No.164 日本語?英語?
2017年度編修理事 松本 敏郎[名古屋大学 教授]
2017年度(第95期)編修理事
松本 敏郎[名古屋大学 教授]
《台湾でのできごと》
昨年,台湾の大学を訪問した帰りに,台北駅から空港行きのバスに慌てて乗ってしまい,スーツケースを入れるべき場所を間違ってしまいました.このままでは自分が降りるターミナルで停車したとき,スーツケースを取り出せません.バスの運転手に英語で事情を説明しましたが,全く通じません.そこで,携帯の翻訳アプリを使ってみることにしました.英語で話しかけると自動的に中国語の文字に変換され,中国語の音声が流れてきます.運転手はそれを理解し,荷物を取り出してくれました.このアプリを使うと,街の看板やレストランのメニューなどの外国語の表示の上にカメラのレンズをかざすと,拡張現実の機能が働き,画像の文字の部分だけが翻訳したい言語に置き換わって表示されます.まるで最初からその言語で記述されているようです.人工知能の研究は早くも1950年代から黄金時代を迎えていたのですが,計算機とその周辺技術のパワーアップにより,機械翻訳に限らずいよいよ現実のものとなってきたことは,ご存じの通りです.
《日本機械学会の学術誌》
機械学会の編修理事として2年目も終わりに近づきつつあります.この役目のひとつは,機械学会が発行している学術誌の国際的価値を向上させるための方策を考えることです.国際的価値は,日本だけでなく世界中の国の読者が,機械学会の学術誌に掲載された論文その他の記事を読むことができ,そこに有益な情報を見い出せることによって高まります.そこで,国際語である英語で執筆した方が日本人以外の読者にとっては,情報にアクセスしやすいということになります.この英語化の流れに抗うことはきわめて困難で,多くの人は苦労して英語の論文を執筆することになります.しかしながら,英語で書いた論文を掲載してくれる学術誌は数え切れないほどあり,他の著名な学術誌との競争に打ち勝つのはなかなか難しい状況です.この読者の方々も,執筆される論文の中からこれはというような価値ある論文を少しでも多く投稿していただき,機械学会の学術誌の評価を高めていければと思います.
《機械翻訳の例》
このような状況でありますが,ふと,AIがますます発達した場合,日本語で論文を書いても,拡張現実を利用してそれを英語で読むことができる時代が来るのではないかと考えてみました.現状ではどの程度可能かと考え,Web上の自動翻訳をテストしてみました.まず,「有限要素法により計算した応力は,一般に要素間で不連続となる.」をGoogleで翻訳したところ,“Stresses calculated by the finite element method are generally discontinuous between elements.”となります.複数形,冠詞も正確でなかなかの翻訳です.今度は「物体に働く力の総和は,その物体の質量かける加速度に等しい.」はどうでしょうか.“The sum of the forces acting on the object is equal to the acceleration multiplied by the mass of the object.”となりました.使えますね.さらには,「貴台におかれましては,常々研究会の運営に関しまして格別のご尽力を賜り厚くお礼申し上げます.」も“Thank you very much for your continued commitment to the operation of the research group.”のように悪くないレベルで訳出されます.他にも試してみましたが,関係代名詞も上手に使って翻訳されます.Googleはニューラル機械翻訳という仕組みを利用しているようですが,いつの間にか能力が相当レベルアップしていることに気がつきました.翻訳の精度は,欧米の言語間,および英語と中国語の間は精度が高いようです.
《日本語で論文を書き,それが世界で読まれるために》
現在は,テキストからテキストへの翻訳ですが,論文のPDF原稿を,見た目を維持したまま他の言語へ機械翻訳して表示することが,近い将来に可能となるかもしれません.そうなると,論文に限らず文学的,あるいは芸術的表現を伴わない説明文などは,英語で書かずとも容易に世界中の言語で読むことができるようになると思われます.そこに至る過程では,次のような点も検討されることでしょう.
- 用いられた言語が異なる文書間の検索機能をどう実現するか
- 訳出されたものの著作権を従来の翻訳物の著作権と同じ扱いでよいか
- 他の言語に翻訳しやすい日本語の書き方
《プレゼンは英語?他の国も苦労している》
国際会議に行くことは多いのですが,多くの日本人にとっては,英語でのプレゼン,ディスカッション,さらにはバンケットでの会話などのハードルがあります.もちろん,話の中身自体が相手の興味を惹くうえでは重要でしょうが,欧米の参加者が機関銃のように話し続ける能力は尊敬に値します.話が終わるのを待っていては,話の途中に割って入れません.ヨーロッパでは,大学院の講義は英語が多いとよく耳にします.そこでは英語で不自由なく講義や質疑応答が行われているのかと思っていました.ところが先日,フランスの有力大学に滞在した人に聞きましたところ,講師の先生の英語はフランス語訛りが強くて聴き取れない,学生は,英語を使わずいきなりフランス語で質問し,先生もフランス語で答えるので,日本人としては何を議論しているのか全く理解できない,とのことでした.もしそうなら日本の状況と大差ないわけですが,卒業してから社会人として活躍するまでの彼らの進歩が,われわれと比べて著しいのだと思います.
《英語に接近するが,日本語でも主張する》
結論があるわけではないのですが,英語で発信する能力を高め,環境を整備することはやはり重要と思います.しかしながら技術はこれからも加速度的に進歩し続けます.共通の言語でコミュニケーションをとるかわりに,自分の言語で異なる言語を話す人達と自然にコミュニケーションがとれるようになれば素晴らしいと思います.日本語でこれまでに蓄積された情報,これからも日々発生する情報の量はきわめて膨大ですから.