>
小特集「産業記念物(第1回)博物館の紹介」

巻頭言「産業遺産は語る」

 



堤 一郎     
 (職業能力開発総合大学校)

     2007年8月に日本機械学会は国内に現存する「機械遺産」25件を認定した。この認定に対する社会的反響はきわめて大きく、 マスコミにも大きく取り上げられた。会員向けには2007年10月から12月にかけて、学会誌上で「機械遺産」の連載がおこなわれた。

     社会が成長するにつれて文化活動が盛んになるが、この成果が文化財である。従来は絵画や仏像などの美術・ 工芸品が文化財の範疇だったが、近代化遺産として歴史的な建造物が指定され、1990年に近代化遺産全国調査が始まってから今年でもう18年になる。 また歴史資料としても、蒸気機関車や工作機械群のような産業技術遺産が文化財に指定されている。 近年、経済産業省が近代化産業遺産を指定したことも、まだ耳新しい情報である。

     一般に産業遺産とよばれるものには何があるのだろうか。筆者はこれを「産業遺跡・産業遺構・ 産業遺物」の三つに分類しているが、一例として鉱山跡地を訪ねたとしよう。広大な跡地として残る鉱山全域が産業遺跡、 竪坑・斜坑の巻揚げ塔やホッパーなどの構造物群が産業遺構、巻揚げ機械や構内に残るレールなどが産業遺物である。 これらの産業遺産は日本の近代化を担ってきた現物としての「もの資料」であり、 従来は調査研究対象としての現地調査が産業考古学という新しい学問を志す人々によりなされてきた。 その手法は「現地で現物を良く観察する」こと、「現地に何度も足を運び、遺産が語る声をきく」ことと言われてきた。 筆者の経験では、「現地で現物を観察する」ことは自らの積極性と時間を味方にすれば訓練次第で何とか経験的手法が身についたが、 「遺産が語る声をきく」ことはなかなか難しいことだと感じている。

     しかし専門的に産業遺産の調査をおこなうためには、この手法(センス)を身に付けていなければならない。 それは文献調査から得られた様々な情報(例えば当時の設計書や図面など)、現物と比較したときにわかる設計・ 製造変更箇所、後年になされた修繕・改造箇所などを現存する産業遺産に投射しその反作用として声をきくことなのであろう。 産業遺産は長く産業界で使われ社会貢献してきた経験豊かな古老のような存在であり、 彼に対するオーラルヒストリーをおこなっていることと良く似ている。この仕事はたいへん時間がかかるが、 産業遺産からの声を聞き取れたときには、大きな喜びが待っているのである。

     産業遺産は機械工業だけではなく産業の各分野に対応して細分化されるから、 個々の産業分野で特定の産業遺産を調査研究の対象にする研究者が登場してくる。 そうは言っても彼らの調査研究手法には共通点があり、それを情報として共有化し横断的なネットワークに構築することを期待したい。 今後の技術と社会部門のニュースレターにも、各地に現存する産業遺産が登場するであろうが、 この部門に登録された関心ある会員の皆様にもぜひ御登場頂き、全国に現存する機械分野の歴史的な産業遺産をここに紹介して頂きたいものである。 そして、産業遺産をめぐる現地調査の小旅行が企画されることを期待している。

     

目次へ
日本機械学会
技術と社会部門ニュースレターNo.19
(C)著作権:2008 社団法人 日本機械学会 技術と社会部門