A-TS 12-07 設計と法研究会を終了して

2006年6月に設置を認められ,2年半に渡り活動を行ったA-TS12-07「設計と法研究会」を2009年2月に終了した.本研究会は,内容が,設計と法という,通常は接点がない分野の研究者間で,考え方を理解し合い,とくに設計技術者が法をどう考えてゆくべきかについて指針を得ることを目的として設置された.本研究会は,それぞれの分野の研究会情報などを相互に提供し合い,興味に応じて,それぞれが参加し勉強して,そこから得た感想,知見などについて,ウエブ上や,必用に応じて相互の研究者が集まり議論を行った.

本研究会設置の背景には,1999年の技術倫規定の導入,2003年の法工学部門(現 法工学専門会議)の設置などがあり,これから設計と法について考えてゆく必要があるとの認識があった.技術倫理では,ABETを参考に設立されたJABEEで技術者倫理が重要となってきたことがあり,その内容については多くの議論が行われ,講義なども多数開設されている.また法工学部門(現 法工学専門会議)では,既存の法体系の中で,法を技術分野にどう適用するかの議論が主体であった.そこで,本研究会では,設計と法が,いずれも創造活動であることに注目し,法を作り出す活動を設計としてとらえ,主に議論を行った.

例えば,法には大別して,大陸法(Civil Law)と英米法(Common Law)がある.ドイツなどは大陸法であり,アメリカは判例法である.大陸法は,成文法であり,すべてが規定されているとの前提に立っている.一方,判例法は,伝統,慣習,先例など状況に応じて判断が変わる.これを設計分野の例で考えてみると,Airbusの設計思想は,全自動化であり,機長の判断できる余地はきわめて少なく,すべてが設計で考慮されているとの考え方が基本となっている.これに対して,Boeingはできるだけ機長の判断を優先し,機長が自由に操縦できるように配慮している.こうした設計思想の背景には,法に見られる両文化の相違があると思われる.したがって,法は設計思想にも大きく反映されている.

また,合理性,論理性を尊ぶヨーロッパ流に対して,結果がよければすべてよしのPragmatismを基礎にするアメリカ流は,当然ながら法に反映され,それが,大陸法と判例法という法における大きな二つの流れとなっていると解釈するならば,当為としての法,とくにいかに法が作られてゆくかの流れを理解することは設計においてもきわめて有用な知見をもたらすと考えられる.このような意図から,研究会が開催され,議論を行ってきたが,実に興味ある議論が多数行われた.

例えば,ソフトウエアは論理の世界であるから,論理性が尊ばれるヨーロッパが優位かといえば,必ずしもそうではなく,アメリカがソフトウエアの世界では支配的である.その背景には,ソフトウエアの開発が連続プロトタイピング方式の機能進化方式へと転換し,結果が重視される方向へと転換したこともアメリカがソフトウエアで支配的になった背景にあるのではないかなどの議論もあった.

ちょうど,こうした議論を重ねている段階で,東大の坂村健教授が日本のソフトウエアを発展させるためには,日本の法体系を判例法にする必要がある.との論陣を新聞ではっているのを見て,大変共鳴した.なお,坂村教授は,イノベーション25でもイノベーションには判例法的な考え方が重要であり,アメリカの制度設計の考え方に学ぶべきであるとの主張をされ,「変われる国・日本へ イノベート・ニッポン」(アスキー新書,2007)を出版され,判例法,制度設計の重要性を詳細に論じている.そこでの主張は,研究会で行った議論と同じ展開である.ソフトウエアは,人工物の典型であり,またサービスの典型である.設計は創造活動であると言われるが,ソフトウエアは,まさに創造そのものであり,無から有を生み出す活動である.ソフトウエアを考えることは設計を考えることにつながっている.

これは,研究会での議論の一例であり,たまたま同じ趣旨の議論が展開されていたので,ここに紹介した次第であるが,こうした多くの興味ある議論が,研究会で行われた.そこで,こうした議論をまとめ,近く本として出版をしたいと考えている.

なお,アメリカでは,弁護士などに工学教育を施し,いかに技術分野を理解できる法曹界の人材を増大させるかという検討が真剣に行われている.日本では,弁理士には多くの工学教育を受けた人材がいるが,弁護士では,数%程度しかおらず,女性技術者よりも1オーダー少ない.アメリカは,日本とは異なり,単一の分野だけで学習を継続せず,学習が進むに従い,分野を変えることは頻繁に行われているが,そうしたアメリカでも,技術者への社会の理解不足が指摘されていて大きな話題となっていることには注目する必要がある.事実,アメリカのいくつかの大学では既に試行が始まっている.

これは,アメリカの「非技術者に技術教育を」という活動の一環である.例えば,ASMEなどは,専門の技術者集団の組織であるが,そこでもいかに自分たちを擁護し,支援するサポーターを育成するかが,学会の重要な話題の一つとなっている.さらに,こうした専門技術者の集団ではないASEEなど工学教育そのものを追及している組織では,工学教育のマーケットを拡大する視点からも大きな課題となってきている.

例えば,家庭の主婦などに,教養としての技術教育を施すことにより,アメリカでも顕著となっている工学分野での学生数の低下を食い止める.すなわち,技術者に対する社会の理解を深めることにより,技術者の地位の向上,後継者の確保を狙っている.実際,日本のように,高校などへ受験生の増加を願って先生たちがお願いにゆくよりも,親の工学教育への関心を高めることのほうが有効かもしれない.また,社会的に工学教育の裾野が広がれば当然優秀な技術者のでてくる確率も増大するであろう.これは,法とは直接関係がないが,慣例法などを考えれば理解できるように社会の慣例が法となってゆくこともある.したがって,教育も重要な法の対象である.

技術と法というと,技術倫理,あるいは知財という議論が多い.しかし,これらの分野に限らず,広く技術分野一般を対象に,こうした法を生み出す,あるいは運用される背景までも考慮して,技術者が安心して設計でき,さらに生みだされた技術が継続,発展してゆく体制を築いてゆくことも技術者の重要な役割であることを忘れてはならない.

すなわち,法源まで考慮するならば,もっと技術と法についての活動が活発化されることが望まれる.実際,法は,裁判,規格,教育など多くの分野に関係しており,技術者ももっと法を守るという視点からではなく,「技術者のための法を設計する」という視点から法に取り組むべきであるというのが本研究会の結論である.

設計と法研究会 主査 福田収一(Stanford University)

このページに関するご意見・ご感想は…
E-mail: tsumaya @ mech.kobe-u.ac.jp, tsuyoshi-koga @ msel.t.u-tokyo.ac.jp
(メール送信の際には,各アドレスの @ を@に書き換えてください.)