Concurrent Engineering 2008 開催報告

            

福田収一 Stanford University

 8月18日から22日に北アイルランドのベルファストでConcurrent Engineering 2008が開催された。筆者は、この会議を主催しているISPE (International Society for Productivity Enhancement)の会長を務めている。この国際会議は、毎年国を変えて開催され、昨年はブラジルのサンパウロの近くのSan Jose dos Camposにある国立宇宙研究所INPEで開催された。(この詳しい報告については、「機械の研究」のコラム「一杯のコーヒーから(11)」を参照されたい。)15回目にあたる今回は、北アイルランドが開催国となった。(今回の詳しい報告は、上述の「一杯のコーヒーから(23)」を参照されたい。)

 さて、読者は、IrelandNorthern Irelandの違いを理解しておられるであろうか?筆者は、実は、来る直前までその相違を知らなかった。Northern Irelandは、Scotland, England, WalesなどとUnited Kingdom (UK)を構成している連邦の一つである。UKは、通常イギリスと呼ばれているが、正式には、グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国(The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)である。Irelandはアイルランド共和国(The Republic of Ireland)でUKとは別の国である。EUに非加盟のUKでは、通貨はポンドであるが、IrelandEUに加盟しているのでユーロが使用されている。ご承知の血で血を洗う北アイルランド闘争は、民族派と親イギリス派の争いであった。長い年月を経て、現在は、闘争も収まり、結果的に、北アイルランドは、現在はイギリスに属している。

 会議は、Belfastの市内ではなく、Bangorという港町であり、Northern Ireland Railways (NI Railways)Bangor Lineの終点に位置している。このBangor Lineの列車はきわめて素晴らしく日本の最先端の列車と同じ設備を有し、湾を望みながら走る時間は至福の時である。

 19日(火)朝から会議が開催された。今回の会議は、Collaborative Product and Service Life Management for a Sustainable Worldが主題である。基調講演は、Bombardier Aerospace UKRobert Burke氏が行った。Bombardierは、ご承知のとおりRegional Jet, Business Jetなどの航空機を生産している世界第3位の航空機メーカーである。Regional Jetでは、ブラジルのEmbraerと世界市場を二分している。Bombardierの本社はカナダのMontrealにある。氏の講演は、Bombardier Aerospace UKに関する紹介が主体であった。

 実は北アイルランドにおいては航空産業が重要な位置を占めている。とくにBombardier Aerospace UKが、Northern Irelandの産業全体に果す役割はきわめて大きい。Bombardier Aerospace UKは、1989年にShort Brothersが創立したShort Brothers PlcBombardierが買収した会社である。Short Brothers Plcは、ほとんど知られていないが、実は、世界で最初に設立された航空機メーカーである。1920年、30年代には水陸両用機の生産で有名であった。Short兄弟のお父さんはRobert Stephensonの徒弟として働いた。Robert Stephensonは、蒸気機関車を始めて走らせたことで有名で、鉄道王として知られるGeorge Stephensonの子供である。George Stephensonの偉業は、実は、親子の協力で実現された。Short Brothersの3男のHoraceは、上の二人の兄が設立したShort Brothers Plcに参加するまでは、Thomas Edisonのヨーロッパの代理人を勤めた。また、上の二人の兄のShort Brothers Plcも、Wright Brothersのヨーロッパの代理店を勤めていた。Bombardier Aerospace UKは、Bombardierだけではなく、Boeing, Rolls-Royce Deutchland, General Electric, Pratt and Whitneyなどと取引を行っており、北アイルランド経済に果す役割が大きいだけではなく、世界の航空業界に果たす役割もきわめて大きい。このような背景から、イギリスは北アイルランドを熱心に取り込もうとして、プロテスタント化を行い、北アイルランド闘争が起きた。現在でも、アイルランド共和国は、北アイルランドを自国領土であると主張しているが、イギリスは頑と北アイルランドを手放そうとはしない。

 基調講演に引き続いて、まずCost Engineering Interoperabilityの二つの並行セッション、続いてPreMade Industry SessionCollaborative Engineering and Information Systems、その後、PreMade Academic SessionCollaborative Knowledge Engineeringのそれぞれ二セッションが並行して開催された。これらの論文の詳細は本会議の論文集1)を参照されたい。PreMadeは、UKの産業にデジタルマニュファクチャリングの導入を目指すUKの国家プロジェトである。なお、Collaborative Engineering and Information Systemsのセッションでは東大の稗方和夫先生のCAD Education Support System Based on Workflowと題する講演があった。

 20日(水)の朝はBoeingSenior Manager John Hsu氏の基調講演で始まった。イギリスなのにBoeing? と思ったが、その後、Bombardier Aerospace UKBoeingの連携関係が深いことを知り、なぜ彼が基調講演者になったのかの背景が理解できた。その次に、Dassault Systems UKSimon Allsop氏がデジタルマニュファクチャリングのDELMIAについて基調講演を行った。その後、SustainabilityIntegrated Wing、引き続いてSustainable Cost IntegrationSustainable PLM Platforms, その後、Sustainable Systems EngineeringSustainable Digital Manufacturingの2セッションがそれぞれ並行して開催された。Integrated Wingとは、飛行機の翼を開発するUKの国家プロジェクトである。Sustainabilityのセッションでは産総研の近藤伸亮氏のSimulation of Component Reuse Focusing on the Variation in User Preference、電通大の石川晴雄、井上全人先生のEvaluation of Environmental Loads Based on 3D-CADと題する講演があった。

 夜は会場のMarine Court HotelBanquetが開催された。Banquet SpeakerWestsachsische Hochschule ZwickauGudrun Jaegersberg教授で、Stanfordd’Schoolのアイディアの良さを指摘し、ぜひヨーロッパにも導入したいと熱心に語った。教授は、博士号をUniversity of Sao Pauloで修得していて、さらに経済学の分野の教授であった。続くBanquet Speaker QUBS. Raghunathan教授であった。教授は、Bombardier Aerospace Royal AcademyChairも務められ、前工学部長でもある。真面目な話の後は、地元有志の楽団が入り、アイルランドの曲を演奏し、最近日本でも盛んに宣伝されているアイリッシュダンスの踊りが披露された。

 21日(木)の午前はTechnical University of DelftMichel van Tooren教授とQinetiQの2件の基調講演があった。QinetiQは、防衛とセキュリティに関するソリューションを提供する企業である。続くセッションはOntologiesKnowledge Base Engineeringの並行セッションが、続いてDRONE Industry SessionIntegrated Design、その後DRONE Academic SessionIntegrated Product Process Developmentがそれぞれ並行セッションとして開催された。

 最終日の22日(金)には、Bombardier Aerospace UKの見学が実施された。筆者は、BoeingSeattle 工場、ブラジルのEmbraer工場などを見学した経験がある。しかし、Boeingでは、高い場所から組立てを見学するだけであり、Embraerの場合は、工場内をバスで走りまわり、最終工程の組み立て工程のみしか見学させてくれなかった。ただ、Boeingとは異なり、Embraerでは、最終工程ではあったが、機体のごく近くで見学できた。ただし、生産工程などは見学できなった。したがって、今回の見学にも大きな期待をしていなかった。ところが、この見学は実際の生産工程を見ることができ、実に興味深く、また勉強になった。Bombardier Aerospaceの工場は、Titanic号が製造されたH&W (Harland and Wolf) 造船所の隣にある。なお、北アイルランドは、飛行機以外でも、造船でもTitanicをはじめ多くの船を製造している。H&Wは造船所であるから、聖書にちなむSamson Goliathと呼ばれる大きなクレーンが2機あり、Bangor Lineに乗っていると、すぐに場所が分かる。

 この工場見学が午後だったので、Transport Museumを午前中に訪れた。この博物館には、自転車、自動車、飛行機、船とNorthern Irelandに関するあらゆる交通が展示され、いかにNorthern Irelandが交通産業の国であるか非常によく理解できる。興味深かった展示の一つは自転車で、なぜ昔の自転車が2輪の1輪がきわめて大きく、他の1輪が小さいか?などをごくやさしく説明していた。BelfastTitanicの製造の地として有名であるが、造船業が盛んな土地で、Titanic以外にも多くの大きな船を製造している。さらに、航空機分野でもShort BrothersWright Brothersから技術を引き継ぎ、Belfastで航空産業を発展させ、それが、Bombardierに吸収されBombardier Aerospace UKとなったことを知った。またShort Brotherは自動車製造をも行っており、Belfastがまさにあらゆる交通産業を発展させてきた街であることが分かった。また、道路が、昔の凸凹道路から、小石を敷いた道路、さらにコンクリート道路、最近はbitumasの道路へと発展してきた歴史を展示し、Belfastが土木工学の発展にも寄与してきたことを示した展示も興味深かった。自動車などの展示例は日本でも多くあるが、しかし、道路などと絡めて、詳しく説明をしている例はあまりないのではないか?この展示の仕方には非常に興味を覚えた。また北アイルランド人の考え方は、きわめてシステム工学的指向であると感じた。

 さて、このような午前中の見学での体験や印象があったので、造船所のすぐそばに飛行機工場があってもあまり驚かなかった。しかし、生産現場を見学できたことは、うれしかったが、航空機の生産現場というよりも、むしろ普通の機械工場という感じであった。切子なども散乱しており、筆者が以前に訪れた航空機関係の工場とは違い、雑然とした印象を受けた。もっとも、これは、Bombardier Aerospace UKがきわめて多種多様な航空機を製造していることと関係しているのかもしれない。製造機が多種多様なために、技能工は単能工ではなく、きわめて多種多様な業務を果す多能工であるとのことであった。グループを形成し、それらグループで生産に当っているとの説明に、日本の生産方式に近いと感じた。また、この会社は保守も積極的に引き受け、charge by flying time、すなわち、飛行時間を考慮して保守費用も決めているとのことである。このように、北アイルランドには、多くの業務をこなせ、しかも、作業がむずかしい保守までも行える人材が豊富である。なるほど、イギリスが北アイルランドを放さない理由が理解できたと思い、工場を後にした。

 最後に、本会議の次回16回目のConcurrent Engineering 2009は、台北で、2009年7月20日―24日に開催される。ぜひ多数の読者に参加頂ければと願っている。

文献

1) Richard Cullen, Shuo-Yan Chou, Amy Trappey, “Collaborative Product and Service Life Cycle Management for a Sustainable World”, Proceedings of the 15th ISPE International Conference on Concurrent Engineering (CE2008), Springer, 2008 ISBN978-1-84800-972-1

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