一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.174 つなぎ目
2018年度編修理事 足立 幸志[東北大学 教授]

JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。本会理事が交代で一年間を通して執筆します。


2018年度(第96期)編修理事
足立 幸志[東北大学 教授]


2年ぶりに学生とフットサルをした.以前のような,良い汗をかいたという清々しさからは程遠く,試合直後から足首とふくらはぎに痛みが残り,歩行に辛さを感じる有様である.それでもフットサル独特ともいえる学生たちの素早いボール回しをみるのはとても心地良い.個人の能力に依存するところが少なくはないものの,狭いフットサルコートでは,個の力で打開するのは難しく,特に美しい得点シーンでは,学生間の連携した動きとそれに伴うボールのつなぎ方が際立って見える.チームスポーツでは当然ではあるが,個々の連携の優れたチームがフットサルにおいても強いチームとなる.

さて,本学会名である機械は「外部から供給されたエネルギーを有効な仕事に変換する複数の物質・物体を組み合わせたシステム」と説明されることが多い.機械の代表格である自動車を考えてみると,非常に多くの部品,要素により構成され,部品間,要素間の組合せや連携によりシステムの機能が決まる.ゆえに,良き連携のための部品,要素の個々を最適なものに調整する技術が重要であり,匠の技ともいえる「擦り合わせ」に優れた技術を有するチームが,高機能,高性能な機械を創りだすチームとなる.「擦り合わせ」の能力は,日本人技術者が生来持っているDNAレベルの強みであり,「日本のモノづくりの強みの原点はここにある」と考えると納得のいく部分が多い.

ところが世界規模での部品の標準化,大量製品化,低コスト化に伴うコモディティ化が進む領域においては,日本の強みである「擦り合わせ技術」は,「モジュール化された組み合わせ技術」に対し急速に競争力を失うことは否めない.液晶パネルやDRAMメモリなどは,それが顕著に表れた例といえるのであろう.「技術力」と「競争力」の両立,「擦り合わせ技術」と「組み合わせ技術」の両立は可能と思えるのだが,簡単ではなさそうである.

一方,大学における機械工学の歴史を紐解くと,これまでの機械に求められてきた普遍的課題は,高機能,高効率,高信頼性であるように思われる.現在の世界規模での環境・エネルギー問題や安全・安心社会の実現を鑑みれば,今後も機能性,効率,信頼性の視点は必要不可欠であり,これらに耐久性と安全性を加えた5つが,機械における普遍的・本質的課題ということが出来るであろう.
 私の専門であるトライボロジーの我田引水となり少々恐縮だが,機械の故障や寿命の75%の原因は,摺動部(動く部分)にあると言われ,摺動部で発生する摩擦は,自動車ではエネルギー損失の約20%にも達すると言われている(1).これらの事実は,複数の物質・物体を組み合わせ,目的に応じた動きが求められる機械の本質は,部品間,要素間,要素内の摺動部にあり,それらの「擦り合わせ技術」が機能性,エネルギー効率,信頼性,耐久性,安全性に優れた機械を創る基盤技術となることを意味している.

自動車における最もわかりやすい「擦り合わせ技術」のうちの一つが,新車を購入した際にディーラーから求められることの多かった「慣らし運転(良くなじませるための運転)」であろう.最近では不要とも言われることが多くなっているようであるが,N社の走りを楽しむタイプの自動車の車両取扱説明書の初めの項目には,「エンジン本体やトランスミッションなどのパワートレイン系部品,サスペンション,ブレーキまわりなど,この車両の持っている性能を十分に引き出すためには,ならし運転が必要です」と明記されている(2).機械における「擦り合わせ技術」の意義を明示する良き例といえるであろう.

靴が足になじむ,都会の生活になじむ,なじみの店など「なじみ」が用いられる身の回りに存在する表現から理解できるのは,程良い調和,滑らかな動き,慣れ親しんだ関係など2つのモノの間に存在する良好な関係である.そのようななじみに関する様々な表現は,良く慣れ親しんだ関係のためには,まずは2つのモノが触れ合うこと,そして何度も繰り返し履き,訪れ,話すことが必要であり,時に,差しさわりの無い会話ではなく,相手を傷つけない程度に踏み込んだ深い会話が必要であることを教えてくれる.

映画監督の黒澤明氏は,北野武氏との対談において,映画について次のように語っている(3).「つなぎ目なんだよね,ホントに映画が宿るところは.カットとカットのつなぎ目であり,シーンとシーンのつなぎ目であり,シークエンスとシークエンスのつなぎ目なんだよね.」

「学生間の連携した動きとそれに伴うボールのつなぎによる美しい得点」や「部品間,要素間,要素内の摺動部での擦り合わせによる機能性,エネルギー効率,信頼性,耐久性,安全性に優れた機械の実現」は,フットサルや機械の本質がつなぎ目に宿っていると解釈できるであろう.

基礎と応用,科学と技術,部門と部門,支部と支部,機械学会と他学会,日本機械学会に関連したつなぎ目は数多く存在する.2つのモノの間において,まずは接触し,深い議論を戦わせ,とことん擦り合わせることにより実現される「なじみ,連携,調和」により拓かれる,それらのつなぎ目に宿るものは何であろう.

ダイバシティの時代こそ,日本人が生来持っているDNAレベルの強みである「擦り合わせ」の能力が活きる時ではないかと思う.


参考文献
(1) 中村隆,トライボロジー技術の進展による自動車の省エネ,トライボロジスト,61, 2 (2016) 65-70.
(2) 慣らし運転について,取扱説明書, 1-17. https://www.nissan.co.jp/SP/OM/GT-R/1607/manual_t00um_62b3a.pdf, (2018年11月閲覧)
(3) http://www.tv-asahi.co.jp/ss/178/special/top.html, (2018年11月閲覧)