小特集「初等中等教育における技術教育」

「初等教育における技術教育の現状と危機」

 



土井康作      
(鳥取大学)

    1.はじめに
     日本の普通教育としての技術教育は,前期中等教育(中学校)の教育課程の技術科教育においてのみ実施され, 初等教育(小学校)及び後期中等教育(高等学校)の教育課程には,設置されていない。
     このようなことから,幼児期,児童期,思春期,青年期を見通して,技術的素養(能力)を育成する系統的教育課程の編成は,極めて困難な状況にある。
     しかも,普通教育としての技術教育に費やされる授業時間数は,先進諸国の中で最も少なく, 前期中等教育の技術科教育では,基礎的な学習内容から応用的な学習内容を3ヶ年間で,僅か87.5時間で行わなくてはならなくなっている。 近年,子どもたちの技術的認識,科学的認識,社会的認識の低下を鑑み,自然や社会との関わりの活動やものづくりなどの体験的活動を大切にしようとした 「総合的な学習の時間」(1998)が導入された。また,日本のものづくりの産業を支える人材を育成するための 「ものづくり基盤技術振興基本法」(1999)が施行されたり,企業などにおいて2007年から基幹産業に従事していた団塊の世代が大量退職の時期を迎える 「2007年問題」への対応がなされたりしている。
     このように,子どもの実態や産業社会の実態における諸問題を背景に,技術教育やものづくりの教育への関心は徐々にではあるが,高まりを見せている。
     しかし,日本では前述の教育課程のあり方から,技術教育やものづくりの教育に関わる教育研究や発達研究の関心は, これまで前期中等教育に集中し,幼児教育,初等教育,後期中等教育における研究蓄積は少ない。

    2.学生のものづくりの現状
     筆者は,教員免許取得に必修の「生活科学習基礎論」の科目で,篠竹を使った紙玉でっぽう(図1)を製作させた。 因みに,紙玉でっぽうを,知っている学生は50人中2人であった。学生が素材に対し,道具(ナイフ)を如何に操作するか観察した。 実習に入る前,原理(空気の圧力で紙玉が飛ぶ),構造(柄,ピストン,筒の3つの部品から成る), 製作上のポイント(筒の先端は細くする),篠竹の切り方(篠竹の節を付ける)等を,プリント(図1)で説明した。


    図1

     大学構内で篠竹が生えている場所に学生を連れて行き,適当な長さに切り出しさせた。現在のナイフの操作技能水準を見るため, 最初道具の操作方法は一切教えなかった。作業を開始すると,生えている篠竹に鉈の刃を垂直に当て叩いて切っている者, ナイフを篠竹に擦って切っている者,ナイフが篠竹に食い込み動かなくなる者,アスファルトの上に直接竹を置いてナイフを押しつけ切ろうとする者, 篠竹の切り口は,ほぼ全員が歯で噛んだような状態だった。
     改めてナイフや鉈の使い方を説明し,切り口が直角になるよう,再度切り直し修正させた。
     その後も,材料の選択ができない(ピストン部分の外径は筒の内径より少し短いが,その篠竹を目測で選択できず, 何度も材料を変えている)者,柄よりピストンを長くする者,ピストンから柄が抜け落ちる者,柄の部分の節を切り落としピストン部分が突き抜ける者が続出した。 半数は,完成度が低いものであった。要因は,選択力や構成力や道具操作技能の低さにあるといえる。 しかし,紙玉を飛ばした時の「ポン」という音に惹かれ,「面白い」「はまる」といいながら,童心に返って何度も飛ばしていた。
     1960年以降,子どもたちが靴ひもを結べない,鉛筆が削れないなど,生活に必要な技能が低下している現象を 「手が虫歯になった」1)と表現した。
     しかし,この状況は,大学生にまで及び,本来,児童期頃から遊び的労働の中で獲得されるものづくりの基本的技能の 「ものを切断したり,削ったり,構成したり,準備したり,材料を選択したり,工夫したりする」力が育っていないのが実情である。
     かつて,子どもたちは,親や友達や地域の人達のものづくり活動を見よう見まねで学んできていた。 この経験で培った素養の上に,学校教育の体系的な学びが構築されていた。しかし,現在では,高い技術的素養を育むことは, 地域教育において技術的素養を育む機能の著しい低下,初等教育においても保障がないなど,2つの要因から困難となっている。

    3.幼児期から児童期におけるものづくりの意欲
     @幼児期におけるものづくり(構成遊び)の意欲
     幼児期(3〜5歳)の子どもの遊びの種類を保育日誌(縦断的記録)から分析した。その結果,ものづくり(構成遊び) の活動が最も多く,ものづくりの活動を活発に行っていた。これらのことから,幼児期は, ものづくりの意欲は極めて高いと推察できる(図2)。
     A児童期におけるものづくりの意欲
     「板などで小屋を建てたい」意欲調査では,小学校5年生から意欲が,急激に低下した(図3)。小学5年生頃にものづくりの意欲の分節点が認められる。 これらの意欲を高める上でも,幼児期,児童期の学齢期からのものづくりの教育が保障される必要があると考える。
     次に,近代の橋がどのように設計されているか,近代の土木技術への関心を問うた「橋の設計」調査では, 総じて関心は低く,学年齢が高まるに伴い低下することが分かった,(図4)。初等教育から,人間生活に近代技術が果たす役割を学んだり, 関心を高めたりする必要性はこの点にある。
    図2図3図4

    4.ものづくり経験の意識と働く人への関心
     幼い頃からものづくりを多くしたとする子どもは,働くことへの関心が肯定的であった。しかし,幼い頃からものづくりをしてこなかったという子どもは, 中学校段階で働くことへの関心が否定的になることが明らかにされている(図5)。幼い頃からのものづくり経験の多さは, 働くことへの関心を高めているといえる。
    図5図6

    5.ものづくりの過程と子ども発達
     ものづくりの工程には,図6に示すように,「動因→構想→計画→設計→作業手順→材料の選定・道具の選定→ 作業→評価」の作業がある。つまり,「つくりたい→何のためにするか考える→安全性・便利さを考える→ 寸法を決定する→作業段取りを考えた上で材料・道具を準備する→状況に応じて操作・調整する→計測・修正」 をするのである。
     このように見ると,ものづくりの体験の多さは,単に身体や手を動かした多さと考えられがちである。 しかし,本当は,作業に入る前に,目的を考え,目的を実現するための解決方法を考える,適した材料や道具の選択を考えるなど, 常に考えているのである。つまり,幼い頃から多くものづくりをしてきたということは,多くものを考えてきたことと同意ともいえる。
     従って,ものづくりの経験は,ものづくりの意欲が極端に低下しない,小学校5年生以前から保障したいものである。
     この経験は,後の科学や技術の諸理論(科学的概念)を受け入れる無限の可能性を秘めている。子どもは身近な生活の経験 (ものづくりの経験を含む)から認識された生活概念(素朴的な概念)は,教育の中で新しい科学的概念によって何度も覆される。 そして,また新たな生活概念が形成される。この繰り返しの中で,科学的(工学的)に物事をみる力が備わってくるのである。 教育とはこの繰り返しといえる。つまり,多様なものづくりの経験による生活概念の獲得の前提が有ればこそ,科学的概念による覆しが生じ, 科学的(工学的)な認識が深まっていくといえるのである。いわゆる認識の変化が起こるのである。
     時実は,脳の発達段階のモデル3)において,3歳くらいまでにハードウエアが育ち,それ以降にソフトウエアが育つと指摘している。
     筆者は,時実のモデル図に,OS(オペレーティング・システム)と汎用ソフトの2種類のソフトを加えた発達モデルの図7を提案したい。それは次の通りである。


    図7

     0歳児から10歳(小学校5年)は,ハードウエアが育ち,4歳以降では,ハードウエアと汎用ソフトとの媒をするOSが育つ。 そして10歳以降になると,汎用ソフトが育つというモデルである。
     一般的に,OSは,ハードウエアと外部の様々な機器(ディスプレイ,プリンタなど)及び汎用ソフトとの媒をしている。 OSの出来具合は,機器や汎用ソフトの円滑な動きに直接的に影響を与える。つまり,モデル図に示したOSの形成期は, 後の科学的概念が円滑に認識出来るための準備をしているといえる。このように考えたとき,4歳から10歳の児童期では, 多様な経験に基づいた OSを育む必要がある。
     初等教育にものづくり教育・技術教育を保障する意義は,この点にあるといえる。

    6.初等教育における技術教育のあり方
     @図画工作科と技術科教育との関連について
     1958年技術科の設置の際,次のような答弁がなされた。「技術科を新設するのは,今後の日本の発展と産業の振興を考えるとき, 国民の科学技術に関する基礎的教育を重視すべきであり,この立場に立って生産技術的・工的な内容を主として学習させることを考えたのである。 職業・家庭科の再編成を考えるとき,図画工作科との関連を緊密にし,新しい名称の教科をうち立てることが必要と考えたからである。」 (1958年2月8日16回中等分科会議議事録より抜粋)4)
     しかし,現在の図画工作科は,造形活動が主たる目標であり,生産技術に関する学習,また目標,計画,設計,製作, 評価の学習,さらに働く関心を高める学習にはならない。所期の理念とかけ離れ,技術科教育との関連は極めて弱い教科となっている。
     A我が国の初等教育における技術教育の現状
     現在,初等教育での技術教育は,私立和光学園の小学校で行われている。さらに,大田区立矢口小学校が文部科学省研究開発学校 (平成16年〜平成18年)として実践を行い,研究成果を上げつつある。今後,このような取り組みの全国展開が待たれる。

    7.まとめ
     児童期の子どもの,ものづくりの意欲は高い。しかし,現在,地域教育が質的低下する中で,初等教育において, 生産技術の系統的学習が保障されていないことは,技術的素養の育成に大きな障害となっている。 今後,初等教育から技術教育を保障するという世論の醸成が喫緊の課題である。

    引用文献
     1)寺内定夫 森下一期 1974 子どもの遊びと手の労働 あすなろ書房pp17-19.
     2)土井康作・津村雄一 2002 児童・生徒の生活・遊び・ものづくりの意欲と実態 日本産業技術教育学会講演要旨集 p3.
     3)時実利彦 人間であること 岩波新書pp28-34.
     4)清原道壽1998 昭和技術史 農文協 p927.この箇所の説明は文部省担当官が行っている

     

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日本機械学会
技術と社会部門ニュースレターNo.17
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