一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.196 John Boyd、組織に変革をもたらしたイノベータとOODAループ
2020年度副会長 福本 英士〔日立建機(株)〕

JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。本会理事が交代で一年間を通して執筆します。



2020年度副会長 福本 英士〔日立建機(株)

「John Boyd、組織に変革をもたらしたイノベータとOODAループ」


スピードと変化の時代である。われわれの所属する組織や日々の営みは長い過去の経験(失敗と成功)に基づいて最適化されたものが多く、変化への必要性を感じつつ硬直した組織、プロセスの中でスピード不足に焦りを覚えることも多いのではなかろうか。

一方で、Elon MuskのSpaceX社がNASAとの契約からわずか6年で宇宙航空メーカーを差し置いて低コストで有人宇宙船を実用化したり、自動車自動運転でも技術と資金が豊富な自動車メーカを差し置いてITプラットフォーマ達が事業化をけん引している様を目の当たりにすると、イノベーションの世界では既存組織の変化への対応は待ったなしの状況と感じる。

既存組織の変革ではリーダシップ論や組織論など枚挙にいとまがないが、ここでは一風変わって、米軍という巨大組織に一人で挑み、その変革に大きな足跡を残したJohn Boydという男と、彼が創出しビジネスにも大きなインパクトを与えつつあるOODAループを紹介したい。

彼は戦闘機乗りにあこがれて高卒で空軍に入り、朝鮮戦争で戦績を挙げた超優秀なパイロットであった。その後、パイロットの教官を務める中で、単に操縦技術の向上に飽き足らず戦闘機の性能そのものに関心を持つようになり、大学留学を経てその後の戦闘機開発に多大な影響をもたらすE-M(Energy-Maneuverability)理論を構築した。パイロット上がりの大佐が熱力学第2法則から着想を得て構築したこの理論は、当時のエリート集団が可変翼など最先端技術を取り入れて開発中だったF-15の設計を根底から変えた。さらに世界のベストセラー戦闘機と称されるF-16の開発へとつながっていく。E-M理論の構築もF-16開発も正規の仕事ではなく彼とのちに戦闘機マフィアと呼ばれる彼の情熱に引き込まれた数人の人達の秘密裏の仕事であった。理論構築に必要なコンピュータの予算外利用で軍法会議沙汰になるなど武勇伝は多く、組織としては全く扱いづらい人物だったが、明確な目的意識に基づく行動と実績は組織としても認めざるを得ずPentagonの幹部も巻き込んで官僚組織との軋轢を生みながらやがて大きな変革の流れへとつながっていく。退役後も彼は孫子までさかのぼって世界の戦史を研究し、米軍戦略と戦術に多大な影響を与え続けた。

彼はパイロットでもあり、エンジニアでもあり、戦略家でもあり、しかもどれも超一流であった。自分を枠に縛ることなく目的の達成のために必要な枠を獲得し続けた結果であり、努力と集中の天才である。

この変革の時代に活躍するイノベータ達のほとんどが既存組織に属さないのに対し、John Boydは組織内に留まりつつ組織の外にも変革をもたらした類稀なイノベータであった。ただし両者に共通するのは、既存の論理や常識にとらわれず、強い動機と信念を学習と成長、仲間づくりのプロセスを通して徹底的に検証・補強し、結果にこだわるという姿であり、これこそ究極のエンジニアの姿であると思う次第である。

さて、そんな彼の生涯の中でもE-M理論に加えて特に傑出した成果がOODAループの創出であった。私がJohn Boydを知ったのは、このOODAループを通してであった。最近、ビジネスの世界でも使われだしたのでご存知の方も多いと思うが、Observe-Orient-Decide-Actの頭文字を連ねたOODAループはPDCAに代わる戦略メソッドとして注目が高まっている。最後にこれについて少し紹介しておきたい。

PDCAは予測可能な将来に向けて周到に計画し時間をかけて品質と性能を作りこむ「Waterfall型」開発のメソッドである。しかし将来がますます予測不能になり変化の速度が増した世の中では計画と品質に時間をかけること自体がリスクになりかねない。これに対しOODAは予測不能な将来に対してスピードで価値を探索する「Agile型」開発のメソッドである。観察(Observe)から得た情報を組織文化や経験に照らして分析・統合し(Orient)、迅速な意思決定につなげて(Decide)行動する(Act)、仮説と検証の高速ループである。「失敗しないように周到に準備計画する」、から、「どうせ失敗の可能性があるなら早い判断ループでリスクを洗い出し成功につなげる」、への転換、多くのスタートアップ企業が採用しているプロセスである。

こつこつと成果を積み上げる学問の重要性に変わりはないが、学問の成果を社会に還元する領域ではイノベーションに深くかかわることこそがエンジニアの本分であり、イノベーションは決して一握りの突出した人達の特権ではない、とJohn Boydは教えてくれる。OODA/Agileはスピードと変化の時代に仮説と検証というエンジニアの変わらぬ理念を追求する必須のメソッドと思う次第である。


参考文献

Col Houston R Cantwell, “Col John Boyd’s Innovative DNA”, Air University <https://www.airuniversity.af.edu/Portals/10/ASPJ_Spanish/Journals/Volume-28_Issue-3/2016_3_09_cantwell_s_eng.pdf>

Robert Coram, “Boyd – The fighter pilot who changed the art of war”, Little, Brown and Company(2004)

Grant T. Hammond, ”The Mind of War – John Boyd and American Security”, Smithonian Institute Press(2001)