第102期熱工学部門長 東京大学生産技術研究所 教授 鹿園 直毅 |
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2024年4月1日 | 2024年4月より第102期の熱工学部門長を仰せつかりました東京大学生産技術研究所の鹿園直毅と申します.部門長就任にあたり,期首のご挨拶を申し上げます. 失われた30年という言葉を良くニュース等で耳にしますが,経済活動が停滞しデフレ基調が続いたまま時が流れてきた中で,外に目を向けると世界は大きく変化しています. 専制主義国家が先鋭化し,他方の民主主義国家は分断化が進む中で,ウクライナやパレスチナでの出来事なども,対岸の火事だと高を括っていられなくなるかも知れません. 感染症についても,SARSやMARSが流行ったころからある程度予想はついたはずですが,COVID-19を身近に経験して初めてその深刻さが身に染みました. 一方で,自然界でも熊本や能登での大きな地震など,想定を上回る,あるいは想定が十分されていなかった場所での大きな災害も度々発生しています. 昨夏の猛暑も地球温暖化の影響の表れだと思いますが,一時的なものではなく,今後一層加速することでしょう. カーボンニュートラル社会を実現するためには,化石燃料に依存した現在の文明を根本から変えていく覚悟が必要になります. また化石燃料だけでなく,PFAS規制や資源争奪の流れのように,これまで当たり前に便利に使っていた素材についても,今後その使用を見直す動きが出てきています. 以上のように,現在の社会的な課題は過去に例を見ないほど強く広範にわたり,かつ不確実性が増しています. 技術や学術の在り方についても,大きな見直しを迫られことになるのではないでしょうか. これまでの技術や学問の体系は,安価で扱いやすい化石燃料や素材をベースに非常に強固に構築されていて,疑ってかかる必要など全くありませんでした. 例えが適切かどうかわかりませんが,まるで太古の温暖で住み易かった時代に大繁栄した恐竜の姿に重なる気がします. 一方,カーボンニュートラルやサーキュラー社会への移行,あるいは冒頭に記した大きな社会のうねりのもとで,生成系AIや自動車のCASEの動きなど,新しい技術革新の兆しもみられます. 上記のような環境変化や新しい動きが,まるで隕石のように技術や学術の体系を変革することになるのではないでしょうか. 変化はときに不安を煽るものですが,逆にチャンスでもあります. 我々技術者や研究者は,新たに活躍の場が拡大した実に幸せな時代に巡り会うことができたとポジティブに考えたいと思います. 熱工学においても,新たな社会的な制約や境界条件のもとで,従来の概念にとらわれずに,ゼロベースでネズミのような小さな哺乳類に相当する技術や学術の種を,仕込んで育てていかねばなりません. ただ,私を含めて今の現役世代は,新しい技術を一から考えて作った経験が残念ながらありません. 発電にしろ,自動車にしろ,家電にしろ,すでに設計の基本形は出来上がっていて,我々はそれに改良を重ねて磨きこんできたに過ぎません. 自由な発想で議論を戦わし,具体的な形として生み出すプロセスが今ほど重要になった時代は無いのではないでしょうか. 学会は,そのような自由かつ公正な議論を戦わすことができる大変貴重な場だと思います. 原理原則から考えることが求められる今日こそ,学会が力を発揮し,様々な社会的課題の解決に資する多くのイノベーションを生み出す大きな原動力となれるはずです. 熱工学分野において,学会活動を通じて多くの熱に関わるイノベーションが生まれることを願ってやみません. 随筆のようになってしまいましたが,会員の皆様にとって,本部門が有益で魅力のある場であり続けるよう精進してまいりますので,今期もどうぞよろしくお願い申し上げます. |