故石井浩介先生追悼

スタンフォード大学の石井浩介先生は2009年3月2日ご逝去されました.石井先生は設計工学全般にわたり多大な業績を挙げ,貢献をされて来られました.本部門からも2000年に部門業績賞を受賞されています.また,国内の大学や企業から多数の研究者・技術者が石井先生に師事しており,人望も大変に厚く,これからますますのご指導・ご活躍が期待されているなか,51歳の若さで急逝されました.本専門分野にとって大きな損失であり残念でなりません.ここに謹んで哀悼の意を表し,心からご冥福をお祈りいたします.

この度,本部門で活躍されている,石井先生と交流の深かった2名の方に追悼文を寄稿いただきましたので紹介いたします.


石井先生の思い出

(株)東芝  大富 浩一

石井先生と始めてお会いしたのは90年代半ばスタンフォード大であった.当時,スタンフォード大ではIT技術を駆使した先進的設計工学が行われており,研究者を数名派遣し,設計技術を習得すべく共同研究を行っていた.今思えば,まさに時代を先取りした現在でも十分通用する設計技術ではあったが,先進的過ぎて社内展開に悩んでいた.そのような折り,東芝出身の先生がいらっしゃるということでお会いしたのが石井先生との始めての出会いであった.先生のあまりに現場密着の研究姿勢と共同研究内容との差に驚いたものである.その後,先生にも一枚噛んで頂き,共同研究およびその成果の社内展開は順調に推移した.先生にはその後も設計技術の社内展開に深く関わっていただいた.

先生の設計研究への取り組みは大学人というよりもまさに企業人そのものであった.また,先生の講義ノートは示唆にあふれていて何度も参考書としての発行を進めたが,まだ早いといつも言われていた.おそらく,先生の頭の中では設計というものはそう簡単に体系化できるものではなく,もっともっと事例を重ねていずれ体系化したいと考えていたのではないかと思う.先生のあまりに早い死によりこれが実現できなかったのは非常に残念である.また,設計工学といいながら,上辺だけの研究開発を行っていた自分を恥じる思いであった.

先生とは設計を体系的に行う考え方としてDfXを一緒に提唱した.DfXはまさに目的と手段を明確に分けることにより,結果的により良い設計(製品開発)を実現する考え方,手法である.設計工学が時として目的と手段を履き違えていることへの警鐘でもあった.これに関してもまだまだ道半ばであった.

先生とは個人的にも深くつき合わせていただき,奥様と一緒にスタンフォード大のゴルフコースでプレイをしたり,お宅にお伺いしたり,飲みに行ったりととても楽しい思い出である.ゴルフに関しても目標を明確にして手を抜かないところは研究への姿勢と同じであった.ただ,ちょっと研究とは勝手が違うようであった.

下記の写真は2004年3月に設計研究会の米国Workshopで先生の研究室MMLを日本側参加メンバーと訪問した際のものである.先生のバイタリティあふれる姿が良く分かる.この研究室には色んな研究対象となる製品が置かれている.“設計の原点は現物にあり”(本人は一度もこのようには言われなかったが)ということであろう.企業人にはこれは当たり前のことであるが,石井先生は大学人として企業人以上にこれを実践されていた.これにはいつも頭が下がる思いであった.石井先生にお会いしてからは“設計の原点は現物にあり”が私の設計研究の基本であり,それが可能な自分の恵まれた環境に感謝をしている. 石井先生のあまりにも早い死により,設計工学の道筋を灯す火が消えた感じがする.設計工学という曖昧模糊とした研究分野を体系化する作業が今後は重要と考えるが,先生の思いを引き継いで,先生がやったようには行かないが,これに向かってチャレンジすることが自分の先生への恩返しと思う次第である.

石井先生,長い間ありがとうございました.そしていつまでも我々悩める設計研究に携わる研究者,技術者を優しく見守ってください.

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『設計研究会』米国Workshop(2004年3月),スタンフォード大MML訪問時の一コマ




追悼:石井浩介先生

大阪大学  藤田 喜久雄

石井浩介先生ご逝去の報に,謹んで哀悼の意を表します.小生が石井先生に初めてお会いしたのは, 1990年, Chicago での ASME Design Engineering Technical Conferences (DETC) の際であったように思います.当方にとっては海外での国際会議への初めての参加でしたが,あちらの方々の中にあっても, Ohio State University での研究室のニュースレターを配るなど,ひときわ目立たれていたことを鮮明に記憶しています.石井先生の Ohio でのご研究は,ライフサイクルエンジニアリング関連での概念設計の考え方や方法,ロバスト最適設計などについてのものでしたが, 1995年には Stanford University に移られ, Manufacturing Modelling Laboratory を創設されます. Standord では,さらに俯瞰的な課題に注力されて,企業活動の視点から上流設計についての特徴ある研究にも様々に取り組まれたように思います.また,教育面では ME317: Design for Manufacturability という産学連携によるプロジェクト型設計教育の大学院授業を展開されました.この ME317 はオンキャンパスの学生のほか,米国中西部や国外へも遠隔授業になっており,西に東に忙しく飛び回っておられたようです. 2008年にはこの授業による教育活動が高く評価されて ASME Spira Outstanding Design Educator Award を受賞されました.折しも, 2008年4月には「価値づくり設計」という書籍を出版されましたが,お忙しい中,米国を拠点に世界的にも活躍されていた石井先生がそのようなタイミングで和書を上梓されたことは,先生が切り拓かれた方面の重要性についての日本の設計技術者や関連の研究者に向けたメッセージのように思えてなりません.あのはつらつとした笑顔をもう二度と見ることができないと思うと,残念でなりません.心からご冥福をお祈りいたします.




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