[受賞者挨拶]

「技術と社会部門」功績賞を受賞して

 

 

下間 頼一 (関西大学名誉教授)

 

 

 今回計らずも部門の 功績賞 を拝受いたしました。身に余る名誉と感謝の念で一杯です。授与を決めていただいた部門長始め関係各位に厚くお礼申し上げます。

 想えば1950年京大機械工学部 佐々木外喜雄教授の精密工学とトライボロジイ研究室を卒業し、京大大学院(旧制工学研究科)へ入学してより数えて丁度60年になります。メインテーマ専攻の傍ら、サブテーマとして技術文化史を志しました。書斎派とフィールド派のうち、京大の伝統的学風であるフィールドサーベイを選びました。バージンな心で現地に飛び込み、現地の風土の中で実物に接し、第一印象を大切にしました。必ずスケッチしました。その日のうちに所見や感想をメモし、スケッチに透明水彩の色を置きました。空や地の色が素直な印象を現わしている事に気付きました。

 最初の対象はルネッサンス以降の技術所産でしたが、次第にそのルーツを求めて時代を遡りました。東洋西洋を通じ、紀元頃に現在の技術文化の骨格ができていたことに気付きました。

 院生当時、京大の東方文化研究所(現東洋学文件センタ)は、北白川の閉静な住宅地にあり、瀟酒なスペイン風モナスタイリイ建築で、中庭を囲み、アカデミックな独特の雰囲気がありました。薮内 清 先生が所長で、自由闘達の気風がありました。図書館で、ジョンマーシャルのパキスタン北部ガンダーラ遺跡に発掘報告書の厚い原書を手に取り、数々の写真や図に、インド亜大陸に咲いた西方文化の香りをかぎました。現地を踏みたい想いにかられました。

 第三高等学校(旧制理科甲類)で 羽田 進 先生より東西交渉史を教わり、スキタイの1本のナイフが逢々シルクロードを渉り、勾奴をへて更に漢人に届くお話は強烈な印象を受けました。シルクロード、未だ見ぬ渉獏・オアシス・峻嶮・草原の道への憧憬の念が高まりました。西欧文化と東洋文化の出会い交流融合統合の歴史を実地に見たいと思いました。

 戦後就職難の時代でしたが、1958年幸いにも関西大学工学部創設時に一員に加えていただきました。1964年在外研究の命を受け、スイス連邦工科大学(英:チューリッヒ スイス,独語:ズ―リック)へ参りました。東京オリンピック・新幹線開業の上昇気流の時、JAL南回り欧州便に搭乗。途中カイロでピラミッドを仰ぎ、アテネでパルテノン神殿にギリシャ古典文化の粋に感動しスイスへ。研究室へ通う傍ら週末は方々の博物館を訪ね、モネの睡蓮の大作に感動いたしました。

 この頃よりNeedham先生のScience and Civilization of China の薮内先生の釈本や原本に親しみました。学園紛争をへて巷が落ち着いた後、海外出張も次第に楽になりました。夏休み、正月休みを利用し、古代文明を探訪し、昨年3月南米アンデスのインカ調査旅行で、目星しい古代文明調査を一通り了えました。大学当局の温かい配慮と、緒方氏・中辻氏・小沢氏らの献身的ご協力、塩津様の熱心なご尽力のお陰と感謝に堪えません。

中国タクラマカン砂漠よりクンジュラーグ峠4995m(高山病で3日間苦しみました)を越えフンザよりパキスタン北部のタキシラ等ガンダーラへ、ついにハイバル峠を越えてアフガニスタンへの巡旅の夢を果たしました。東西文明交流の跡が今に残り、経時を想起しました。その翌年、ソ連のアフガン侵攻そしてバーミアン大佛破壊されました。大佛を拝し、側階を登りつめた想い出は今も掌中にあります。天井にギリシャ風の天馬が牽くチャリオットの壁画が残っていました。

 その後テーマを絞り、東西におけるチャリオットの発祥と発達、中アやローマ帝国領に残された轍を調査しました。そのゲージが現在の鉄道の国際標準ゲージ1435mmに一致する事を見出しました。もう一つは水車の小型高速の竪軸製揚水車や、大型緩速の横軸揚水車そして龍骨水車に注目し、ルーツを調べました。

 現在はユーラシア大陸に広く分布する先史巨石文明を探訪するうち、日本の古代巨木文明の存在に気付き、共同研究者の皆様とその解明を進めています。

 今日は昨日の多くの可能性の一つ、明日は今日の多くの可能性の一つ。そこに歴史的法則性があるのでは。技術文化史の根底にあるものを摘みたいと念じています。

 機械学会に「技術と社会部門」が設置され、発表の場が与えられた事は誠に有難く、感謝に堪えません。国際会議にもできるだけ参加し、各国の研究室との交流を深めたいと念じています。

 改めて受賞の光栄に感謝し、有難いご指導を頂いた多くの先達、献身的協力をされた共同研究者の皆様に恵心より御礼申し上げます。

 

  晩秋の月冴えて、中天に澄むを仰いで 

竹舟斎にて 下間頼一 誌す。

 

     


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日本機械学会
技術と社会部門ニュースレターNo.22
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