開催の狙い
ICタグは工場内での生産効率化,小売店での流通・在庫管理,さらに食の安全や使用済み製品のトレーサビリティ向上などを目的に,あらゆる場面で利用されるようになってきました.また普及進展にともない,デバイスもメモリが大容量化され,新たなセンサ機能が付与されるなど高度化しています.本講習会は,ICタグの仕組みや標準化の動向などを理解し,医薬品,航空機,家電分野など多岐に渡る事例を通じて導入のメリットを感じていただけるよう企画されました.
当日の概要
この講習会は,午前10時から夕方5時までの1日コースで,2009年11月11日(水)に東京大学11号館講堂で行われました.午前中はRFIDに関する基礎編として,RFIDの仕組み,市場動向,国際標準化の動向などを解説いただき,午後には具体的な導入事例や新たなICタグの可能性,開発動向などについて解説いただきました.午前中の講師を務めていただいた柴田氏には自動認識について非常に詳細な説明をしていただいたのですが,その分専門以外の聴講者には少々難しい内容だったかもしれません.ただ,午後のRFIDを用いた具体的な応用事例や新たなデバイスについて解説いただいた講師の先生方も,導入に際して困難であった部分の解説をいただく際に,従来のICタグの能力や欠点などを逐次解説していただいたので,結果として初心者にもわかりやすい講習会になったと思います.
近年ではRFIDについても展示会等で無料のセミナーが主催されていますが,聴講者には専門家向けではない「基礎から学べる講習会」の意義を感じていただけたのではないかと思います.以下,各講演の概要をお伝えします.これが皆様の次回以降の講習会参加へのきっかけになれば幸いです.
ご講演の概要
1. RFIDの基礎と最新動向
(社)日本自動認識システム協会 研究開発センター長 柴田 彰
RFIDの基礎および市場動向とそれに対応した国際標準化の動向を解説していただきました.非常に印象的だったのは,“RFIDを導入すれば生産効率が向上する”といった過度な期待への苦言でした.例えばバーコードをすでに利用している企業では管理用の情報体系(過去のデータベース)がすでに出来上がっており,RFID導入の際にはそのデータ構造との馴染みが良いことが必要とされます.“何かやろうとしたときに,RFIDありきで考えると失敗する.キャリア全般を見渡すべき.生産現場ではハイテクとローテクが混在している方が良い.つまり全てを自動化するのではなく,RFIDの繰り返し利用できる機能,人が目視ですぐに確認できるような表面への漢字の印刷などを併用するのが良い”とのことです.
今後の利用可能性については,耐久消費財のリコール問題への対応が考えられるとのことです.特に人命に係わるような製品の回収については,多額のコストをかけて回収率を上げています.今後食品のような消費者に渡るまでのトレーサビリティに加え,消費者に渡ってからも製品のトレーサビリティを高めるように,製品のライフサイクル管理を徹底する目的でのRFIDの導入は重要とのことでした.
続いて,具体的な事例として自動車部品に関するサプライチェーンへの導入事例について解説いただきました.自動車の部品供給といった動脈物流ではJIT(Just in Time)により短納期化が実現されています.例えばデンソー安城工場では在庫は6時間分,部品によっては2時間分と非常に高いレベルにあります.ここでバーコードではなくRFIDを用いる目的は,90工程にも及ぶラインをRFIDが通過し,手直し実施や不良工程番号などの情報の書き込みにより,不具合の生じている工程やロットの把握を可能にすることだそうです.
RFIDならではの一括処理機能や書き込み機能がある一方で,新たなキャリアの導入に際しては,既存データベースのデータ構造との整合性の問題など,RFIDの利活用に対する過度な期待について注意喚起があったのは印象的でした.
2. 医薬品業界における電子タグの活用
凸版印刷(株) 製造・技術・研究本部 技術経営センター 大井伸二
医薬品業界では,トレーサビリティの確保や医薬品管理精度や医療安全の向上を目的として,電子タグの活用が検討されています.今回のご講演では,電子タグベンダーの立場からこれまでに行われた実証実験の内容紹介や実際に活用されている事例を紹介していただき,同業界における利用方法について理解を深めることができました.
具体的には,医療業界でニーズの高い1ミリリットルのアンプルの読み込みについて実証実験の紹介がありました.毎分300本の速度で一括処理を行うことやIDを付与するスペースが小さいことから、省スペース電子タグの開発がポイントだったそうです.またRFIDの利用には電波がともなうことから,病棟における電波の医療機器への影響についても解説していただきました.医療業界では使用用具の履歴管理に対するニーズが高く,再使用には洗浄を伴うため,バーコードのような既存IDキャリアでは対応できないものに対してRFIDの導入が期待されているとのことでした.これまでの事例紹介(手術用具,胃カメラの洗浄履歴管理)を通じて利用方法の理解が深まりました.
3. ICタグメモリ大容量化と航空機部品管理への適用
三菱電機(株) RFIDシステムエンジニアリングセンター RFID・セキュリティ課長 太田一史
96bitのICタグはバーコードの代用であると考えられます.今回ご紹介いただいたタグは64kビットの大容量メモリを備えていて,3840文字の情報が書き込めます.つまり工程ごとの結果も直接書き込みでき,ネットワーク環境が整っていない場合に非常に有効といえます.
現在,航空機メーカー(米ボーイング等)では装備品へのRFIDの装着を進め,航空会社,装備品メーカーとの情報共有を検討しています.今後,航空機装備品はますます再利用(リユース、リマニュファクチャリング)されることが予測されており,部品レベルでのライフサイクル管理が必要になってきます.航空会社ごとに部品管理のデータベースは持っていますが,航空会社に依存せず部品管理と流通を行うためには,スタンドアロンで機能するこのような大容量メモリICタグが必要と確認できました.
4. 家電電子タグ運用標準化ガイドラインと実証実験
家電電子タグコンソーシアム 主査(ソニー(株)) 金田浩司
家電製品へのRFID導入のニーズとしては,量販店における盗難防止に関心が高かったそうですが,店舗在庫からの盗難後であっても消費者,再販業者の段階で盗難品であることがわかることがより重要視されるようになってきたそうです.さらに近年ではリコール製品のユーザ把握やリサイクル段階まで含めたライフサイクル管理(ライフサイクルを通じた個体認識)に関心が移っているとのことです.こうした背景の中,家電電子タグコンソーシアムでは製品ライフサイクルを通じてRFIDを活用すべく,導入・運用に向けてのガイドラインを公布しています.
耐久消費財の例ではありませんが,半導体ウエハの通い箱であるフープにはすでにIDが付与され,再利用が促進されています.家電製品へのICタグの実装方法については,製品完成後にタグを添付するのではなく,設計段階から製品に埋め込む方法が検討されています.またユーザ(消費者)サイトでは,製品情報を獲得するためのネットワーク環境が必ずしも整備されていないため,使用履歴などの情報はタグに記入することが期待されているそうです.
5. センサMEMSの開発動向
(独)産業技術総合研究所 先進製造プロセス研究部門 研究員 小林 健
RFIDが個体識別だけでなく,アクティブなセンシングや通信機能が充実すれば,医療分野,土壌管理,物流管理,建物管理などに用途が拡大されると予想されます.そこで本講習会の最後はセンサMEMSの開発動向について解説をいただくことにしました.
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)はこれまでに圧力,加速度センサとして自動車,カメラ,ゲーム機のコントローラなどに使用されてきました.また光MEMSではマイクロミラーなどがプロジェクタなどに導入され,その小型化・省エネ化に貢献しています.昨今動物を感染源とする病気が見受けられ,その生態観察のニーズから開発された「アニマルウォッチセンサネットワーク」について紹介いただきました.例えば,鳥インフルエンザでは,感染した鶏の動作と体温を計測することで,感染の早期発見ができるそうです.そのため,MEMSには加速度センサと温度センサ機能が求められます.さらに長期間のモニタリングを可能にするため,省電力であることも必須です.今回開発されたMEMSは観察するパラメータに閾値を設定するデジタル出力とすることで,先のニーズを満たすことができたそうです.今後MEMSを使った省電力なセンサ機能が実現されれば,RFIDの用途も格段に広がることが期待されます.
以上
産学連携推進委員会委員長
増井慶次郎(産総研)