−トリードサスペンションを採用している.前述した様に限られたリソース,投資を考え2.5インチのサスペンションの設計を有効利用し,必要最小限の変更にとどめた.

2.3 ロードアンロード

  ロードアンロードの対極にコンタクトスタートストップがあるが,後者はスティクションに備えるためにモーター軸損の数倍ものスピンドル起動トルクを確保しなくてはならず,実装面で実現不可能である.前者の場合,ランプをのぼるためのアクチュエータートルクが単にシークタイムスペック15msを達成するために必要なトルクより大きくなってしまうが,こちらは十分に実現可能な範囲である.また記録密度の面からも平滑なディスクの使えるロードアンロードが有利であり1インチHDDでも採用された.

  アンロードは通常,電源から供給される電流をVCMコイルに与えることで行なわれるが,電源遮断時には電流供給源を他に求めなくてはならない.2.5インチHDDでは,スピンドルモーターの逆起電力を整流してVCMに供与しているが,1インチではこれが不十分である.そこでカード上に大容量セラミックコンデンサーを実装し,ここにチャージポンプ回路により昇圧された電荷を蓄積し電源OFF時にVCMへ放電する機構をもたせている.

2.4 イナーシャラッチ

  ロードアンロードHDDにおいては,衝撃によるヘッドのディスク上への落下の危険がありこれを防止するのがイナーシャラッチである.写真にあるようにアクチュエータをロックするフックのついた小部品と衝撃時にこれを回転させるレバーで構成される.通常フックは磁気的にアンロック状態が保持される.衝撃時には,レバーの回転運動によって,アクチュエータがランプから滑り落ちる前にフックが押されロックがかかる.ところがスケーリングから2.5インチHDDの設計を単に縮小するだけでは,フックを回転させるトルクはサイズの5乗に比例して小さくなってしまう.そこで1インチでは密度の高いブラスをプレスで成形する新製法を採用し厚みをもたせ,ラッチに必要なイナーシャを得ている.

2.5 耐環境設計

  2.5インチHDDと同様にサブマイクロインチの低浮上におけるヘッドディスク界面の信頼性をマイクロドライブでも確保するためシール方法や材料選定で工夫をした.特にブリーザーフィルタを薄膜積層タイプとし,HDD内外のアウトガスやHDD内湿度コントロールの改善を図りながらコンパクトな実装を可能とした.

2.6  インターフェイス

  電気回路設計の開発を開始するにあたり最初に問題となったのはインターフェースである.当時既に切手サイズメモリーカードとしてはコンパクトフラッシュ,スマートメディア,ミニチュアカードなどが市場に出ており,マイクロドライブとしてどの様に参入して行くかは重要な問題であった.

  約1年をかけてメモリーカードを使っているメーカーの方を初めとして様々な方面の方からのご指導やご意見を頂き,独自のインターフェースを開発して行く事ではほぼマーケットで受け入れられない事が判った.既存のインターフェースでサイズ的にマイクロドライブが可能なものは限られており,コンパクトフラッシュを採用する事に決めた.

  それでも高さ方向が既存の3.3ミリでHDDを構成するのは困難であったので新たにタイプ2として5ミリ厚のフォームファクタを業界標準として確立させた.

  同時に,今まではメモリしかサポートしていなかったコンパクトフラッシュに,モデムやネットワークカードなど様々なI/Oカードのための新たな仕様を追加し,CF+(コンパクトフラッシュ プラス)として標準化した.

2.7  回路実装技術

  最大のチャレンジの一つは回路実装であった.基板面積が2.5インチの場合は約60cm2あるのに対してマイクロドライブの場合は約10cm2しかない.この面積の小ささに加えてさらに高さ方向の制限もあり最後まで苦労をさせられた.

  実装技術としてはSLC(Surface laminar Circuit)とDCA (Direct Chip Attachment)が用いられた.

  このSLCテクノロジーを用いる事により,90マイクロメータのビア,そして50マイクロメータの配線が可能になる. 当社野洲事業所のこのテクノロジーがなければマイクロドライブは実現できなかったと言っても過言ではない.

3.  マーケットと応用

  様々なリムーバブル記憶デバイスが提案され,実際に使用されている.今回の340MBマイクロドライブが対象にしているマーケットは,デジタルカメラ,MPEGをベースとしたデジタルビデオ,パーソナルコンピュータ用のリムーバブルメディアが主であろうと考えている.

4.  今後の展望と課題

  既に第2世代マイクロドライブの開発が始まっている.第一世代から学んだ事をベースに,容量を上げると共に

  • 消費電力の低減
  • 耐衝撃性の改善
  • 動作環境の改善

の3点を重点的に進めたい.

  磁気記録密度の伸びが年率60%と言うペースでこのまま進めばマイクロドライブのサイズで1ギガバイトを達成するのにもそれほど時間はかからないだろう.1GBあるとMPEG−2で約30分の録画が再生でき,またウエアラブルPCなどでもブートディスクとして十分使用可能となり,今回発売を開始した第一世代の340MBマイクロドライブよりさらに応用範囲が広がると期待される.

Last Modified at 2000/6/13