カーボンニュートラル達成に向けたエネルギーストレージベストミックスのための提言(2024年)
動力エネルギーシステム部門
2024年度(第102期)部門長 大川 富雄
2023年2月、日本政府は「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ~」をとりまとめ、「気候変動問題への対応に加え、ロシア連邦によるウクライナ侵略を受け、国民生活及び経済活動の基盤となるエネルギー安定供給を確保するとともに、経済成長を同時に実現」するための取組を発表した。将来にわたり社会全体でGXを実現するためには、再生可能エネルギー(再エネ)と原子力発電といった脱炭素技術を最大限活用し、加えて、エンタルピー基準で日本のエネルギー消費の7割 (9.9 EJ、314 GW相当)を占める産業・民生・運輸といった非電力部門の電化を進め、エネルギー危機に耐え得る強靱なエネルギー需給構造に転換していく必要がある。また、非電力部門のエネルギー消費は熱エネルギーが大部分を占めており、社会全体でエネルギー利用効率を考える必要がある。グリーン社会へ転換するためには、脱炭素技術、熱エネルギーの有効活用、炭素循環、エネルギーストレージ(貯蔵)・輸送・変換が大きな役割を果たす。2023年6月、日本政府は「水素基本戦略」を改定し、水素社会の早期実現に向けた国家の意志を表すものとして取り組み方針を明示した。しかし、取組み量は数GW相当レベルであり、我が国の総需要13 EJ(約410 GW相当)に対して効果が限定的である。これに対して、例えば余剰の再エネを変換、貯蔵するといった調整力の役割を果たすものは水素以外にもあり、再エネ導入拡大に貢献できる。また、排熱量の賦存量は多く、この活用は産業の省エネルギー、カーボンニュートラル化への量的な貢献が大きく、エネルギーストレージが重要である。
日本機械学会動力エネルギーシステム部門「カーボンニュートラルに向けたエネルギー貯蔵技術研究会」は、学術専門家集団として、関連技術の実現可能性、事業性等にかかる科学的見地に基づいた望ましい2050年カーボンニュートラル達成に向けた最適なエネルギーストレージ技術を検討し、以下の提言にまとめた。
【提言1】変動性再エネ主力電源化に対応したエネルギーストレージベストミックスの確立を図るべき
【提言2】ゼロカーボンエネルギーによるグリーン社会への転換を図るべき
【提言3】産業・民生部門における蓄熱技術の更なる有効活用を図るべき
【提言4】2050年以降のカーボン・ネガティブ・エミッションの実現を目指したエネルギーストレージ戦略を構築すべき
【提言1】では、電力部門において、カーボンニュートラルを達成するため、主力電源化される再エネの変動性に対応できるエネルギーストレージ技術を適切に組み合わせる必要性があることを述べる。【提言2】では、グリーンエネルギー社会へ転換するため、安定電源のゼロ・エミッション化が必要であることを述べる。【提言3】では、非電力部門において、熱エネルギーを有効活用するため、蓄熱技術を活用する必要性を述べる。【提言4】では、2050年以降にあるべき姿として、長期的なエネルギー確保を見据えながら、カーボン・ネガティブ・エミッションを実現する必要性を述べる。
本提言が「第7次エネルギー基本計画」へ反映されることを期待したい。また、エネルギー産業を支える人材育成が活発化されることを期待したい。
提言1:変動性再エネ主力電源化に対応したエネルギーストレージベストミックスの確立を図るべき
(提言1-1)再エネの最大限導入とそれを補完するエネルギーストレージによるエネルギー安定供給を図るべき
再エネの変動性に対応したエネルギーストレージの拡大:2050年カーボンニュートラルを達成するためには、変動性再エネは経済的合理性を確保しながら最大限導入されることが期待される。ただし、日中の変動性(昼間の余剰電力と夕方の不足電力等)に対応するため、需要に応じた出力調整が可能な安定電源の割合を確保するとともに、エネルギーストレージの拡大を図るべきである。現在、我が国の発電量の約8割をカバーする火力発電(約100 GW)の出力調整と、揚水発電(約22 GW)や大容量蓄電池(1 GW以下)が活用されているが、今後、ますます変動性再エネが導入され主力電源化されることを考えれば、安全性を向上させたCO2を排出しない原子力発電による出力調整可能な割合を増やすとともに、適地は限られるものの炭素回収貯留(CCS)を前提とした火力発電による出力調整が不可欠である。これとともに、希少資源が必要で高コストになる大容量蓄電池や、開発規模が限界に近づいている揚水発電だけでなく、大規模で低コストエネルギーストレージ技術が必要である。
余剰再エネの出力制御(出力抑制)の回避:近年では、再エネの導入が進んだことにより、需要が少ない時期などには、火力発電の出力の抑制や地域間連系線の活用等により需給バランスを調整した上で、それでもなお電気が余るおそれがある場合に再エネの出力制御を行っている。九州電力では、太陽光発電の出力制御は2021年に82日も実施しており、総発電量の4.2%(5.1億kWh)、10円/kWh換算で約51億円の損失になっている。これは今後ますます増加傾向にあると考えられる。今後、太陽光発電が増加することを考えて、地域間連系線の増強が計画されているが、そのための費用や期間を考えると、タービンが担ってきた慣性力(発電を一定に維持する力)の不足に陥る可能性がある。蓄電池増量だけでなく、慣性力を有した低コストエネルギーストレージ技術が必要である。出力制御は2023年度に東京電力管内以外の全国で発生しており、早晩東京電力管内でも発生されると予測される。現在固定価格買取制度で4兆円/年が再エネ発電に使われており設備利用率の低下による経済的な損失も看過できない。よって、早急なエネルギーストレージ対策が必要である。
エネルギーストレージ技術の確立:変動性再エネを最大限導入するにあたっては、系統安定化や調整力の確保が課題となる。2050年も現在の電力需要並みと想定すれば、変動性再エネによる発電量で40%確保し、出力調整可能な安定電源で残りの60%の発電量を確保できる場合でも、朝夕の不足電力発生に伴って停電に至らないように、1年間に数十日程度は100GWh規模(1日当たりの最大の不足電力)の電力貯蔵量が必要となる。この貯蔵量として、CO2を排出しない形での蓄電(電気自動車等の利活用等)、蓄熱発電といったエネルギーストレージ技術の確立と低コスト化のための技術開発が急務である。
水素技術の課題:水素価格は現状80~100円/Nm3程度であるが、2050年時点で20円/Nm3、2000万トン/年程度の導入を目指している。しかしながら、水素価格20円/Nm3は、カロリーベースで1.6円/MJに相当する。これは、現状のアンモニアの2.4円/MJ、LNGの1.8円/MJより低い価格である。太陽光発電を用いた水電解で水素を生成した場合、電解効率を87%程度、生成水素の液化効率を80%程度、さらに水素を用いた発電効率を65%程度とすると、入力電気から出力電気へのトータル変換効率は40%超と見積もられる、しかしながら実際の液化効率を用いるとトータル変換効率はより低くなる。また、各工程で、イオン交換膜を用いた水電解、極低温技術(もしくは、水素改質技術)、水素燃焼、水素貯蔵、防爆等の開発技術が引き続き必要である。それらがコストに相当に反映されることを考えると、将来における水素のコストを低減させるためには、革新的な技術の開発に加えて、技術の大規模な普及や政策・制度面での強力な後押しなどが必要となり、その実現には課題があることを認識すべきである。水素やそれを変換した他の物質は、長期のエネルギーストレージが可能になることから、季節間における需給調整への適用が考えられる。
エネルギーストレージベストミックス:大規模エネルギーストレージ技術には、揚水、蓄電池、水素、蓄熱等が挙げられる。揚水は約22GWの容量を有し、現在の主力蓄電装置であるが、我が国の国土制約により適地が限られ、現状施設利用からの大幅な増加は期待できない。蓄電池は、蓄電効率の高さから今後期待される分野であるが、蓄エネルギー密度、火災リスクの特徴から小規模利用の方が適している。また、蓄電池は、レアメタルを海外依存しており、市場価格や国外情勢に影響を受けやすい。我が国は強靭なサプライチェーン構築を目指しているが、過度な海外依存度は低減すべきである。水素は、外国で生産したものを輸送することが考えられているが、国内生産では、変動型再エネ発電による系統の余剰電力を水の電気分解により水素に転換して貯蔵し、それを系統が必要とする時にタービン/燃料電池などで発電して系統へ戻す水素電力貯蔵システムも期待されている。ただし、この方式には設備の費用や電力貯蔵の効率などを総合したコストに課題があり、コスト低減を図った水素製造技術が必要である。蓄熱は、現在は我が国で大規模な技術導入はされていないが、最近になって諸外国で蓄熱技術の導入が活発になっている。蓄熱は、入力電気から出力電気へのトータル変換効率で36%程度(蓄熱効率90%、発電効率40%とした場合)であり、水素と同程度またはより高い可能性がある。しかも、ほぼ既存技術で実現可能で、コスト・技術の両面で水素よりも優位である。さらに、発電の慣性力、安全性の観点で、大規模エネルギーストレージ技術に適している。これらのエネルギーストレージ技術をうまく組み合わせてエネルギー安定供給を図っていくことが必要であり、エネルギーストレージについて最適な技術ミックス、すなわち、エネルギーストレージベストミックスを目指すべきである。
(提言1-2)エネルギーストレージ技術の社会実装を図るべき
エネルギーストレージミックスの経済合理性:カーボンニュートラルを目指す代償として変動性再エネの大量導入に伴うエネルギーコストの上昇が挙げられる。それを抑えるためには、経済合理性を十分に考慮した上で、さまざまな技術オプションを適切に組み合わせたエネルギーシステムを構築することが必要である。この観点から、エネルギーストレージベストミックスを目指すことが望ましい。数時間~数日程度の比較的短期の自然変動に対しては、サイクル効率の高いリチウムイオン電池等の蓄電池によって対応することが適切である一方で、より長期間(数週間程度)の変動に対応するためには、サイクル効率では劣るものの貯蔵量当りのコストが安く安全性が高い蓄熱などの技術を用いることが経済合理的である。さらに、より長期(数か月~数年)のストレージのためには、現在の国家石油ガス備蓄に加えて、自己損失率の低い水素やアンモニア、e-fuel(グリーン水素から合成されたメタン、メタノールなど)などのエネルギーキャリアに変換してのストレージ等の技術を用いることが望ましい。このように、経済合理性の観点から、時間スケールに応じて最適な技術が異なるため、変動性再エネ比率の高い将来のエネルギーシステムにおいては、多様な技術を組み合わせたストレージミックスの実現が望ましいものとなる。その上で、それぞれのストレージ技術のコスト、特にエネルギー貯蔵量当りの設備コストの低減に向けた技術開発を促進し、早期の社会実装を図ることが必要である。
国産技術開発とサプライチェーン構築:エネルギーイノベーションの結果、新たな産業・新たな技術が導入され得るものと考えられるが、これらを国産技術とし、国内産業のサプライチェーンが構築される必要がある。蓄電池の場合、原材料であるバッテリーメタル(リチウム、ニッケル、コバルト)の埋蔵量、生産量ともに特定国(豪州、南米、コンゴ民主共和国、インドネシア等)に偏在しており、中流の精錬工程は製造コストの安い中国に集中している。また、燃料電池で使われる白金やPEM(固体高分子膜)型水素製造装置で用いられるイリジウムなども偏在しており、今後、蓄電池や水素のエネルギー利用が広がると、資源の価格上昇や囲い込みなどを引き起こし、資源の安定供給ひいては我が国のエネルギーの安定供給が妨げられる恐れがある。これらに対応するため、鉱山権益への出資による上流資源の確保とともに、偏在する資源に頼らない多様なエネルギーストレージ技術の開発が重要である。そして、開発した技術を国産技術とするべく、特定国資源に頼らない国内産業のサプライチェーンを構築すべきである。また、低コスト化に向けた研究開発への積極的な支援が行われる必要がある。
投資環境の整備:エネルギーインフラ構築に産業界が参入しやすくするための投資環境を整備すべきである。日本はエネルギーストレージに関わる優れた要素技術を数多く有するものの、それらを統合して様々なニーズに応えるシステムとして実現すること、またその効果や運用性を検証するためのフィールドでの実証試験が諸外国に比べて少ない。実証試験によって要素技術及びシステム全体の課題を抽出し、それに対する改良といったフィードバックを重ねることで技術が完成し社会実装に繋がる。この過程を一企業のみで実施することは不可能なため、産官学の連携のみならず、これを遂行するための政府からの資金面での支援が求められる。また、産業界にとって市場性・事業性を見出し、エネルギーストレージに関する投資を促すために、カーボンニュートラルへの貢献に応じたインセンティブ付与など、一層の制度面の整備を期待する。
(提言1-3)エネルギーストレージ技術の開発を支援すべき
次世代技術開発支援:社会実装を進めることと並行して、次世代技術の開発を促進して、エネルギーストレージ技術で世界を先導していく必要がある。例えば、蓄熱技術については、従来の顕熱技術による低コスト化だけでなく、効率を向上させた潜熱蓄熱や化学蓄熱といった技術開発は日本が主導できる可能性を有している。
提言2:ゼロカーボンエネルギーによるグリーン社会への転換を図るべき
(提言2-1)調整力に富んだクリーンな安定電源を確立すべき
水力発電の出力調整機能:水力発電は安定電源としての役割だけでなく、揚水発電によって調整力としての役割を担ってきた。しかしながら、我が国の国⼟条件の制約により限界があり、2030年までにほぼ限界に近い発電量になると予想されるが、できるだけ増やしていくことが重要である。
火力発電の出力調整機能:⽕⼒発電は慣性⼒を有しており、変動性再エネ⼤量導⼊により電⼒系統の同期化⼒の低下が懸念される中、クリーンな⽕⼒発電技術の確⽴は系統の安定性を維持する上でも重要である。再エネの変動性に対応した調整力として役割を果たしてきた火力発電は蓄熱技術を導入して調整力として柔軟性を持つようになってきている。蓄熱発電で火力発電の蒸気タービン発電機が活用できるため、蓄熱発電の低コスト化が期待される。また、火力発電の最大の課題はCO2排出量をゼロにすることであるが、高効率化による低排出化、水素、アンモニアやバイオマス等の低炭素燃料化を図り、炭素回収・再生循環利用・貯留(CCUS)と併せ運用することでこの課題に対処する。限られた我が国の国土でCCUS設備をより多く確保し、貯留負荷の削減を伴った経済的なカーボンニュートラルを実現していく必要がある。蓄熱利用は、そうした火力発電のカーボンニュートラル化のためのCCUS併設や、低炭素燃料転換(水素・アンモニア)のコスト改善、また、CO2分離回収プロセスや燃料改質プロセスの省エネ・運用効率化に寄与する。
原子力発電の出力調整機能:我が国では既に水力発電、バイオマス発電、地熱発電等の出力調整可能な安定再エネが開発されているが、これらによる発電量は、総発電量の15%程度が限界と考えられている。このため、2050年までのカーボンニュートラルを実現するには、安定電源として必要な60%の残りの45%をゼロ・エミッション電源である原子力とCCS付き火力を活用していく必要がある。原子力発電は、新たな安全メカニズムを組み込んだ新設炉により安全性向上が図られている。また、火力同様慣性力を有し、出力調整能力(負荷追従運転)があり、仏国・カナダ等において既に実施されている。より経済的に変動性再エネを補完するために、負荷追従の際に原子炉出力を低下させずに、発電負荷のみを追従させた際に生ずる余剰の熱エネルギーを蓄熱や水素製造等に利用することが可能である。米国では、負荷追従ではなく、原子炉出力を低下させずに蓄熱するナトリウム冷却高速炉に溶融塩蓄熱を結合したシステムの開発が進められている。このシステムは売電価格の変動に対応して発電する柔軟性・経済合理性に優れ、仏国等の諸外国でも関心が高まっている。我が国においても、蓄電・蓄熱技術の開発と並行して、このような経済性を向上させた熱エネルギーストレージを併用する革新軽水炉や高速炉を開発し、安定電源を構築していくべきである。
(提言2-2)予見性のある適正な市場環境を確立すべき
安定なエネルギー市場の確立:新たな技術に事業者が参入する上で、事業者が適正な市場競争の下で取引ができる安定なエネルギー市場が存在することが必要不可欠となる。民間の投資判断に予見可能性を与えるためにも、国の意思と方針を明確に打ち出し、過渡期にある電力システム改革をしっかりと検証し、安定化させるための制度設計を行うとともに、エネルギーインフラ構築に産業界が参入しやすくするための投資環境を整備すべきである。このためには、発電コストのみならず送配電や系統安定化のコストを適切に分析し、電力システム全体としての収益性を評価する必要がある。競争市場の予見性が低下し、投資の回収性にかかる不確実性が増せば、新規の電源への投資がなされず、単に市場にその経済を委ねるだけでは安定供給が維持できず、ひいては再エネの導入も遅延させる事態に陥りかねないため、変動性再エネが大量に導入される将来のエネルギー市場において、慣性力を有する蓄熱発電などの調整力を担う電源の収益の安定化は重要な課題である。国が適切な将来のビジョンを示し、「GX経済移行債」等を活用した大胆な先行投資支援、カーボンプライシングによるGX投資先行インセンティブ、新たな金融手法の活用などを含む「成長志向型カーボンプライシング構想」により、そのビジョンに向けて強力な施策を推進することが必要である。
提言3:産業・民生部門における蓄熱技術の更なる有効活用を図るべき
(提言3-1)蓄熱技術を用いた熱エネルギー利活用を図るべき
熱エネルギー利活用:我が国の最終エネルギー消費の熱エネルギー割合は電力3割程度、運輸・産業といった非電力(熱)7割程度である。非電力分野での熱エネルギーの利活用は重要である。2030年時点でCO2を2013年度比46%減にするためには非電力分野の低炭素化が急務である。再エネの変動出力を安価、かつ高効率にエネルギーストレージが可能な技術として、蓄熱を活用したP2H2P(Power-to-Heat-to-Power、電力蓄熱発電)が検討されている。産業界では、P2H2Pから電力のみならず直接熱供給が可能である。また、産業間の熱融通を行うセクターカップリングによりエンタルピーベースの熱効率はコジェネレーションと同程度とすれば80%程度は期待でき、産業の低炭素化に貢献可能である。さらに、熱エネルギーの利用にあたっては、蓄熱システムを熱需要の近くに設置し、地域での熱利用が重要である。従来から排熱の熱回収は検討されているが、その利用拡大には熱需給マッチングのため蓄熱システムの導入が必須である。以上から、蓄熱技術を用いた熱エネルギー利活用を図るべきである。
蓄熱技術のポテンシャル:蓄熱技術は、他のエネルギーストレージ技術と同じく不安定および安定的なエネルギー源からエネルギー供給を受け、需要に応じたエネルギーを供給することが可能である点であることを前提としたうえで、系統の慣性力維持や産業熱の脱炭素化といった機能を有することが特徴的である。高温かつ不安定な熱源としては、海外で既に実用化されている集光型太陽熱発電CSP(Concentrating Solar Power)に設置される溶融塩蓄熱を代表とする太陽熱、もしくはP2H2PやP2H(Power to Heat)に活用可能な、余剰な変動性再エネ(我が国では主に出力制御がかかっている電源)があげられる。これらの熱源は時間変動があるものの、蓄熱技術を介すことにより売エネルギ―価格や需要に応じた熱出力を可能とするため、現在主に火力発電が担っている負荷追従運転の一部を担うことも可能となる。また、民生分野の小規模な利用に加えて、産業用の高温熱の間接的な電化の手段としても欧州を中心に検討が進んでいる。特に高温高圧蒸気が生成可能であることから、産業で消費される熱媒の形態を変更する必要がないため、蓄熱技術の導入による熱消費側での大きな設備変更なしで脱炭素化が可能なポテンシャルがある。
高効率ヒートポンプの拡大:アナログ的な冷凍空調技術が多いヒートポンプもデジタル技術によって、高度なエネルギーマネジメントによって多様な機器の統合や連携運用が進んでゆく。例えば、情報通信技術により構築されたシステムによって、センシング技術やヒートポンプと蓄熱を組み合わせた技術により、高度再エネ・蓄エネ利用技術が運用され、デマンド・レスポンス(再エネ余剰電力・逼迫対応)の要求に対してタイムリー且つスムースに対応できることなど、一連の統合・連携機能の拡充が重要となる。しかし、個別のデバイスでの性能向上が限界に近づき、そして、ヒートポンプの冷媒には環境規制により地球温暖化係数(GWP)の低い物質が求められる中で、用途に合わせて冷媒を開発・選定し性能向上を図ることも同時に考えておく必要がある。低GWP冷媒は従来冷媒よりも熱力学的性質が劣ることも想定される中で、いかにヒートポンプの性能向上を図るかがポイントとなる。また、低GWP冷媒の中には可燃性や毒性を有するものもあり、冷媒充填量を低減する必要がある。
(提言3-2)次世代エネルギー産業を支援すべき
蓄熱技術を導入した次世代産業:容量に制限がなく、可搬型のエネルギーストレージとしてP2G (Power to Gas)/P2C(Power to Chemicals)があり、グリーン水素や合成燃料をはじめとするエネルギーキャリアへの転換は既にグリーンイノベーション基金等で研究開発と実装に向けた支援がなされている。一方、電力、エネルギーキャリア以外の第3の形態として安価な蓄熱技術に対する注目度は低いと言わざるを得ない。蓄熱技術自体は耐熱煉瓦などへの蓄熱による熱風炉など、1000℃超の高温の産業用火炉への用途をはじめ、600℃温度域の溶融塩によるCSPやセラミック系潜熱蓄熱材、400℃~200℃中低温域の化学蓄熱材など、産業における技術開発と利用は限定的である。原子力としては、高温ガス炉が有望な技術の一つであり、発電のみならず、熱の直接利用と水素製造にも寄与できる。余剰再エネ由来のグリーンサーマルエネルギーの利用範囲を拡大するための蓄熱輸送技術も、次世代の産業と民生とのセクターカップリングにおいて時空を超えて熱を操るためには必要な技術であると言える。
提言4:2050年以降のカーボン・ネガティブ・エミッションの実現を目指したエネルギーストレージ戦略を構築すべき
(提言4-1)ネガティブ・エミッションを実現するバイオ炭素長期備蓄型循環型社会の構築
2050年以降のカーボン・ネガティブ・エミッション:2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表した「1.5℃特別報告書」は、「2050年実質ゼロ」に加えて、それ以降はさらなる吸収(マイナス排出)の必要性を謳っている。2050年以降にカーボン・ネガティブ・エミッション社会を実現するためには、2050年以前からこれに備えた取組みを行う必要がある。
ネガティブ・エミッション技術:木質バイオマス等の導入が可能な地方においては、現在でも、地域でのバイオマス熱利用等の活用が冬場の電力ピークを緩和する再エネとして重要な位置づけを持つ。今後、バイオマスによる炭化土中貯留がネガティブ・エミッション技術として重要になる可能性がある。100~200年後に訪れる無化石資源時代を鑑み、高密度反応固形バイオ燃料による電力向け微粉炭燃料代替のための同等機能発現、鉄鋼産業向け石炭コークスからの脱却のためのバイオ固体燃料溶解炉を開発し、再生可能エネルギーによる持続可能な新しいバイオ炭素循環システムを構築する必要がある。
(提言4-2)持続可能な脱炭素化に向けた核燃料サイクルの早期実用化
高速炉と核燃料サイクルによる究極のエネルギーストレージ:世界の主要国は2050年の脱炭素化に向けて「再エネ+原子力」を主流にした電源構成とする方針を打ち出している。このため、21世紀後半には、世界的な軽水炉の利用拡大に伴うウラン価格の高騰が懸念される。また、軽水炉でのプルサーマル利用により、今後使用済混合酸化物(MOX)燃料が蓄積されていくことも考慮すれば、2050年以降の持続的な原子力利用のためには、使用済燃料をリサイクル利用し、天然ウラン資源に依存せず、放射性廃棄物の減容等を実現できる高速炉と燃料サイクルを早期に実用化すべきである。そのための技術開発を着実に進めていくとともに、核燃料サイクルについて多様な視点で議論を深めていく必要がある。なお、高速炉と燃料サイクルが実用化すれば、数千年のエネルギーを確保することができ、究極のエネルギーストレージ技術である。
注:我が国のエネルギーに対する考え方に関しては様々な意見があることに留意されたい。
本提言について意見ございましたら、wwwadmin@jsme.or.jpにご連絡下さい。