A-TS 12-06 技術経営と設計研究会を終了して

2004年10月に設置を認められ,4年半に渡り活動を行ったA-TS12-06「技術経営と設計研究会」を2009年2月に終了した.本研究会は,通常の,講演を行い,それについて議論する研究会ではなく,ウエブを中心に情報を交換し,資料の収集を行った,情報収集,相互啓発の研究会である.

2000年始めから経済産業省の「技術経営人材育成プログラム導入促進事業」が開始され,一時期ブームになり,MOTという言葉が定着した.実際,それを契機に,多くの技術経営のコースが大学に設置された.また個人的に筆者も経済産業省の研究助成を長期にわたり受け,その関係の多くの会合に出席する機会があった.また,筆者も経済産業省の関係で,こうした活動の外部評価を行った.

しかし,こうした経験,活動を通して,筆者は違和感を抱くようになった.それは,技術経営とは「技術をいかに経営に活用するか」,すなわち,「いかに技術を活用し,企業経営をし,企業を発展させるか」の方法論であると筆者は理解しているが,MOTと称される活動の多くは,こうした理解からはるかに遠いと思われた.

例えば,MOTと称される活動のある一群は,技術開発活動に他ならず,マーケッテイングなどの経営戦略がない.それらは,技術だけの話であり,従来の技術開発とどこが異なるのか,すなわち,なぜ技術「経営」と経営がつくのか理解できなかった.

また,逆に,「経営学」側主体の技術経営の活動もあり,それらも,従来のMBAとどこが異なるのか,どこで技術を活用しようとしているのか筆者にはまったく理解できなかった.極言すれば,経営学や,会計学の分野の人たちが,自分たちの学問を売り込む,単に新しいマーケットとして,技術屋を対象にしているとしか思われなかった.すなわち,「技術」経営となぜ技術が付くのか理解することができなかった.

確かにキャッシューフロー会計などの話を専門家から聞くと,さすが専門家だけあり,よく理解できる.技術屋にとっては,会計学の本など,どのような本を買って読めばよいのかさっぱり分からないのが,少し講義を聴くと,自分も会計学について理解できたように思えるからさすがである.しかし,技術屋が知ればよい会計知識などはたかが知れており,また会計屋が経営に優れているという話は聴いたことがない.会計の専門的な問題であれば,会計の専門家を雇用すればよく,どのような会計の専門家を雇用すればよいかの判断ができるかどうかだけが経営者にとって重要であろう.技術経営と経営的センスを問題にするならば,いかに儲けて,適切な会計士を雇用するかを考えることがまず重要であろう.いかに儲けるかの話がなく,いかに帳面をつけるかを学ぶことはまったく思考が逆である.

また,会計学の先生たちばかりではなく,経営学の先生たちも,技術「経営」だから,よいマーケットができたと,多くの経営学の講義や講演も行われた.しかし,これは既に開発された技術の話,すなわち,過去の成功例や失敗例であり,これからどのような技術を開発し,それを売り込むのかの戦略についての講義や講演は皆無と言ってよかった.

考えてみれば,これは当たり前で,もし,自分達が開発した技術を売り込み,新しいマーケットを開発しようと考えるならば,儲かる話を人にするはずがない.経営学の本は,いかに成功するかが書かれているが,その成功談は,むしろ現在進行中の失敗談として聞くべきであり,そうした成功談を読んでそれを即活用するのではなく,読後に,そのような頂点にある成功事例がそれからいかに転落し,失敗に至るかを,自分の目で観察することが「他人の失敗に学ぶ」という意味で,経営者にとっては重要であろうと思われた.

このように考えると技術経営が本来指向した技術を活用して経営を発展させるという内容に該当する講義,講演はほとんどないことに気がついた.そこで,あらためて,考えてみると,これは,技術経営という内容をClosed Worldで考えていたからであり,Donald Schon [1] が指摘するように,経営,設計,医療は,Reflective Practiceの世界であると思い至った.

Closed Wordでは,経験を蓄積し,知識として体系化すれば,それを使って問題解決ができる.すなわち,帰納-演繹が通用する.しかし,Charles Sanders Peirceが生きた西部開拓の時代は,明日は未知であり,Open Worldであった.そこで,Peirceは、帰納―演繹は適用できず,新しい論理としてAbduction [2] を提唱した.Abductionとは,誘拐であるから,字のとおり,使えそうな説を適当に持ってきて,それを当てはめてみて,それが問題が解決できればよし,解決できそうもなければ,また使えそうな仮説を考えるという試行錯誤の方法である.

Abductionは設計に有効であると言われている.Abductionが設計に有効ならば,経営にも当然有効であろう.すなわち,技術経営とは,Closed Worldの中で,最適の戦術を練ることではなく,Open Worldで,未知の世界を開拓するために,どのようにモデルを考え,そのモデルを修正してゆけばよいかの試行錯誤の活動である.したがって,Donald Schonも指摘するように,設計と経営は,基本的に同じ性質の活動であり,技術経営とは,その密接に関連する両者をいかに結びつけるかの活動であると気がついた.

経営においては,状況は絶えず変化し,明日は未知の世界である.したがって,経営とは開拓であり,創造の世界である.医療も同じで,患者,病気の症状はそれぞれ異なる.経営,医療,設計が,合理性(Rationality)を超えた活動であり,新しい状況に対応してゆく創造活動であることが理解できた.

Herbert A. Simonは経済主体(Economic Agent)の行動規範が決して合理性(rationality)では説明できず,限定合理性(Bounded Rationality) [3] を主張した.筆者は,Bounded Rationalityを限界合理性と訳しているが,設計と経営,そして経済を包括して考えてゆくことが技術経営の要諦であると思い至り,そうした情報,資料を収集してきた.

これらの資料は整理中であり,近く2009年度中に,それらをもまとめて「期待マネジメント工学(仮題)」として出版が予定されている.

参考文献
[1] Donald Schon, "The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action", Basic Books, 1984.
[2] 米盛裕二, 「アブダクション-仮説と発見の論理」, 勁草書房, 2007.
[3] Herbert A. Simon, "Models of a Man", MIT Press, 2004.

技術経営と設計研究会 主査 福田収一(Stanford University)

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