一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.217 「機械の日」記念講演と感想
2023年度広報情報理事 平松繁喜〔(株)マツダ〕

JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。本会理事が交代で一年間を通して執筆します。


2023年度企画理事 広報情報理事 平松繁喜〔(株)マツダ〕

No.217 「機械の日」記念講演と感想

 


広報情報理事の平松です。少々古い話になりますが、8月7日に「機械の日」の行事として記念講演が行われ、私は広報情報理事の所管で参加させていただきました。ここでは、その概要と感想をお伝えしたいと思います。

記念講演は2つのテーマがあり、共に宇宙に関わるテーマでした。一つ目は、大樹町の北海道スペースポート(HOSPO)を運営するSPACE COTAN(株)大出氏の、「北海道に、宇宙版シリコンバレーをつくる」というタイトルの講演でした。人工衛星ビジネスの市場は通信だけでなく、気象観測や環境観測等の宇宙から地上を観測するリモートセンシングなど潜在的に大きなものがあり、現在はIT産業の勃興期と似た状況とのことです。ロケットを打ち上げるスペースポートは、宇宙産業を支える重要なインフラです。大樹町の北海道スペースポート(HOSPO)はアジアで最初の民間が利用できる発射場として2021年春に本格始動し、水平離着陸・垂直打ち上げ対応型スペースポートとしてもアジアでは初めてです。HOSPOの強みは、東側、南側が太平洋に向けて開けていることから東向き打ち上げ(地球低軌道)、南向き打ち上げ(極軌道)が可能なことで、世界中でもなかなかない恵まれた立地です。さらに、近くに帯広空港があり、東京から2時間半でアクセス可能。そして宿泊施設やレストランも多く、温泉があり食べ物もおいしいなど、滞在環境が充実しているという事も重要な要素です。確かに、陸の孤島に閉じ込められていては、良い仕事はできません。タイトルの宇宙版シリコンバレーをつくるということについてですが、国内では米中に並ぶ壮大な宇宙開発プロジェクトを起こすことは難しいけれど、HOSPOの持つ利点を生かしてアジアの衛星打ち上げ市場を掴むことで、それを軸に宇宙産業を集積するという構想です。射場の拡大も進められており、今後の発展が期待されます。

2つ目は、マンガ「宇宙兄弟」の編集者である小室氏の、「宇宙兄弟に見る未来ストーリー」という講演でした。2008年から連載が始まり、まもなく完結するとのこと。ご存じの方も多いと思いますが、10~20年先の近未来を舞台にした物語で、現実が物語を追いかけているようなリアリティあるストーリー展開が人気の理由の一つです。なぜこのように正確な未来を描けるのか、その理由について小室氏は、現実の技術開発の情報を集め、それに基づいてこうなるだろうなとストーリーを紡いで行けば、結果的に的確な未来予想になると語られていました。そうは言っても、普通の想像力や構想力とは思えません。やはり、優れた作家ならではのものなのでしょう。唯一想定できなかったことは、民間企業であるSpaceXによるロケット打ち上げ事業の躍進だったとのこと。これはこれで、イーロン・マスクの異能さを示しているのかもしれません。

さて、興味深かったのは、HOSPOの大出氏も、宇宙兄弟の作者・小山宙哉氏も、宇宙工学や機械工学には無縁であったことです。大出氏は建設業界の出身ですし、小山氏は実は機械工学どころか宇宙が好きということは全く無いと、編集者の小室氏は強調されていました。それでも先見的なプロジェクトを構想・推進し、リアルな近未来の物語を創作できていることにちょっと驚きましたが、そう感じた背景には、宇宙工学は深い専門的知識が必要という思い込みがあるためかもしれないと思いました。むしろ、専門家でもなく好きでもないからこそ、冷静で的確な構想や判断ができるのかもしれません。そして、どちらも様々な要素をつなぐことで、プロジェクトの推進やストーリーの構築をしているように思えます。宇宙開発は特に人文系も含む多様な要素を統合することで成り立つ分野だと思いますが、「宇宙兄弟」のストーリーにはそれが顕著に表れていると感じました。

今回は宇宙開発に関わるテーマの講演でしたが、VUCAと言われ過去の経験が通用しない現代では、宇宙開発に限らず様々な分野で多様性を受け入れ、それらの要素をつないで新たなものを作ること、そのためにつなぐ方法論・技術を培うことの必要性や重要性は高まっているのではないかと思います。そのような視点で改めて機械工学を考えると、学会に多くの部門があることからわかる通り、非常に多彩な分野の広がりを持っています。そして、これらがつながることで、より大きな成果を生み出すことが期待されます。実際に、社会課題への取り組みとして学会横断テーマが進められています。このように、機械工学の持つ懐の深さや多様性は、複合的なものづくりや複雑性を持つ課題への取り組みという事に関して、大きな優位性を持っているのではないかと思います。今回の記念講演を聞き、このような観点から機械工学の面白さ・魅力を広く訴求していけたらと思いました。