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ゴミの日に思うこと

日本大学工学部
機械工学科 3年 高木 博基

 大学生になって一人暮らしを始めて三年目。今しか経験できない自由で気ままな生活を送っています。毎日の身近な暮らしの中で気づいたことがあります。当然のことですが、ゴミの日になるとゴミステーションにゴミを出しに行きます。私が住んでいる地域は学生が多いせいか、ゴミステーションのマナーが非常に悪く見受けられます。分別をしていなかったり、燃えるゴミと燃えないゴミの目を混同していたり様々です。ゴミに対しての認識が薄いのでしょうか。ゴミのリサイクルについて僕の考えを書いてみたいと思います。
 本来捨てているゴミの中にも潜在的に資源となりうる有価物がたくさんあるように思われます。この有価物を回収せずに、単に消却処分することは“もったいない”というだけでは、ゴミをリサイクリングする大きな動機にはならないと私は考えます。リサイクリングの必要性とはいったい何でしょうか?
 最近まで行われていた焼却→埋め立て処分に限界があることは当たり前のことで、「埋め立て処分はいけない」という風潮になりました。そしていま、「焼却」が注目を集めています。ダイオキシン類の垂れ流しです。ダイオキシン類は現在の地球上で最も毒性の高い物質ということがいわれると「焼却反対」の声があがるわけです。結果として「ゴミを減らすしかない」という当たり前の結論に達します。ゴミが多いから減らす、というのは本質的な解決ではないと私は思います。リサイクリングの最も重要な理由は、焼却処分は多くの廃棄物を排出していることに気づくことであると思います。廃棄物を削減させるためには「もう燃やすしかない」ものだけを燃やして初めて廃棄物の削減が達成される、そんな気がします。目に見える廃棄物だけでなく、目に見えない廃棄物を考える必要があると思います。その意味は、焼却処分からできる限り脱皮する必要であり、そのためにはもう廃棄物をできるだけ再利用するしかありません。つまりリサイクリングが必要不可欠なものであるということです。従って焼却対象の主役ともいうべき包装材や紙類を別回収してリサイクリングする意義は十分にあるのです。
 リサイクリングの先進国、ドイツのシステムを見習って材質別の回収を導入するべきだと私は思います。紙類、金属類、プラスチック類といった簡単な分別でも焼却対象である廃棄物を減少させることができるはず…。この程度の分類ならば消費者の混乱も少なくて済むでしょう。
 リサイクリングは消費者のマナーが必要不可欠です。我々一人一人のゴミに対する認識を高め、リサイクリング先駆者ドイツの上を行くようなリサイクリング先進国と呼ばれるのもそう遠い日の話ではないかもしれません。まずは身近なところから実行したいものです。身近なところから…。


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