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 森田健作「青春もの」の必要性

 山形大学大学院 機械工学専攻 修士1年
 吉田 弘之、飯田 純(+1)
 伊藤 幸典、岸平 和寛

 我が山形大学工学部傲機械システム工学科渡辺一実研究室は、渡辺教授を筆頭とした指導教官3名と技官1名、修士2年1名、1年3(十1)名、卒所生多数、研究生3名で構成される大家族である。さらに上述の(十1)のような表記を必要とするのは、他の研究室の学生があたかも我が研究室の一員であるかのように部屋に存在するためであり、これにより更に輪をかけて大家族となるのである。
 このように大家族ともなると個性的人間の集団のせいもあり、まとまりの欠如が心配される。しかし、我が研究室にその心配は無用である。ある日、この理由に関して酒を飲みながら院生の間で話し合うたことがある。このときの最有力説は、「この研究室はキツイ」からという説であった。我が研究室はキツイということは、0B、他研究室の学生、そして所属学生ともに認めることである。たとえば、活動時間を例にあげると、全盛期(1年に数回は経験する)には朝早くから早朝まで、誰からも強制されることなく働きどおしの生活を強いられる。寝ない、寝たい、疲れを知らないことはない研究室であると巷ではもっぱらのうわさである。ただしこれはJAROに電話する必要のないうわさである。
 これに対して、有力説がもうひとつ提案された。それはお遊戯の機会が多いことである。種々のイべントは四月の花見に始まり、キャンプ、山形ではお馴染みの芋煮会、etc...とめじろおしで、さらに日頃日常茶飯事のように発生する研究室での晩酌(とはいえ、開始は午前0時を過ぎる)現象とお酒が大好きな人には最高である・・・と思う。そして、前述のたいへんな生活にさらに拍車をかける出来事がときおり生ずる。それは教授等の"出張"である。この期間、我々は「鬼のいぬ間の云々・・・」とばかり、人知れず研究室の明かりがわずかの間消え、人々は遊びまくるのである(冬は土地の利を生かして、急の出張のニュ
一スにも慌てず、騒が・・スキー場へ直行するのである)。
 これら2つの説について、どちらが先かという疑問には触れずに、とにかく貧乏暇なしの生活を共に過ごした仲間意識が団結力を生み出し、卒業生は仲間との生活で社会でもっとも大切な経験をして我が研究室を巣立っていくのである。


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