一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.160 機械工学は人工知能とどのように対峙するか
2017年度副会長 森下 信[横浜国立大学 理事・副学長]

2017年度(第95期)副会長
森下 信[横浜国立大学 理事・副学長]


最近、人工知能(AI)という言葉がメディアから世間に溢れだしている。新聞も例外でなくAIの特集記事が多い。先日のある新聞のコラムには、AIによる医療分野の画像診断が進むことで医師の負担が減り、病院で高水準の、ある意味で公平な医療の診断が可能になる、とある。自動運転を目指すAI、ニュースや天気予報を読むAI、記事や小説を書くAI・・・とまで記載されている。人工的な知能といえども、本来コンピュータに搭載されているソフトウエアであるので、「過去のデータから将来をある程度推論する」ことも、「膨大なデータから短時間で規則を見つけ出す」ことも、「人の顔を区別して認識・記憶する」ことも、数学の助けを借りることで容易に実現できる。さらに進めば、あまり好ましいことではないと思うが、記事にある「人間の行動監視」も現実味を帯びてくる。

あらためて、「AIとはなんぞや?」といわれても即答が難しい。AIを知能の源泉である脳の構造モデル化から捉えると、1950年代に基本的モデルが提案されて以来、数多くの研究者が地道な研究を続けてきた人工的ニューラルネットワークがその中心にある。この流れのなかで、深層学習(ディープラーニング)が提案された。これも最近注目を集めているキーワードである。ネーミングは大切で、何か深い知識を身につけたAIと錯覚しそうである。また一方で、知能と称する機能の入口と出口の関係性に重点をおけば、情報処理としての写像を作り、推論し、さらに学習をするアルゴリズムがAIの対象となる。その中にはエキスパートシステムや進化的計算法などと称する手法も含まれる。このあたりから理解が難しくなってきている。難しさの理由のひとつは、そもそも「知能」の定義を要求されていることにあるのだと思う。

さらに話を進めて、機械工学におけるAIの応用分野を考える。機械工学は総合工学の意味合いが強く、様々な学問分野を包含していると考えているが、AIがいち早く浸透するのはさまざまな機器の制御系、特に目立つのは自動車やロボットの制御系であろう。制御をある程度ご存じのかたならご理解いただけると思うが、AIならば適応的な制御が可能である。AIによる同定器を内部に有し、センサーからの信号を受けて、AIによってアクチュエータを制御することが可能となる。しかも学習機能によって制御系が自ら制御対象に適応してくれるのである。極言すれば、人間の体の制御を司る脳の働きの一部をAIによって代替することができる。仮に人型ロボットの制御系にAIを使えば、人間らしく様々な動作を実行することも可能になる。あくまで一部であり、人間の脳の働きの全てを置き換えることは、まだできない。人間の脳についてはまだ理解の及ばない部分が多くを占めるからでもある。

ロボットが世間一般に知られるようになったといっても、産業用ロボットは工場の中で組み込まれることが多く、一般の目には留まることはそれほどない。やはり一般に注目されるのはメディアで放映されている各種のロボットコンテストであろう。画面には、参加する大学院生、大学生、高等専門学校生などの生き生きとした姿が映し出され、大学入学前の学生ならば大学での研究を目指すこともあろうし、大学生ならば、サークル活動の一環とはいわないまでも、就職面談のときにアピールのポイントにもなる。近い将来、このような玩具にみえるロボットにもAIが搭載される可能性は高い。

しかし、少し醒めた目でみると、例えば大学生や大学院生によるロボットコンテストなどで開発したロボットには、彼らが学問として修得したどれだけの知識が使われているのだろうか、などと不安に思ったりもする。学生はロボットを開発するにあたって、材料の選定は材料学、強度は材料力学・構造力学・機械力学、メカニズムは機構学、制御は制御工学、さらにモーターの選定には熱工学をはじめとするエネルギー関連学、抵抗の算定にあたっては流体力学などの知識を生かしていただけることを期待しているが、現場は本当にそうなっているだろうか。難しいことなどいわなくても、ロボットが完成すればいいではないか、皆で共同作業を行うことでコミュニケーション力がつくではないか、等という見方もあろう。でも、以上のような状況が現実となった今、AIに対して機械工学はどのように向き合えばよいのだろうか。大学の機械工学では、学生に何を教えるべきなのだろうか。